コーチの声 アーカイブ

小松一憲 監督より ご声援いただいた皆様へ

ありがとうございました

大勢の皆様に有形無形のご支援を頂き、この4年間、何不自由なく活動できたことをたいへん幸せに思います。ありがとうございました。
チームの目標であり、これまで応援してくれた皆様の希望でもあった、オリンピックの表彰台でしたが、今回もまた、昇ることができませんでした。
大会前の調整に万全を尽くし、仕上がり状態には手ごたえも感じていました。
それだけに、不本意な結果に終わってしまったことを、とても残念に思います。

会う人会う人、「お疲れ様でした、大変だったでしょう!?ゆっくり疲れを取ってくださいね」と、ねぎらいの言葉を頂きます。私はその優しさに心から「ありがとうございます」と頭を下げるのですが、そこでは申し上げることができない私の心の中の思いを、ここでお聞きいただければと思います。

大会二日目に起こったメインハリヤードが試合中にほどけるという予期せぬアクシデント、風下マークで起こったケースでの失格、世界ランキング1位の女子のチームは調子に乗れなかった、と具体的な例をあげて敗戦を語るのは簡単です。
しかしオリンピックは、4年間、選手たちが、どのように真摯に取り組んだか、いかに必死に練習に取り組むことができたかという、必死さの程度をも問うコンテストであると思います。残念ながら、そのコンテストに負けたのだと私は考えます。果たして、できること全てをやり尽くしたのだろうか、ベストを尽くしたといえるだろうか、4年間をさかのぼって考える必要は、あると思っています。

チームを預かって足掛け7年、女子はオリンピックに二度の出場ながら、メダルに到達できなかった自分の指導力を情けなく思います。と、同時に真摯に努力した選手と、手を差し伸べてくれた大勢の皆さんに申し訳ない気持ちでいっぱいです。
過ぎた時間と結果を考えると、又もう少し何とかなったのではないか、などと複雑な気持ちになります。今、オリンピックは終わったばかりですが、私は休養が欲しいとは思いません。そして疲れてもいません。もう一度チャンスを頂けるのなら、今からでもリオデジャネイロに向かって走り出したいぐらいです。
これまでの経験を踏まえ、次はこのアイデア、あのアイデアを盛り込もうと、選手を強くするためのアイデアが次々に浮かんできて、一人でこぶしを握ってしまいます。限られた時間を効率良く使わなければ、次の四年もあっという間に過ぎてしまうでしょう。だからといって高い山に向かって焦ることなく、一歩一歩が大切なのだとも、自分に言い聞かせます。
これまで同様、沖縄県・座間味島の強風と高波に鍛えてもらいに行きたいとも、考えています。世界一厳しく練習に取り組み、4年後には「金メダルに到達するのが遅いぐらいだった、やることさえやれば日本人にだってできるのだ」ということを実証したいと思います。チームは勿論のこと私にもエールを送ってくれた皆さんと、海とセーリングが大好きな皆さんに今の心境をお伝えし、最後にもう一度、「ありがとうございました」の言葉を添えさせていただきます。

小松一憲

第42回 プリンセス・ソフィア杯(スペイン・マヨルカ) 4月4日 大会初日報告

小松 一憲

今年のヨーロッパ遠征初戦となるプリンセス・ソフィア杯が今日から始まりました。 42回の歴史の中で、これまで日本選手が表彰台に立ったことはありません。今年はそれを「自分達が成し遂げる」と決意し、ここにやってきました。

日本を出発したのは、東日本大震災の二日後、 3月13日でした。こちらのテレビのニュースで見る被災地の惨状に心痛みました。しかしそこに映し出される皆さんが、私などの想像をはるかに超えるでありましょう悲しみをこらえ、マイクを向けられた時は他の被災者への心遣いを忘れず、粛々と行動される姿に胸を打たれました。同じ日本人として感動し、誇りを感じます。第二次世界大戦直後の競泳の活躍で、日本国民に希望と自信を与えた「フジヤマのトビウオ」古橋広之進さんの100万分の1にも及ばないかも知れませんが、苦難に立ち向かう皆さんへ届けたい私達の気持ちとして、力の限りを尽くし、表彰台に立ちたいと思います。

第1レース、天気・薄曇り、気温19度、風向45度、風速9.5 ~13m(Max16.5m)
    原田/吉田組 9位
    近藤/田畑組 1位

第2レース、天気・晴れ、風向45度、風速9 ~11m(Max13m)
    原田/吉田組 2位
    近藤/田畑組 1位


女子は2レースを1-1でまとめて最高の滑り出し、男子は9位と2位でトータル7位に付けました。

男子470結果
http://www.trofeoprincesasofia.org/result.php?miclase=470%20Men

女子470結果
http://www.trofeoprincesasofia.org/result.php?miclase=470%20Women

スカンジア セールフォーゴールド レガッタ 2010 (イギリス・ウエイマス) 8月14日 大会最終日

小松 一憲

朝から降り出した雨も11時には止み、風速4.5から5.5メートル、風向335度、時折360度の風も入るシフトの多いコンデションになりました。11時30分に女子のメダルレースが開始しました。ポートランドの防波堤の内側に作られたコースでおこなわれたのですが、今日の風は、ウエイマスの住宅地となっている丘を越えて吹いて来るので、どうしても変化が多くなります

昨年は、2位と1点差の首位でメダルレースを迎えました。結果は9位、トータルで4位となり、3位には1点届かず、惜しくも表彰台を逃しました。今年も首位でメダルレースに進出したのですが、2位のアメリカとの差は9点、その他は大きく離れており、状況は昨年と全く違っています。
スタート前にアメリカがマッチレース的に仕掛けてきました。6月に一時帰国した際、葉山沖でマッチレースのトレーニングをした効果がここであらわれました。動揺することなく落ち着いて対処しました。クイックな動きができる470級では、スタートにおいて、マッチレーステクニックを駆使しても相手を封じ込めることはできません。効果があるとしたら心理的なプレッシャーを与えるだけで、マッチレーステクニックの素養がある者にとっては、「私はあなたと僅差でこのレースを迎えました。よろしく!」の挨拶程度でしかありません。

スタートは、本部船寄りの3番手、オランダ艇とアメリカ艇の間に位置し、オランダが若干前に出てスタートをしました。始めにアメリカが苦しくなってタッキング、続いてこれを追う形で近藤・田畑組がタッキングをしました。アメリカの近くにいて4艇以上離れなければ、問題無く勝てるレースですから、戦法としては間違っていません。

コースの約3分の1を走ったところで、左に伸ばした艇が先行し、ポートタックになってコース中央に寄せてきました。それを受けて、ほぼ全艇がポートタックになった時、近藤・田畑組の一艇だけが、逆のスターボードタックでそれらの後方を通過し、左海面に出て行きました。海面を右から左に横切ったのですが、フリートレースのタクティクスとしてはセオリーに反します。この時は肝を冷やしました。このコース取りは、限りなくビリになる可能性があるからです。

女子の前に行われた男子のレースで、この海面を良く知っているイギリスの2艇は、最初から左海面を狙い、そのうちの1艇がトップフィニッシュしました。女子のイギリス艇も同じく左狙いでした。レース前は気象関係の話や男子のレースを見ていた私の報告も含め、色々と情報が与えられます。しかし、私は朝の時点で「情報にこだわってはいけない。試走して、またレースしながら得る自分の情報に基づき、あくまでも自分の目で見て判断すべきである。柔軟に対応するように!」と指示していました。左海面に到達する間、最悪の見え方をしていましたが、好運にも助けられました。左で良いパフを拾って、風上マークをなんとか9位で回航しました。

ランニングで6位に上がり、続く2回目のクローズホールドは、ほぼ全艇が左に伸ばしました。コースの半分まで、その流れについて行った、近藤・田畑組でしたが、右から良いパフが入ってくることを確認し、右に2回、風を取りに行きました。それらは、それぞれ成功し、第2風上マークで一気に3位に浮上しました。最後のランニングは、風が右(北方向)に振れた一本コースとなり、危なげなく、3位でフィニッシュし、優勝が確定しました。

今年に入って、近藤・田畑組のISAFグレード1の表彰台は2度目です。コンビを組んでから(1年5カ月)は、4回目となります。さらに近藤選手は、今回を含め、参加したオリンピックのプレ・イベントの成績は、チンタオ2位、昨年のウエイマス4位、今年優勝と良い成績を残しています。オリンピック本番に向け、ここでは詳しく申し上げられませんが、今年3月からのヨーロッパ遠征(7試合出場)で見えてきた課題に取り組み、来年、ヨーロッパにきてインターナショナルの選手と手合わせする時には、さらにバージョンアップした姿を見せてほしいと思っています。

今年の遠征結果は次の通りです。(近藤・田畑組)

- プリンセスソフィア(スペイン) 7位
- スプリングカップ(フランス・男女混合) 12位
- イエール(フランス) 5位
- ガルダオリンピックウイーク(イタリア) 優勝
- デルタロイド(オランダ)6位、世界選手権(オランダ) 6位
- セールフォーゴールド(イギリス・ウエイマス) 優勝

勝てる時に、きちっと勝つというのは、簡単そうで難しく、そして、どんなレースでも大切です。近藤・田畑組に「おめでとう!」の言葉を送りたいと思います。

最後になりますが、いつもこの原稿を現地時間、朝3時頃から書き始め、宿を出るまでになんとか書きあげて送ります。送った後、あらためて読みかえすと、「提出前に、なぜもう少し、読み返さなかったのか」と強い自己嫌悪感が襲ってきます。簡潔とはほど遠い文章、推敲不足の文章、誤字脱字だらけの文章を提出していることを恥ずかしく思います。お読みいただいている皆様にお詫び申し上げ、報告を終わります。

写真:添畑薫/PHOTOWAVE

スカンジア セールフォーゴールド レガッタ 2010 (イギリス・ウエイマス) 8月13日 大会5日 

小松 一憲

朝は快晴、昼過ぎから雲が出て、時折雨もぱらつく天気となりました。今日で決勝のフリートレースが終わり、明日は上位10チームによるメダルレースで、この大会が終了します。始まってしまえば、いつも同じで、あっという間に終わってしまいます。女子は、2位に9ポイントの差を付け、首位で明日のメダルレースを迎えることができました。男子は、思うようなレースが今日もできず、トータル29位でこの大会を終えました。

男子、第1レース、風速4から5メートル、風上マークの角度、335度、本部船寄りに集まった艇団の左から10番目に並び、無難なスタートをしました。本部船寄りに集まった大多数の艇は、すぐにタッキングをして右に展開し、岸沿いの風をとらえ、向かい潮を避けるコースを狙っているグループです。その集団の風下から出るというのは、スタートの混乱に巻き込まれるリスクを少なくし、右方向へのコース取りを初めから決めてかかるのではなく、風向変化に合わせて走ろうと考える、ヨットレースではスタンダードな考えで、けして悪くありません。ただし、470級のエリアは、小高い丘の海岸線に近く、西南西から北にかけての風が吹くと、風も潮流も陸の影響を受けるので、スタートの狙い方を含め、コース取りに工夫が必要になります。原田・吉田組はスタート後の走りで、小さな風の振れに反応しすぎる傾向があり、また他艇を意識してのタッキングの多さが気になりましたが、第1風上マークを6位で回航しました。この風速であれば、これまでなら順位を守り、あるいはもっと上位に上がってくるのが原田・吉田組だったのですが、今日は、第2風上マークへの走りで大きく順位を落とし、22位でフィニッシュしました。このところ、どうしたことかコース取りに冴えがみられません。

第2レース、風速、5から7メートル、風向335±15度、アウトサイドリミットマーク寄りの8番手で、第1レースに続き、無難なスタートをしました。このレースもスタート後、さほど走っていないところのコース中央で、短い周期のタッキングが目立ちました。風上マークの回航は18位、フィニッシュは21位、スピードは悪くないと言いながら、どうしても20位以下のフィニッシュになります。

近藤・田畑組の第1レースは、アウトサイドリミットマーク寄りの2番手から、良いスタートをしました。この様なスタートをすると、集団に対して左に位置していることもあり、左海面を使うことになります。通常この様な良いスタートをすれば、風上マークの上位回航は約束されたようなものなのですが、右に偏って有利な条件のあるこの様なコンディションでは、そう簡単に事が運びません。右を狙って我慢して伸ばした艇団が右に15度ほど振れた風をつかんでコース中央に寄せてくると、スタートのアドバンテージは全く無くなっていました。第1風上マークは24位で回航しました。その後、風速が落ち、風のむらの弱いところを走るなど、浮上できずに24位でフィニッシュしました。

第2レースは、本部船横で集団の中からのスタートになりました。ブラックフラッグの失格を避けたいとの思いが、前に出ることを躊躇させたのでしょう、10秒前にはじき落とされ、ブランケットの為に身動も取れない最悪のスタートとなりました。それでもブラックフラックの失格を避けれることができたのは不幸中の幸いだったと言えます。やっとタキングして右に出はじめたところところ、また風上でタッキングされ、かぶされてしまう、この様なスタートの時によく見られる苦しい展開となりました。3回のタッキングでようやくフレッシュウインドをつかめたのですが、その時点で、普通にスタートできた艇には大差をつけられていました。風上マークを23位で回航し、第2風上マークまでに18位と追い上げたのですが苦戦が続いていました。ランニングのコースに入るころから風は2メートル以下に落ち、それが風下マーク近くなって一気に6メートルに吹き上がってきました。後続の艇が塊となり、一気に迫ってくる状況で、この風に落ち着いて対応し、9位でフィニッシュしました。我慢のセーリングが最後に報われた形になりました。

明日のメダルレースも普段通りにレースをするだけのこと、のびのびとレースをして欲しいと思います。

スカンジア セールフォーゴールド レガッタ 2010 (イギリス・ウエイマス) 8月12日 大会4日

小松 一憲

気圧配置が西高東低となり、北西の風が吹いて秋の気配を感じます。最高気温も昨日来19度、お盆を迎え、暑い盛りの日本では考えられない涼しさかもしれません。
今日から後半戦が始まり、男子はグループがゴールドとシルバーに分かれました。

11時、定刻に女子のスタートが開始しました。風速は5から6・5メートル、マークは310度、今日のこの時間帯の予報は、280から310度でしたから一番北寄りの風が吹いていたことになります。アウトサイドリミットマーク寄りの1番に吉迫・大熊組、2番手に近藤・田畑組と並んだのですが、スタート直前に左に振れた風の為にラインを切ることができず、タッキングをしてスターボード艇を避けながらラインを切って行きました。5回のタッキングでフレッシュウインドをつかみましたが、大きく出遅れました。第1風上マークを20番前半で回航し、徐々に追い上げて9位でフィニッシュしました。

第2レースは、マークが300度にセットされ、風速は5から9メートルとアップダウンの差が大きくなりました。本部船寄りの集団の中から、悪くないスタートをしたのですが、その後の展開で、第1レースで成功し、追い上げるきっかけとなった岸の風をつかみに行くことを優先し過ぎて失敗していました。
第1風上マークの回航は18位、フィニッシュは12位でした。

男子は、2レース共に、本部船寄りにできた集団の風下からスタートしました。コース取りは、これもまた2レース共にスタートして左に長く伸ばし、第1風上マークをブービーないし後ろから数艇の順位で回航しました。二回目のクローズホールドは、一転して右に強引に伸ばすというコース取りで、それなりに考えてのことなのでしょうが、外から見る私には闇雲、としか思えませんでした。30艇しかいないゴールドグループですが、順位は2レース共に29位でした。

今日の風向は、陸から吹いてくる為に当然変化も多く、断続的に流れてくる雲の到来と共に風向と風速の変化の幅が大きいコンデションとなりました。
陸に近づくと風のむらはあるのですが、波が無くなり、さらにスターボードタックでリフトする傾向にありました。基本的には岸に寄せて行き、岸沿いでベンドする風をつかむコース取りが成功していましたが、風向によっては、スターボードタックを選択して走る必要があり、そのあたりの使い分けが難しかったように思います。

レースの始まる前の試走で風がアップダウンした時、岸に近づいた時と、それぞれの特徴を把握し、さらに、スタートの直前に吹いている風を判断し、最終的なプランを作ります。第2レースは、第1レースで経験したコース上に吹く風の特徴を加えて考えなくてはなりません。ヨットレースでは当たり前のことですが、そのあたりの能力を問われた一日だったと思います。

今日、2レースをしっかりまとめたチームは、全体でも少なく、コンデションが難しかったという証明になるのですが、2レースのうち、少なくともどちらか一方が良くなくては、レーシングテクニックの一番大切な部分であるコース取りが、全くできていないということになります。1レース目の成功や失敗の経験をもとに、2レース目を走るのですが、その2レース目の男子先頭集団の顔ぶれがランキング上位選手で占められているのを見て、2レース共にブービーの成績をとった原田・吉田組の力不足が良く解りました。完敗でした。彼らがそのように言ったわけではありませんが、「難しかった」の一言で片付けず、オリンピックで戦わなくてはいけないこの海面の、今日のようなコンデションの攻略方法を考えるべきです。そして、それをしっかり記憶しておく必要があるでしょう。

近藤・田畑組は、とにかく明日も1レース1レースを大切に戦うべきでしょう。原田・吉田組、そして私にも言えることですが、どんなに一生懸命やっても、へたり込みたくなるような、日もあるでしょう。しかし、このような所で意気消沈していては、メダルは遠のくばかりです。しっかり前を向き、これまで通り真摯に、そして正面からの戦いを続けるべきだと思います。

Results:

470 Women

470 Men

スカンジア セールフォーゴールド レガッタ 2010 (イギリス・ウエイマス) 8月11日 大会3日

小松 一憲

昨日の雨と強風、靄の天気から一転、高気圧に覆われ、穏やかに青空が広がりました。気温は最高気温19度と低く、イギリスには夏が無いのかと錯覚してしまいます。

風速4から5メートル、255度にマークがセットされ11時ぴったりにレースが開始しました。
原田・吉田組はアウトサイドリミット寄りの4番手で良いスタートをしました。リコール旗が上がったので、ひょっとすると二人が出てしまったのではないかと心配したほどです。久々に攻めたスタートで、そのまま行けば風上マークの上位回航は間違いないだろうと思えました。しかしマークにポートタックでアプローチする際、オーバーセールなり、加えて、後から聞けば、「途中、パフを取りに行こうとして、タキングのポイントを誤まった」とのこと、競っていたギリシャが2位で回航したのに対し9位の回航になりました。リーチングのコースとランニングのコースで1艇ずつ抜いたのですが、結局フィニッシュは9位でした。

近藤・田畑組はブラックフラッグの掲揚されたスタートで、ラインの中央から無難なスタートをしました。このところ危なげないスタートが続いており、安心して見ていることができます。第1風上マークは2位で回航したのですが、続くインナーコースのランニングで3艇に抜かれ、5位に落ちました。しかし、先に入ったオランダ艇のブラックフラッグの失格がありフィニッシュは4位でした。
初日から同じ様なシーンが見られるのですが、ランニングで抜かれる2艇、3艇を大変もったいなく思います。悪い順位で回航した時は、順位を上げてくることはあっても、上位で第1風上マークを回航した時は必ずと言っていいほど順位を落とします。ランニングコースでの勝負強さを、ぜひとも身に付ける必要があります。そのテクニックさえあれば、もっと楽にポイントを重ねることができるでしょう。

男子の第2レース、245度、風速6から7.5メートル、本部船寄りにできた艇団の左から5艇目に並び、見る限り悪くないスタートをしました。続いて行われる女子のスタートの為にスタートラインから動けず、アウターコースの風下で待っていたのですが第1風下マークを15位ないし16位で回航しました。回航後は、ほぼ全艇が沖の強い追い潮をつかむ為にスターボードタックを伸ばしていました。第2風上マークを回航し、再び風下に来た時には21位に落ちていました。その原因は「小さな風の振れに反応してしまい、徹底して潮をとらえに行った連中に負けた」とのことでした。リコール艇もあり17位の順位がつきました。

女子の第2レースは、アウトサイドリミットマーク寄り10番手の位置からスタートし、悪くないスピードでスターボードタックを伸ばしました。スタートの時点で、すぐ風下にいたドイツ艇がリコールしていたのですが、一緒に出るのを抑え、我慢したところは落ち着いた判断でした。潮の強い左方向に伸ばす間は良い走りをしていました。ところがタッキングをしたところからおかしくなりました。見ていても艇速に伸びが無く、どうしたことかと思っていたのですが、本人達も「後から考えれば、藻を引っかけていたかもしれない」とのことでした。海が荒れた翌日に藻が多く浮いているというのは、良くあることで、注意しなければなりません。風上マークを20番後半で回航し、その後は潮を考えたコース取りで何とか14位でフィニッシュしました。

レースも日程の半分を終わり、6レースのうちワーストの1レースをカットして近藤・田畑組は、オランダと1点差の2位にいます。残り半分のレースを丁寧に、一つ一つ積み上げるように戦って欲しいと思います。男子は、思うようにいかないレースの内容をしっかり吟味しなければなりません。さらに、チャレンジする気持ちは間違っても失ってはならず、元気良く後半を戦って欲しいと思います。

スカンジア セールフォーゴールド レガッタ 2010 (イギリス・ウエイマス) 8月10日 大会2日

小松 一憲

11時のスタートに合わせ、9時半に小雨がぱらつく中を出艇しました。最高気温が17度と予報されていましたが、これは海水とほぼ同じ温度で、雨が強くなると靄が出て視界が悪くなりました。視界が悪くマークが見えなくては、レースができません。
風速3メートル、 220度にマークをセットしてレースを始めようとしたたコミッティーでしたが、延期信号を掲揚し、海上待機となりました。

1時間ほどすると左に風が40度振れ、180度、7から8.5メートルの良い風が吹いてきました。靄が薄くなり、少し見通しが良くなったところで、すぐにレースが開始されました。
今日は女子が先にスタートし、近藤・田畑組はスタートラインの中央、ライン上に散らばった艇団の真ん中から、風下にしっかりスペースを作って良いスタートをしました。ラインからの凹み具合はどの程度だったかは分かりませんが、スターボードタックを続け、左に長く伸ばしたことから想像すると、きちっと前に出ていたと思われます。

昨日のレースも含め、これまでに無くスタートが安定しています。二人のコンビネーションが良くなったのでしょう。良くなった理由は、スキッパーとしても高い能力を持つ田畑選手の助言を近藤選手が聞き入れるという関係が、スタートにおいて構築されたからと私は考えます。
二人が完全に心を開いて協力し合う、どのチームも大なり小なり同じ問題を抱えていることでしょう。言葉で言うのは簡単ですが、なかなか理想どうりに事は運びません。しかし正式にコンビを組んで1年と4カ月、1+1が、やっと2に近づいてきたのではないでしょうか。
3組目にスタートする男子を見る為、スタートラインにとどまった関係で風上マークの回航を見ることができませんでした。聞けば4位で回航したとのこと、フィニッシュは5位でした。

原田・吉田組はアウトサイドリミットマーク寄りの一番でスタートしたのですが、第1風上マークをブービーの29位で回航しました。スタート後、しばらくして風が20度、あるいはもっと多かったかもしれませんが、いずれにしても大きく右に振れ、一番左に伸ばしていた二人にとっては最悪の形になりました。天気予報の今日の風は南西(約220度)で、180度の風でレースがおこなわれていたのは、雨を降らせていた雲の関係だったと考えられます。風が右方向に振る傾向のあったスタートの時点で、天気予報を思い出し、右への変化を予測できなかったのか、と言えなくもないのですが、残念な結果になりました。追い上げも21位までが精いっぱいでした。

13時30分、第2レースのスタートが始まるころから風が強くなり9から12メートルになりました。風向もさらに右に振れ、210度でセットしたマークを230度にセットし直して女子がスタートしました。近藤・田畑組は本部船寄りの4番手でスタートしたのですが、ラインはアウトサイドリミットマーク有利に傾いていました。ラインが傾いていたのではなく、この時、風が左に振れていたと言うべきかもしれません。アウトサイドリミットマーク寄りから出てすぐにタッキングをして右に伸ばし、その後は風の振れに合わせてコースをとるというのが正解だったと思われます。
スタートラインの右から出た近藤・田畑組は、スタートを失敗してポートタックで逃げてくる艇のほとんどに前を切られる形で左に展開しました。後から聞けば、走りが良く、第1風上マークに5~6番で到達したのですが、タッキングで一度外したジブがカムクリートにかかり。それが原因で沈をしたとのことでした。10位以下に順位を落としてしまったのですが、ランニングとクローズホールドで少しずつ抜いていき、フィニッシュは5位となりました。

原田・吉田組はアウトサイドリミットマーク寄りの一番でスタートしたのですが、スタート直後の走りが悪く、その走りの悪さは目を覆いたくなるほどでした。ジブシートの引きすぎによるメインセールのバックウインドが主な原因だったのですが、瞬時の判断で修正できないところに経験不足を感じます。その後、修正して走りを持ち直し、風上マークを10番台前半で回航したとのことでした。潮の方向と風向が逆になり、波長の短い高い波で沈をする艇にも助けられ、8位でフィニッシュしました。

近藤・田畑組は4レースのトータルでトップに立ちましたが、まだ日程も二日目、試合も序盤、成績がどうのこうの言う段階ではありません。1レース1レースを勉強しながら戦っていると考え、昨日よりも今日、今日よりも明日、レーシングテクニックを向上させる。ハンドリングの向上もボートスピードの向上も目指す。そのヒントは身近な出来事、小さな出来事、一瞬の出来事から得られるかもしれません。可能性を信じて頑張ってほしいと思います。

Results:

470 Women

470 Men

スカンジア セールフォーゴールド レガッタ 2010 (イギリス・ウエイマス) 8月9日 大会初日

小松 一憲

雲間から青空がのぞき、薄日の差すイギリスらしい天気となりました。レースはスケジュール通り順調に進み、予定の2レースが実施されました。朝、公式掲示板に張り出された予報は、気温20度、水温17から18度、西南西の風、レース開始の11時に風速が6から10ノット、終了する時間帯の15時に8から15ノットというものでした。実際のところ、470級のレースエリアでの風速は、予報より平均で2ノットほど多く、5から8メートルでした。

潮流は、陸に近いスタートライン付近で1分間に5メートル、風上マークで15メートル、風向215から240度に対し、250から260度方向に流れる追い潮で、レースが進行するに従って少しづつ強くなり、1ノット(1分間に30メートル)近くなりました。

スタートは、追い潮の為、混乱するのではないかと思いましたが、一回のゼネラルリコールの後、二回目からブラックフラッグが掲揚され、坦々と進行しました。出場選手のレベルの高さもあるのでしょう、失格艇(BFD)の数は、予想以上に少なく、2レースで男子出場60艇中わずかに2艇だけでした。

男子、原田・吉田組は、第1レース、ブラックフラッグが掲揚されたスタートで、本部船寄りの7番の位置からでました。スペースの取り方、メインシートを引いて走り出すタイミング、走り出した後のスピード、どれも悪くなかったのですが、スタートラインの左右の選択に問題がありました。コースは左(沖)海面の追い潮が右(岸に近い)に比べ明らかに速く、潮流だけを考えれば左海面に展開すべきでした。スタートラインはやや本部船サイドが有利のように見えましたが、レースコミッティーが慎重に設定したスタートラインでもあり、これを一時的なものと考え、ラインの左サイドから出て左に伸ばすのが正解でした。

原田・吉田組は、スタート後1分ほどしてタキングしました。本部船寄りから出て左に伸ばしかけたのですが、アウトサイドリミットマーク寄りから出た艇が潮で次第に風上方向に押し上げられ、あたかも風が左に振れたように見えてきました。これを嫌ってタキングし右に出したのですが潮流の恩恵は受けられません。スタートラインの左右の選択を間違えた為に起こった現象ですから、風が振れていないのであれば我慢して左に伸ばすべきでした。潮流の強い方向がどちらか一方にある場合、海面の選択は向かい潮においても同じで、これと言って難しい事を言っているわけではありません。
第1風上マークは15位、風下マークで18位、第2風上マーク11位、フィニッシュ12位でした。

第2レースは、アウトサイドリミットマーク寄りを狙ったのですが、凹んだスタートとなりました。スタート後すぐにタキングをし、ほぼ全艇の後ろを通過して右に出ました。フレッシュウインドになったところでタキングを返し、再び左方向に伸ばしました。第1風上マークは、後から聞けば6位ないし7位だったのとのこと、第1レースの二回目のクローズホールドでの追い上げも合わせて考えると、クローズホールドのスピードに問題は無く、スタートとそれに関連するコース取りが問題だったと言えます。第1レースでも見られましたが、クローズホールドで抜きランニングで順位を落とす展開でフィニッシュは9位でした。

女子、近藤・田畑組は、第1レース、アウトサイドリミットマーク寄りの7番手、第2レースも3番手で良いスタートをしました。走りも悪くなく左(沖)方向に伸ばし、どちらのレースも第1風上マークを3位で回航しました。2レースとも第1風上マークを3位以内で回航したのは、近藤・田畑組を置いて他に有りません。理由は、いつも言うことですが「スタートが良い」、「コース取りが良い」、「スピードが良い」の三拍子が揃ってのことで、今日のコンデションでのクローズホールドの安定感は、抜群でした。これを切り口にして、足りないところを補っていく努力をして欲しいと思います。得意風速域を持つというのは選手として強みと言えます。
ただし、3位を守りきれないところに問題があります。フィニッシュの結果は7位と4位、トータルで初日2位の好発進ですが、男子同様、ランニングで順位を落とす傾向があり、ここを改善し、3位から、さらに順位を上げてくる選手へと脱皮することができれば、どのレースでも常に表彰台の近くにいるチームになることでしょう。長く選手生活を続け、練習と試合の日々を送っている選手が、脱皮する切っかっけをどの様な機会につかむのでしょうか、私は、足りない技術と正面に向き合う謙虚さとチャレンジを続けることで、ある日、ある時、あっさりと手に入れる時が来ると信じています。

曇天と言うのは、平均して、そこそこの安定した風が期待できます。ヨットレースには恵みの天気かもしれません。明日のレースも順調におこなわれるはずです。ヨットレースの難しいところでもある、攻めと守りをしっかり使い分け、旺盛なチャレンジ精神で、のびのびとレースして欲しいと思います。

2010年 470級世界選手権大会 (オランダ・スヘフェニンゲン) 報告 7月18日 大会最終日

小松 一憲

7月18日(大会最終日)、試合を終えて帰港し、約2時間で艇の片づけを済ませ、宿を引き払って3時間後には次の試合地、イギリス・ウエイマスに向け出発しました。ドーバー海峡を越えて徹夜で走り、翌朝6時半にウエイマスに着きました。マリーナの事務所が開くのを待って、艇を保管してもらいました。次にロンドンのヒースローに移動し宿をとり、午後2時、やっと一息つきました。

修理に出した艇をドイツまで取りに行くところから始まり、今年の世界選手権の前後は大変あわただしくなりました。試合前、現地での練習が5日しかできない日程というのも異例です。それもこれも全ては180日の間に90日を超えて圏内国に滞在できないという「シェンゲン協定」の解釈を間違って、日数の「累計」が90日を越える場合はビザが必要であるということを正確に理解していなかった為です。私のミスです。

選手に申し訳ないと思います。ただし試合前後のあわただしさを負けの理由にはしません。原因は他のところにあると考えています。それを見極めず日程のせいにしては、これからの飛躍は望めないでしょう。470級に限らず、今も昔も多くの日本選手が金銭的に苦労をし、休みの関係で日程的にもタイトな遠征をしています。それに対し、私達は何不自由無く日頃の活動と遠征ができる環境を会社が整えてくれています。社員の皆さんの応援は心の支えになっています。なんとありがたいことでしょう。今回は、その支援のありがたさと自分達の環境を考える良い機会になりました。与えられていることに対する「感謝の念」は、どんな時も忘れてはなりません。日常、ひと時をも無駄にしないで練習をするのが選手の基本姿勢であり、感謝することは、それを維持するうえでも必要不可欠と言えます。オリンピックまで中間年の今年、ひょっとすると「幸せボケ」してしまっていたかもしれない私達が、気つけ薬を投与されたように思います。

近藤・田畑組は6位となりました。最終日のメダルレースの内容も含め、今年の試合を振り返えると、惜しい勝負どころを逃す場面が印象に残ります。春先から出場した主要な大会で5から7位という成績が定着してしまいましたが、これをワンランク上げるのはさほど難しいことではないでしょう。ただし、表彰台を確実にするというと話は違ってきます。原田・吉田組の最終レースも前日来の不調を引きずる内容で18位という結果に、全般的な力不足を感じました。
具体的に何をどのようにして行くのか、静かに考えたいと思います。いくつかのアイデアはすでに浮かんでいますが、焦ることなく考え、同時にひらめきを待ちたいと思います。
謙虚に一から出直す気持ちでいることをお伝えし、皆さまの応援に選手共々感謝し、お礼申し上げます。ありがとうございました。

2010年 470級世界選手権大会 (オランダ・スヘフェニンゲン) 報告 7月17日 大会6日

小松 一憲

曇りのち晴れ、にわか雨の中を9時45分に出艇しました。雨はほどなく止み、西の空に青空が見えてきました。しばらくして大きな黒い雲が西南西の方向に出現し、やがて頭上に広がって通過していきました。雨をパラパラと落としながら通過した後は、一気に青空が広がり、それまで190から200度で吹いていた風が西南西(240度)に振れ、風速も増し、安定しました。

第1レース、11時5分、風向195度、風速5から7メートル、潮流は210度方向から約1ノット、女子からのスタートとなりました。セオリーから言えば岸をめがけて走る左展開なのですが、この時は、半分以上の艇が沖、すなわち右への展開を狙いました。理由は、始めに書いた南西方向に見えた黒い大きな雲でした。アウトサイドリミットマーク寄りから出て左に伸ばした近藤・田畑組でしたが、第1風上マーク回航のトップ艇団は、右から出てきました。上げ潮よりも引き潮のほうが潮流が弱く、岸に行くメリットよりも風向変化を優先した判断に軍配が上がりました。

第2レース、風向240度に合わせてマークがセットしなおされました。風速は9から11メートルと上がってきました。1回のゼネラルリコールの後、黒色旗のスタートで、アウトサイドリミットマーク寄り10番から出た近藤・田畑組でしたが、ラインをオーバーしていたらしくBFDの失格になりました。並んでいた時に風下にイタリアが入って来ました。そのイタリアよりも鼻先を出そうとしたこと、向かい潮が弱くなっていたこと、近藤・田畑組を含め8艇ものBFDの失格艇を出すほど、ライン全体が押しあがっていたことなどが原因でした。失格してはどうしようもないと言われるかもしれませんが、イタリアよりも鼻先を出してスタートしようとした強気は評価できます。この様なことが一度でもあると、今後、イタリアは近藤・田畑組の側に近寄るのを嫌うようになるでしょう。
レースは、左に展開したグループより、右に展開したグループが右から入ってくるパフをつかんで風上マークを上位で回航しました。左展開の近藤・田畑組の風上マーク回航順位は、失格したレースでしたがこれまでのワーストでした。

第3レース、潮の流れが変わり、風向と逆になって波が高くなりました。風向、風速、共に安定し、レースは風の振れに素直に対応して走ればよい、スピード競争となりました。スタートが良く、ちょこまかとタキングをせずに落ち着いてコースを取った近藤・田畑組は風上マークを5位で回航しました。リーチングで2位に浮上したのですが、二回目のクローズホールドでスピード負けし、7位に落ちてフィニッシュしました。
2レース目に上位陣の中で、近藤・田畑組の他にBFDの失格艇が3艇あり、また、予選レースを堅く走ったのが今になって効いて、トータルで5位に上がりました。

男子の第1レース、本部船寄りの集団の中で、出遅れ気味のスタートをして風下艇に突き上げられ、苦しくなった原田・吉田組は、タッキングをしてその場を逃げようとしました。結局スターボード艇と接触し、720度の回転をしてペナルティーを解消しました。これでリズムを崩したのでしょう、第1レース、25位、第2レース、27位、第3レース、19位とスコアーを大きく崩し、トータルで18位に後退しました。集団の中でタッキングをし、スタート直後、まだバラけていないスターボード艇の中をかき分けて行く、無事通り抜けられたとしても幸運でしかなく、接触は必然的だったと言えます。彼等のこの様なケースを見るのは、実は初めてではありません。冷静沈着を心がけ、賢く、したたかな行動がとれるセーラーに早くなってほしいと思います。

一昨日から風が吹き出し、強めの風が今日で三日続きました。このコンデションで世界の選手と四つ相撲がとれ、力負けしない走りができて、初めてトップセーラーの仲間入りできると私は思います。少しと言えば嘘になるかもしれません。私は敗北感を感じます。「表彰台に上がることを目標にする」と3月の遠征出発前に言った自分の言葉を厳しく受け止めています。この様な時、私は同じコンデションが続いてほしいと願います。そこでの戦いぶりからヒントを得たいからです。

明日の女子メダルレース、そして10位以下のレースに出る男子もぜひ全力で戦ってほしいと思います。そこから必ず、次の光が見えてくると信じています。

6日目終了時点
原田・吉田組 18位
近藤・田端組 5位

公式サイト:2010 Delta Lloyd 470 Class World Championships
http://470worlds2010.com/

2010年 470級世界選手権大会 (オランダ・スヘフェニンゲン) 報告 7月16日 大会5日

小松 一憲

天気は曇りのち晴れ、南西の風8から11メートル、文句ないコンデションでした。9時半に出艇、レースは11時に開始され、3レースをすんなり終えて3時半に帰港しました。

潮は第1レースの時間帯が引き潮。南西の風では、クローズホールドで、ほぼ正面から流れてくる向かい潮となります。第2レースが干潮の潮止まり。第3レースは上げ潮に転じて後方から流れる追い潮になりました。風に向かって左側に岸があり、岸から約1500メートルを境に海水の色がはっきり違っています。これだけの情報で、経験ある人(選手)であれば、潮の流れに対する基本的な注意とコース取りがすぐに頭に浮かぶことでしょう。

簡単にそれを書きあげると次のようになります。
*第1レースはスタートの時点で凹まないように注意する。上マークでのマークタッチに注意し、下マークでは、ジャイブのポイントを間違えないように、そしてスピンを下す動作は早めに開始すべきである。リーチングでは上り気味に走って良い。クローズホールドで岸寄りの海面を使って走り、ランニングでは沖寄りを走る。
*第2レースは、潮流よりも風の振れに合わせて素直に走れば良い。
*第3レースは、スタートで押し上げられるので早すぎるスタート(OCS)にならないよう注意する。リーチングでのラフィングは危険で、膨らみすぎに気を付け無ければならない。風向と潮流が逆の為、波は高くなる。クローズホールドは沖寄りの海面、ランニングで岸寄りの海面を走る。
机に向かって書けば簡単なことなのですが、実際に海に出てのレースとなると、競争することに気を取られて、この簡単なセオリーを忘れてしまうから不思議です。

第2レースは潮止まりの時間だったので、岸側の空に見えた黒い雲を優先して考えるべきでした。今日の3レース、まとめて走ったのは男女共に地元オランダの選手でした。強風に強い選手達で、この海面での練習量が多く、海面を良く知っているとも言えるのですが、ここはそれほど複雑ではありません。ただ、基本的なセオリーをはずさないだけのことだと私は思います。
今日、男子は32(第2風上マーク回航での沈)・9・7位、トータル11位、女子は12、5,9位、トータル6位、けして悪い成績ではありません。ただ頂点に目標を定めるとまだまだ物足りないのです。

文句無いコンデションの中で行われた今日のレースで、選手の力量がはっきり判りました。強風域でのクローズホールドのスピード、波長が短く高い波の中でのランニングのスピード、どちらも、そのコース取りを含め、まだまだであることを見せつけられた思いがします。とは言え、男女共にきらりと光るところもありました。昨年に比べ良くなったところは良くなったところとして認めたうえで、謙虚に、これからどの様に、この壁を越えて行くのか考えます。

試合が終わっての総括のような報告になってしまいました。しかし意気消沈しているわけではありません。明日の3レースと言わず、明日のレースが始まる前のわずかな時間でもジャンプアップするきっかけをつかむかも知れません。可能性を信じて一生懸命やる、後にも先にもそれしか無く、私の全てです。

5日目終了時点
原田・吉田組 11位
近藤・田端組 6位

公式サイト:2010 Delta Lloyd 470 Class World Championships
http://470worlds2010.com/


2010年 470級世界選手権大会 (オランダ・スヘフェニンゲン)報告 7月15日 大会4日

小松 一憲

朝から低い雲が、大変な速さで流れ、強い風が吹いていました。数日前から強風が予報され、スケジュールの遅れは今日で一気に取り戻せるのではないかと、誰もが期待したのではないでしょうか。レースの開始時間は、10時からと、前日よりさらに一時間早やまりました。それに合わせてハーバーに行ったまでは良かったのですが、今度は風が強すぎるということで、「一時間陸上で待機」の信号が出ました。スケジュールから言えば、昨日までの三日間で6レースが行われ、今日から決勝レースが始まる予定でした。しかし男子は5レース、女子は4レースしかできていません。この大会は予選レースが6レースに満たない場合、4日目(本日)まで予選のレースをおこなうと規定されています。男子の予選の残り1レース、女子は2レースをおこない、一旦陸上に戻して成績を集計する、その後、男子上位40艇、女子31艇で新たにグループ分けし、決勝のレースをおこなうことを考えたのでしょう。1時間遅らせた割に風速の変化は無いまま、9時30分に出艇しました。ところがハーバーの中で沈をする、スタートラインまで行く間にマストを折る、スタート前の沈艇続出にレースコミッティーもひるんだのでしょう、11時に陸上に戻るよう指示が出されました。風は9から14メートル、浅い水深に加え、風向と逆に流れる潮流の影響もあって、波長の短い高い波が立っていました。沈艇の多くは、この波に刺さって、あるいは刺さるのを避けようとしてのトラブルだったと思われます。陸上に戻ってくると、マストやティラーを折った艇、ガスケットを剥がした艇で溢れていました。
その後は、陸上で待機すること6時間、風が収まるのを待って夕方18時に出艇しました。私は女子のレースを見に行ったのですが、19時20分より風向240度、風速4.5から7メートルのコンディションで1レースをおこなうことができました。男子は、聞くところ、スタート前に風が落ち、スタートはしたものの、向い潮で艇が進まず、第1風上マークへの到達に時間(帆走指示書上、ターゲットタイム30分)がかかり、キャンセルされたとのことでした。

近藤・田畑組はアウトサイドリミットマーク寄り、左から8番の位置でスタートしました。スタートラインの風下にいた私には、良いタイミングでメインシートを引いて出て行ったように見受けられたのですが、30秒後に逃げのタッキングをして右に出て行かなければならなかったところをみると出た位置が、向かい潮を計算できずに凹んでいたと思われます。フィニッシュしてから聞けば、「風下、風上共に多くの艇がかなり前に出ているように見えた」という感想でした。実際は早すぎるスタートをしてOCSと判定された艇は1艇だけでしたから、おおきく凹んでいたことが想像できます。向かい潮の強い右の海面に展開しながらも第1風上マークの回航は11位でした。大多数の艇は、岸寄りの向かい潮が弱くなるところまでスターボードタックを伸ばしていました。潮の弱いところをはずさずに風の振れに合わせて走り、潮に押し戻されるのを計算して風上マークにアプローチするという、向かい潮のセオリーとも言うべきコースの取り方をしていました。11位で回航できたのは、走りが良かったからと言えるでしょう。2回目のクローズホールドは、しっかり左に展開し、6位に上がってきました。スタートする前のプランと、それを生かす為のスタートが、今一つうまくいっていないことが第1風上マーク11位回航の原因を作っていたと思います。残り、二日の決勝フリートレースは、レースの組み立て方について良く考え、ワンランク上のレースをしてくれることを期待します。

第2レースは、女子の海面も風が弱くなり、キャンセルされました。ハーバーに戻ってきた時には9時を回っていました。この様な時間に帰港することは、ヨーロッパのレースでは珍しくありません。サマータイムと高い緯度のおかげでしょう。今日一日を振り返り、「セーリングはテレビ・新聞にそっぽを向かれても仕方ない、メディア受けしない競技」だということを実感します。しかし、自然相手だけに奥が深く、人を虜にして止まない競技であることも、午後7時を過ぎ、快晴となった北海を鮮やかなオレンジ色に染めて沈む夕陽を見ながら思いました。



2010年 470級世界選手権大会 (オランダ・スヘフェニンゲン)報告 7月14日 大会3日

小松 一憲

天気は晴れ、南寄りの風、最高気温24度、オランダの人達にとっては、嬉しい夏の一日となったのではないでしょうか。風も朝から吹いて、11時ぴったりにレースが始まり、風向190から210度、風速6 .5から 9メートルのコンディションで男女共に 2レースが実施されました。しかし、1日3レースをおこなう為にレースの開始時間を1時間早めていたにもかかわらず、2レース目が終わったところで「レースは延期する、ハーバーに帰港せよ」の旗が掲揚されました。風は文句のないコンディションでしたから午後1時30分になぜ帰港させられるのか理解できませんでした。陸上に戻り、前日の様なサンダーストームが来る事を知らされ納得したのですが、実際は午後5時から数時間雨が降っただけのことでした。あと1レースはできたのではないかと誰もが思ったに違いありません。今日は男子の2レースを見て、3レース目は女子を見ようと決めていた、私の当てもはずれてしまいました。

男子の第1レースは、アウトサイドリミットマーク寄り、左から数えて12番の位置に並び、きれいにスタートしました。これはいけると思ったのもつかの間、すぐに風下艇のホープレスに入り、風上をも突破され、逃げのタッキングをして右へ展開しました。南方向から見てコンパス角度220度で続く海岸線に対し、今日の風向(陸風)は約20から30度の角度がついて吹いていました。そのような時の、この海面の特徴なのでしょうか、沖よりも岸に近いほうが強めの風が吹いていました。トップグループは左に展開し、岸寄りの風をつかんで第1風上マークを回航しました。沖側に展開した原田・吉田組は、15位でした。後から聞けば、良いスタートをしていながらすぐに2線に落ちてしまったのは、ブライダルの高さ調節の失敗で、スタート直後、一時的に風速が落ちた時にメインシートを引ききれなかったのが原因と言うことでした。スタート前は岸方向の風を取りに行くプランだったのでしょうが、歯車がひとつ狂うだけでもインターナショナルのレースでは、絶対に前を走らせてもらえません。各マーク回航ごとに順位を少しずつ上げて10位でフィニッシュしました。しかし、予選は119艇が三つのグループに分かれてレースをしている関係上、10位と言うのは30位に等しく、良い悪いで評価すれば悪い方に入ります。内容的にも第1風上マークを一つ前で回航したオーストラリアが5位まで浮上したのを考えると、色々と悔いの残るレースになりました。

第2レースは本部船寄りの4番手でスタートし、少し走ったところでタッキングをして右に展開しました。第1レースの2回目のクローズホールドで闇雲に岸に突っ込んでも良くないことが解っていましたし、風上に向かう時の追い潮が強くなる時間帯であったことも考えれば、沖寄りのコースをとりながら風向変化に対応して走るのは正しい選択だったと言えます。第1風上マークを2位で回航し、2回目のクローズホールドで2位に25秒の差をつけてトップにたち、その差をキープしてフィニッシュしました。風速が少し上がってきたところでのスピードも良かったと思います。

女子の第1レースは聞くところによれば、「本部船寄りからスタートをし、左に伸ばした。岸に向かって走るうちにアウトサイドリミット寄りからスタートした艇が徐々に前に出る形になり、そこでタッキングをして、次は右に展開した。右からのパフに助けられて第1風上マークを8位ないし9位で回航した。サイドマークまでのリーチングで5位に上がり、次のクローズホールドでさらに順位を上げ、3位で第2風上マークを回航した。 2回目のランニングで艇団が左右に分かれ、岸寄りのサイドを選択したところが風下マークで10位以下に落ちてしまった。フィニッシュまでのリーチングでラフィングの競り合いをしていた先行艇に対し、マークにまっすぐ走って7位でフィニッシュすることができた。」とのことでした。続いて行われた第 2 レースは 3 位でフィニッシュしたことを考えると、第 1 レースのランニングのコース取りで3位から10位以下まで順位を下げたのが悔やまれます。昨日から計4レース、吹いても吹かなくても常に上位に食い込む力があります。もったいないレースをしなければ、と思えてなりません。一度上げた順位を絶対に守りきる「したたかさ」が欲しいところです。

微風のコンデションもどうやら昨日まで、今日から強めの風になりました。トータルで女子が4位、男子は12位と順位を少しづつ上げてきました。レースは、当たり前ですが1レース1レースの積み重ね。焦らず一つ一つを大切に戦ってほしいと思います。


2010年 470級世界選手権大会 (オランダ・スヘフェニンゲン)報告 7月13日 大会2日

小松 一憲

ヨーロッパに長く好天をもたらした大きな高気圧が消え、西から前線を伴った低気圧がゆっくり近づいてきました。風が弱いのも今日まででしょうか、青空が広がったり、雲に覆われたり、空の変化と共に小幅ながら風向と風速も変化しました。11時のスタートに合わせて出艇したのですが、風が弱く、すぐに陸上に戻されました。15時までスタートが延期され、選手達は食事を取った後、13時30分に再び出艇しました。

風向350から20度、風速2.5から6メートル、潮流は下げ止まりから上げのMaxまでの時間帯で、男子が3レース、女子は2レースがおこなわれました。
男子は港を出て右側のアルファーコース、女子は左に作られたブラボーコースでレースをしたのですが、二つのコースの間に港の航路があり、その航路の幅を離して設定されたそれぞれのコースの中心の距離は、4マイル近く離れています。薄もやが出ていた今日のコンデションでは双眼鏡を使ってもチームを識別することはできません。したがって男子と女子のレースを両方同時に見ることができず、アドバイスを与えることもできません。男女共に自分達の力でスタート前の調整をおこない、作戦を考える必要がありました。チームの力、すなわち二人の力量が問われたと言えます。私は海上でスタート前に細かい指示は出しません。作戦を考える際の基本的な留意点、注意を払わなくはいけない事項、セールの形、気持ちを整える為に効果的と思われる言葉を状況に応じてかける程度です。あれこれ言うのは、試合前の練習でおこなうべきであると考えています。とは言え、普段、海上で行動を共にするコーチボートが、そばにいるかいないかは、安心感と言う意味からも大きな違いでしょう。

今日、私は女子の第1レース及び第2レースのスタート、男子の第3レースを見ました。近藤・田畑組は、私が見た2レース共に、スタート位置の取り方と走り出しが良く、安心して見ていることができました。第1レースはアウトサイドリミット寄りの2番手、第2レースは6番手、風速3から6メートルのコンデションでした。スタート後の走りも良かったと思います。今日の成績はどちらも6位でしたが「我慢して振れを待ち、良いと考えるレグを伸ばす」、「フレッシュウインドで走れるコースサイドをキープして戦う」、「ちょこまかとしたタッキングをしない」等、コースの取り方を修正することで、同じコンデションであれば、ワンランク上の成績でまとめることができると思います。第3レースはスタート後、風上マークに到達する前に風が弱くなり、途中で中止になったとのことです。スタートは、出るサイドを間違え、目を覆うようなスタートだったと聞きました。この幸運と今日の経験を生かし明日からパワー全開でレースしてほしいと思います。

原田・吉田組の私の見た第3レースのスタートは、失敗スタートでした。ブラックフラッグ掲揚のスタートで、本部船寄りを狙っていたのですが、15秒前にラインからはじき出され、入る所が無くうろうろしていました。潮流はスタートラインに対し約50度風下方向から、すなわちスターボードタックに対し直角に近い角度でMax2ノット(秒速1メートル)の速さで流れていました。スタート号砲後、4回のタッキングでスターボードタックのフレッシュウインドをつかみました。その後、風上マークまでほぼ全艇がスターボードタックを伸ばし、ポートタックをほとんど走ることなく風上マークに到達しました。風上まで10分間スターボードタックを続けると600メートル、右風上方向に押し上げられながら走る計算になるので、ほとんどポートタックを走らなくても風上マークに到達することになります。マークの近くになってポートタックを走った艇の中には、スピンを上げて風上マークに向かってくる艇があったほどです。走りは悪くなく、風上マークを6位で回航し、サイドマークまでに4位、第1風下マークで2位に上がり、フィニッシュは2艇身差まで追い上げ、2位でフィニッシュしました。

第1レース(9位フィニッシュ)は失敗スタート、第2レース(20位フィニッシュ)は、良いスタートをしたとのことですが、スタート後右に大きく風が振れ、順位を落としたと聞きました。そうだとしたらスタートするサイドを間違えた失敗スタートだったと言えます。なぜこのような辛口になるのかと言えば、今日の3レースをすべて1位でまとめたオーストラリアはじめ、2位から5位以の成績でまとめている上位陣をみると、いつもの顔触れなのです。しかも誰でも走れる今日の風速を考えると、スタートとコース取り、潮流への対応が、きちっとできていたのでしょう。よくありがちな、「しかたなかった」、「アンラッキー」等の言葉を使っては進歩が望めません。
サッカーワールドカップの日本の戦い方を評してオシム前監督が「日本人は悪かったことをはっきり言わない傾向がある」と新聞に書いていたように記憶するのですが、私もそう思います。明日の前進の為に良かったことも悪かったことも、噛み砕いて考え、吟味したいと思います。
女子は6・6位のトータル7位、男子は9・20・2位のトータル19位、まだまだレースはこれから、1レース1レースをしっかり考え、大切に戦ってほしいと思います。

2010年 470級世界選手権大会 (オランダ・スヘフェニンゲン) 報告 7月12日 大会初日

小松 一憲
今日からオランダ・スヘフェニンゲンで大会が始まりました。ここはロッテルダムから北北東に20キロ、デンハーグの北西6キロに位置し、北海に面した長い黄土色の砂浜が続いています。ライン川とマース川の沖積土による遠浅の海岸でもあり、沖合に3マイル離れても水深は12メートル程度しかありません。海水の色は、海岸の砂と同じく黄色みを帯び、北京オリンピックのセーリング競技会場となったチンタオ(黄河の影響受けている)に似ています。潮流は海岸線に沿って上げ下げで転流し、Max2ノット、満潮の1時間前に最速となります。これまで、オランダの試合と言えばアイセル湖でしたが、海の波と潮流のトレーニングをおこなう為に、オランダのセーリング連盟が、ここにトレーニングセンターを開設したと聞きました。

男子119艇、女子62艇の参加で、今日から1日2レース、予選6レース、決勝6レース、最終日(18日)のメダルレースと10位以下のチームによるフリートレースと合わせ、計13レースが行われる日程になっています。ただし今日は風が弱く、レースはキャンセルされました。陸上待機をした後、午後2時半に出艇したのですが、吹いていた4メートル前後の風がレース海面に到着すると、すぐに無くなり、午後4時半「後日に延期」の旗が掲揚され、帰港しました。無風の中を海上で待つ間は、潮流が最速の時間帯だったということもあり、各艇とも、アンカーリングや潮流に向かって走り続けるコーチボートに繋がれていました。また、帰港した各艇がスロープに引き上る態勢に入った時、土砂降りと強風のサンダーストームが通過しました。時間にしてわずか15分、マストを折った艇もあったようですが、大多数の艇は難を逃れました。

明日は、レースの開始時間を1時間早め、午前11時から3レースがおこなわれます。風の予報は明日も微風の様です。ここでの練習の5日間、予報は外れることが多かったので、ぜひ外れてほしいと思っているですが、さてどうなることでしょう。現地での事前練習が今年は例年の半分、不安が無いわけではありません。しかし選手達の頑張りもあって、コンディション作りはうまくいったように思います。できればレースがすんなり進行することを願っています。

デルタロイド レガッタ 2010 大会報告 5月30日 大会最終日

小松 一憲
薄い霧が湖面に立ち込め、時折、小雨のぱらつく天気となりました。昨日のメダルレースに出場したトップテンをのぞき、11位以下のチームでレースがおこなわれました。

予定の10時30分、珍しくゼネラルリコール無しでスタートしました。風向、255度±5度、風速、5から6.5メートル、コンデションもたいへん安定していました。風向に対して直角のスタートラインが作られたのですが、この角度になると約70パーセントの艇が本部船寄りに集まることになります。原田・吉田組は、ラインを計測し、冷静に判断して位置取りしました。無理をせず、集団がバラけたところに自分のスペースを作って並びました。毎日、一つの屋根の下で寝食を共にし、練習の日々を送っていると、艇の動きを遠くから見ていても、それを操船する選手の心の状態が解ります。今日のスタートには落ち着きが見られました。スタートを待つ間の並び方、スタートする直前の動作など、安心して見ていることができました。スタート後の走りもコースの取り方も良く、第1風上マークをトップで回航し、その後も危なげのない走りでトップフィニッシュしました。2位には松永・今井組が入り、トップテンを除くその他のチームで行われたレースとは言え、力のある選手が大勢残っていました。今日は、日本勢が気を吐いたレースを見せてくれました。

原田・吉田組は11位でデルタロイドレガッタを終了しました。マヨルカ島で3月に行われたプリンセス・ソフィア杯も同じく11位、二人の世界ランキングは14位、正直なところ、現在の実力と言えるでしょう。スピードの差ではありません。差があるとしたら、「練習中のスピードを再現する力」、「風速のアップダウンに対応する力」であって、これからの練習で身につけていけば良いことです。また、スタートを含めた「レーシングテクニック」もまだまだ磨きをかける必要があります。先を見ると遠く、しかも時間が無くなってきたように思えるのですが、とにかく一歩一歩、やることをやりながら可能性を信じ、ますます頑張ってほしいと思います。

試合を終え、その日のうちにドイツまで行き、近藤・田畑組の艇の修理を依頼してきます。そして艇を預けた後、アムステルダムに戻り、夕方の飛行機で一時帰国します。選手達は、だいぶ逞しくなってきました。インターナショナルの選手として力もついてきたと言えるのでしょう。2チームのこれからが、私の目にも楽しみです。

報告を終わります。

デルタロイド レガッタ 2010 大会報告 5月29日 大会4日

小松 一憲

日中曇り空、夕方から雨、オランダに来て10日になりますが久々の雨となりました。
今日は男女ともに2レースが行われました。風の予報は、大雑把い言えば、午前中、南、午後、南南東、夜、南東と出ていたので、左回りに変化してゆく事が考えられました。しかし、私が計測した結果で言えば9時30分から19時30分までの間、170度から200度(南南東から南南西)、30度右に変化しました。風速は、平均で7.5メートルから2.5メートルと次第に落ちてきました。

男子第1レース、10時00分、185度の風向に合わせ、マークがセットされて開始しました。原田・吉田組は本部船寄り5番手のスタートを狙いました。ラインはアウトサイドリミットマーク有利でしたから、始めから右方向に狙いを定めてのスタートでした。狙いとしては、決めてかかってしまっているという点で強引な狙いと言えます。大半の艇は左に寄って並んでいました。したがって隙間はたくさんあり、並ぶのは何も難しくありません。しかし、スペースにこだわって10秒前に、自分のスペースを広くする行動に出ました。結果は出遅れの失敗スタートとなり、すぐに逃げのタッキングをしたのですが、左有利のスタートラインで一番右で失敗をする、すなわち、この時点で苦しい展開が決まってしまいました。一番右の奥まで伸ばしながら待ったのですが、期待した風の振れも無く、強い風が入るでもなく、第1風上マークの回航は、29位となりました。フィニッシュは27位でした。

第2レース、マーク設定、195度、風速8から5メートル、レース中に徐々に風が落ちてきました。スタート直前に風が振れ、アウトサイドリミットマークが極端に有利になり、その有利なサイドの5番手でスタートしたのですが、一番良い時にタッキングをすべきでした。2分もしないうちに風は右に20度近く振れ戻り、タッキングのチャンスが無くなりました。スタートする前に右の奥に一筋見えていた風でした。トップの大半の選手はこの風を見逃さず、ちゃんとスタートラインの右ないし真ん中から出ていました。原田・吉田組は、第1レースで右に行けば左、第2レースで左に行けば右へと風が振れたことになります。トップの大半の選手が、この風に対応している以上、「アンラッキー」ですますことはできません。29位で第1風上マークを回航しました。その後もそれぞれのレグで風の振れと逆に走るケースが見られ、順位を上げられず、33位でフィニッシュしました。
以上の2レースで、12位に落ち、トータルのポイントで4点足りず、メダルレースの出場を逃しました。3月下旬のプリンセス・ソフィア杯は1点足りずに11位、「あの時、無茶しなければ、堅く走っておけば、数点ぐらいどうにでもなっただろう」と後から考えてしまうのですが、古今東西、セーリング競技にいつも付いてまわる後の祭りの話です。明日は、トップテンを除く、11位以下のチームで最終のフリートレースがおこなわれます。

女子第1レース、13時15分、風速3.5から4.5メートル、アウトサイドリミットマーク寄りの4番から、きれいにスタートしました。第1風上マークを4位で回航しました。ランニングで後続に追いつかれ風下マークを6位で回航、二回目のクローズホールドでコースの中間を走り、両サイドに伸びられる形となって11位、フィニッシュは10位でした。

第2レース、14時35分、マークセット、185度、風速、3.5から5メートル、本部船寄りの5番手で出て30秒走ったところ、左に約15度振れた風が入りタッキングしました。右に伸ばし、振れ戻りを待ったのですが、風はその後、最後まで振れ戻らず、苦しい展開となりました。それでもコースの4分の3走ったところで、右に可能性が無いと判断したのでしょう、目をつぶって集団に寄せて行きました。この傷を深くしない為のコース取りは立派でした。この様な時、「最後まで待つ」ということを理由に右エンドまっで行ってしまうのが普通です。第1風上マークを31位で回航し、その後、徐々に追い上げ、10位でフィニッシュしました。この10位は、もとはと言えば、目をつぶって集団に寄せて行き、集団に大きく離されないで回航した第1風上マークの順位があったからにほかなりません。

女子は、6位で午後8時にスタートしたメダルレースに進出しました。風速は2メートルから3.5メートル、風のむらが多い、岸に近いところでおこなわれました。風向は左に振れて180度、右は200度と20度の振れ幅がありました。スタートラインは、10度ほど本部線有利に傾いていましたが、右は岸が近く、風も左が平均して強く吹いていました。左から3番の位置に並んでスタートしました。フランスの1艇に先行されましたが、走りは悪くなかったと思います。第1風上マークを5位で回航し、その後、コースを3周する間、7位まで落ちましたが、結局5位のフィニッシュとなりました。近藤・田畑組はトータルの成績、6位が確定し、デルタロイドのレースを終えました。二人は、3月からの遠征で、全てのメダルレースに出場し、それぞれ、7位、5位、6位という成績をあげました。表彰台の常連となるまであと一息?いえ!二息ぐらいかもしれません。頑張ってほしいと思います。

私の報告は、詳細にレースの次第を記述するよう心がけています。しかし、このスタイルで始めたことを後悔することが、このところたびたびです。いずれまた、同じ土地で試合をするであろうことを考え、自分のメモリーとして、そして、選手へのメッセージのつもりで書いています。おのずと良い事ばかりではなく、思い出すのも辛い、語るのも辛いことを書くことになります。そのような時は読む人も辛いのは解っています。ただ、選手の技術的なレベルが上がってきた今、世界の頂点を目指し、頂きに近くなればなるほど道は険しくなり、少しの妥協も許されなくなります。選手は、傷口に塩を塗られる思いをしているかもしれません。しかし目をそむけることも、避けて通ることもできない、頂点への道です。日々苦悩しながらも、一歩一歩足を前に出していることをどうぞお察しください。


デルタロイドレガッタ2010 公式サイト
http://www.hollandregatta.org/

デルタロイド レガッタ 2010 大会報告 5月28日 大会3日

小松 一憲

天気が次第に良くなってきました。前線が遠ざかった為か、空を覆う雲も次第に少なくなり青空が広がってきました。予報もピタリとあたり、強めの風が吹き、おかげで朝10時から、男女のレースがスケジュールどおり進行しました。とかく海の上で待つことの多いセーリング競技において、それを解決する為に、今日おこなわれたレースのスタートの手順様が、インターナショナルのレース委員会で検討され、近い将来、スタンダード化して行くのではないと予想します。一回のゼネラルリコール後、次は必ずブラックフラックを掲揚し「一分間ルール」とする。次にゼネラルリコールの後のスタートは10分以内に行う、また明らかにゼネラルリコールとなりそうなスタートはAP旗を上げて、新たにスタートをやり直す。以上3点がスタンダード化すれば、風が良ければの話になりますが、ごくスムースにレースが進行するはずです。
ちなみに今日のスタートは、全てゼネラルリコール後、すぐに適用された「一分間ルール」でおこなわれました。

風は時間と共に南西から西、そして西北西へと変化し、13時から15時にかけて強く吹き、Maxで11.5メートルになりました。
『男子第1レース10時、風向、235度、風速、6から7.5メートル』、『第2レース、11時15分、風向、245度、風速、6.5から9メートル』、『第3レース、12時27分、風向275度、風速、8から11メートル』、『女子第1レース、14時、風向280度、風速、8から11メートル』、『第2レース、15時15分、風向、285度、風速、8から10メートル』、『第3レース、16時25分、280度、7から9メートル』、以上がそれぞれのスタート時間と風のコンデションです。
風向は基本的に右に変化して行きましたが、約10度の振れ幅で左右に振れ、この振れに合わせて、コースをとるのが今日のポイントだったように思います。

男子は、3レース共に第1風上マーク回航の順位が悪すぎました。2回目のクローズホールドのコースで上がってくる力があっただけに、残念です。最初の風上マークと2回目の風上マークの回航順位を列記すると次のようになります。『17位~10位』、『34位~16位』、『20位~7位』、「落ち着いて風の振れをつかみ、良く抜いてきた」と誉めてやりたのですが、大会で好成績をあげるには、この第1マークの回航順位を10位そこそこで安定させる必要があります。第1風上マークの回航順位が悪いのは、いつも言っていることですが「スタートが悪い」、「スピードが無い」、「コース取りが悪い」のいずれかに原因があります。今日の原田・吉田組の場合は、スタートの失敗でした。スタートは、「狙う位置」、「狙い方」、「位置取り」、「出て行き方」などなど・・説明すると長くなりますが、自分達のスタートの何が原因でそうなるのか、クルーとスキッパーで問題を共有し、二人で改善する努力をして欲しいと思います。フィニッシュは10位、17位、7位、トータルで7位に浮上しました。

男子ほどではないにせよ、女子のスタートにも同じことが言えます。また、女子の場合、スタートに加え、ランニングのスキルもアップしなければなりません。第1レースは、メインシートの絞り遅れによる失敗スタートでしたが、がまんして伸ばした右のコースの選択が良く、6位で第1風上マークを回航しました。アウトサイドリミット寄りの6番手に並び、積極的に攻めた第2レースの第1風上回航順位は4位でした。第3レースは、ラインの真ん中で、出た位置が凹んでいたこともありますが、最初に伸ばした右方向、二回目のクローズホールドで伸ばした左方向、いずれもコースの選択が逆になり順位を落としました。フィニッシュは6位、2位、19位、トータルで昨日よりも一つ順位を上げ8位となりました。

強風のレースは、「コースの取り方」と「走らせ方」が、微風に似ているとよく言われます。コースを例にとると、ちょこまかタキングせず、しっかりパフに入り、風の振れを見極めて、良いと思われる方向に伸ばすということになるのですが、これは微風のレースにも言えることです。今日も失敗あり成功あり、いろいろ勉強させてもらいました。明日予定されている残りの2レースは、今年のヨーロッパ遠征前半最後のフリートレースとなります。選手それぞれが納得のいくレースをして、明日の午後7時から始まるメダルレースに臨めるよう頑張ってほしいと思います。

デルタロイド レガッタ 2010 大会報告 5月27日 大会2日

小松 一憲

オランダは一日に四季があると言われます。天気が目まぐるしく変化し、予報もそれなりに難しいのでしょう、ここにきて、予報がアバウトで当たる程度になりました。朝は北東から東、午後に西から北西、夜が北西から西、それぞれ風速、2から3.5メートルと予報されていました。実際は、東寄り1から2.5メートルの風が13時に凪ぎ、16時30分になって西寄りに変わり、予報より若干強い4から5メートルとなりました。日中に少し青空が出たのですが、ほとんど雲に覆われ、昨日に引き続き寒い一日でした。

男子の第1レース、マークが95度の風向に合わせてセットされました。2回のゼネラルリコールの後、ブラックフラッグで3回目にスタートしたのですが、風向は75度に変化していました。風速は2.5メートルあるかなしか、ほとんど「ポートタック一本のコース」になっていました。ラインが大きくリミットマーク有利に傾いていた為、大半の艇が左に集まりました。そこを原田・吉田組は、冷静に判断したと思います。水深5から6メートル、底質は泥、マークをセットし直すのに何の苦労もいりません。いつもなら5度の風向変化の打ち変えも行うレースコミッティーが、今日に限って力を抜くということは考えられません。ということは、風向が戻る、あるいは風上マークではすでに戻っていると考えられます。スタートの号砲と共にタッキングし、右に展開しました。我慢して右方向に走り、マークに近づいてから数度のタキングをおこない、2位で第1風上マークを回航しました。その後、3位以下を大きく引き離し、2位を守ってフィニッシュしました。

第2レース、11時56分、風速1.5から2メートル、風向95度±15度、1回のゼネラルリコール後、ブラックフラックのスタートになりました。風の振れをしっかり把握し、アウトサイドリミットマーク寄りから1番で出ていきました。コースの中央を何度かタッキングしながらフレッシュウインドの中を走り、2位の艇に25秒の差を付け、トップで回航しました。トラぺゾイド・アウターのコースでは、風上マーク回航後、リーチングのコースとなる為、接近して回航した艇はどうしてもラフィングして自分のポジションを守ろうとします。いっぽう、トップの艇は後続艇を少し引き離して回るだけで、サイドマークに向かって真っ直すぐ走ることができ、ダントツになる傾向にあります。走りも良かったのでしょう、フィニッシュする時には2位に3分以上の差を付けていました。

ブルーリボンのグループがフィニッシュする13時20分頃から弱い風がさらに落ちて、凪ぎの状態になりました。2時間近く待っても吹いてくる気配を見せず、男子の第3レースはキャンセルされました。

女子は男子の中止が決まって、さらに1時間待ったところで、一旦ハーバーに帰させらされました。帰港する途中で西からの風が入り、陸上に上がって約10分、17時に再び出艇の合図が出しました。18時12分、260度にマークがセットされ、風速は2.5から3メートル、1回のゼネラルリコールの後ブラックフラッグのスタートとなりました。アウトサイドリミット寄りの15番の位置で待っていたのですが、10秒を切ってから、スタートのポジションを取り直す行動にでました。スペースを見つけ、一秒前にラインに入ったのですが、この様なバタバタのスタートの結果は言うまでもありません。すぐに風上の艇のブランケットを受け、逃げのタッキングをせざるをえなくなりました。さらに、右にしっかり出て行かなければならないところを、少し走って再びタッキングを返しました。風上マークに到達するまで、コースの中央で何回タッキングしたことでしょう。微風の乱された風の中でのタッキングでした。ロスは計りしれません。第1風上マークを20番後半で回航し、その後も順位を上げることができず、27位でフィニッシュしました。

第2レース、19時23分、すっかりお決まりとなってしまったブラックフラッグのスタートでリミットマーク寄り8番に並びました。風速は少し上がり、4.5から5.5メートル、風向260度±10度、岸から吹いてくる為、不規則に変化しました。第1レースの戦いぶりを見て「もっと主体性を持ったコース取りを!もっと大きなコース取りを!大きな風の振れをつかむように!しっかり我慢して、出て行か無ければならない所まで出て行くように!狙わなければいけないのならしっかり狙いに行って!」と声をかけました。いつも言ってることで、言っている内容は同じ様な意味合いの言葉でしかありません。「しっかり」、「もっと」を何回使ったでしょう、思い返すと自分でも可笑しくなります。このレ-スは、二人が気を吐いて臨む姿がありありと見てとれました。気になった小さなタッキングはありましたが、走りが悪くないうえに、フレッシュウインドをつかんで走る時間も多かったのでしょう、第1風上マークを4位で回航しました。回航後のジャイブの選択、風下ゲートの右サイドの選択、ランニングの艇団をやり過ごしてのタッキング、それらの動きに落ち着きを感じました。第2風上マークで2位に浮上し、3位を大きく引き離してフィニッシュしました。

レースは、今日で半分を終えました。トータルで男女共に9位と順位を上げてきました。しかし、嬉しいのは男女それぞれに「レースの進め方」にリズム?を取り戻しつつあり、手ごたえが感じられたことです。リズムというのは、場面場面で納得のいく行動なり判断ができていて、違和感を感じることなく見ていられることを私なりに表現したものです。日頃の練習量の差を発揮するのはここからでしょう。体力と気力、そして判断力、クルーとスキッパーのチームワークをフル回転させ、レースして欲しいと思います。

470級と帆船、船齢の違いは一体どのくらいなのでしょう。休日ともなると、この様な帆船が10艇以上も走っているオランダは、間違いなく、帆船で世界に雄飛した国です。

デルタロイド レガッタ 2010 大会報告 5月26日 大会初日

小松 一憲

ISAFグレード1のレース、オランダ・メデンブリックでの大会が今日から始まりました。このメデンブリックは、日本の470陣が36年前、初めて海外遠征をした所で、昔ながらの家並みと城が残る、小さな観光の町です。その初遠征は、前年度の世界チャンピンに勝って2位となり、華々しくデビューしました。華々しいなどと本人(小松・奥崎組)が言うと、誇張しすぎと笑われるかもしれません。その後、ここで1978年、甲斐・小宮組が世界選手権で優勝、女子の重・木下組の大活躍(詳しい成績を思い出せません)があり、さらに3年前、女子の田畑・栗田組が優勝、続いて昨年、近藤・田畑組が優勝しました。田畑選手は、2年連続でスキッパー及びクルーとして優勝しています。

日本選手が過去に良い成績をあげた場所と紹介すると、今日もそれに準じたレースができたのではないかと期待されるでしょうが、アビームの2チームは、それぞれに苦しい初日となりました。前線がオランダの南に、斜めに横たわり、そこへ北東の冷たい風が入る、日本の関東南岸でもよく見られる気圧配置となり、手袋が欲しいほどの寒さになりました。天気は曇り、厚い雲が時折空を覆いました。風は男子のレースが始まった午前11時に65度±20度、3.5から5.5メートル、風向の変化が大きく風のむらもあって難しいコンデションになりました。男子のレース終了後に女子が始まり、15時に55度±10度、4から5メートル、16時45分、35度±10度、6から7メートル、17時55分、25度±10度、7から9.5メートル、これを要約すると、風向は時間の経過とともに東北東から北北東へ40度変化し、それに伴い風速も徐々に上がっていったということになります。

男子、第1レース、本部船寄りに20艇の集団ができ、その集団の風下に並びました。スタート直前、メインシートが突然ゆるんだのが見えたので、何かのトラブルかと思ったのですが、本人達はスタート4分前の号砲(音)がずれていた為、それに合わせたということでした。結果はメインシートを締めるタイミングが遅く出遅れのスタートとなりました。タッキングをして逃げ、スタートラインを切った時には30秒が経過していました。号砲(音)というのは、ルール上、あくまでも補助的なもので旗の上げ下ろしが優先されるという基本的なルールを忘れてしまったのは残念です。「音がずれていた」、これは音を鳴らすコミッティーの係が、失敗したと考えるべきでした。「機転を利かす」、セーリング競技では大変大切なことと言えます。
第1風上マークを21位で回航し、途中14位まで上がりましたが、第2風上マークに行く間に順位を落とし、フィニッシュは22位でした。

第2レース、スタートライン上に並んだ艇の真ん中、リミットマーク寄り、3分の1の所から出ました。フランス、アルゼンチン、クロアチアと世界のトップランキング艇の間に挟まれ、悪くないスタートに見えました。ただし最初のタッキングのタイミングを焦りすぎました。同時にタッキングしたアルゼンチンのホープレスとなり、再び逃げのタッキングをしなければならず、これでリズムを崩し、その後はコースの真ん中を内側、内側と走って、両サイドの艇に先行されてしまいました。それでも風上マークを11位、フィニッシュは9位となりました。

第3レース、男子のスタートが始まろうとした時、早めに出てきた近藤・田畑組は、そのスタートライン付近で男子のポートタック艇と接触し、ミジップのガンネルに縦の亀裂が入る程のダメージを受けました。これに応急処置を施す為、男子のスタートを見ることができませんでした。後から聞けば、アウトサイドリミットマーク寄りの一番手を狙い、スタートしたところ、ポートスタートを狙った艇に風下でタッキングされ、苦しくなってタッキングしたとのことでした。次に自分達の右から出て来た艇の風下で受け、左展開となったところ、右の振れをつかんだ艇に前を走られてしまったとのことでした。スタート直後、右に出て行けば良かったのを、数艇の後ろを通過することを嫌った為に、スタート時点の左振れの風を有効に生かせなかったようです。このレース、スタートラインの中央から出た松永・今村組が素晴らしいコース取りをして風上マークをダントツで回航しました。その後も2位の集団に追いつかれること無く、余裕のトップフィニッシュになりました。原田・吉田組のフィニッシュは13位でした。

男子の3レース目が終了するのを待って、15時27分、3回のゼネラルリコールの後、4回目にブラックフラッグで女子がスタートしました。本部船寄りの真ん中から無難にスタートし、風上マークを5位で回航しました。風下マークでは4位に上がりましたが、二回目のクローズホールドで順位を落とし、フィニッシュは12位、失格艇が3艇あった為に11位の順位がつきました。クローズホールドのコース取りで、必要であればコースの端に出るくらいの思い切りが欲しいところでした。集団の内側で受けるだけでなく、もう少し、風の強さと方向に応じてコースをとれば良かったと思います。艇のダメージは大きかったのですが、通常のセーリングで、水が入らなかったのは不幸中の幸いでした。

第2レース、少し風速が上がってきました。ブラックフラッグのスタートで、ラインの中央から出たのですが、出た位置が凹んでいたと思われます。ホープレスにはなりませんでしたが、風上マークに近づくにつれ、コースの両端から寄せてくる艇団に呑みこまれる形になりました。さらに風上マーク手前250メートルの所でスターボード艇を避けさせるケースを起こし、720度回転をしました。風上マークを回航した時には後ろに3艇しかいない状態になっていました。風速が上がってきて、マストのチューニングが合っていなかったこともあるのでしょうが、精神的な動揺が加わったのでしょう、順位を上げること無く36位でフィニッシュしました。

第3レース、ブラックフラッグのスタートで本部船寄り10番の位置から出て左に伸ばしました。風速が上がってきてのチューニングもぴったりだったのでしょう、また、この風速域のスピードはメデンブリック入りしてから冴えていました。良いスピードと上り角度で走り、風上マークをほぼダントツで回航しました。ランニングで追いつかれ、差は縮まりましたが第2風上マークもトップで回航しました。最後のランニングで3位に落ちはしましたが、リーチングで一艇を抜き返し、最終的に2位でフィニッシュしました。

スタートの失敗、風を見極められなかったことによる思い切りの無いコース取り、スタート前の接触による艇のダメージ、ポート・スターボーの720度回転、アビームチームの男女2艇にあったマイナスの出来事です。
両艇共に事前の練習でスピードにある程度自信を持って臨んだ初日でした。もう少し、しっかり走れば・・と、ため息が出ます。しかし、ありきたりの言い方になりますが、レースはまだ初日、走りに遜色ないことを盾として、攻める気持ちを前面に出し、そして冷静に戦ってほしいと願っています。

かつて、メデンブリックのレースは、町の運河沿いに艇を置き、運河を通って出艇しました。多くの日本選手の思い出の詰まった運河の風景は、私の先輩たちがここに来た頃から変わっていないのではないでしょうか。アイスル湖を周航する帆船の姿とレガッタオフィスに使われた建物を懐かしく思い出されるに違いありません。


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2010年 ガルダ・オリンピックウイーク 大会報告 5月15日 大会最終日

小松 一憲

薄日の差す曇り空、男子の終了後、11時17分、風向0±15度、風速4から5メートルのコンデションで、女子のメダルレースがスタートしました。スタートラインは175メートルと長く、風上マークは右にずれ、ヨット乗り用語で言うところのポートロングのコースとなっていました。経験あるレースコミッティーがどうしてこのようなスタートラインとコースでレースをおこなうのでしょう、不思議に思うかもしれません。北の風で風向が非常に不安定だったということもあるのですが、実はガルダ湖の水深に問題があります。最大水深はなんと346メートル、レースエリアにいくつもの小さなマーク(白いポリタンク)があらかじめセットされていて、そのロープに大きなブイを取り付けてコースを作ります。4ミリぐらいのロープを使いアンカーの代わりにコンクリートのブロックが付けられていると聞きました。位置の調節は、マークであればロープごと引きずり、本部船の場合はロープを足したり、引いたりしておこないます。しかし、普段吹かない風向(珍しい風向)や普段使わないマークの距離に対応することは非常に困難で、今日のように偏ったコースになってしまうのは仕方ないのかもしれません。昨日までのレースも、35艇の出走数に対し、440メートルという大変長いスタートラインでおこなわれていました。470級であれば艇数×5メートル、おおよそ175メートルというのが一般的な長さと言えます。

風が15度振れてアウトサイドリミットマーク有利のスターラインに、左から昨日までの成績で2位のイタリア、3位の吉迫・大熊組、1位の近藤・田畑組の順で並びました。スタート号砲後、全艇がすぐにタッキングし、ポートタックになりました。吉迫・大熊組及びイタリアに比べ若干スピードで勝っていたよう見えました。前に出て行く近藤・田畑組の走りを見て、私は二人の優勝を確信しました。吉迫・大熊組とは13点、イタリアとは10点の点差を持って臨んだこのメダルレースですから、この2艇と一緒に走りさえすれば勝てる計算でした。風上マークをトップで回航し、その後もマークチェンジはおこなわれず、「かた振れ」のままでしたからイージーなレースとなりました。同じ日本選手には負けられない、今年に入って2連敗のイタリアの前をなんとしても走りたいという意地も感じられ、危なげなく最後までトップをキープしてフィニッシュしました。吉迫・大熊組もイタリアを逆転し1点差で2位となりました。

簡素な表彰式でしたが、表彰台に上った近藤・田畑組の顔は晴れやかでした。同じく銀メダルを首にかけて並ぶ吉迫・大熊組の二人もいい笑顔をしていました。これからも、この2チームは、よきライバルとして切磋琢磨し、高いレベルでの好勝負を期待したいと思います。

どんなレベルのレースでも、きっちり勝つことが重要で、簡単ではありません。その意味で「おめでとう!」の言葉を二人にかけてあげたいと思います。ただし、今回、競り合ったイタリアは、これまで使っていたセールをチェンジし、新しいセールをテストしていた節があります。侮るようなことは微塵もあってはなりません。今日が終わり明日の朝を迎えたら、気持ちを切り替え、また一歩一歩前進あるのみです。これよりドイツに向かい、男子のボートを修理し、四日後にはオランダでの練習を開始します。

フィニッシュまであと300メートル、ウイニングランの近藤・田畑組。いつの日か4人そろって金メダル・・・、悲喜こもごもの笑顔です。二人を祝ってくれたのでしょうか、穏やかな表情を見せるガルダ湖を背景に記念写真を撮りました。二枚を添付し、報告を終わります。

2010年 ガルダ・オリンピックウイーク 大会報告 5月15日 大会4日

小松 一憲
この時期の天気の悪い日、湖上の気温は、山の裾野と湖岸の新緑が無ければ冬と錯覚するかもしれません。今日は曇り空の中で3レースが行われました。昨日、着岸時のトラブルで船腹を破損した原田・吉田組はレースを断念し、コーチボートで観戦しました。

第1レース、10時48分、風向、0±10度、風速、5から6.5メートル、今大会、初めての北の風でした。左に10度振れ、アウトサイドリミットマークサイドが極端に有利な状態で始まったのですが、AP旗が上がり、ラインが修正されました。11時00分、再開したスタートで、ほぼ全艇が30秒以内にタッキングし、ポートタックになりました。近藤・田畑組はスタートラインの3分の1、アウトサイドリミット寄りに並んだ艇団の右はじにポジションを取り、スタートしました。左に振れた風がなかなか戻らず、右を我慢して伸ばしました。アウトサイドリミットマーク寄りから出たグループには良い風が入り、近藤・田畑組はフレッシュウインドをつかんではいましたが苦しい位置関係が続きました。第1風上マークの回航は23位、回航後、サイドマークに向かって真っすぐ走り、風上に膨らんだ艇団に追いつきました。サイドマークを18位で回航し、次のランニングもスターボードタックを伸ばして2艇を抜き、2回目のクローズホールドではさらにジャンプアップして8位にあがりました。ランニングのコースの4分の1を走ったところで、風が一気に180度変わり、4から5メートルの風が前から吹いてきました。スピンを下していきなりトラピーズに乗りはじめました。時間は11時30分を少し回っていたでしょうか、ガルダ湖らしい劇的な変化です。このレース、8位でフィニッシュしました。

第2レース、195度で作り直されたコースで12時29分にスタートしました。風速は5から6.5メートル、いつもの南の風のレースになりました。アウトサイドリミットマーク寄り、1番手で出て、5秒後にタッキングし、右に展開しました。近藤・田畑組のこの戦法は、曇り空、南の風の吹き始め、アウトサイドリミットマークが有利なスタートライン、そのような条件でのセオリーかもしれません。スタートラインの傾きを無視し、本部船横から出て右の崖を目指すコース取りよりも、この選択のほうが正しいと思われます。風上マークを4位で回航し、その後、大きな変化は無く、第1風下マーク3位、第2風上マーク4位、フィニッシュ4位となりました。

第3レース、アウトサイドリミットマーク有利だった1回目のスタートでAP旗が掲揚され、スタートラインの角度が修正された後、2回目、13時42分にスタートしました。195±10度、風速6から7メートル、晴れている日に比べて、風は吹きあがりません。とは言え、いつものパターンで、時間の経過とともに右に少し振れ、平均で1~2メートル上がってきました。スタートラインが修正されたこと、南の風が吹き出してから時間が経過していること、第2レースのスタートとスタートラインが修正される前のイメージが多くの選手に残っていて各艇はライン上に散らばり、本部船横もそれほどの混雑はない、それら、もろもろを考えてのことでしょう、イタリアのエース、ガブリオ・ザンドナ選手は本部船横を狙いに来ました。当然、コースも右の崖方向狙いです。そしてその狙い通り、第1風上マークをトップで回航しました。近藤・田畑組は本部船寄り、9番でスタートし、15秒後にタッキングして右に伸ばしました。悪くないスタートでしたが、スピードで競り負けた男子の1艇に風上を突破され、乱れた風を受けながらの右伸ばしとなりました。第1風上マークは9位で回航しました。その後第2風上マークで11位、ランニングで12位に落ちフィニッシュしました。

今日の3レース、女子だけでカウントをすると2・1・2位となり、トータルでトップ、2位にいる世界ランキングトップのイタリアとは10点の差です。明日のメダルレースで決着がつくでしょう。原田・吉田組は3レース出走しなくても10位の成績がつきました。これで、メダルレースに出場する権利を得ましたが明日も欠場し、コーチボートから観戦します。

今回のレースは、トップレベルの男子選手がイタリアとアルゼンチンの2艇、女子はイタリア1艇だけしか参加していません。近藤・田畑組及び原田・吉田組の順位は、今年に入っての戦績からすれば順当なところです。ただ、近藤・田畑組は、今年2回手合わせして負けているイタリアに、ぜひ勝つべきです。男子もそれぞれ2敗していた彼らに勝ってほしいところでした。レースを終えた原田・吉田組ですが、スタートからフィニッシュまでの「レースの進め方」と言うのか、「レースの組み立て方」と言えば良いのか、それらをコーチボートから見て比較するとアルゼンチンには「落ち着き」、「セオリー通りに走る」、「状況判断の的確さ」という点で、イタリアには「攻める」、「徹底する」という言葉で表現されるところで負けていたと思います。この2艇との競り合いに勝つところを何度か見せてくれた原田・吉田組に「1レース1レース、一場面一場面をしっかり記憶に留め、新たに作った引き出しを、すぐ使えるようにしておいてほしい」と言葉をかけたいと思います。

2010年 ガルダ・オリンピックウイーク 大会報告 5月13日 大会3日

小松 一憲

今日は、スタート予定時間、10時30分ぴったりにレースが開始されました。9時を過ぎて南から2メートル弱の風が吹きだし、スタートする頃には180±10度、6.5から8.5メートルのコンデションになりました。第2レース、11時35分、第3レース、12時40分、第3レース、13時39分、レースは一時間の間隔で立て続けにおこなわれました。

第1レースは、両艇共にスタートラインの真ん中から出て少し走り、タッキングをして右の崖方向に伸ばしました。スタート後、ほぼ全艇が同じ動きをし、右へ展開しました。岸に近づくにつれ徐々に風向が右に振れていき風速も上がってきます。右に風が振れていくことで、平行に並んでいた艇が前に出る形となり、ホープレスになって我慢できなくなった艇が左に返してきます。この流れについて行き、そこで生き残り、崖の際にたどりついた順に風上マークを回航することになります。ただし、崖の際は断続的に風が入る為、やみくもに近づくのではなく、風が入っている時とそうでない時を見極め、近づく判断をします。2艇共に、この流れについて行けず、ホープレスを嫌って左に出したのですが、出した分だけ風上マークの回航が遅れました。20位から25位の間で回航したのですが、その後、落ち着いたコース取りで順位を挽回し、原田・吉田組8位、近藤・田畑組11でフィニッシュしました。

第2レース、8から9メートルあった風が、第2風上のレグ(アウター)の風上マーク300メートル付近で一時2メートルにまで落ちました。それまで15位ぐらいを走っていた近藤・田畑組及び原田・吉田組がしっかり風のある所を走り、さらに風向変化をうまくとらえて2位と4位に浮上し、その順位を守ってフィニッシュしました。

第3レース、スタート時点の風は15度ほど左に振れていました。それでも近藤・田畑組は崖に早く近づくことのできる本部船横からのスタートを選択しました。風の振れは一時的なもので、右の崖沿いに次の風が入っていると判断したことも、その理由にあげられるでしょう。原田・吉田組はリミットサイド横から出ました。申し合わせたかのように全艇がスタート直後にタッキングし、ポートタックになりました。風が右に振れ戻る前まで、原田・吉田組のポジションはトップだったかもしれません。数分後、風は、やはり右に振れてきました。近藤・田畑組が第1風上マークを4位で回航したのに対し、原田・吉田組20位と明暗を分けました。その後の走りで挽回し、フィニッシュは7位、近藤・田畑組は5位でした。

第4レース、風向205±10度、風速8.5から11メートルと風は右に振れて上がってきました。大集団になった本部船横から出遅れて出て行き、右に展開した近藤・田畑組は第1風上マークを10位で回航しました。一方、原田・吉田組は、本部船横10番手ぐらいに並びました。その付近からリコール艇が出たのですが、出過ぎと判断して少し引いてのスタートとなりました。逃げのタッキングをしたところまっでは、狙う位置が悪かった普通の失敗スタートでした。しかし、次に1艇のスターボードタック艇を避けた後、続く2艇目も無理せずに避ければよかったのですが、前を通れると判断した為に軽微だったようですが接触してしまいました。昨日同様、スタートライン上で、しかも風速が上がってきた中で720度ターンのぺナルルティー解消をおこないました。それを終わった時には、一艇のみ取り残されていました。それでもフィニッシュまで8位に上がっていけたのですから、そこでの無理が悔やまれてなりません。近藤・田畑組は12位でフィニッシュしました。

第3レースが終わる頃からか風速が上がってきました。風速は12メートルを超し、着岸する頃には15から18メートルまで上がっていたと思われます。原田・吉田組はスロープに着岸し、自分達の船台を用意しようとしたわずかの間に、幅の狭いスロープに半分水没していた49er級の船台があり、艇をぶつけてしまいました。スターボードサイド後方船腹に穴が開く、大きなダメージになりました。応急処置を施し、明日のレースに間に合わすというレベルではありません。修理を依頼するにしても週末です。また、デリケートなレース艇を託せる良い所は、近くにありません。私は、明日からの彼等のレースのリタイヤーを選択しました。1300キロ離れていますが、昨年、近藤選手が修理をしてもらった腕の良いボートビルダーがドイツのキールにあります。さっそく次のオランダでのレースに間に合うよう連絡を取りました。

今日までのトータルで近藤・田畑組が1位、原田・吉田組は3位になりました。「良くやっている」と言えるでしょう。しかし、私のコメントは辛口になり、特に近頃、選手の試合内容の報告も良かったことより失敗の記述のほうが多くなりました。しかし、選手は頑張って、上手に試合しているからこの成績なのであって、失敗ばかりしているわけではありません。正直なところ、私の報告は偏ってしまっていると反省しています。心躍る、楽しい話のほうが興味を持って読んでもらえるのは言うまでもありません。チームの雰囲気が悪るいわけではありません。坦々と日々を過ごし、練習と試合に明け暮れ、その中で楽しいことも、皆で大笑いすることもあります。選手の変化ではなく、私が変化したのでしょう。選手のレベルが上がってきていることを実感している私は、頂点を目指し、視点をそこに置くあまり、成長を辛抱強く待つと言いながら、あってはならない焦燥感を漂わせてしまっているのかもしれません。もしそうだとしたら本当に反省します。そして選手に「申し訳ない」と謝りたいと思います。
私の若い時に比べれば、何倍もまじめに取り組み、持っているポテンシャルも何倍も上であるという点に過剰に期待してしまっているのでしょう、それもこれも本当に申し訳ないと思います。

15メートルオーバーの風が吹いてくる5分前、南の空と、風を呼んでいる北の青空、ガルダ湖の写真を添付します。


2010年 ガルダ・オリンピックウイーク 大会報告 5月12日 大会初日

小松 一憲
今日から16日までの日程でガルダのオリンピックウイークが始まりました。フランスからここに来て1週間がたちますが、はっきりしない天気が続いています。今日も雨が降ったり止んだりで、風が弱いうえに方向も定まらず、レースは初日から延期となりました。

ガルダ湖はアルプスから注ぎ込む冷たい水を豊富に湛えています。日が高くなるにつれ、湖の遥か北に連なる2000メートル級の山の岩肌が温まり、湖水との温度差によってできた風が南から北に向かって吹き込みます。湖の北部は、ラッパのように細くなり、側面に高さ1000メートルを超すと思われる崖と山頂に残雪の残る山がせまり、そこで収束される風は、強く安定して吹くと定評があります。しかし、山が連なる北方向の天気が悪いと、湖がたとえ晴れていても風は強くなりません。今回のように、北イタリア一帯が広い範囲に渡って天気が悪いとなればなおさらのことです。

470級の参加は男子23、女子12、合わせて35艇(10カ国)とさみしい数になりました。フランス・イエールとオランダ・メデンブリックで開催されるISAFグレード1の大会との間におこなわれるグレード2の大会ということで、参加艇数はもともと多くありません。ただ、同じグレード2の大会でも男女合わせて100艇前後が集まるスペイン・マヨルカの例もあります。海で行われることの多いセーリング競技ですが、湖で行われることは特別珍しくありません。しかし、ガルダ湖は前述の通り特異な場所です。ここ以外ではあまり使うことの無いレーシングテクニックを必要とします。参加定数の増えない理由に開催時期の問題もありますが、この特異性が敬遠されているのかもしれません。「何度も行かなくてもよい所」ということなのでしょう。

ローマ時代から続く保養地、ガルダ湖、遠くに残雪を頂いた山々、穏やかな新緑の東岸とは対照的に、西岸は湖面から険しく立ち上がる石灰岩の高い崖、自然の織りなすその美しさに魅了されます。しかしここは、武者修行で言えば、「特異な使い手との勝負の地」、レーシングテクニックの引き出しを多くする絶好のチャンスととらえ、しっかり戦ってくれることを期待します。明日は、11時スタートの予定を2時間早めるとのこと、「何とかレースを・・・」というコミッティーの熱意が伝わってきます。

2010年 イエールオリンピックウイーク (フランス・イエール) 報告 4月30日 大会最終日

小松 一憲

最終日もシーブリーズが吹くのを待ち、岸から約2キロほど離れたところに作られたコースでメダルレースがおこなわれました。日本では昨年の470級全日本選手権大会(福岡県・小戸)で初めてメダルレースが実施され、今後も少しづつ増えていくと思われますので、参考までにコースの設定につき紹介します。
35フィートぐらいのボートが本部船、アウトサイドリミットマークには20フィートほどのラバーボート、スタートラインの100メートル風上に2個のブイによるゲートマーク、そして風上マークでコースがつくられました。
スタートラインは、風向に合わせ、こまめにセットしていましたが、私の持つ距離計で計ると常に110メートルの長さでした。コミッティーはGPSを使い、て0.06マイルの長さでセットしていたと思われます。ラインの傾きは、かならずアウトサイドリミットマークを5度有利に傾けていました。また、本部船には風向と風上マークまでの距離が表示されていたのですが、風上マークまでの距離は0.35マイル(約630メートル)でした。この距離は、今日の風速2.5から3.5メートルのコンデションでの長さで、風速が上がってくると長く伸ばされたのではないでしょうか。

さて、肝心のレースのほうですが、12時54分、風向170度、風速2.5から3メートルのコンディションで男子がスタートしました。原田・吉田組は、左から2番目、風下にイスラエル、風上にはスエーデンが並びました。どの艇に対しても、遜色ないスタートをして、そのままレイライン近くまで走りました。ただ残念なことに、スタートして約1分30秒後、風が10度ほど右に振れました。それでも並んでいた周りの艇に走り負けることはなく、少し頭を出す傾向にあり、走り自体は悪くなかったのではないかと考えます。風が右に振れること、右の岸方向に強めの風が吹いていること、それらを読んだと思われるイタリアがスタート後にタッキングをして右に展開し、風上マークをトップで回航しました。どして右を選択したのかといえば、スタートが始まる少し前に、フランスの女子が右の海面で練習をしていて、強めの風を受けて走っていたのを見ていたのでしょう。また175度で始まったレースでしたが、その前に一度、220度からやや強めの風が入り、コースをセットしかけたことも、徐々に右に風が振れて行くと読んだ根拠になったのではないでしょうか。風上マークを9位で回航した原田・吉田組は、風下マークで6位、第2風上マークで7位、フィニッシュも7位という順位で、集計の結果、この大会を5位の成績で終わることとなりました。

私は、どんなレースでも、また、誰に対してもスタート前に、コースの選択に関し、指示することはありません。老いぼれたとはいえ、自分ではまだ、「いざ鎌倉!」のつもりでいます。スタートが始まる前に、どの様にスタートし、コースをどう取るかということは、私なりに考え、決まっています。しかし、それを『コーチたる者、絶対に口にすべきではない』の教えを金言として守っています。その教えは、1984年ロスアンゼルスオリンピックに於いてアメリカに金メダルラッシュをもたらしたと言われるロバート・ホプキンス氏が日本ヨット協会の招聘に応じて来日、1986年、横須賀市・佐島マリーナで実施されたナショナルチーム強化合宿の夜のミーティングで話されたものです。「臨機応変に判断し、対応しなければならないレースにおいて、選手の思考を方向付けてしまったり、選手の判断のさまたげとなる。ひいてはそれを失敗の原因とし、反省もせず成長もしない。」というのがその理由です。少し違うかもしれませんが、例を挙げるのなら、子供に「あれをしろ、これをしてはダメ」と、何から何まで指示する子育ては良くないということになるのでしょうか。

レースの報告から、また話がずれてしまいました。男子に引き続き行われた女子のレースは、風が平均で0.5メートルほど上がり、風向も右に振れ、230度のコースでおこなわれました。左から3番目に並び、風下にはイタリアがいました。現在もランキング1位のイタリアですが近藤選手とスタートで並ぶのをよく目にします。狙うポジションが同じということもありますが、イタリアは近藤選手の風下に位置するのを狙っているのではないかと思える節もあります。ランキング2位の近藤選手は1、スタートラインの高さに対する位置取りが低くい傾向にある。2、性格はおとなしく、リコールする程、攻めない(前に出ない)。3、風下にルームを持って待つことが多い。などがその理由としてあげられ、近藤選手より、ちょっと前に出て頭を出せば良いスタートができるということを解ってのことでしょうか。だとしたら、かなりの試合巧者と言えます。この様なケースで90パーセント以上の確率でイタリアとの競り合いに負ける近藤選手に、一昨日、スタートのテクニックについて、話をしたばかりでした。近藤選手にしてみれば、私から聞く話として耳新しいことではありません。今日は、そのイタリアを相手に、絵に描いたようなテクニックで封じ込めました。イタリアが逃げのタッキングをしなければならない状況を作れた近藤・田畑組に逞しさを感じ、嬉しく思います。しかし、イタリアもさすがです。風上マークまでにスタートの劣勢を挽回し、近藤・田畑組より前に回りました。やはり、その力は素直に認めざるをえません。まだ、二三、コース取りに関しての話があるのですが、長くなるのでまたの機会にします。
第1風上マークを9位で回航した近藤・田畑組でしたが、風下マークでは6位に上がり、第2風上マークで、再び9位に落ちました。続くランニングで沖側のコースを長く伸ばし、ジャイブして岸方向に行った先行の集団をごっそり抜くことができました。2位でフィニッシュしたのですが、沖側は、マークの回航直前に風の角度が良くなっていました。風も強く吹いていたことがジャンプアップの要因になり、その風を利用してビリから4位まで上がってきた、イスラエルのクローズホールド走りを見ての判断だとしたら、たいへん落ち着いていたと言えるでしょう。今日の2位で昨日までの5位をキープし、男子同様、5位でイエールを終わりました。

男女共に5位、成績としては悪いとは思いません。むしろその逆でしょう。しかし、自分達の目指すところは、もっと高いところにあります。その頂を考えると、正直な感想は「まだまだ先は長いな~」ということになります。風が強ければもっと良い成績が取れたのかと聞かれれば言葉に詰まります。今大会は風が無かった、弱かったと言うのは、優勝できなかった理由になりません。大会が終わり、明日の朝には、蜘蛛の子を散らしたように選手達は姿を消すでしょう。私達は、ここイエールに残り、数日、練習をしてイタリアのガルダ湖に向かいます。

「イエールの涙はイエールに置いて行く」などと言うと、悲壮感が漂って聞こえるかもしれません。実は、今日のメダルレースを見て、以前から少し気になっていた走らせ方があり、さっそく明日はそれを検証してみたいと思います。そのように明日の練習を考えると、また早く海に出たくなります。

報告を終わります。

470級 男子リザルト
http://sof.ffvoile.net/results/470m.htm

470級 女子リザルト
http://sof.ffvoile.net/results/470w.htm

2010年 イエールオリンピックウイーク (フランス・イエール) 報告 4月29日 大会5日

小松 一憲

高気圧すっぽりの同じような晴天なのに、シーブリーズの吹き出しが早かったっり遅かったりするのはなぜでしょう。シーブリーズが、早く入ってくるのは大歓迎です。今日は、その早いほうのパターンで、風速3から4メートル、風向も比較的安定していました。

12時25分、風向225度、男子のレースが開始しました。ゼネラルリコールの後、ブラックフラッグのスタートもゼネラルリコールとなり、失格艇がでました。これで選手も頭を冷やしたのでしょう、スタートがやっと落ち着きました。12時43分、2回目のブラックフラックでスタートしました。
原田・吉田組は本部船の横を狙ったのですが、スタートラインに入るスペースが無く、10秒も遅れてスタートしました。ブランケットから逃げる2回のタッキングで、左に伸ばすことができたのは不幸中の幸いです。左方向に我慢して伸ばしたのが功を奏し、息を吹き返して風上マークを4位で回航しました。5位には松永・今村組が続きました。その後、二回目のランニングで1艇を抜き、3位でフィニッシュしました。10度左に振れ、しかもコースの左半分に強く吹いていた風をうまくつかんだから良かったのですが、レース運びとしては、乱暴だったかもしれません。ただし、トップグループから脱落せず、1艇とはいえ、順位を上げたことは評価できます。
原田・吉田組のつかんだ左振れの風が女子のスタート時に到達し、ゼネラルリコールの後、男子のフィニッシュを待って、風向205度に合わせてコースが作り直されました。
13時42分、近藤・田畑組も本部船の横を狙いました。2番手からスタートし、すぐにタッキングして右に伸ばしました。スタートラインは、アウトサイドリミットマークが有利になっていました。右に展開したグループの中ではトップの位置で走っていましたが、第1風上マークは左を選択したグループがごっそり先行し、21位の回航となりました。フィニッシュは17位でした。スタートラインの不利なサイドを選択し、コースは右と決めてかかった時点で、この成績はある程度決まっていたと言うことができます。

一回のゼネラルリコールの後、14時12分、原田・吉田組がアウトサイドリミットマーク横から1番手できれいなスタートをしました。左に長く伸ばし、パフを拾ってタッキングをした時には、全艇の前を余裕で走れるほどリードしていました。205度の風が吹いている時に海面を見渡すと、この時間帯は明らかに左方向にある島の方向が色濃く見えます。この様な根拠があれば、左方向に風を取りに行くのはギャンブルでとは言えません。しっかりした風をつかんでコースの中央に寄せてきたのですが、その風のラインから外れてしまうのであれば、もう一度、取りに行っても良いでしょう。その場合は、外れる前に取りに行くべきで、外れてからとりに行くというのでは、後ろを通過して行った艇に先を越され、抜かれることになります。このあたりの加減はケースバイケースなのですが、いずれにしても原田・吉田組は、そのような行動を取る必要もなく、危なげないリードで第1風上マークをトップで回航しました。その後もしっかり後続をおさえ、トップでフィニッシュしました。完璧なレースだったと言えます。

女子の第2レースは、14時50分に始まり、一回のゼネラルリコールの後、15時02分、ブラックフラッグでスタートしました。このあたりのスタートの間隔を見ると、風のあるうちに、そして安定しているうちに、とにかく、レースの数をこなしたいというコミッティーの気持ちが伝わってきます。
近藤・田畑組は、アウトサイドリミットマーク寄りの8番手で良いスタートをしました。少し左に伸ばしたところでトップの位置に出ました。それはそれで間違ってはいないのですが、もう少し左に伸ばし、しっかり左の風の入るところまで行っても良かったのではないでしょうか。コースの5分の1、走ったかどうかという位置でしたからなおさらです。繰り返しになりますが、全艇の前を切って集団の前に出るのは悪いことではありません。セオリーです。しかし、結果論になりますが、左が良いと確認できたところで左サイドにもう一度行くべきでした。左の奥に行った艇が良い角度とスピードで走りだしたから行くというのでは遅すぎでしょう。その時点で自分がつかんでいたパフも消滅していたかもしれません。左の風に乗ってくる艇の手前で、そして右から来る艇の手前と、風の舌先のような所で走ったとしたら、しっかりパフに入って風をつかんだ艇に前を走られてしまうのはしかたありません。「しっかり入ってから」というのは、オープンな海面、弱い風、シブリーズなどの基本と言えるでしょう。
第1風上マークの回航は29位、良いスタートをして、序盤トップの位置を走っていたのですから、悔いが残ります。フィニッシュは25位でした。

15時35分に始まった原田・吉田組の第3レース、右からの風をつかんで女子のトップ艇群が形成されたこともあり、「この時間帯からは左だけのスチュエーションと違うから、注意しろな!」と声をかけたことが災いしました。私は、「あまりコースを決めてかかるな、スタートも狙いすぎるな、まずは普通にスタートして、スターボードタックを走ってから」という意味を込めて言ったのですが、「左はもう無い」と考えてしまったのかもしれません。原田・吉田組は本部船の横から出てすぐにタッキングしました。少し走ったところで左振れの風が入り、アウトサイドリミットマーク寄りから出た集団が優勢になりました。風上マーク回航は25番でした。次に風下マークを回って左に展開したところ、今度は右のパフが入って右に位置した艇団にごっそり抜かれ、第2風上回航は30番台後半、フィニッシュは32位、ワーストの順位になりました。後から考えれば、何も言わずにおけば良かったと後悔します。

近藤・田畑組の第3レースは、16時21分、ゼネラルリコールの後、ブラックフラッグのスタートで、ラインの中央からまずまずのスタートをしました。「普通の良いスタート」と表現できるかもしれません。コースの中央を風を拾いながら走って行きました。しかし、コース取りを見ていると、「風を拾う」というよりも、数艇まとまってくる集団の前で、あるいは風上で、そして内側で、いずれにしても小さな集団に過剰に反応し、タッキングが多くなっていました。風がちょこまか振れているわけではありませんから、相手の後ろは通りたくない、あるいは相手をカバーしたいと言うことでしょうが、結果として、コース中央でちまちま走ることになります。素直に伸ばし、振れに対応して走った両サイドの艇に抜かれてしまう、典型的なケースかもしれません。
昨日だったでしょうか、また同じことを書きますが、必要に応じて「肉を切らして骨を切る」のコース取りがないとフリートレースでは集団を抜き去ることはできません。風上マークは14位、フィニッシュは10位になりました。

明日は、近藤・田畑組、原田・吉田組、共に5位の成績でメダルレースに出場します。メダルレースなりの難しさはありますが、走りが良ければ、艇数が少なくスタートラインが短いだけに戦い易いかもしれません。明日は楽しみです。

トップフィニッシュする原田・吉田組の写真を添付します。

470級 男子リザルト
http://sof.ffvoile.net/results/470m.htm

470級 女子リザルト
http://sof.ffvoile.net/results/470w.htm

2010年 イエールオリンピックウイーク (フランス・イエール) 報告 4月28日 大会4日

小松 一憲

報告の書き出しも毎日判で押したような文章になってきました。現在フランスを覆っている高気圧に変化が無い限り、これからもずっと同じ天気、そして同じ風の吹き方が続くでしょう。

男子は今日、1レースをおこなった後、一旦ハーバーに戻り、4レースのトータルで成績を出し、ゴールドとシルバーの二つのフリートに分けられました。4レース以降は決勝のレースとなります。一方、女子は1フリートなので、そのままレースは続行され、今日、3レースがおこなわれました。

11時20分まで陸上で待機し、13時03分、風速2・5から3メートル、風向145度、2回目にブラックフラッグが掲揚され、原田・吉田組の男子ブルーリボングループがスタートしました。4レース目となるこのレースで、日本の男子3チームは、初めて同じグループで戦いました。原田・吉田組は、アウトサイドリミット寄りの4番手を狙ってスタートしたのですが、スタート直前の動作をロッキングと判定され、720度回転のペナルティーを課せられました。大きく集団から取り残されてのスタートとなりました。
見逃してしまったのですが、本部船寄りから出たと思われる松永・今村組は、スタートもコース取りも、そしてスピードも良かったのでしょう、ダントツで第1風上マークを回航し、トップを最後まで守り、フィニッシュしました。
原田・吉田組の第1風上マーク回航は、30番後半でした。その後、少しづつ順位を上げていき、自分達の前にブラックフラッグの失格の艇がいたこともあって、10位の成績がつきました。順位を上げたことは評価できるのですが、スタート時の動作を反則と判定され、それが、これからのスタートに悪影響を及ぼさなければよいと心配します。

男子に続いてスタートした近藤・田畑組は、本部船寄りの7番手から出て、左に伸ばしました。スタートする時にはアウトサイドリミットマークサイドが有利に風向が変化し、さらに、本部船から少し離れた位置で出た近藤・田畑組は凹んでいたかもしれません。左の奥まで伸ばしたこともマイナスになりました。いずれにしてもアウトサイドリミットマーク寄りから出てタッキングし、右に伸ばした艇が良い角度の風をつかんで第1風上マークを回航しました。近藤・田畑組の回航は20番後半でした。サイドマークに行くリーチングのコースでも順位を落としました。最後のランニングで前を行く多くの艇が、コースの西方向に角度を取って走っているところへ、西に振れた風が沖から吹いてきました。これが、東サイドにいた近藤・田畑組と吉迫・大熊組の後続集団に有利に働き、一気に順位を上げることができました。8位のフィニッシュは、ラッキーだったと言えます。

女子の第2レースは、男子が一旦、陸上に戻っている間におこなわれました。風向245度、風速3から3.5メートル、一回のゼネラルリコールの後、16時52分ブラックフラッグでスタートしました。スタートラインの中央、艇団の真ん中に並びました。しかしその位置は凹んでいました。しかも風下の艇に前に出られる典型的な失敗スタートでした。4回のタッキングでフレッシュウインドをつかみ、左に伸ばしました。走りが良かったのでしょう、スタート時の劣勢をコース半ばで取り戻していました。しかし、その後、風上マークに近くなるに従い、タッキングの頻度が多くなりました。これは、コースの中央で展開している時に良く見られるタクティクスミスの一つです。どこかで「肉を切らして骨を切る」、すなわち、艇団を横切って次に良い風が期待できるサイドの風上に、思い切って出て行くべきなのです。と言っても、オーバーセールをして良いということではありません。私は、大げさに艇団と表現しましたが、わずか数艇であるケースがほとんどです。近藤・田畑組の風上回航は、14位、フィニッシュは12位で、前に入った艇にブラックフラッグの失格艇がいたので10位の成績がつきました。

18時06分に男子のゴールドフリートのレースが開始しました。原田・吉田組は、本部船寄り15艇の位置から出たのですが、すぐにはじき落とされ、タッキングをして逃げました。計3回のタッキングの後、フレッシュウインドをつかみ、左に伸ばしました。その走りを後ろから見ていたのですが、良い走りをしているように見受けられ、風上マークは、そこそこの順位で回航するのではないかと思っていました。ところが20位前後と予想外でした。後から聞けば、前述の近藤・田畑組同様、タッキングの回数が必要以上に多くなってしまったとのこと、スタートの出遅れと共に考えなくてはいけないところでしょう。フィニッシュは16位でしたが、このレースも失格艇があり14位になりました。

女子の3レース目は18時22分、一回のゼネラルリコールの後、ブラックフラッグのスタートとなりました。本部船横ではじき出され、入るところが無く、最後の最後に空いた本部線横のギリギリのスペースから3秒ほど遅れて出て行きました。すぐにタッキングできたのですが、この時すでに風は左に振れ始めていました。1分走ったところでスロベニア艇に風上突破されたのを嫌い、タッキングをして左に伸ばして行きました。左の奥まで行く間に自分達の後方を通った艇はわずか数艇、それでも後から聞けば、左に出して生き返ったということでした。正直に言うと、私は第1風上マークの回航を確認に行く元気が出ませんでした。風下から双眼鏡を使って見たのですが、20位前後だったのではないでしょうか。フィニッシュは16位でした。

右を狙えば左、左を狙えば右、レースでは良くあることで「ついていない」という言葉で片付けてしまえば簡単ですが、進歩がありません。イエールの470級のエリアのコースコミッティーは、20代と思われる若い女性です。見ていると一所懸命に風見を使って風向をチェックしています。スタートラインのアウトサイドリミットマークとなるボートには45歳以上と思われる男女3名が乗り、各マークの設置もそれぞれ2名が乗る2艇のボートで、作業は迅速に行われます。風向変化に几帳面に対応しようとする姿に好感が持てる、そのチーフの女性が決めたコースに対し、振幅と周期をもって吹く風の、どの状態でスタートし、レースをしているのかということを、レース前もレース中も休みなく考えていなくてはいけません。加えて、雲の動きに代表される空の模様、海に浮かぶヨット、海の色、そしてなんと言っても前にスタートして行ったグループを観察することが必要でしょう。天気予報も忘れてはいけません。まだまだあります、このイエールに来て2週間になろうとしますが、ここでの練習中に経験したことも参考にすべきで、さらには自分の小さい時から経験もその中に入るでしょう。

大変長くなってしまいました。今日の戦いぶりを見て、ここで私一人が悔しがったり、嘆いてもどうにもならないと解っているのですが、情けない気分になるのは、まだまだ私も修養が足りないということでしょう。

レースは終わったわけではなく、あと2日あります。ただ成長を気長に待つだけではなく、対策を考え、何をどのように伝えるか、どのような練習をすればよいのか、「賢く強い」チームを作りを目指して・・・「何をごちゃごちゃ言ってるんだ!一所懸命考えるのはお前の仕事だろう!」と、笑う声があちらこちらから聞こえてくる気がします。

2010年 イエールオリンピックウイーク (フランス・イエール) 報告 4月27日 大会3日

小松 一憲

先日、久々の雨をもたらした前線がイタリア国境に移動し、フランス全体が縦に長く、しかも幅広い等圧線の高気圧にすっぽりと覆われています。素人の私でも、天気図を見て、風の吹かないことが容易に判断できます。

フランス中の人がこの穏やかな春の陽気を楽しんでいることでしょう。しかし、風が無ければできないセーリングのレースです。イエールは異常な事態になりました。今日も470級は1レースしかできず、レースが始まって三日もたつのにトータルで男子3、女子2しかできていません。本来、今日で日程の半分、6レースを終え、試合も佳境に入っているはずです。

スタート時間を早め、何とか数多くレースをさせたいというコミッティーの気持ちは有りがたく、十分に理解できるのですが、時間が経過しなければ吹いてこないシーブリーズですから、どうにもなりません。今日は10時のスタート予定でした。通常であれば、8時半に出艇します。しかし、天気を見越してのことでしょう、全ての選手とコーチに出て行く様子がみられず、結局、場内アナウンスに促されるかたちで9時に出艇しました。しかし、出艇した時にあった南東の風2.5から3メートルも、しばらくして終息し、12時10分、一旦ハーバーに帰れの指示が出ました。ところが、30分かけて帰港する間にシーブリーズが吹き出し、一時間後の13時10分、再び出艇の信号が出ました。

レースは、240度にマークがセットされ、風速3から4メートルのトラピーズに乗るコンデションで開始されました。イエローリボングループの松永・今村組は、ゼネラルリコールの後のブラックフラッグが掲揚されたスタートで、本部船横3番手から素晴らしいスタートをしました。風上マークを6位で回航し、フィニッシュは10位になりましたが、スタートの順番を待ちながら、そのスタートから、コース取りを、しっかり目で追っていた日本選手には大変良い刺激になったはずです。

14時57分、続いてスタートした原田・吉田組は、アウトサイドリミットマーク有利にセットされたスタートラインの約3分の1、本部船寄りに並びました。艇がライン上にまんべんなく広がった真ん中で、間隔が少し広くなった所ではありましたが、左に傾いたラインを考えると狙いとしてはやや消極的な位置でした。しかし、出る時の頭出しとメインシートを締めるタイミングが良く、周りの艇に対しては負けおらず、安心して見ていられるスタートでした。風上マークを5位で回航し、風下マークで、一旦、団子状態になり、8位ないし9位に落ちたそうです。そこからまた抜け出し、第2風上マークで5位を確保、フィニッシュしました。
普通のスタートをして、危なげ無く走り、そこそこ上位でフィニッシュする。レース序盤は、この様な戦い方が表彰台に上る為に必要で、常々、選手に求める戦い方でもあります。このレース、原田・吉田組は良いレースをしました。

15時06分、近藤・田畑組が、アウトサイドリミットマーク寄り、艇団の真ん中からきれいにスタートしました。原田・吉田組同様、危なげないスタートでした。第1風上マークは吉迫・大熊組に続いて5位、風下マークで6位に落ちましたが、第2風上マークでトップに浮上しました。コース取りに無理が無く、風の振れに素直に対応し、競ってる相手をしっかりカバーしながら5艇を抜いてきました。トップのままフィニッシュしましたが、近藤・田畑組も、今日は良いレースをしました。

まだ、男子は3レース、女子は2レースしか行われていないこの時点で、トータルの順位に気を取られるべきではなく、原田・吉田組が7位、近藤・田畑組は1位という結果に気持ちを高揚させるようなことがあってはなりません。
レースの内容と真摯に向き合い、昨日よりも今日、今日よりも明日、しっかり足元を見据えたレースをしてほしいと願っています。

5艇を抜き、第2風上マークでトップに立つ近藤・田畑組、後続を従えてのフィニッシュ直前の写真と合わせ、添付します。

2010年 イエールオリンピックウイーク (フランス・イエール) 報告 4月26日 大会2日

小松 一憲
朝から快晴、そして凪ぎ、判で押したような同じ天気が続きます。ただし今日は、気温が26度にもなるとのことで、昨日以上のシーブリーズが期待されました。ところが風速の予報は、1から2メートル弱く出ていました。
マヨルカ島とマルセイユに続き、地中海での3試合目、晴れた日の朝の定番とも言える風待ちですが、すっかり慣れました。昼過ぎの13時20分まで陸上で待機し、南西から吹いてきた3メートルのシーブリーズで出艇しました。

風向215度、風速2メートル、14時32分、男子のイエローリボングループ(45艇づつの2グループに毎日組み分けされ、イエローとブルーのリボンをマストトップに付ける)からスタートしました。このグループにはスリーボンドチームの松永・今村組がいて、アウトサイドリミットマーク寄りからまずまずのスタートしました。すぐにタッキングし、右へ展開、きれいに風を拾いながら第1風上マークを3位で回航しました。その後の走り、コースの選択、共に良く、2位でフィニッシュしました。

10分後に原田・吉田組及び日本から3日前に到着し、参加がやっと間に合った市野・吉見組のブルーリボングループがスタートしました。原田・吉田組は本部船横2番手でスタートし、すぐにタッキングをして、右に展開しました。2分30秒ほど走ったところで、右からのパフに対応し、タキングをしてコースの中央へ寄せて行きました。
右から断続的に入る角度の良い風をつかみながら第1風上マークに向かう集団と左に見えていた風のラインに入って風上マークに向かおうとする集団に分かれました。第1風上マークは、右からの風を小刻みにつかみながらマークに近づいた集団に軍配が上がり、原田・吉田組は4位で回航しました。風下マークで2位まで上がりましたが、2回目のクローズホールドで3位に後退し、その後、順位に変動なくフィニッシュしました。

風向が右に20度振れ、コミッティーがコースチェンジをしかけたところ、左に振れ戻ったり、一時的に1メートル有るか無しかの風速に落ち、いつ中止されてもおかしくないコンデションで男子のレースが行われました。その間、女子はなかなかスタートできず、結局、男子のレースが終わるまでずっと待つことになりました。
マークを225度にセットしなおし、3メートル弱の風の中、16時04分にスタートしました。

近藤・田畑組は、アウトサイドリミットマーク寄り10番手に並んだのですが、凹んでいたのでしょう、スタート後すぐに逃げのタッキングをしてスターボード艇を避けながら集団の真ん中に出て行きました。始めは左方向に展開する方針でスタートラインのアウトサイドリミット寄りを狙ったのでしょうが、苦しい展開となりました。
第1風上マークをトップで回航したのは、アウトサイドリミットマーク寄り1番から出て左奥まで伸ばしたイスラエルで、続いて2位は同じく左に伸ばした吉迫・大熊組でした。
近藤・田畑組の風上マーク回航は16位、トップと大きく差が開いていました。スタートで失敗すると、風上マーク回航は良くて15位と相場が決まっています。
ただし、今日の近藤・田畑組は落ち着き、しかも粘りを発揮しました。走りも良く、風向も変化していたのでしょう、その変化をうまくとらえて、第2風上マークで9位に浮上してきました。またランニングのコースに入り、うまいタイミングでジャイビングをし、風下マークで一気に4位に上がってフィニッシュしました。女子は、この1レースだけで、今日のレースを終了しました。

男子の第2レース、ブルーリボングループは16時22分にスタートしました。原田・吉田組はアウトサイドリミットマーク寄りに集まった集団の中、20番の位置で良いスタートをしました。この位置の混雑した集団の中から出るスタートでは、スペースの作り方も含め、これまで見た事が無いほど、素晴らしいスタートでした。心配になりOCS艇のリストアップを確認しに行ったほどです。風上マークの上位回航は間違いなく、トップで来てもおかしくないと思いました。しかし、左の奥の奥まで伸ばした彼等のコース取りは、けして誉められるものではなく、「強引」の一言につきます。風上マーク回航はなんと26位、開いた口がふさがりませんでした。後から聞けば、コース中央に寄せるチャンスは何度もあり、全艇の前を切るチャンスもスタートしてすぐにあったとのこと、なぜ丁寧にセオリー通りのタクティクスで走らなかったのでしょうか、まったくもって残念です。その後は見えるものも見えなくなり、考えられることも考えられなくなる、彼等なりに動揺したのでしょう。第1マーク回航以降、浮上することなく、フィニッシュは27位でした。

悪いスタートをしながら4位でフィニッシュした近藤・田畑組と、これまで私の記憶に無いぐらいの良いスタートをして、27位となった原田・吉田組、この明暗を分けたのは、いったいなんだったのでしょう。マルセイユの後半戦からコース取りがしっくりせず、もがいていた近藤・田畑組と、スタートが良くなり、スピードにもそれなりに自信を持ち、トップを取ることに大きな感激も無くなりつつある原田・吉田組の違い、繰り返しになりますが、私はレーシングテクニックの「丁寧さ」、言い換えれば「セオリーを守る」ことにあったと考えます。

自分の艇にスピードが無い時、自分に自信の無い時、「思い切りの悪い」コース取りやタクティクスが目立ちます。スピードや自信が出てくると「強引」になってくる。これは何もセーリング競技に限ってのことではなく、選手に限ってのことでもないでしょう。
私自身も常に戒めとして胸に刻んでおかなくてはならないことだと思います。

明日は、予定のスタートを1時間早めてレースが行われます。私達は1レースでも多く経験し、勉強したいと願っています。「レースを少しでも多く」、関わる人、全てが同じ思いでいるのかもしれません。あとは、コートダジュールの風の神様に祈れば良いのでしょうか。

2010年 イエールオリンピックウイーク(フランス・イエール) 報告 4月25日 大会初日

小松 一憲

42回大会となるイエールのレースが今日から始まりました。一昨日、久々に雨が降り、風も強く吹いたのですが、こちらに来て一週間、この日を除いて晴れが続き、風は平均して4から6メートルと弱めのコンディションが続いています。

今日の予報は9時、東2.5メートル、12時、南東5メートル、15時、南6メートル、18時、南西3.5メートルでした。しかし実際の風は、イエールの湾の場所場所で多少の違いはありましたが、予報より2.5から3メートル差し引いた風速で、インターナショナルの大会では、レースを見合わせるのが普通です。しかし、無理やりと言う言い方が合っているかどうかは分かりませんが、レーザー級は、そのような中を1レース実施したようです。当然の結果として、コンデションに不満を持った多くの選手が連名でレースのキャンセルを要求すると聞きました。

1時間の陸上待機の後、10時40分に旗が降りて出艇し、16時に、470級は本日のレースを行わず延期する旨の信号が出て、ハーバーに戻りました。
今日は約6時間、春の長閑な地中海を漂っていたことになります。以前にも書きましたが、これを大変と考えるか、それなりに楽しい時間と考えるかは人それぞれでしょう。私は、地中海の上にいることを幸せに思いつつ、34年前に初めて参加し、その後10回以上訪れて、あれこれあった出来事を、走馬灯のように思い出していました。

レースは明日に順延、選手は今日の空模様と風の吹き方を、また一つ、頭にインプットしました。三日周期の日本と違い、「コートダジュール」は明日もまた同じような天気が予想されます。

参加国数62(?) 風待ちはセーリング競技にはつきもの、やっと吹き出した弱いシーブリーズになびく参加各国の旗

2010年 スプリングカップ(マルセイユ) 報告 3月18日 大会最終日 

小松 一憲

17日の報告で9レースのトータルで8位となった原田・吉田組は、最終日、メダルレースに進出しますと書きましたが、これは間違いで、最終日の今日も最初からフリートレースが予定されていました。
シーブリーズの吹き出すのを待って12時45分に出艇し、13時35分から第1レース、15時から第2レース、いずれのレースも風向225±10度、風速4から5・5メートルと安定していました。

第1レースのスタート、原田・吉田組は本部船の横5艇目、近藤・田畑組はアウトサイドリミットマーク寄り4艇目と左右に分かれ、それぞれきれいにスタートしました。10レース目にして初めて、リコール艇無しのクリアーなスタートとなり、1回目で出て行きました。
右奥まで伸ばし、タッキングした原田・吉田組が、2位回航の艇に30秒差を付け、第1風上マークをトップで回航しました。対照的に左奥まで伸ばした近藤・田畑組は36位の回航となりました。後から聞けば、「左奥まで行く間に、一度、右にタッキングするチャンスがあり、近くを走っていたアルゼンチンとオーストラリアがタッキングをし、右にコースを取った結果、先行した」と言うことでした。それぞれ3位と4位で風上マークを回航しました。と言うことは、必ずしも左が悪かったということではなさそうです。一回だけのチャンスだったかどうかは解りませんが、風上マークを上位で回航した艇にスタートして左に展開したグループも数多く入っていたことを考えると、何度か有ったタッキングのチャンスを近藤・田畑組は生かせなかったのではないかと考えます。原田・吉田組は3回目のトップフィニッシュとなりました。近藤・田畑組は36位から追い上げて19位でフィニッシュしました。

第2レースは、15時から始まりました。原田・吉田組は本部船の横3艇目でスタートし、すぐにタッキングをして第1レース同様、右に伸ばしました。3分ほど走ったところで、3分の2の艇が左に伸ばしているのを見て、タッキングをしました。その時点で、トップの位置になっていましたが、外から見ていると、あと150メートル右に伸ばせば、もっと良いパフをつかめました。少し保守的なタッキングだったと言えます。彼らの後ろを通過したアメリカやアルゼンチンが右振れの良いパフをつかんで、第1風上マークを1位と2位で回航し、原田・吉田組は5位の回航となりました。その後、1艇、上がって4位でフィニッシュしました。

近藤・田畑組はアウトサイドリミットマーク寄り15艇の所に並び、風下のフランス艇(女子・トータル7位)に少し前に出られる苦しい形でスタートしました。しばらく我慢したのですが、走りきれず、逃げのタッキングをしてコースの中央に出ていきました。シーブリーズが安定した風の中では、乱された風を受けて走るのは致命傷になります。風上マークの回航は40位でした。最後まで苦しいところを走り、大きく浮上することができず、32位でフィニッシュしました。

最後の二日間でスタートが安定し、最終日の今日は、コース取りに彼等なりの主張も読み取ることができ、自分達のスピードを生かし、1位と4位でまとめ、トータルで6位となった原田・吉田組でした。対照的に、一昨日のブラックフラッグの失格を機に、ゴルフ用語で表現すれば、この二日間で大叩きをしてしまった近藤・田畑組は、12位でスプリングカップを終えました。また、後半、少しづつ浮上してきた松永・今村組は、近藤・田畑組と同点の13位でした。

今年のスプリングカップには、いつになく男子のトップランキング選手が多く参加しました。そして、メダルレースを実施せず、フリートレースを増やしたことにより、全ての選手が最後まで緊張感を持ってレースに参加していました。男子・女子の区別なくレースできたことは、特に女子にとって有意義でした。風速4から5メートルの練習では、原田・吉田組と近藤・田畑組の間に優劣はつけられません。それが、レースというプレッシャーと、特に女子にとっては、普段、味合わうことの無い、激しさとスピードの中で、自分達のレースをさせてもらえず、トータルの順位が示す差となって表れました。

目指すところをどこに置くかで違ってくるのでしょうが、私は、アビームの2チームには、日常の練習からインターナショナルの実戦を想定した、厳しさと激しさを持って、最高点に到達してほしいと願っています。
事前に4日間、一緒に練習したオーストラリア、いつも艇を並べに来るアルゼンチン、練習をを誘いに来るイスラエル、今回のレースではそれぞれ1位、2位、4位にななりました。3位になったフランスのコーチまでが、「冬にスケジュールを調整して一緒に合宿しないか」と言ってきました。チームアビームがインターナショナルレベルで認知されたような気がします。
ここでこそ、サッカーのオシム監督の言葉を借りて表現すれば、「日本人の特性、勤勉、俊敏性、多少のアグレッシブさを生かして」ということになります。私は、そこに「緻密さ」を加え、自分達を見失わないように、また、これまでのやり方に固執することなく、前向きに頑張って行きたいと思います。

3回目のトップでフィニッシュする原田・吉田組の写真を添付し、報告を終わります。


2010年 スプリングカップ(マルセイユ) 報告 4月17日 大会4日

小松 一憲

シーブリーズが吹き出すのを待ち、12時30分に出艇するのが、すっかり定着してしまいました。天気予報の精度が上がり、待つことに昔ほどのストレスは感じません。精度の高い同じ情報を選手やコミッティーをはじめ関係者一同が、インターネットを通して共有しているからでしょう。

昨日、スタートの途中で中止になった第7レースが、12時53分に開始されました。風速4から5メートル、風向185±10度、昨日の時点で失格となっている近藤・田畑組、そして松永・今村組は、このレースに出走することはできません。
原田・吉田組は本部船の横、2艇目の位置から出てすぐにタッキングし、右に展開しました。この右を選択したことで、レースはほぼ決まってしまいました。180度方向は、左から高い山の岬が壁の様に突き出しています。さらに右の奥には高く切り立った岩の島があります。シーブリーズが左の岬の温められた岩肌に向かって強く吹いているのでしょうか、左右に分かれた艇の風の受け方を見ていると、左はトラピーズに乗ってクルーがフルに出ているのに対し、右は体を縮めていました。レース前の試走で「左へ左へと風が振りたがっています」と感想を私に伝えていたので、左方向に行くものと思っていました。第1風上マークは、後ろに12艇しかいない30番後半の回航となりました。2回目のクローズホールドも右方向を走り順位を上げることができず、28位でフィニッシュしました。マルセイユに来てボートスピードがアップした風速域だっただけに残念な順位です。

第2レース、13時57分、シーブリーズが少し安定してきました。風速は5から6メートル、第1レースの途中、風上マークと左のサイドマークの中間で、入ってきたパフを計測すると、15度左に振れていました。原田・吉田組は、アウトサイドリミットマークに集まった艇団の中から、まずまずのスタートをして左方向に伸ばしました。近藤・田畑組は、艇団の右の位置で展開していました。左に伸ばした原田・吉田組は、レイラインの外まで走り、オーバーセールする形でレイライン上に並んだ艇の風上をパフに乗って抜き去り、第1風上マークをトップで回航しました。近藤・田畑組の回航は、後ろに十数艇しかいない40位後半、コース選択の左と右で明暗を分けました。途中ダントツになるかと思われた原田・吉田組でしたが、イスラエルの1艇だけが追いついてきました。ランニングのコースで角度をつけて走り、さらにダウンウインドタッキングを上手に使って上がってきました。最終的に10秒差でトップフィニッシュすることができました。近藤・田畑組は45位、原田・吉田組とのスピードの差が無いことを考えると、レースにおいて、レーシングテクニックのウエイトがいかに大きいかということが解ります。

第3レース、15時13分、風速5.5から7.5メートル、風向180度、風速はこの日のMaxとなりました。ブラックフラッグの掲揚された2回目のスタートでライン中央から原田・吉田組、近藤・田畑はアウトサドリミットマーク寄りから出ました。
原田・吉田組は、風下に、トータルでトップのオーストラリア艇、風上に2位のフランス艇、その間に挟まれる形で並んでいました。ラインの中央で並んだ艇がまばらになった所ではあったのですが、この顔触れで並ぶと、その間に入ってこようとする艇はありません。原田・吉田組は、鼻先を出し、気後れせず出て行きました。メインシートを少し抑え気味に引いたフランス艇がすぐに逃げてタッキングしました。その後、原田・吉田組は強引に左に伸ばしました。オーバーセールの所まで行って左振れのパフをつかんでタッキングをし、第1レース同様の戦法で第1風上マークに向かうつもりだったのでしょう。しかし、第1レースの原田・吉田組の成功は皆が見ていました。半数近い艇が左からの風をつかむべく、左に伸ばしすぎ、オーバーセールしていました。それのさらに風上でのオーバーセールですから「大オーバーセール」でした。第1風上マークの1位はスタートの時に並んでいたフランスでした。フランスは、左海面に寄せつつも風の振れに素直対応し、タッキングしていたのでしょう。今日の第1レースはシーブリーズの安定し始め、第2レースは風速のMaxになりかけ、第3レースはMaxと状況は変化していました。「同じ柳の下にドジョウは2匹いない」のたとえを思い出します。

近藤・田畑組はアウトサドリミットマーク寄りの混雑した集団の中でスタートラインに入れず、逃げのタッキングをして右に出たとのことでした。スタートの時点ではビリの位置だったかもしれません。しかし第1風上マークは、原田・吉田組の2艇前、20位で回航しました。リーチングのコースでのコース取りも原田・吉田組は強引でした。20番以下で回航するような時は、タイトリーチは別として、先行している集団に追いつく為に、サイドマークにまっすぐ向かうべきです。まっすぐ走った近藤・田畑組が2艇を抜いて順位を上げたのに対し、原田吉田組は2艇、順位を落としました。ヨットレースのレーシングテクニックとは、まさに臨機応変の塊で瞬時の判断が求められます。「熱くなってはダメ、決めてかかってはダメ、目の前の敵に目を奪われてはダメ」、視野を大きく持って冷静に対応することが肝心でしょう。このレース、第1風上マークを17位で回航した松永・今村組が12位、20位で回航した近藤・田畑組が15位、22位で回航した原田・吉田組は23位でフィニッシュしました。今日で9レースが終了し、原田・吉田組は8位となって、明日のメダルレースに進出します。近藤・田畑組は13位、松永・今村組は17位でした。

このレース、これまでの戦いぶりを振り返ると、風速4から5メートルのボートスピードが良くなったこと、原田・吉田組のスタートが最終日の3レースだけで評価するのはまだ早いかもしれませんが、少し安心して見られるようになったこと、トップをとることにそれほど違和感が無くなり、落ち着いて前を走れるようになったことなどが収穫と言えます。
一方、原田・吉田組に関しては、初日のレースのダントツのトップが良くも悪くも影響しているように思ます。レース運びに「強引さ」や「呑んでかかる」ようなところが目に付きました。そのようなレベルでは、まだまだでしょう。武道で言えば、太極拳のような、力んだところの無い強さが本当の強さであることを胸に刻むべきです。

2位のイスラエル艇に追いつかれながらも、艇団を大きく離し、トップで最終下マークに近づく原田・吉田組の写真を添付します。

2010年 スプリングカップ(マルセイユ) 報告 4月16日 大会3日

小松 一憲

空は、このところすっかり見慣れてしまった青空。海は早い時間から凪いでいたので、シーブリーズも早々に吹いてくるのではないかと期待されました。しかし、結局のところ12時30分まで陸上で風待ちし、マルセイユの湾口から、そよそよと吹いてきた南西の風の中を出艇しました。

第1レースは、13時30分から始まりました。風速4.5から5.5メートル、風向270度、初日の第1レースによく似た、安定したコンデションでした。日程が詰まってきたせいでしょうか、1回のゼネラルリコールの後、すぐにブラックフラックが掲揚されました。2回のブラックフラッグのゼネラルリコールで計10艇が失格となり、4回目でようやくスタートしました。

原田・吉田組は、最初のブラックフラックのスタートで、アウトサイドリミットマーク寄り4番手に位置し、風下に並んだニュージーランド艇とポジション争いをしてラインをオーバーしたのでしょう、争ったニュージーランドと共に失格しました。ニュージーランド男子は若いチームです。昨日のレースでは、原田・吉田組が作っていた風下のスペースにもぐりこみ、強気に出て行ってトップをとりました。これからヨーロッパの試合で何度も顔を合わせることになります。血の気の多い相手をおとなしくさせる為に、失格のリスクは大きいのですが、今日のようなことは一度は必要でしょう。トップ選手の中に「原田・吉田組のそばに寄るのは危険だ」と認識させることができれば、今後のレースが楽になるのは確かです。ただし、理想は「危険なチーム」では無く、オリンピック4大会連続金メダル、かつてヨットの神様と言われた「ポール・エルブストローム」がその代表でしょうが、「強いチーム」、「近づきがたいチーム」と表現されるようなオーラが出るチームに早くなることでしょう。

近藤・田畑組はアウトサイドリミットマーク寄りの4番手で、まずまずのスタートをしました。いつもこのような「普通」のスタートができれば良いのです。風の振れに対しての対処も良く、フレッシュウインドをつかみ続け、左海面を使って上手に第1風上マークに寄せて行きました。空の雲は、右海面に有利な風が吹いていることを示していました。しかし、走りの良さも手伝って4位で回航しました。リーチングのコースに入ってスピンを上げるタイミングを間違えました。あと10メートル、風上に出て行き、後続艇の作るラインでスピンを上げるべきでした。サイドマークを8位で回航、風下マーク7位、第2風上マークは再び4位、第2風下マーク直前で2艇に内側に入られ5位でフィニッシュしました。4から5メートルの風速域で、クローズホールドのスピードと上り角度は、見ていても安心できます。しかし、今日も最後の風下マーク直前で、もったいないタクテクスをしていました。それにリーチングでのスピンホイストの鉄則、それらを改善する為に近藤選手と田畑選手は、二人でよく話し合う必要があるでしょう。

第2レースは、15時28分にスタートしました。このレースも判で押したようにゼネラルリコールとなってやり直し、そのうちに北の山側にあった黒い雲が近づき雷も光りだしました。風は一気に北寄りに90度振れ、風速も10メートルをオーバーしました。ところが、その風は30分ほど吹いたのち急速に終息して行きました。
本部船を移動しレースをブラックフラッグのスタートで再開したのですが、その頃には、4メートルあるかなしかというところまで落ちていました。再開されたスタートは、またもやゼネラルリコールとなりました。当然失格艇が出ました。この中に近藤・田畑組、松永・今村組が入っていました。
近藤・田畑組は、スタートラインの3分の1、アウトサイドリミットマーク寄りから風下のイスラエル艇と並んで出ました。このイスラエル艇は男子の世界ランキング2位のチームで、スタートはアグレッシブ、リコールで自滅するのをこれまで何度となく見てきました。その艇に負けじと、出て行く度胸は買いますが、スタートラインに対する自分達の位置を度外視してはスタートになりません。
レースはその後、風が右に45度振れ、コースを作ると岸に近くなりすぎること、時間も17時を回ったこと、それらを考慮してのことでしょう、中止になりました。
明日、7レース目をやり直すことになります。ルール上、近藤・田畑組は再開される7レースには出られません。

今日は、原田・吉田組、近藤・田畑組、それぞれ1回づつスタートで失格しました。今年のスプリングカップは、例年になくスタートでの失格艇が目立ちます。それは、久々に行われる60艇の一斉スタートに原因があるように思います。選手は、このところ、40艇ぐらいで行われる短いスタートラインに慣れてしまっているのでしょう。またコミッティーも、昔は常識として行われていた「艇数の多いスタートは長めに作らなくてはいけない」ということを忘れているのかもしれません。

いずれにしても、簡単に失格すべきではありません。フリートレースで「ドキッとする程、ドンピシャ」のスタートは良いスタートとは言えません。また「全く心配しないで失格」してしまうようなOCSをしたとしたら、それは論外です。スタートラインと自分の位置関係がしっかり把握されていて、両脇の艇の影響を受けない「普通のスタート」を目指すべきです。

臨機応変に対応しながら、その「普通」がなかなかできないから苦労します。自分にできないことを選手に要求するのかと、私の昔を知っている人からおしかりを受けることは解っています。しかし、子供の時から、長くレースを経験し、ポテンシャルがあり、私の若い時から比べれば何倍もまじめに取り組んでいる、4人ですから、かならずその域に達し、技術を習得できると信じているのです。

やっと吹き出したシーブリーズの中、調整しながらレース海面に向かう2艇の写真を添付します。

2010年 スプリングカップ(マルセイユ) 報告 4月15日 大会2日

小松 一憲

晴天が続いています。生活のリズムを崩さないことが、怪我、病気、事故無く遠征を続ける基本と考え、毎朝、チームとして行動する時、6時30分から約40分の散歩レベルのウオーキングをしています。国内外を問わず、大雨の日を除いて欠かさず続けるのですが、晴天の日の地中海沿岸、澄んだ空気の夜明け前の空は、群青色とでも表現するのでしょうか、それはそれは見事です。

早朝は雲一つ無い快晴、日が高くなるにつれ、北側の山に白い雲が出現し、時間の経過とともにその雲が海の上に薄く広がります。雲は断続的に左から右へと流れ、やがて消滅します。この流れと風向、風速の変化が関連しているのでしょうか、壁のように突き出た岩山の岬の影響もあり、風向の振れ幅、風速のアップダウンがとにかく大きいのです。それが今日吹いたマルセイユの南東の風の特徴と言えるかもしれません。付け加えて、変化の幅の大きさもさることながら、ゆっくりした周期にも特徴があります。

風速は、スタート前の12時に6から7.5メートル、ゼネラルリコールを2回繰り返している時間帯の12時40分は4から6メートルに落ち、最終的に第1レースがスタートした13時13分、6.5から8.5メートルへと変化しました。風向は160±15度、時たま20度変化することもありました。さらにこの風は、第2レースの15時ごろにMax9.5メートルまで上がり、第3レースが行われた17時近くなって4.5から5.5メートルへと落ちました。マストチューニングをどの風域に合わせるのか、風上マークまでのコースプランをどのようにたてるのか、断続的な風にどのように対処してランニングを走るのか、大変難しいコンデションだったことは確かです。

第1レース、本部船の横を狙ってはじき出され、1分間に3回巻き返し、最後の5秒で一艇分空いた隙間から何とかスタートをした近藤・田畑組でしたが、右から入ったパフに上手に対応し、第1風上マークを3位で回航しました。最終風下マーク、回航直前まで順位をキープしていましたが、回航は一艇に内側を取られて4位、リーチングでスピンハリヤードがカムクリートから滑るトラブルが発生し、6位に落ちてフィニッシュしました。男子のトップ選手と互角に渡り合ったクローズホールド、風が安定して吹いている中でのランニングの走り、共に大きな自信になったことでしょう。ただ残念というか、近藤・田畑組の課題、鎌田選手と組んでいた時代から考えると近藤選手の課題と言えるのですが、風下マーク際、フィニッシュ間際の攻防に詰めの甘さがあります。性格の弱さと言ってしまえばそれまでですが、これを克服することでもうワンランク勝負強いチームに変身することができると思います。
原田・吉田組は、本部船寄り、20番の位置から出ました。しかし、ブラックフラッグの上がっていたスタートで、その位置は全体的に凹んでいたかもしれません。また右からパフが入りだしたということもあり、コースの中間を窮屈そうに走っていました。風上マークは19位、その後、追い上げて10位でフィニッシュしました。

第2レース、原田・吉田組は本部船横、10艇の位置で待っていましたが、スタート前10秒でニュージーランド艇に風下に入られ、苦しくなりました。右に少し逃げて再び左にコースをとったのですが、第1風上マークの回航は14位となり、トップはニュージーランドでした。このレースは、その後、あまり追い上げることができず、11位でフィニッシュしました。
近藤・田畑組は、このスタートでも第1レース同様、本部船横を狙いました。しかし今回は、最後まで本部船の横にスペースができず、4秒ほど遅れてやっと出ることができました。狙いとしては、初心者やスタートに不慣れな選手のよくやる、あまり誉められないスタートになりました。それでも風上マーク回航は、原田・吉田組と、それほど変わらない16位でした。しかし、その後、徐々に順位を落とし、フィニッシュは27位、特にランニングのコースで順位を失いました。

第3レース、近藤・田畑組は、第2レースとよく似たスタートになりました。コースの右半分に強めに吹いている風が見えたことで、多くの艇が本部船横に集まりました。たまたまにせよ、良い形で出れた第1レースの成功の残像が、頭から離れなかったのでしょうか。そのポジションを狙って成功する確率が高いのは、風が強い時と潮流がスタートラインと平行に右から左へと流れている時だけです。いずれにせよ本部船横の一番狙いの出遅れスタートは誉められません。
風上マークを15位で回航し、フィニッシュ手前で10位に上がりましたが、最後の最後に3艇に抜き返され鼻の差で13位となりました。
原田・吉田組は、アウトサイドリミットマーク寄り3番手で、良いスタートをして左に伸ばしました。スタートの出方は良かったのですが、コースを見渡して右半分に入ってきていた風を無視し、左を狙ったのであれば、強引なタクティクスと言わざるをえません。結果として風上マークの回航は、近藤・田畑組より悪い19位、フィニッシュも17位と追い上げることはできませんでした。
このレース、落ち着いてしっかり走ったのは、松永・今村組でした。第1風上マーク17位から始まって、7位でフィニッシュしました。

難しいコンディションだったことは確かです。その証拠に、5レーストータルでトップテンの成績を見ると、今日の3レースのうちの一つを、最も悪い点数としてカットしているケースが目立ちます。しかし、難しいからこそでしょう、トップテンの上位に名前を連ねているのは、いつもの顔触れです。「風向変化を予測する力」、「風速変化に走りながら対応し、スピードを維持する力」、「スタートやコース取り、マーク周辺で戦術を駆使する力」、「不測の事態に冷静に対処する力」、などなど、「経験」と一言では片付けられない、力の差が存在しているのかもしれません。
だからと言って、引いてしまうのであれば、この競技から「引退」すべきです。選手として自分自身の成長の可能性を信じ、考えられる全ての努力を真摯に続けることが大切で、活路はその一点にしか無いと考えます。

2010年 プリンセスソフィア 報告 大会5日 4月1日 スペイン・マヨルカ

小松 一憲
乾燥した北風が吹いて、海から見るマヨルカの山並みがとてもきれいです。今日は、珍しく朝から吹いていました。フリートレースの最終日、良いコンデションで3レースがおこなわれることを期待したのですが、このところ、その精度の高さに驚いている天気予報は、非情にも風は朝のうちだけとのことでした。

風向325±10度、風速6から7.5メートル、定刻の11時に女子のレースから開始され、文句のないコンデションでレースができました。1レースを終えたところで、風がなくなり、海上での風待ちが始まりました。12時30分から17時30分に今日のレースを全て中止する旨の信号が出るまで、約5時間の長い風待ちでした。その間、一度だけ、吹き戻ったとでも表現するのか、4メートルの風が吹いてきました。すぐに女子がスタートしましたが、第1マークを回航し、サイドマークに向かうところで再びなくなり中止されました。海に浮いているだけで、5時間も過ごせるのはセーリング愛好者だけかもしれません。私は、マヨルカの青く澄んだ海と空、白い雲と山並み、港に入港する大型客船、焼きたてのパンを買って自分で作ったサンドイッチを頬張りながら、ぼんやり眺める春の地中海、のどかな時間を楽しむことができました。

第1レース、陸からの風は強弱をともない、小刻みに左右に振れていました。スタートラインに並ぶ時、風の変化のどのタイミングでスタートしようとしているのかを考え、さらにスタートラインの傾きや他艇が作るライン上での形、動きなどを頭に入れて、ねらうポジションが決まります。近藤・田畑組は、アウトサイドリミットマーク寄りの3番手で出て行きました。上り角度も良く、スターボードタックを伸ばし、風の振れに対し何度かタッキングをしながら、かと言ってバタバタせず、走っていました。風上マークを1位のフランス艇に続き2位で回航しました。ランニングのコースに入って追い抜き、風下マークでは20秒の差を付けたのですが、2回目のクローズホールドのコースで抜き返されました。風速が上がり、185センチ近くあるフランスのクルーの身長が効いたのでしょう、この時は「スピード、上り角度共に走りの差があった」と聞きました。しかし、全体のレース運びに問題は無く、2位のフィニッシュは評価に値します。

男子の原田・吉田組は本部船寄り3艇目から無難にスタートしました。30秒ほど走り、タッキングをして右方向に展開しました。「リフトした風をつかんでいたので右に伸ばすしかなかった」と言うのですが、右の奥の奥まで行って、待っていた風をつかんでタッキングした時にはオーバーセールになっていました。長い距離を残してのオーバーセールでしたからダメージは大きく、風上マークの回航は25位でした。2回目のクローズホールドで、13位まで上がってきたのですが走りが良かっただけに残念です。最初のクローズホールドで「本部船寄りから出て右を狙う」と決めてかかった、やや強引な戦法に問題がありました。丁寧なコース取りをしていれば、結果は違ったものになったでしょう。

近藤・田畑組は初日のつまづきを引きずること無く、トップテンで実施される明日のメダルレースに5位で進出しました。原田・吉田組は10位との差1点、11位でプリンセスソフィアを今日で終えました。私には、残念という気持ちは湧いてきません。初日からの戦いぶりを振り返れば、当然の結果であり、勉強という聞こえの良い言葉で表現しましたが失敗の連続でした。ただし、今は失敗も収穫と考えます。次の試合に心も体も技術もリセットし、備えて欲しいいと願っています。成功の収穫もありました。それをこの遠征中に、しっかり自分達のものにすべく、私自身も考え、努力し、練習をしていきます。

2010年 プリンセスソフィア 報告 大会4日 3月31日 スペイン・マヨルカ

小松 一憲
昨日の強風が夜のうちにピタリと止み、朝は一転して無風となりました。10時から北寄りの風が吹き出し、レースはスケジュールの25分遅れ、11時25分に開始されました。風向340度±15度、風速は7・5から11・5メートルに吹き上がりました。しかし女子がスタートする頃から徐々に落ち、一時間後にはMax5メートルになっていました。さらに男子のゴールドフリートがフィニッシュした13時には風向260度、風速1メートルあるかなしかとなり、最後は艇を強制的に左右に揺らして走るロッキング競争となりました。これを要約すると、3時間の間に無風から強風、そして無風、風向は90度振れ、その中で女子、男子シルバー、ゴールドの3フリートのレースが行われたことになります。良くできたと感心しますが、良いレースだったかどうかは、特に男子ゴールドフリートに関しては疑問符が付きます。
その後、海上で風を待つこと約3時間、15時55分に第2レース、そして17時25分に第3レースが開始され、風向240±10度、風速4から6.5メートルのコンデションで実施されました。

第1レース、近藤・田畑組は、スタートライン上に均等に散らばったスタートで、リミットマーク寄り3番手の位置から出ました。位置取りやタイミングに問題は無かったのですが、登り角度が悪すぎました。風速が8メートルに落ちていたところを、風速11メートルオーバーのチューニングで走ったのです。スタート直前になって、風速が変化したこともあり、チューニングを合わせきれなかったのは彼女たちだけでは無かったと思います。しかし、二人の場合は、それが大きすぎました。
むしろ良く走ったと言えるかもしれません。スタート後48秒走って苦しくなり、タッキングをしました。風上マークの回航は18位、第1風下マークでは12位に上がり、フィニッシュは14位でした。自分達の前に入った2艇がリコールをしていたので、成績は12位となりました。

第2レースは、一回のゼネラルリコールの後、ブラックフラックが掲揚され、本部船の横2番手から良いスタートをしました。風上マークを3位で回航し、最後のランニングで前を走る2艇を抜き、トップでフィニッシュしました。思い切りの良いスタート、風向変化に対応したランニングのコース取り、戦う気持ちを前面に出した良いレースでした。

第3レースは、本部船寄り7番で、塊りの中から出ました。風上のオランダ艇にひるむことなく、しっかり位置取りをし、メインシートを絞って出て行きました。第2レースに続き、文句の無いスタートでした。第1風上マークを7位で回航し、第2風上マークは4位に上がりました。最後の風下マークのルームの取り合いで5位になったということですが、クローズホールド、ランニング、いずれの走りも見劣りせず、自信になったことでしょう。さらに良くする手立てとして、タクティクスにアグレッシブさを発揮できるようになることを期待します。

男子、第1レース、スタートライン上に均等に散って並んだ艇のリミットマーク寄り、約4分の1の位置で、スタート15秒前から2列目に追いやられました。凹んだ状態が続き、スタートの時点でもそこから抜け出せず、10秒もかけて逃げのタッキングをしました。ダメならダメでもっと早く手を打つべきでした。自分達の右に並んでいたスターボード艇の全艇の後方を通過して右海面に出て行きました。このようなスタートをしていては、第1風上マーク回航は良くて30位、40位台になってもおかしくありません。案の定、風上マークの回航は30位でした。その後、風が左に振れていくと予測したのでしょう、海面の左側をうまく走って第2風上マーク20位、風下マーク11位、フィニッシュ10位と追い上げました。

第2レース、第1レース同様、リミットマーク寄りの10番目に並んでスタートしました。しかし、またまた出遅れ、失敗スタートとなりました。昨日までの成績で上位50艇で作られたゴールドフリートですが、スターボード艇を避けながら右に出て行く時点で限りなくビリの位置になっていました。ところが、右サイドに出て行ったところ、好運なことに15度ほど振れた風が入り、一気に劣勢を挽回し、第1風上マークを4位で回航しました。次に風下マークを7位で回航するところで、有ろう事か、よもやのマークタッチ、インナーのコースで後ろに大集団が迫ってくるなかでの360度回転でした。その集団に吸収され、第2風上マークは17位まで順位を落としましたが、フィニッシュは15位でした。
第1レースに次ぐ弱気の失敗スタート、加えて練習中なら風下マークを1000回、回航したとしてもマークに接触することはないでしょう。大チョンボです。何を熱くなっているのでしょう。そして何を恐れて、尻込みしたようなスタートをするのでしょう。原田選手の胸の中の問題なのです。「何か悪いことをしようとしているのか?誰にけっ飛ばされると言うのか?誰に殴られると言うのか?もっと強い気持ちを持って!戦う気持ちを前面に出して!頭を冷やして視野大きく持って!」と、私はいつもながらの言葉をかけるしかありません。

第3レース、私が女子のレースを追いかけてスタートラインを離れた少しの間にスタートしてしまいました。スタートした直後の原田・吉田組を捜すのに艇団の後ろからポットタックで出てくる艇を見たのですが、なかなか見つからず、前のほうに目をやるとトップの位置で走っているではありませんか。さっそく本部船に行ってリコール艇がリストアップされている黒板を見たのですが、彼らのナンバーは無く、そこで初めて彼らがアウトサイドリミットマーク寄りから良いスタートをしたのだということが想像できました。あとから聞けば、3番手の位置から積極的に出たとのことでした。第1風上マークをトップで回航し、フィニッシュまでそのトップを守り切りました。人間が変わったのではありません。道具(艇)が変わったわけでもありません。原田選手の胸の中が少し変化しただけなのです。

昨年の勢いをそのまま発揮すれば、今年は最初から、かなりのハイペースでいけると思っていました。しかし日本で半年を過ごすうちに、知らず知らず、普通目にする日本人選手らしい戦いぶりになっていました。残りのレースをチャレンジ精神旺盛に戦って、ヨーロッパにおけるこの初戦で、グローバルに存在感のあるチームへと脱皮してほしいと願っています。

2010年 プリンセスソフィア 報告 大会3日 3月30日 スペイン・マヨルカ

小松 一憲
朝から南西の強風が吹き、夕方5時に470級のレースは行わないと、決定されました。
一昨年から大会期間中、毎年一日、同じような強風が吹きます。一昨年そして昨年と、二年続けて一日中風が落ちるのを待ち、午後6時ぐらいからレースを行ったように記憶しています。
コンピューター時代になって、世界各地、どこに行っても天気予報を簡単に見ることができるようになりました。しかも、その精度は驚くばかりです。三日も前から今日の強風は予報されていました。その予報によれば、明日はまた風が落ちるようです。
1レースがとても貴重な勉強の機会であり、日本から来るには、それなりのお金も時間も使っています。風のコンデションだから仕方無いのは解っているのですが、予定されているレースの数が少なくなるのはとても残念です。明日からまた元気全開でチャレンジします。

2010年 プリンセスソフィア 報告 大会2日 3月29日 スペイン・マヨルカ

小松 一憲
地中海の空と海が青く澄み、朝は無風、11時にそよそよとシーブリーズが入り、昨日と同じような天気と風のパターンになりました。今日から11時にスタートするスケジュールになっていましたが、陸上待機を11時までしたのち出艇しました。

女子の第1レースは12時30分に開始しました。風向175±10度、風速4から5.5メートル、マークセットは170度、昨日、納得できなかったスピードでしたが、今日はマストチューニングを変え、その結果がどう出るか楽しみでした。
一回のゼネラルリコールの後、本部船の横2艇目から助走をつけ、スピード良くスタートしました。本部船の横から出たのは2艇のみ、残りの38艇は、コースの左狙いを優先し、本部船側にラインが有利に傾いているにもかかわらず、アウトサイドリミットマーク寄りからスタートしました。近藤・田畑組は、ほぼ全艇を風下に見ながら左海面へと伸ばしました。走りも良く一度も自分達の前を横切る艇は無く、風上マークまで2回のタキングで到達し、トップで回航しました。2番に回航した艇との差は2秒だったのですが、その後、徐々に差をつけ、25秒に広げてトップフィニッシュしました。微風のマストチューニングに方向性を見出すことができ、久々に胸のすくような走りを見ることができました。

第2レースは、コースが200度にセットされ始まりました。セットする作業の間に風速が平均で1から1・5メートル落ち、スタートの時点で2・5から3.5メートルの風速となっていました。近藤・田畑組は第1レース終了後、チューニングを昨日までのものに戻し、さらにスタート直前、第1レースの状態に戻そうとしたようです。ところが、時間が押してきて完全に戻しきれずにスタートしたと、あとから聞かされました。結論を言えば判断が遅かったのです。近藤選手によく見られ、これまで幾度となく注意をしてきた行動パターンです。風速をぎりぎりまで見極めようとしていたことは、わからなくもないのですが、もっと走りを良くしたいという気持、新しい試みへの不安、私のアドバイスに対する不信感もあるかもしれません、過去の経験とスピードに対する自分のイメージ、それらが交錯し、判断が引き延ばされ、ついついスタート直前の行動(チューニングを変える作業)に出てしまうのでしょう。スタート前は落ち着いてスタートの出方をはじめ、ヨットレースに必要なことを考え、集中する時間帯にしなければなりません。ヨットレースはわずかなチューニングの差だけで決まるものではないからです。
アウトサイドリミットマーク寄りに集まった艇団の約3分の1のところからスタートし、それほど悪くないと見受けられたのですが、風上マークの回航は16位、フィニッシュは17位でした。レース中チューニングを変えきれなかったことが頭を離れず、スピードに違和感を持ちながらセーリングしていたのかもしれません。

男子は第1レースの女子のスタートを見ていたのでしょう、本部線寄りに集団ができました。その塊の中で原田・吉田組は風下に位置するオーストラリアの選手と並ぶ形でスタートしました。結果はメインシートの絞り遅れの出遅れ、塊の中を3回のタキングで出て行き、ようやくごちゃごちゃの中から脱出し、左に伸ばしかけたところで目の前でタキングされてしまい、しかたなくタキングで逃げて右方向へと展開していく、誰もが何度も経験する、本部線寄りから出た時の失敗スタートです。スターボード艇を避けて風下に落とす、乱された風の中での3回から4回のタッキング、外から見ているとスタートしたのにラインからほとんど遠ざからないのです。
塊の中から出ると判断したのなら、その時点で強い気持ちでメインシートを引いて出て行くと、度胸を決めなくてはなりません。リコールの危険はもちろんのことです。風上マークは25位、そこから追い上げて16位でフィニッシュしました。

第2レースは一回のゼネラルリコールの後ブラックフラッグのスタートとなりました。ライン上に均等に散らばった艇の中央、スタートラインのほほ真ん中からスタートしました。ここでもメインシートの絞り遅れ、そして出た位置も全体に凹んでいたのでしょう、タキングして逃げて右に出て行くあいだ、彼らの後方を通過したのは1艇しかありません。ということは、スタート直後の時点で、ほとんどビリだったということになります。風上マークは25位、フィニッシュは22位でした。

第3レースは一回のゼネラルリコールの後、ブラックフラッグのスタートとなりました。10度ほどアウトサイドリミットマークが有利だったとみえ、大多数の艇が左に寄って並びました。無理に有利なポジションから出ることを避け、できた列の右から約3分の1の位置で時間を待ち、号砲と同時にタッキングする戦法をとりました。狙い通りのきれいなスタートでした。大半の艇が号砲と同時にタッキングを返し、バウ先が一列になったのですが、その列からスピード良く1艇だけ抜け出して行きました。風上マークは、左海面を走ってきたスペイン艇に次ぎ僅差の2位で回航しました。最後まで差は変わらず2番でフィニッシュしました。ところがスペイン艇は早すぎるスタートをしていたのでしょう、失格となり、このレース、1位となりました。

近藤・田畑組、原田・吉田組、共に待望の1位をとりました。風速2・5から5メートルのコンデションで、昨日実感したスピード不足を克服する糸口が見つかりました。レースをして見えた課題を克服すべく、工夫し、修正し、挑戦する。解決策を確実なものとする為に練習する。課題克服の糸口を見つけることができた時、それは選手としてたいへん嬉しい出来事で、楽しさを感じる時でもあります。また勇気の湧く出来事でもありましょう。

2010年 プリンセスソフィア 報告 初日 3月28日 スペイン・マヨルカ

小松 一憲

本日(28日)よりプリンセスソフィアが始まりました。22日にマヨルカ入りし、順調に練習もこなし今日に備えてきました。プリンセスソフィアは、今年も参加艇が多く大変賑わっています。470級男子だけで100艇もの参加があります。温暖な地であること、コンスタントな風に恵まれること、宿泊施設がふんだんにあることなどが、その理由にあげられるでしょう。加えてレース運営がしっかりしていていること、表彰式は古いお城を使いスペイン王女が臨席することも魅力なのかもしれません。

27日より始まった受付と計測の締め切りが28日12時となっており、初日のレースは14時に開始されました。朝のうち凪いでいた快晴の海にシーブリーズが11時頃から吹き出し、今日の天気予報、南西の風が2から4メートルと予報通りの風向風速になりました。南西の風と表現されていますが、実際は180度から210度の振幅を持ち、15分程度の周期で緩やかに振れていました。

南西に向かって開けた湾の左の沖に470級のコースが設定され、定刻に女子がスタートしました。風上マークは180度、スタートラインは約400メートルと長く、本部船有利に設定されていました。その本部船寄りにできた艇団の風下、左から7艇目でスタートしました。スタートの狙いからコースの左側を使う作戦と見受けられました。スタートは悪くなかったのですが、この時すでに右からの風が入り始めていました。空の雲は右側に薄く広がり、左は青空、私には、コースの右側に風があるように見えました。今朝、2年前のプリンセスソフィアの報告を読んで参考にするように、と指示したのですが、そこに私が書いていたのは「シーブリーズの吹き出し方と左側の海面を使ってのコース取りが成功していた」ということでした。これが左狙いの根拠になったとしたら、読んだことがむしろマイナスになったと言えます。どんな時も、その時に見た海面の観察を優先すべきです。それも自分の目で見て判断したものでなければなりません。気象予報、潮流など、あらゆる情報に関して同じことが言えます。参考にしてもうのみにせず、自分の目で確かめることが大切です。

コースの真ん中を風の振れに対し逆に走ることが多かったのでしょう、風上マークの回航は、なんとビリ2番、目を覆いたくなる順位でした。追い上げようにも先頭集団からは大きく遅れ、フィニッシュは33位でした。

第2レースは、マークの打ち変えが行われ、スタートラインも風向190度に対し、ほぼ直角に作られました。風速はスタートの時点で3・5メートル、後半は2メートルまで落ちました。スタートラインに均等に散らばった艇の左から7番目でスタートしました。スタートの狙いも出方も悪くなく、左に伸ばしました。少し左に振れてきたところでタッキングをし、スターボード艇の前を通過してコースの中央に出ようとしたのですが、いまひとつ走りにスピードが無く前に出て行くことができません。タッキングするポイントも風の振れに対して早く反応し過ぎているようにみえました。我慢して突っ込んだ両サイドの艇に前を走られる場面が目立ちました。風上マークを13位で回航したのですが、風速が落ち、スピンを張れないほどに左に風が振れてタイトになったリーチングで、順位を落とし、このレースも22位と、これまであまり見ることのない順位でフィニッシュしました。

男子は、50艇づつの2グループに分けられました。原田・吉田組はスタートラインの中央で艇の並びがまばらになったところから、少し凹んでいたと思われますが、危なげないスタートをして左に伸ばしました。走りも悪くなく風上マークを5位で回航しました。途中7位に落ちましたが、フィニッシュは6位、第1レースとしては、まずまずの順位です。

第2レースは、風向が変化し、コースチェンジが行われ、さらに中止されてもおかしくないほど落ちた風の中を女子がレースを続行しているところで、マークの打ち変えもできず、スタートさせられないと判断したのでしょう、16時30分にレースの後日延期の旗が揚がりました。

意気揚々と日本を発ち、ヨーロッパに来て迎えた初戦、「頭をを冷やせ」と叱りつけられたような気がしました。正直に言えば「もっと楽に勝てる」と思っていたのです。自分でも可笑しくなります。これが世界の舞台、武者修行の良さでもあります。今日1日で、このところ注意を払わなかった微風のチューニングについて考えさせられました。そして思い当たる事もありました。明日も弱い風の予報ですから、それをさっそく試し、修正できれば良いと考えています。日本で苦労せず勝っていては、ずっと見過ごしていたでしょう。この様にしてこれから約半年、遠征を続けて行きます。

セール フォー ゴールド レガッタ 報告 2009年9月19日 (大会最終日)

小松 一憲
朝のうち空を覆っていた雲が無くなり、10時頃から快晴になりました。それまで吹いていた弱い北風がさらに弱くなり、やがて凪となりました。
12時に470級男女、49er級、レーザー級及びレーザーラジアル級の5種目を除くすべての種目のメダルレースがキャンセルされ、すぐに昨日までの結果で表彰式がおこなわれました。
12時半、西南西から、そよそよと風が吹き出し、残りの種目が出艇しました。風速、3から4メートル、風向、250度で弱いながらも安定していました。防波堤内に作られた二つのエリアで470級男子と49er級のレースが開始しました。
女子のレースは、男子に引き続き行われ、14時25分にスタートしました。
近藤・田畑組は本部船の横から出て、すぐにタッキングして右に伸ばしました。はじめは良い景色に見えたのですが、コースの約3分の1を走ったところで、風が15度左に振れ、集団の左にいた艇の角度が一気に良くなりました。反対に右にいた近藤・田畑組が苦しくなりました。マーク近くで左サイドまで出て、少し盛り返し、風上マークを4位で回航しました。しかしマークの手前で、イギリスから風下でタッキングした近藤・田畑組に抗議が出て、それがジャッジによって認められ720度回転を強いられました。
二回目の上りのコースに入り、マークは20度ほど左に移動されたのですが、風は元の角度まで戻っていました。レースコミッティーによる、このコースチェンジは失敗でした。スターボードタックの一本コースになったのですが、二人は、ブロンズメダルの位置の7位を走っていました。フィニッシュの手前、約150mのところで、フランス艇と共にジャイブしました。そのまま並んで走っていれば問題なかったのですが、自分から列を外れた(守るべき場面で攻撃の行動にでた)為に後ろのアルゼンチンに先行され8位のフィニッシュとなりました。銅メダルも1点差でで逃し、この大会を4位で終えることとなりました。

今年3月からのヨーロッパ遠征で原田・吉田組は、8試合に参加し、結果は次のとおりです。
プリンセスソフィア(スペイン)  21位 
スプリングカップ(フランス)    4位
イエール(フランス)        5位
ガルダ(イタリア)         4位
デルタロイド(オランダ)      9位
ヨーロッパ選手権(オーストリア)  優勝
世界選手権(デンマーク)      3位
セールフォーゴールド(イギリス) 14位
メダルレースが実施された7レース中5レースに進出しました。
加えて悪いデーターも言えばスタートでの失格、BFD・2回、OCS・3回。
世界ランキングは春先の38位から8月19日現在20位、次の更新では10番台にランク付けされるかもしれません。

近藤・田畑組は5月から5試合に出場しました。
デルタロイド(オランダ)     優勝
ヨーロッパ選手権(オーストリア) 2位
キール(ドイツ)         3位
世界選手権(デンマーク)     8位 
セールフォーゴールド(イギリス) 4位

ヨーロッパ遠征を武者修行に例えるなら、行く先々で、様々な風や波のコンデションで戦い、特徴ある選手達と対戦してきました。
視野も広がり、注意深くなり、自信も付いて逞しくなりました。
これより日本に帰り、4名は自らを厳しく鍛え直し、来年の3月、再びヨーロッパの地に立つ時、ワンランク上の戦績を残すことを目標にします。

会社をはじめ、多くの皆様にご支援いただき、大きなけがや病気も無く、健康に、そして事故無く、2009年の海外遠征を締めくくることができました。
「どうもありがとうございました!」

セール フォー ゴールド レガッタ 報告 2009年9月18日 (大会第5日)

小松 一憲
どんよりした曇り空、最高気温17度、最低気温10度、一週間前の気温24度の快晴を地元の人達が「ラブリー!」と言っていたのが良く理解できます。

女子のレースは11時に、風向、70度、風速5・5から8・5メートルで開始しました。このコンディションが、男子の2レース目のスタート時間15時に、風向55度、風速4から6メートルへと変り。時間の経過とともに左へ振れ、風速が落ちて行ったことになります。潮流は、女子が強い向い潮の中で行われ、男子の2レース目は弱い追い潮になっていました。

近藤・田畑組の第1レースは、比較的すいていたアウトーリミットマーク寄りの1番から素晴らしいスタートをして左に伸ばしました。沖の方は、向い潮が強く、左の崖を考えれば、左で展開するのはセオリーだったと言えます。最初の小さなパフで右にタッキングを返しましたが、これが少し早すぎて、彼女達より左に150メートルほど伸ばしたイギリスが良い角度のパフをつかんで第1風上マークをトップで回航しました。近藤・田畑組は5秒差の2位で回航し、後続も4から5秒差で4艇続きました。トータルの成績、2位から6位までのチームで形成されたトップグループでした。イギリスが抜けて行って、一時は2位の近藤・田畑組に20秒の差を付けたのですが、第2風上マークで再び5秒差、2回目のランニングで近藤・田畑組が逆転してトップに立ちました。その後のクローズホールドとランニングでもトップを守りフィニッシュしました。

第2レースは、ラインの真ん中からスタートし、大半の艇と共に左の海面で展開、風上マークを8位で回航しました。第2風上マークで4位に上がり、そのは順位変わらず、フィニッシュしました。今日の1位と4位の結果、トップで明日のメダルレースに臨むことになりました。しかし2位まで上がってきた強豪オランダとは1点差、その後ろも僅差で並んでいます。

男子の第1レース、本部船寄り左10艇の所からまずまずのスタートをしました。第2レースも同じようなポジションから無難に出たのですが、後で見せてもらったビデオで確認すれば、どちらも全体に凹ん場所からのスタートでした。第1レースは左に展開し、第2レースは右展開からコース中央、さらに左端まで走り、風上マークに向いました。第2レースは、コース全体が風下から風上への追い潮になっていましたから、風の選択だけでタクティクスを取れば良いコンデションになっていました。第1風上マークをどちらも8位で回航し、第1レースは、4位まで上がりながら最後のランニングで順位を落とし7位のフィニッシュになりました。第2レースは、2回目のクローズホールドで風が左に振る傾向があったのを見逃し、右に強引に伸ばした結果、20位まで落ちました。最後は15位まで挽回してフィニッシュしましたのですが、メダルレース出場の10位まで合計10点足りず、14位でこの大会を終えることとなりました。
やはりレース序盤3レース目のスタートにおけるBFDの失格が、強風で中止され、レース数が少なくなったことも災いし、その後の彼等のレース全般の歯車を狂わす結果になりました

近藤・田畑組は、この大会の第1レースの17位を捨てレースにし、フリートレースの最終日にトップを取るという、しぶといレース運びをしました。これまでの近藤選手であれば、北京オリンピックの初日のつまずきが象徴しているように、重苦しいムードを払拭することができず、引きずったままレースすることが多かったように思います。この反発力の原動力は、田畑選手の経験もさることながら、「はきはきとした元気よさと明るさ」によるものと考えています。彼女の加入により、男子も含めアビームチームの日常のムードも転換しました。

メダルレースは、マッチレース的な性格を持っています。強い気持ちを前面に押し出し、引くことのないよう、アグレッシブで賢いレースを見せてくれることを願っています。

セール フォー ゴールド レガッタ 報告 2009年9月16日 (大会第3日)

小松 一憲

夜降っていた雨が、明け方には上がり、9時になって青空が広がりました。風は、昨日よりも平均して強く、すべてのクラスが陸上待機になりました。
風速が、少し落ちてきた13時より、RX級男子、続いて49er級、さらにRX級女子がハーバー前の防波堤に囲まれたエリアで、それぞれ2レースを行いました。
その他のクラスは、14時に信号が出て、明日以降に延期されました。

防波堤で囲まれた港のエリアは、南北に2マイル、東西に1・8マイルの楕円形で、10から12メートルの深さの所で1マイルの距離がとれます。
49er級の選手達に言わせれば「今日やるなら、なぜ昨日やらなかった?」の疑問が残るでしょう。しかし、そこが今回、「オリンピックに向けてのテストイベント」の所以です。オリンピックまでに様々のアイデアが盛り込まれ、変更もされ、今回とは違った大会になることでしょう。

明日の午前中は、まだ強風が残るようです。レースが延期されたことで休養することができました。どのようなコンディションになろうとも、パワー全開の元気の良いレースが見たいものです。

セール フォー ゴールド レガッタ 報告 2009年9月15日 (大会第2日)

小松 一憲

朝から12メートルを超す風が吹き、470級男女、フィン級、レーザー級男女、RSX級男女、計7種目のレースが行われ、その他(3種目)は、中止されました。レースを行うかどうかの決定は、各種目のレースオフィサー、日本流に言えばレース委員長の判断にゆだねられています。インターナショナルのオリンピック種目の大会では25ノットから30ノットの風が一つの目安になっているように思います。30ノットの風ではどの種目も中止され、25ノットであれば、前記の7種目は、レースが行われます。

470級女子が定刻の11時ぴったりに、少し岸近くに移動したEエリアを使ってレースが始まりました。風向15度、風速9から14メートル、岸に近く、しかも陸風ということもあり、波高は高いところで50センチぐらいだったのではないでしょうか。トラぺゾイドはコースを2周する長さに設定されました。岸からあまり離れないように配慮したのでしょう。風上と風下の距離を短くしたとは言え0・7マイル(1260メートル)ないし0・8マイル(1440メートル)はあったと思います。

近藤・田畑組は本部船寄り10艇程の所からきれいにスタートしました。30秒ほど走ってタッキングし、右に伸ばしました。始めから、そのコースプランだったのでしょう。スピード良く右方向に艇団を引き連れる形で伸ばしていきました。待っていた右からのパフをつかんで左にタッキングを返しました。この時点でほぼトップの位置に見えました。第1風上マークを2位に15秒の差を付けて回航し、一時はダントツになりかけたのですが、ランニングのコースを約3分の2走ったところで風上側への沈をしてしまいました。幸い後続が大きく離れていた為に、沈をしても、風下マークを8位で回航することができました。その後は良く頑張り、追い上げて4位でフィニッシュしました。

第2レースも良いスタートで、やや本部船寄り、艇団の真ん中から出ました。スタートと走りが良い時の特徴でどうしても左に長く伸ばす傾向があります。大半の艇が左方向にいるのであればよいのですが、右に行ったということであれば、そこそこの所でタキングをし、右の集団をカバーする必要があります。良い走りをしながら風上マークは、右からマークに寄せてきた集団に先行され20位の回航になりました。サイドマークで13位、ランニングで8位と追い上げ、次の風上マークでは3位に浮上しました。その後、順位に変動なくフィニッシュしました。
昨日までの上位艇の中に沈をして順位を大きく落としたり、トラブルでのリタイヤーなどがあって、トータルで4位に浮上しました。

午後2時半より、男子のレースが女子に引き続き行われました。風向は25度、10度ほど右に振れ、風速も平均で1から1・5m落ちました。第2レースのスタートがおこなわれた3時半には、雨もぱらつくようになりました。インターネットでチェックした天気予報がぴたりと当たっていました。最近の天気予報は日本に限らず、どこでも良く当たり、それらをパソコンで見ることができるようになりました。予報が、時系列で的中するのには驚きます。全てはスーパーコンピューターのおかげでしょうか。

第1レース、艇団の3分の1、本部船寄りから出て右方向に展開し、風上マークを6位で回航した原田・吉田組でしたがOCSの失格でコースから排除されました。
スタートラインの風下で見ていた私も「そんなに早くメインシート引いて大丈夫?」と思わず叫びそうなスタートでした。リコールしたのは彼等を含め2艇だけ、スタートの号砲が鳴った時点で、自分達が周りの艇よりも前に出ているのが見えたはずです。スタートは、始めからI旗が掲揚されていました。黒色旗に準じるOCSの注意を喚起する目的で使われる旗です。あとで聞けば「スタートラインの見通しを取っていたから、大丈夫だと思った」との事でした。

彼等のOCSとBFDのスタートでの失格の多さにあきれ、そのたびに、自分のなえる気持ちに鞭打って、根気良く、何度も何度も、噛んで含めるようにあれもこれもとスタートに必要なことを教えてきました。確認したスタートラインの見通しがマークボートの乗員によって動かされる可能性、潮流や風向、風速変化で本部船との位置関係がずれる可能性、それらの危険を回避する為に「スタートラインでの潮流チェックの必要性」、「安全なスタートラインの見通しの取り方と、その必要性」、「運営スタッフの動向を観察し続ける必要性」、「一度ならず何度でも時間があれば確認することの必要性」等々、それでもなおと言うことですから、まだまだ、私自身の努力と工夫も足りないということでしょう。

第2レース、雨が降ると風は北東方向に変化するのでしょうか、マークは風向30度で打ち変えられました。アウトサイドリミットマーク寄り10艇右から無難なスタートをしました。今日の近藤・田畑組の第2レースとよく似た展開になりました。走りは良かったのですが、風上マークは13位、サイドマーク8位、風下マーク4位、その後、順位に変動なくフィニッシュしました。

原田・吉田組は初日を無難にまとめ、良い形で入れたかなと思った矢先の、まさかのOCSでした。またいつものお決まりの言葉で士気を鼓舞するしかありません。「レースは始まったばかり、まだどんなことが起こるか分からない、1レース1レースを大切に戦っていくだけ」

女子チームは、今日程度の風で沈をするというのが、今の近藤・田畑組のレベルです。一年前までの鎌田・近藤組のそれには到達していないことの証になります。
470級という二人乗りの艇は、二人合わせて「2の力」が磨かれてこそ、スピードもテクニックも向上するのであって、経験ある二人がコンビを組んだからと言って「2の力」がすぐに輝きを放つというものではありません。いつもいつも当たり前のことを言うようですが、とにかく練習あるのみです。

近頃、ヨーロッパのレースに強風が少なくなってきたと思っているのは私だけでしょうか。これは地球温暖化のせいではないかと考えたりもします。
このウエイマスで開催されるオリンピックは8月初旬です。おそらく強い風がこのように吹くことはないでしょう。
しかし私は、風の神様がいるのであれば、このレースは吹き続けてほしいとお願いします。8メートル以上の風で、私の見る限り、まだ世界のトップレベルに達していない原田・吉田組の為に、そしてコンビを組んで間も無い近藤・田畑組の為に技術向上のチャンスと練習の必要性を実感する試練を与えてくれることを祈ります。

セール フォー ゴールド レガッタ 報告 2009年9月14日 (大会第1日)

小松 一憲

オリンピック開催予定地、ウエイマスでのレースが今日から始まりました。こちらに来て約2週間になるのですが、風が弱く練習にならない日は、1日もありませんでした。逆に強すぎて出艇を躊躇する日があるなど、平均して風が強めのコンデションが続いています。日中の気温は20度と過ごしやすいのですが、朝晩は寒さを感じるようになりました。

オリンピックの予行演習の目的を持つ この大会は、参加している選手にも大会関係者にも、とにかくレースに参加して、また実施してみて、と言った雰囲気があり、なんとなくリラックスしているように見受けられます。レース前の計測は、簡易的なチェックとスタンピングだけで、参加している国数もオリンピックの約3分の2程度と少なく、出場しやすいヨーロッパの開催でありながら、今年は見合わせた国も少なくありません。この雰囲気の源は「テストとリサーチが主たる目的」だからなのでしょう。交通、宿泊、食事、気象、海象、大会施設、大会運営、さらにお国柄等々、リサーチの対象は、セーリング特有のものを除けば、オリンピックに限らずスポーツ大会全般に共通するものです。

レースは、ウエイマスの防波堤に囲まれた港の中を含め、海岸線に沿って東西、横並びにAからFまでの6海面で実施されます。470級は一番西に位置するハーバーから、10メートル前後の風で走って45分程の距離の、F海面が使われました。F海面は、世界遺産にも登録されているという白い岩肌の崖と小高い丘陵地帯が東西に延びており、今日のように北東の風が吹くと、丘陵地帯を超え、正面の崖の右斜めから吹いてくるかたちになります。断続的で不規則な風向と風速の変化、加えて風のむらがあり、岸に近づくに従って風速も平均1から1.5メートル弱くなります。また岸にほぼ平行に流れ、干満で東西に方向が変わる潮流、これらの事柄をすべて頭に入れて、レースをするのですが、言うまでもなく簡単ではありません。

男子は、55艇が2グループに分けられ、女子は32艇の1グループ、それぞれ2レースが行われました。男子は11時のスタートで、女子は13時、男子の2レースが終了してから女子を行うというスケジュールでした。風速は、5・5から8メートル、風向35から60度の間で朝から夕方まで変わりませんでした。潮流は、12時から13時にかけて転流したのですが、町のマリンショップで購入した満潮時を基準にして1時間ごとの流れが表記された本を参考にしました。

原田・吉田組は、スタートラインの右3分の1、艇団の真ん中から無難にスタートしました。スターボードを少し走った後、右に展開して第1風上マークをトップで回航しました。2位に15秒の差をつけていました。アウターマークに向かうリ-チングコースでは、通常であれば楽々と後続を離して抜けていけるところなのですが、風にむらがあることもあってサイドマークまでに追いつかれ、10艇程の集団になりました。風下マークをなんとか2位で回航したのですが、向い潮の強い右方向を走ったことが災いし、第2マークを7位で回航、そのまま順位は変わらずフィニッシュしました。2回目のクローズホールドのコースは、自分の順位を守ることを考えたコース取りをすべきだという基本を忘れたのが、順位を落とす結果になりました。

第2レースは、アウトサイドリミットマーク有利のスタートで、本部船寄りの艇団、真ん中から出ました。出方は悪くなかったのですが、やはりアウトサイドリミットマーク有利のスタートでありながら右寄りから出た為に途中の見え方は、けして良いとは言えない位置を走っていました。コースの中盤から、左方向に伸ばし、最後は艇団の一番左、岸寄りに出ました。このコース取りが良かったのでしょう第1風上マークを4番で回航しました。サイドマークまでに3番にあがり、風下マークまで行きました。次のクローズホールドで後ろで回ったイギリスが右方向に伸ばし、右にシフトしたパフをつかんで一気にトップに出てきました。その為、4位に落ち、その後、順位は変わらずフィニッシュしました。
難しい風の中でのレースとしては、滑り出しはまずまずです。レースの序盤は、レースコースと風になれるまで、大けがをしないことを心がけ、とにかく基本に忠実に走るべきでしょう。

近藤・田畑組は、スタートラインにまんべんなく散らばった艇団の真ん中から無難にスタートしました。コースの3分の1までは、トップを争う位置にいたのですが、その後、左に長く伸ばした艇団が左振れの風をつかんで上マークを上位で回りました。艇団の右に位置していた近藤・田畑組はその振れをつかむことができず風上マークを12位で回航しました。風下マークまでに9位に上がったのですが、2回目のクローズホールドのコース取りがちぐはぐになり、フィニッシュは15位と順位を落してしまいました。

第2レースは、第1レース同様、ラインの半分やや本部船寄り、艇団の真ん中からきれいにスタートしました。このレースもスタート後、コースの3分の1まではトップの位置を走っていました。しかし、スタート後左に思い切り伸ばした艇団が、第1レース同様、左に振れた風をつかんでコースの3分の2の所で中央に寄せてきました。これをまたまた第1レースと同じく右で受けて走り、しのごうとしたのですがしのぎ切れず、次に集団の中に入ってタッキングの回数を増やすことになりました。ブランケットを避ける、風の変化に対応するという目的でタッキングするのはわかるのですが、数が多くなると、どうしても、素直に走っている艇に遅れをとります。タッキングは方向変換しながら止まっていることに等しいのです。第1風上マークの回航は22位でした。
次にサイドマークに向かって、お互いをけん制して、もしくは風が左に振れたことを考慮して、風上に大きく上って行ってスピンを展開する艇が多い中、一艇だけ真っすぐ走ることを選択しました。転流した潮の方向、左に振れた風が元に戻っていたことを考えると近藤・田畑組の選択は正解でした。サイドマークまでに5位に上がるることができました。その後、クローズホールドで抜きつ抜かれつしましたが、結局、前の2艇を抜くことができず、5位でフィニッシュしました。

第1風上マークの順位が良いのは、同じことを何回も言うようですが「スタートが良い」、「コース取りが良い」、「スピードが良い」の三つ要素が揃って可能になります。近藤・田畑組の今日の問題は、コース取りにありました。近藤選手の特徴と言っても良いのですが、いい方向を見極めたうえで、あるいは行かなくてはいけない特徴あるコンデションで最後まで我慢して、あるいは度胸をきめて深く突っ込むことができず、無難な所でコースの中に戻そうとする傾向があります。この傾向があって平均的に良い成績を収めているのですが、時と場合によっては、思い切り、あるいは誰よりも左なら左をキープするコース取りが必要になります。

第1日目を終わって、ベストではありませんが、BFDやOCS、DSQの失格など、大きなポイントを背負わずに戦いに入れたことを良しとしなくてはならないでしょう。強めの風がこれからも続く予報です。これからの展開は誰にも予測できません。ただ、しっかり走って勉強するだけです。

2009年 470級世界選手権大会報告 8月29日(大会最終日)

小松 一憲

メダルレースの結果、原田・吉田組3位、近藤・田畑組8位で2009年470級世界選手権を終了しました。

男子のメダルレースが始まろうとした時、スコールのような雨と風が吹いて、風速は11メートルをオーバーしました。レースコミッティーがアウトサイドリミットマークとなるゴムボートのアンカーリングに手間どる間に、雲は通過し、風はぱたりと落ちました。結局、平均5メートルのコンデションで男子は行われ、女子は、少し上がって平均8メートルのレースになりました。メダルレースと言うことで、岸の近くにセットされたコースは、岸風(260度)の為、振れやむらが多く、トリッキーでした。さらにコースが短いこともあって順位は目まぐるしく変化しました。
その中で、優勝した女子のオランダチームのみ、別格の走りをみせ、一艇だけ飛び抜けていました。そのほか、原田・吉田組が8位で第1風上マークを回りながら、2回目の上りで一気に5位まで浮上、近藤・田畑組も一時は3位にあがるなど、男女共に順位のアップダウンが激しい、見る者にエキサイティング、競技する選手にはたいへん難しいレースでした。

終わってみれば2位と同点の3位、「悔しいか」と聞かれても、私は正直、「こんなところかな~」と冷めています。もしここで、彼等が1点、2点に泣く(悔しがる)のなら、もっと前に泣かないで済む努力があっただろうと言うでしょう。泣かないで済む努力と言うのは、レースで言えば、坦々と、どんな時も基本に忠実にレースを戦うことであり、スポーツマンとして、日々、厳しく練習に取り組むことだと考えています。成績を悔やむのなら、途中、スタートでの失敗や失格を含め、何度もつまらないミスを犯した、そのことを悔やむべきでしょう。

言うまでもなく、原田・吉田組は、力を抜いて練習し、レースに臨んだわけではありません。私の若い時と比べたら、何倍も真面目に取り組んでいます。また私の若い時のポテンシャルなどとは比較にならない、光るものを持っています。今、彼等の伸び代を考えると、近い将来、まだまだ行けると確信します。そして、他の選手と経験量を比較した時、「今はこんなところだろう」と思うのです。

近藤・田畑組にも同じことが言えます。他のトップレベルの選手と比べ、体の小さな田畑選手は、なれないクルーをこなし、短期間に良く、このレベルまできました。これから来年、そして再来年と、近藤選手共々磨きをかけ、バージョンアップして行くのが楽しみです。

私は、風が弱く不安定なコンデションでおこなわれたヨーロッパ選手権の優勝と準優勝の原田・吉田組、近藤・田畑組が、今回の文句ないコンデションで、それなりの結果を出し、「チーム・アビーム、ひいては日本470、ここにあり」と胸を張って言えることを嬉しく思います。
それを成し遂げた4人に拍手を送ります。そして、まだ到達していない上を目指し、日々の練習を精一杯頑張ってほしいと願っています。

報告を終わります。

2009年 470級世界選手権大会報告 8月28日(大会6日)

小松 一憲

久々に曇りの天気でレースが行われました。14時を過ぎる頃から、雨がぱらつき、この雨をきっかけに、レースが終了した後、それまで吹いていた160度±10度の風が西に大きく変化しました。10メートルを超すほどの風速になりましたが、レース中の風速は、第1レースが5から6・5メートル、第2レース、6から8・5メートルで、170度方向からの向い潮、0・5ノットのコンデションでした。

今日は女子がアウターコースを使って先にスタートしました。近藤・田畑組は、スタートラインの左3分の1の位置から、まずまずのスタートをして、コースの中央に展開しました。向い潮を避けて右コースを選択するグループと、風の振れに対応し、右方向にこだわらないグループとに分かれたのですが、結局、始めから右に伸ばしたグループが第1風上マークを先に回航しました。今日の風速域であれば、もう少し前を走ってもおかしくないのですが、やはり何かがかみ合わないのでしょう。

第2レースは、アウトサイドリミットマークの2番手から良いスタートをしました。このレースも約3分の2の艇が右に伸ばしたのに対し、近藤・田畑組は左を選択しました。空は、左が黒く見えていたこともあり、この選択は正解でした。その証拠に、最初のタッキングでトラピーズリングをかけ損ねた田畑選手が落水するというアクシデント(ミス)にもかかわらず、第1風上マークを2位で回航しました。もちろん、この時はスピードもありました。その後、フィニッシュまで2位を守り切れず、ランニングでオランダ艇に抜かれました。ランニングは今後の課題であることを再度認識させられました。

原田・吉田組は、本部船の左横5艇目から、まずまずのスタートをして、右に伸ばすグループに入りました。途中まで悪くないように見えたのですが、右にあまり固執せず、早めに集団から離れるべきだったかもしれません。左に返すタイミングを間違えたと言えるでしょう。
風上マークを前で回航したのは、最後まで右に伸ばした艇では無く、風の振れに合わせて、走ってきた艇でした。風上マークを17番で回航し、順位変わらず風下マークも回航、その後は驚異的な追い上げを見せました。ただ一艇、左に伸ばしたのが功を奏し、第2風上マークで3位に浮上しました。あとで聞けば「ずっとスターボートタックがリフトだった」ということですから、潮流を意識して右に固執しなかったことが良かったのでしょう。ここで2位と1点差のトップになりました。

第2レース、アウトサイドリミットマークの一番手で出て、マークのゴムボートに接触し、ペナルティー解消の360度回転してスタートしました。風速が7から8メートル吹いていました。遅くて下手な選手などいないゴールドフリートです。スタートの大失敗は致命傷と言っても過言ではありません。若者言葉を使うのなら、また最後の最後に大事なスタートで「やらかした」と言うことになるのでしょう。してはいけない「乱暴なスタート」、「無茶なスタート」、「なめてかかったスタート」、「狙いすぎの出遅れスタート」、「一か八かのぎりぎりのスタート」等々、大事な局面で、スタートを無難に出て行く大切さを、言葉を換え何度も何度も言い聞かせてきました。始めから一点を狙っていたわけでは無かったと思います。スタートまで1分を切り、待っていいる間に向い潮の影響で高さを失い、その高さを確保する為に前に走り、マークボートとの距離を縮めてしまったのでしょう。しかし、その場所からのスタート諦め、判断する時間はあったはずです。まだまだ、若く、経験が無いと言ってしまえばそれまでです。本当にこのようなケースで、今年は優勝を落としてきました。フランスのスプリングカップ、イエールのフリートレース最終日、イタリアのガルダオリンピックウイークの3大会と今回、すべてメダルレースのBFDとスタートの大失敗によるものでした。今回はまだ試合が終わったわけではありませんが、走りが抜きんでているから余計に残念に思えてならないのです。第2レースの風上マークは18位、ランニングで22位ぐらいまで落ちて、次にまた左に出して大逆転を狙いました。今度は風が西に大きく振れようとしていましたから、「同じ柳の下にドジョウは二匹・・・」のたとえではありませんが、挽回することはできませんでした。17位でフィニッシュしたのに対し、トップ争いをしていたクロアチアは1位でフィニッシュして突き放されました。もちろん後ろのチームにも追い上げられることになりました。

今年の3月末から海外遠征を始め、原田・吉田組はレースごとにボートスピードが速くなってきました。成長してきたとも言えるでしょう。この成長は、レースという緊張感の中で練習のスピードを再現する能力、風速変化に的確に対応する能力、が高まったからにほかなりません。
明日のメダルレースは、衆目の中で総合力が試されます。特に迅速で的確な判断と行動を必要とします。経験不足は否めませんが、今年のメインイベントの締めくくりとして、しっかり走ってほしいと願っています。

2009年 470級世界選手権大会報告 8月27日(大会5日)

小松 一憲

決勝二日目、一面、雲に覆われていた空は、9時に快晴となり、風速5から7.5メートル、風向160度のコンデションとなりました。初日からプレスボートに乗り,
写真を撮っているカメラマンの添畑薫氏によれば、今日が、一番光が良く、きれいな写真が撮れたとのことです。潮流は、170度方向から約0.3ノット、比較的弱い向い潮でした。

定刻、12時05分、レースはリコール艇無しのクリアースタートで始まりました。原田・吉田組は、右方向への展開を狙って、本部船の左横5艇目でスタートしました。すぐ風上に、昨日BFDの失格になったドイツがいて、慎重になりすぎたのでしょうか、これにかぶされて、逃げのタッキングをしたところ、今度は目の前でスペイン艇にタキングされてしまいました。再度タッキングし、自分の行きたい右方向に出るまでに3回のタッキングをしました。こうなると、無難なスタートをして素直に走っているいる艇とは大きな差がつきます。それでも、その後の走りが良かったからでしょう、第1風上マークを16位で回航しました。マークを回るごとに少しづつ追い上げて、9位でフィニッシュしました。成績上位のチームが二人の後ろでフィニッシュした為、点数の差を一気に縮めることができました。

第2レース、風速が平均1から2メートル上がり、マックス8メートルの風が入ってきました。スタートは、第1レース同様、右狙いの本部船横、しかし今度は狙いすぎました。本部船横で列からはじき落とされ、スタートできないと判断して次に取った行動が本部船横のポートタック狙いという大胆な出方でした。運良く、出れることは出れたのですが、右に伸ばす艇の3列目となっていました。これを嫌って左海面に、ただ一艇伸ばしていったのですが、その過程で彼等の後ろを通過する艇は一艇もありませんでした。追い上げムードに乗れるかと思った矢先の、最悪スタートでした。見ていた私も思わず目を覆ったのですが、左にただ一艇、誰にも邪魔されずに長く走れたのが良かったのでしょうか、あれだけ悪いスタートをしていながら、第1風上マークを17番で回航しました。この後、前を走る上位陣を抜いて8位でフィニッシュしました。終わってみれば、トータルでトップと同点の2位になっていました。
私は、2位に浮上したこと以上に、クローズもランニングも上位陣に競り負けずに走れたことを嬉しく思います。
同時に、狙いすぎの強引なスタートとその失敗を、明日からのレースでは見せて欲しくないと願っています。

近藤・田畑組は、今日もいま一つ、走りに冴えが無く、そこそこのスタートをしながら、不運な風の振れもあって前を走れません。これはどうしたことでしょう。何かリズムに乗れない原因があるはずです。いくつか考えられることがあるのですが、今ここで申し上げることはできません。二人は経験あるとは言え、コンビを組み短期間の練習で、この世界選手権に臨みました。昨日の2レースが、17位と17位、今日が11位と11位、風速が平均で1・5メートル低かったら、現在のトータルの成績からとっくに抜けだしていたでしょう。近藤選手は、鎌田選手と築いた走りとの違いに戸惑いを感じているかもしれません。それは当り前のことでしょう。6メートル以上の風で、田畑選手との走りを世界的なレベルに引き上げ、確立するのにはもう少し時間がかかるように思います。

2009年 470級世界選手権大会報告 8月26日(大会4日)

小松 一憲

決勝第一日は、三日間続いた南東の風から一転、西風でのレースとなりました。西風は、岸から吹く為に「振れ」と「むら」が多く、時には予測しがたい変化もして難しくなります。風速は4・5から7メートルで第1レースのほうが平均的に強く、第2レースは若干落ちました。潮流も昨日までの170度方向から一転、330度、0・3ノットと弱くなりました。

近藤・田畑組は、第1レース及び第3レースのスタートに於いてアウトサイドリミットマーク寄りの9番手、そして4番手から無難にスタートをしました。第2レースはグッドスタートと言った方が良いかもしれません。しかし、第1風上マークへのコース取りとタッキングのポイントが悪く、スピードにいつもの伸びも無く、苦しい展開となりました。スピードの無さは、マストレーキの選択と、このところの傾向でピンチアップモードで走らすことが必要以上に多くなった為と見ています。また、今日の第1レースは10位で風上マークを回航しながら、風下マークまでに28位まで落ちてしまう、ランニングのコース取りのミスもともなって、歯車の噛み合わない、もどかしいレースをしていました。いずれにしても頑張って修正し、残りのレースをしっかり走ってほしいと思います。

原田・吉田組は、第1レース、ゼネラルリーコール後、黒色旗掲揚のスタートで、アウトサイドリミット寄りの5番手から出て、BFDの失格となりました。彼等を含めアウトサイドリミットマーク近くの艇が数艇ラインをオーバーし、黒色旗掲揚でのゼネラルリコールのきっかけを作ったのでしょう。
潮流はラインの角度360度に対し、30度の角度(330度方向から)で右ななめ横から流れていました。昨日までの強い向い潮と違って、アウトサイドリミットマーク寄りを狙う時には、それなりの注意が必要でした。ラインの見極めの甘さと、リミットマーク近くにできる集団の形を忘れて、自分の横に位置する艇との相対的な位置関係でスタートした為に起こったBFDの失格でした。今年だけで5回を超えるリコールです。インターナショナルのレースで、前に出て行く度胸は評価します。しかし、何か基本的な所で、欠落しているものがないか胸に手を当てて考えてほしいと思います。「他の上位の艇も失格した」と言ってしまえば聞こえは良いのですが、もったいないの一言に尽きます。
第2レースは、一回のゼネラルリコールの後、黒色旗の掲揚されたスタートで本部船左横、4艇目からまずまずのスタートをしました。スタートした直後の一瞬のタッキングチャンスを逃し、次のタッキングポイントをあせり過ぎ、右に展開するのに苦労することになりました。それでも風上マークは16番で回航したのですが、ランニングでコースミスをして風下に行くまで、10艇ほど抜かれてしまいました。第2風上マークまでのコース取りは、左に変化した風をうまく使い、またランニングでは、「マーク」と「集団」と「風」の位置関係を考え、セオリーどおり、きちっと走った結果、大きくジャンプアップし2位でフィニッシュしました。

昨日、「レースは半分、まだまだドラマがおこる」と書きました。原田・吉田組が、その主役になるとは正直なところ思いませんでした。BFDの失格が帳消しになり、振り出しに戻すことができました。頂点を目指す為のスタートラインに再び立てたと考え、明日からまた基本通りの戦いを進めてほしいと願っています。

2009年 470級世界選手権大会報告 8月25日(大会3日)

小松 一憲

予選最終日、1レースが実施され、今日までの6レースのトータルで男子はゴールド、シルバー、ブロンズの3グループに、そして女子は2グループに分けられ、明日(26日) より決勝レースが始まります。今日までの得点を持ちこし、新たに6レースが実施され、最後に得点が2倍で計算されるメダルレースのポイントが加算されて決着します。

原田・吉田組は、今日3位でフィニッシュし、トータル6位でゴールドフリートに残りました。他の3艇は、残念ながらゴールドには入れず、シルバー以下で戦うことになりました。女子の近藤・田畑組は今日7位を取り、昨日から一つ順位を下げて6位でゴールドフリートに、同じく吉迫・大熊組(ベネッセ)が22位でゴールド、平井・来栖組はシルバーで戦うこととなりました。レースが半分終わりました。男女ともにいつもの顔ぶれが多く上位に見られます。これは今日までの6レースが向い潮があったり、風のアップダウンが大きかったりとそれなりに難しいコンデションであったこと、また風速が平均して5メートル以上あったことなどから、ラッキーをする場面が少なく、実力が問われたレースだったと言えます。もう少し付け加えて言うと、潮流を避けるコース取りが要求され、向い潮の弱いところに向かってとにかく早く走っていくコース取りとなり、オランダの男女チームに代表されるような強風を得意とし、スピードのあるチームが上位を占める結果となりました。大会は半分残っています。これから先、まだまだドラマが作られるでしょう。後半戦、戦い方に特別なものは無く、これまでの6レースで経験し培ったものを生かし、いつも言うことですが、慎重になりすぎず、無茶をせず、攻める気持ちを失わず、1レース1レース積み上げていくだけです。

今日は天気が崩れるとの情報がありました。しかし予想に反し、素晴らしいという言葉が当てはまる、良い天気になりました。風向150から170度、風速4から6・5メートル、潮流170度方向から0・5、場所によって1ノットの流れがありました。近藤・田畑組は、本部船横から一番にタッキングをして右方向に伸ばしました。スタートして3分間は全艇を従えてよい角度で走っていたのですが、アンラッキーなことに風が左に振れ、その後右に戻ることなく、苦しい展開となりました。昨日の男子の情報が無ければ、そして普段であれば、良い景色に見えた(風上艇のバウが落ちてきた)時点で迷わずタキングをしたのでしょうが、そのタッキングをせずに、向い潮の弱まるところまで右に伸ばそうと考えたのは、仕方無いことだったでしょう。近藤・田畑両選手だけでなく、ほぼ全選手が右に伸ばすことを考えていたはずです。第1風上マークを11位で回航し、フィニッシュは7位でした。左振れの風に対して、一番右に位置していながら、傷を大きくせず、まずまずの追い上げをみせました。

男子は、左にひたすら伸ばすコース取りのスピード競争になりました。ただ、どこで左に返してくるかがポイントになりました。潮流を意識しすぎて、大きくオーバーセールすることなく、足りなすぎず、ちょうど良いところで返す、その判断が難しかったのではないでしょうか。原田・吉田組は、第1風上マークを4位で回航し、フィニッシュは3位でした。6レース中、5レース、第1風上マークを4位以内で回航したことになるのですが、予選で玉石混合のレベルとは言え、その安定度は、なかなかのものです。

この大会の後半戦に限らず、いつ何時も、4人には、世界のトップを見据えて戦いを挑んでほしいと願っています。足りないところは素直に反省し、自信を持てるとこは積み重ねにし、前進あるのみです。

2009年 470級世界選手権大会報告 8月24日(大会2日)

小松 一憲

薄曇りから快晴に変り、風向130から160度、風速5から10メートル、良いコンデションで3レース行われました。1日、2レースのスケジュールが変更され3レースになったのですが、24日に天気が崩れると予想したようです。

この世界選手権は、全選手(ヘルムスマン)にGPSを持たせ、航跡だけですがレースをリアルタイムで全世界に配信するという初めての試みが行われています。大変な時代になりました。ヨットはメディア受けしない、もっともテレビ中継の難しいスポーツとされてきました。しかし、インターネットとGPSの組み合わせで、興味のある人が見たい時にいつでも見れるという新しい形態が出現しました。これまでのような私の報告は、情報量の多いこの大会で、意味を持たないものになったように思います。インターネットで今回のような楽しみ方ができると、ヨットはスピードボートよりタクティクスをじっくり見ながら考えることもできる、たとえば将棋や碁の対局を見るような種目の方が良いのかもしれません。その点で470級は、オリンピック種目の中で遅すぎず速すぎず、うってつけなのでは無いでしょうか。

南東から南の風になると、レースコースは風上に向かって縦に二つ作られ、男女のレースの全てを一艇で観戦することが、不可能になります。18倍の双眼鏡でも確認できないの距離(約8キロ)になり、サポート(食糧・予備パーツ・アドバイス)程度は問題ないのですが、両方のスタートを含め、じっくり観戦することはできません。

今日は男子が南のエリアを使ってレースをしました。コミッティーがもう少し岸から離してコースを設定すれば、左右の違いは少なくなったのでしょうが、コースの右半分に潮目があり、岸に寄れば170度方向から流れる1ノット近い向い潮が弱くなるという偏った傾向のコースになりました。しかし右海面には、漂う海草の量が半端では無いという問題があり、コース選択に迷いました。結果は、海草が引っかかり、それを取りながらでも向い潮を避け、岸に向かって走り、岸沿いにベンドして吹いてくる風のラインまで我慢して伸ばすコース取りが正解でした。私もあまりの海草の多さに、やみくもに岸方向に向かうのは避けるべきだと考えたのですが、間違っていました。原田・吉田組に感想を述べる程度であれ、間違った判断をさせる要因になってしまったと、反省しています。集団に対して左に位置するコース取りをした彼等は、フィニッシュまで追い上げたのですが、12位というワーストの順位を取ってしまいました。

女子の近藤・田畑組には、急いで走っていきスタートぎりぎり、声を掛けられるリミットの5秒前に情報を伝達できました。短く「左に突っ込んだのは、潮で死んでるよ!」この一言で、二人は本部船横、2艇目から誰よりも早くタッキングをして右に伸ばし、第1風上マークをトップで回航しましました。コーチは情報を与えるべきで指示をすべきではありません。「判断は、選手にさせる。」これは、かつて1986年(?)ナショナルチームの合宿に招待したアメリカのコーチ、ロバート・ホプキンスの教えで、私は、今もこれを守るよう心がけています。今回は、指示に近いアドバイスでしたが、普段であれば、「左よりも右が潮が弱い」と言うだけです。
勿論、潮流の対処については、普段から繰り返しレクチャーしています。
決勝になれば、男女のゴールドグループが同じレースコースを使うので、男女を今以上に厚くカバーできることになります。

第3レースは8から10メートルの風が吹いてきました。ここで近藤・田畑組は強風に強いオランダ、フランスにクローズホールドで走り勝ちました。いずれもクルーの身長185センチ、田畑選手は166センチです。課題は、ランニングの走らせ方で、1レース目も3レース目もせっかくのトップをランニングで失う結果となりました。ランニングは、近藤選手にとっては、ずっと持ち続けている課題でもあります。今日の大きな収穫と言えるクローズホールドの走りと共に、なんとしてもランニングというウイークポイントが強く印象にのこりました。

原田・吉田組は、昨日、リーチングのスピンホイストでちょっと手間取った隙に3番から順位を落とし5番に落ちるもったいないレースがありました。今日は、2番を走っていて、インナーコースのサイドマークに近づきランニングに入ろうとしたところでクルーの吉田選手が落水して泳ぐというトラブルがありました。同じく2番から6番に順位を落とす、もったいないレースになりました。彼らもまた、ランニングの走りとボートハンドリングの「凡ミス」がウイークポイントであり、それをなんとか解消しなくてはなりません。まずは原因、次に対策、そして体得する努力(練習)、強く、上手く、速い選手を目指して精進あるのみです。

今日の3レース、女子は2-5-2と走り、トータルで4位、男子は12-2-6で9位、予選は明日実施される1レースで終わります。

2009年 470級世界選手権大会報告 8月23日(大会初日)

小松 一憲

6時30分、毎朝ウオーキングを始めるのですが、日増しに涼しくなり、快晴の空の色は日本で言えば「10月の運動会の朝」を思わせます。大会初日、風待ちの陸上待機から始まりました。
待つこと1時間半、上空の雲が西方向から流れ、やがてその雲の動きが止まり、その後、厚く黒い雲の出現と共に南東の風が安定して吹いてきました。
レースは、1時間半遅れの13時30分に始まりました。コースは、陸地と平行に北から南にA・B、二つ作られ、男子がAコースを使って95艇を3グループ、女子はBコースを使い、同じく57艇を2グループに分けて、2レースが実施されました。
レース海面は水深が15メートルと浅く、海底に日が差し込むからでしょう、海草が生えて、その草の切れ端が海面に漂い、センターボードやラダーに引っかかる厄介な問題になります。そして今日は、170度方向から0・5ノットの潮流がありました。

毎日グループ分けされるのですが、今日は近藤・田畑組が吉迫・大熊組(ベネッセ)と同じグループ、男子の原田・吉田組は渡辺・谷川組(SPN)と同グループになりました。アウターとインナーを交互に、男子も3グループがそれぞれ1回づつ使うようにレースが行われ、レース運営は公平な印象です。

風向、130から140度、風速、第1レース、5から7メートル、第2レース、6から8メートル、風向変化は、10度前後、風速も徐々に上がって文句ないコンデションになりました。
近藤・田畑組は第1レース、本部船の左、9艇目、第2レースアウターリミットマークの右、5艇の所からいずれも良いスタートをしました。
本部船側から良いスタートをするとそのまま左に伸ばす傾向があり、その後、自分達の風下後方を通過して右に展開した艇に前に出られるケースが多々あります。これは、左に伸ばしながら、上り角度重視の走り、言いかえればピンチアップモードのまま走ってしまうことが原因で起こります。また自分のポジションが左にいる艇に比べ、勝っているということで、集団の大半が右方向に行ったにもかかわらず、カバーを怠ってしまうのです。いずれも良いスタートをしていながら、第1上マーク順位を悪くする原因となります。
本部船寄りから出るスタートに限らず、そこそこのスタートをした時に、右にかなければいけない、あるいは行った方が良いと考えていながら、競っている艇が風上にいる時に自分から行動を起こしてその艇の後方を通過することを嫌い、タッキングを躊躇する、そのうちに右方向に風が振れて、右方向に展開するチャンスを失う、このようなことを何回も経験し、失敗しながら勉強していくのでしょう。
第1風上マークを3位で回航し、ランニングで順位を落として10位でフィニッシュはすなど、近藤・田畑組のコンビネーションというか二人の競技力の完成度は、まだ低いと私には見てとれました。二人は、お互いに経験を持っています。それを生かし、1+1が2になるには、もう少し時間が必要で、田畑選手がクルーとして力量を発揮するのも少し先になるでしょう。今日の成績は、6位と10位、世界ランキング2位の近藤選手にとっては不本意でしょう。しかし私は、二人のポテンシャルが楽しみで、今日の2レースを踏み台にジャンプアップしてくれることを信じています。

男子の原田・吉田組は、第1風上マーク、第1レース1位、第2レース2位と素晴らしい順位で回航しました。第1風上マークの順位が良いということは、「スタートが良い」、「スピードが良い」、「コースが良い」の三つのうち少なくとも二つが良くなくては、その順位で回航することはできません。第1マークの順位が良いということはフリートレースの主導権を握るということですから、この上ないアドバンテージと言えます。
次に、この順位を守るには、「スピード」、「テクニック(ボートハンドリング)」、「タクティクス」が必要になるのですが、ここに、二人のひ弱さと未熟さを感じます。経験で補えると言えば言えなくもありません。しかし、それでは消極的すぎで時間もかかります。日々の練習から、そこのところを強く意識し、より厳しく自分自身が取り組む姿勢が大切でしょう。今日の成績、2位と5位、二人でコンビ組んで短時間でこのレベルまで来ました、彼等のポテンシャルもまた私には楽しみです。

今日よりも明日、明日よりも明後日・・一日一日、1レース1レース勉強して上手に、そして強くなってほしいと願っています。今日から始まった世界選手権ですが
一日一日を積み上げていくだけです。

470級ヨーロッパ選手権 6月14日(大会最終日)報告

小松 一憲

抜けるような青空、快晴の一日になりました。朝、6時に出艇し、約25分曳航して、細長い湖の3分の1、南に移動してレースを行いました。朝のうち残っている、山から湖に吹き下ろす風は、165度、3・5から5メートルで安定していました。
7時8分、男子のゴールドフリートから始め、続いて女子、男女共にゼネラルリコールが一回づつあり、7時35分に女子がスタートしました。女子のトップを走っていた近藤・田畑組がトラぺゾイド・アウターの風下マークに150メートルまで近づいた時、レースが始まって1時間が経過していました。風は左の山の崖に近い所から急速に無くなってきました。男子は、第2レースを8時24分にスタートしたのですが、風上マーク到達までに湖面全体に風が無くなり、中止されました。続いて8時45分にハーバーに戻れの指示が出されました。

ハーバーに戻って風を待つこと、5時間半、それでも風は全く吹かず、午後3時、大会のレーススケジュールを終了する信号が出されました。結局、メダルレースはおこなわれず、今日の第1レースの安定した風の中、スタートからフィニッシュまで、非の打ちどころが無い走りで、トップを取った原田・吉田組が、2位に4点差を付けて優勝しました。女子の近藤・田畑組は、今日のレース、2位でフィニッシュし、トップに4点差まで迫りましたが、2位で大会を終えることになりました。

原田・吉田組は、本部船、横3艇、左から出て、すぐにタッキングし、右に少し伸ばしました。次に集団をカバーする為にコースの中央に出て行き、風を拾いながら風上マークをトップで回航しました。その後も安定した走りでトップをキープし、フィニッシュしました。

近藤・田畑組は、ブラックフラッグの上がったスタートで、本部船寄りに集まった艇団の中から素晴らしいタイミングで出ていきました。風上マークは、一艇身差の2位で回航し、インナーコースのランニングに入ってすぐにトップに立ち、第2風上マークから後続を30秒も離し、ほぼダントツに近い走りになりました。ところが、前述の通り、風下マークで付近で風が弱くなり、後続に追いつかれ、2位に後退してフィニッシュしました。

470級に於いて、ヨーロッパ選手権は、世界選手権に次ぐメジャーな大会です。優勝した原田・吉田組にとっては、海外での初優勝でした。これを励みに、そして謙虚に、なおいっそう厳しく練習に取り組み、強い選手に成長してほしいと願っています。

近藤・田畑組は、大会3日目、レース前にイスラエルの選手に衝突され、一時的ではありましたが、精神的にリズムを崩したのが響きました。気持ちを切り替え、調子を取り戻したですが、実施されたレースが少なく、あと一歩、トップに届きませんでした。しかし、デルタロイド(オランダ)優勝に続く2位、コンビを組んで半年の二人には、大きな自信になったことでしょう。今までの取り組みが間違っていなかった証明でもあります。ぜひこれからも、どん欲に練習し、世界を舞台に暴れまわる姿を見せてもらいたいと思います。

「勝って兜のを緒を締めよ」、「実るほど深く首を垂れる稲穂かな」の言葉を胸に、奥ゆかしさを持ち、スマイルいっぱいの、強いチームを目指し、私達は世界に挑戦することを誓います。

報告を終わります。


2009年 470級ヨーロッパ選手権 6月13日(大会6日)報告

小松 一憲

晴れ、南西の風、1から6メートル、心配していた通りになりました。風はそこそこあるのに、風向と風速が安定しません。15時まで陸上で待機し、レースエリアがボートで曳航して40分かかる、湖の南の端に変更されました。そこは、東西に切り立った崖が迫り、湖面の幅は約1500メートル、南には残雪の残る高い山が連なっています。冷たい湖面から岩肌の温まった山に向かって風が起こり、両側の崖でビル風のように収束されて強くなる、イタリア・ガルダ湖と同じスチュエーションの場所でした。しかし、ガルダ湖と比べると、スケールが小さく、その小ささは10分1、あるいはもっと小さいと表現した方が良いかもしれません。確かにそれなりの風が吹いていました。しかし、長続きせず、むらもありました。なんとかレースをしようと、レースコミッティーも一生懸命でした。南北に細長いトラぺゾイドのコースを設定し、16時22分、5から6メートルのコンデションで、男子のゴールドフリートをスタートさせました。

原田・吉田組は、本部船横、3艇左からうまく出て、すぐにタッキングし、右の崖方向を目指しました。崖沿いに吹く風を拾いに行き、トップないし2位の位置にいたのですが、突然風が止まり、走っていた艇があちこちを向きだしました。ここでコミッティーは、レースを中止しました。続いて、全てのレースを明日に延期し、今日のレースを終了しました。
ハーバーに帰ると明日(最終日)の、スケジュールの変更がが発表されていました。朝7時にレースが開始され、フリートレースを、男女共に少なくとも1レースおこない、その後にメダルレースが予定されています。
朝7時のレースに合わせ、私達も4時45分起床、5時45分宿出発と、朝のスケジュールを変更しました。
さて、風はどうなるのでしょう、朝6時半、いつも全員で、近くのパン屋さんに歩いて買いに行くのですが、今朝の湖面は凪いでいました。明日も同じく、期待できないかもしれません。

2009年 470級ヨーロッパ選手権 6月12日(大会5日)報告

小松 一憲

曇り時々晴れ、湖に出ると、水が冷たいせいか手袋がほしいほどです。今日は10時半のレース開始に合わせ9時半に出艇しました。予報通り、南西の風が吹いたのですが、心配したとおり、風向が安定せず、レースが成立したのは、16時からスタートした男子ゴールドフリートの1レースだけでした。
レースコミッティーは、始めに女子をスタートさせようとしたのですが、終日、290から330度の間で左右に大きく、約20分の周期で、ゆっくり振れを繰り返す風向に翻弄されました。女子のスタートにおいては、11時13分に今日の1回目、11時24分に2回目、12時10分、一旦陸上に戻り風待ち、13時20分再度出艇、14時45分3回目、15時15分4回目、16時02分5回目、(16時10分スタートオーダーを変更して男子ゴールドフリートがスタート)、16時19分6回目、計6回のスタートを試みて、そのつど、延期信号が揚がり、風向が安定するのを待ちました。風向もさることながら、風速も、上空を流れる雲の通過ごとに、1メートルから8メートルの幅でアップダウンを繰り返しました。
最初の報告で、コの字型に山に囲まれた細く小さなトラウン湖を見て「ここを開催地に選んだのは間違い」と、自分の印象を書きましたが、危惧していたことが現実になりました。北東の風で3レースできた初日は別として、南西になってから、この4日間で女子は2レースしか成立していません。

男子、第1レース、16時10分、ライン上に、均等に並んだ、2点スタートの真ん中から出ました。1艇のリコールがありましたが、1回のスタートできれいに出たのを見て、さすがに男子のゴールドフリートだと思いました。原田・吉田組は、ラインの中央で、並んでいた周りの艇全体と共に、凹んでいたに違いありません。しかもその中で、消極的なタイミングでメインシートを締めました。60秒持ちこたえられず、ホープレスに入り、タッキングをして、右にフレッシュウインドを求めて出て行きました。
苦しいスタートをしたと言っても、彼等の後ろには4分の1の艇がいました。挽回のチャンスが無かったわけではありません。しかし、第1風上マークは後ろに1艇しかいない回航になりました。
その原因を作ったのは、艇の走り(スピード)では無く、断続的に塊で入ってくる風のとらえ方が悪るかったからです。パフをつかんで、コースの中に返してくる集団を、内側(風下)で受けるコース取りが目立ちました。しっかり、パフの中に入り、タキングしなければいけないところを、集団を意識するあまり、パフに入りきらずにパフの手前でタキングしてしまったのでしょう。
何艇かの後ろを通っても、あるいは、それが大きな振れの場合であれば、たとえ集団の中であろうと、パフにしっかり入った所で、タキングしなければいけません。「肉を切らして骨を切る」の気持ちで、小さな振れに目をつむり、大きく振れる可能性のある方向に我慢して走り、フレッシュウインドの中で次の振れを待つ、そういった使い分けをしながら走る必要がありました。
ランニングと第2風上マークへの走りで、劣勢を挽回し、14位に浮上し、フィニッシュしました。

明日もまた、南西の風と、予報が出ています。風速も今日より弱いということなので、おおよそ察しが付きます。トータルで1位と同点のトップにいますが、ここでは得点など考えず、コンデションがどうであれ、昨日よりも今日、今日よりも明日、上手に戦うことだけを考えて、一戦一戦を大切に、しっかり勉強して欲しいと思います。

2009年 470級ヨーロッパ選手権 6月11日(大会4日)報告

小松 一憲

昼、12時からのスタートを10時半に早め、朝のうち吹いている南寄りの風を狙って、スケジュールが変更されたのですが、時折雨が強く降り、そのつど風向風速が大きく変化する、最悪のコンデションとなりました。
雨が止んで、南の風が少し安定した12時30分に出艇しました。
13時30分、風速7から9メートルで男子がレースがスタートしました。男子がスタートして、女子のスタートまで、20分の間に風速が、Max14メートルまで吹きあがってきました。そこまで吹きあがりながら、風にはむらがあり、場所によって7メートル前後まで落ちたり、長続きもしません。
男女ともに1レースを終えたところで、今日の第1レースを予選の最終レースとしていた男子は、成績集計の為、一旦ハーバーに帰りました。

引き続き女子は、第2レースがおこなわれました。
スタートして約25分走った所で、風が急速に落ちていき雨が激しく降ると同時に風向も180度変化しました。レースはそこで中止され、ハーバーに戻りました。女子のスタート直前まで平均で10メートル吹いていた風が徐々に落ちて、やがてあるかなしかの風になり、180度、変化した弱い風が約20分続きました。その後は、終息し凪になるという大変なコンデションでした。

男子は、今日から決勝レースと理解していましたが、スケジュールの変更が出て、予選レースを1レースおこない、成績集計後に決勝レースのグループ分けをおこなうという掲示を見落としていました。結局、グループを間違えて走って、成績はDNC(無効)となりました。8から11メートルの中を7位でフィニッシュしましたが、大チョンボでした。同じく、帆走指示の変更を見落としてマークを間違え、せっかくの1位をふいにして優勝も逃した、4月のスプリングカップ(フランス)に次ぐ大失態でした。大雨が降っていて掲示板のチェックが甘くなった、変更を示す掲示が見にくく見落としやすかった、たまたまその日に限って、などは言い訳になりません。選手任せにした私にも責任があり、大反省しています。

女子第1レース、風向165±10度、風速8から11メートル、リミットマーク寄り1番を狙っていましたが、待っている間に風下に落とされ、ラインを切れずにタッキングして8割の艇の後方を通過し、右方向に出ました。コースのプランは左の岸に向かうということだったのでしょう、フレッシュウインドをつかんだ所で、左に返しました。ところが目の前でタキングする艇がいて、仕方なく右に出るというコース取りとなり、風の振れではなく、仕方なくする、タキングの回数の多い走りになりました。
強風でスタートラインに並ぶ時は、大変な速さで風下に流されることを計算に入れていなくてはなりません。強風の中でタッキングの回数が多いことは、止まっている時間がが多いことを意味します。基本的な強風の留意点です。第1風上マークを17位で回航しフィニッシュは12位でした。

女子第2レース、風向変わらず、風速0から13メートル、アウトサイドリミットマーク寄り2番で出て左を伸ばし、岸方向に走って振れに合わせながら風上マークへと向いました。スピードも良く、トップで回航しました。風下マークを回り、しばらくして前述の通り、風が無くなって中止になりましたが、強風できちっと走れていただけに残念でした。

レース日程の残り三日間、天気予報では、南西の風が続くようです。初日のように、午後から北東の風になれば、それなりに安定するのでしょうが、とにかく不安定な風の中でのレースが予想され、レース数も、どれだけできるか解りません。1レース1レース、とにかくに大切に戦う必要があります。原田・吉田組は今日、大きなミスを犯して、大事な1レースを無駄にしてしまったのですが、上位選手達も順位をまとめられなかった為にトップに位置することになりました。しかし、このコンデションでは、順位は、有って無いようなものです。近藤・田畑組も、ぜひリズムを取り戻し、基本に忠実にレースをこなしてほしいと思います。

2009年 470級ヨーロッパ選手権 6月10日(大会3日)報告

小松 一憲

小雨、曇り、晴れと天気は変化しました。ただし全体的には下り坂傾向です。風の予報は、南西の風、風力2から4、昨日の報告で、予報を風速1から3ノットと書きましたが、「風力1から3」の間違いでした。南西からの風がしっかり吹いていたのは午前中で、レース予定時間の12時には、南の風4メートルにまで落ちていました。
その後風は強まることなく、15時に凪となり、1レースを終えた後、一旦ハーバーに帰って風を待ちました。その後再び17時30分に出艇しましたが、またしても風が凪いで、16時15分にレースが行われないまま終了しました。

今日の最初のスタートは女子からで、予定通りに始まったのですが、1回のゼネラルリコールの後マークを10度南南東方向に打ち直し、50分後に再開されました。トラウン湖は、水深200メートルと聞きました。マークの打ち変えには時間がかかります。
この待ち時間に、近藤・田畑組にアクシデントが起こりました。スタートラインの風下で、スターボードタックの状態で船を止めていたところへ、イスラエルの女子がポートタックでぶつかってきたのです。ウオーターブレーク前のサイドデッキが陥没し、バウのエアータンクに達する穴が開いてしまいました。これをダックテープでふさぎ、次のスタートになんとか間に合わせたのですが、いつもの冴えが見えない走りになってしまいました。

12時57分、風向170±10度、本部船寄りにできた集団の風下から凹んだスタートになりました。タッキングして逃げ、右のフレッシュウインドをつかみに行きました。
逃げて右に出ようとする二人でしたが、風上でタッキングをされるなどして、なかなか思い通りに走らせてもらえず、おまけにクローズホールドのスピードもいま一つでした。それでも第1風上マークを6位で回航しました。リーチングのコースに入ってすぐ、一艇後ろにいた、現在トップ争いをしているイタリア艇に風上突破されました。このようなシーンは、近頃は全く見ることが無かったのですが、全ては、ぶつけられて穴が開いたことでの精神的ダメージであると私には見受けられました。その後、ランニングで順位を落とし、クローズホールドでも浮上できず、14位でフィニッシュしました。気持ちを入れ替えるだけの問題ですから、後半戦、これまでのように元気ある戦いを見せてほしいと思います。

男子第1レース、13時15分、風、変わらず、アウトサイドリミットマーク横、一番からスタートし、タッキングしてスターボート艇の前を通過して右の岸方向に伸ばしました。リミットマーク横、一番を狙う際の強い気持ちと、テクニックを駆使してのスペース作りを見て、彼等に「意地」のようなものを感じました。前日、少し強く言ったのが効いて、彼等の闘争心を呼び起こしたのでしょうか、私には、大変うれしい変化に見えました。これまでのように、あっさりと城主が城を受け渡してしまう様な戦いぶりとは、あきらかに違っていました。
スタート後、彼らより200メートル左に伸ばしてタッキングしたグループが左に振れる風をつかみ、トップスタートしていながら、途中、苦しい位置関係になりました。しかし、走りが良かったからでしょう、その場を持ちこたえ、風上マークへの寄せ方も良く、2位で回航しました。トップは韓国、3位はオーストラリアでした。
第2風上マークまでの間でトップに浮上しました。トップの韓国は3位に落ち、ここからオーストラリアの猛追を受けたのですが、守りきり、3分の2艇身差でフィニッシュしました。オランダの試合と合わせ、オーストラリアと競って、負けなかったのは、今回で2回目、逆に負けたのが2回、この勝率をなんとしても引き上げるという気持ちで、自分達のテクニックをさらに磨き、これからも戦ってほしいと思います。

水が幸いにも入らず、走りに影響ない、しかも自分のミスで受けたダメージでも無い、そのスタート前のアクシデントで精神的にバランスを崩した選手と強い気持ちで臨んだ選手が繰り広げる戦いぶりを見ながら、ヨットはスポーツであるとつくづく思いました。

私は「セーリング競技は、ヨットを使って競う人間と人間のコンテストだ」と、選手によく言います。メンタルと言うのか、気持ちと言うのか、いずれにしても「何事にも動じない強い気持ちと、戦う気持ちをもって、経験で養った判断力と練習でつちかった技術を駆使し、変化する自然に対応し、作り上げたスピードを再現しながら人間と競う」のがヨット競技であると定義づけています。
試合は、日程の半分を消化しました。後半戦、1レースづつ上手になってくれることを願っています。

2009年 470級ヨーロッパ選手権 6月9日(大会2日目)報告

小松 一憲

曇り時々晴れ、風の予報は、午後、南西から北の風、2から3ノットと表示されていました。湖から北方向を見ると、左の山を越えて吹いてくる風になります。この風向は、現地入りして二日目の練習で経験しました。風速の幅と、安定しない風向に驚きました。
少し陸上で待機させられ、11時40分に出艇しましたが、やはり、風は安定せず、湖上で13時まで待ち、280度の風、5から6メートルでスタートしました。しかし、2周目のクローズホールドのコースに入った所で風が無くなり中止になりました。
15時になって風速3メートル、風向0度で安定しそうな気配が見えたところで、レースが再開されました。しかし、このレースも、徐々に風が弱くなり、トラぺゾイドの上下を1周し終わった所でコースが短縮されました。結局、男子の1レースが成立し、女子は、何回か、スタートが行われましたが、風向が大きく変化したり、風が無くなったりで、待機のまま中止されました。

男子第1レース、風向0±15度、風速1から3・5メートル、アウターリミットマーク横、1番できれいにスタートしました。1分走った所でタッキングをして、スターボードタック艇の前を通過し、艇団の中央に位置しました。この位置取りで、主導権を握り、第1風上マークをトップで回航しました。2位の艇に25秒差をつけていましたが、これを徐々に広げ、フィニッシュでは3分以上の大差になっていました。

中止になったレースは、スタートの失敗、クローズホールドとランニングに、コース取りのミスもあって、後ろに1艇しかいない順位で走っていました。トップとは大差で、目を覆いたくなるほどでした。レースは、中止されて当然のコンデションでしたが、日本でおこなわれていれば、当たり前のように、どこかのマークでコース短縮の指示が出て、成立していたことでしょう。ここが日本でなくてラッキーでした。
やり直したレースも、風が弱くなった時点で、中止の判断が出ると思われたのですが、全艇がなんとか走れていたのと、風のむらや風向変化がさほど大きくなかったこと、コースを問題なく1周していること、などの理由で短縮して成立させたのでしょう。トラぺゾイドでコースを短縮するのは、ヨーロッパでは珍しく、自分でも記憶がありません。このレースが成立したことは、原田・吉田組にとって、中止になったレース同様、ラッキーでした。

昨日の報告にも書きましたが、ここでは何が起こっても不思議ではありません。湖面全体を見渡し、雲の変化、気温の変化などに気を配り、リスクの少ないコース取りを心がけるべきです。そして、どの様なことが起こっても動揺することなく、戦いを進めていくことが肝心です。
これは、ここだけの特別な戦い方ではありません。どのレースにも言える、当たり前のことです。予測しがたいトリッキーなコンディションであれば、なおさらのこと、基本が大切になるということでしょう。

2009年 470級ヨーロッパ選手権 6月8日(大会初日)報告

小松 一憲

本日(6月8日)より、レースが始まりました。ザルツブルグの北北東約60キロのトラウン湖は、南北に20キロ、東西に5キロほどの細長い湖です。川となって湖水が出て行く北側が開け、コの字型に山に囲まれています。南東から西にかけ、残雪の峰が連なり、水温は冷たく、選手は、ドライスーツやフルのウエットスーツを着用しています。
6月2日より現地での練習を開始しました。しかし、風が弱すぎ、まともに練習できた日は3日あったでしょうか、それも風向風速共に安定せず、この湖が、ヨーロッパ選手権の開催地に選ばれたことを、間違いだと思いました。基本的には、朝のうち山から吹き下ろす南寄りの風、昼に一度、凪になり、その後、180度反対の北寄りの風に変わる、イタリアのガルダ湖に類似した風のパターンになります。レースは、毎日12時から、一つのエリアのトラぺゾドコースを使って、男子41艇づつ2グループ、女子39艇の1グループでレースが実施されます。レース初日の今日は、練習いていた1週間がまるで嘘だったかのような風が吹きました。陸上での風待ちの後、12時40分に北の風が入りだしたところで出艇しました。風速は4メートルから7メートルの間で強弱があり、むらもあって、トリッキーなコンデションに変わりはないのですが、風軸は、25度のまま6時近くなって凪が始まるまで変わらず、安定していました。

女子第1レース、13時30分、風向・25±10度、風速・4から6メートル、本部船寄り、10艇左から良いスタートをしました。大半の艇がスタート後すぐにタキングして右の岸方向を目指しました。
この湖ではオーストリアの選手も、これまでレースをしたことが無いということですから、この湖での戦い方を知っている選手は、ほとんどいないはずです。しかし、山が岸までせまる地形を見て、右方向に収束された風のあることを、スタート前の短い時間の試走で確認してしまうあたりは、さすがインターナショナルレベルの選手達です。近藤・田畑組は、それを理解していなかったわけではないのでしょうが、スタートが良かった為に、少し左方向に伸ばし、艇団の左に位置して展開する形をとりました。しかし、これが災いして、第1風上マークの回航は33位でした。そこから徐々に追い上げていき、風上と風下コースを2周するうちに5位まで順位を引き上げ、フィニッシュしました。この様に追い上げられるのは、艇のスピードと経験と落ち着きがあってのことでしょう。世界ランキング2位の実力と言えるかもしれません。

男子第1レース、13時54分、風変わらず、本部船寄り、5艇、左に並んでいましたが、苦しくなり、30秒前に、自分からその場を嫌って、隙間を探しに行きました。10艇程走ったところの隙間にねじ込むようにして入り、出て行きました。3回のたキングをして、大きなダメージなくフレッシュウインドをつかみ、右方向に伸ばしました。第1風上マークを13位で回航し、その後、追い上げて、8位でフィニッシュしました。

女子第2レース、15時23分、風向25±10度、風速5から7メートル、この時間帯は少し風が強まりました。本部船寄り、一番のスタートをして即タッキングをし、右へ伸ばしました。スタート後、一時的に左に振れて、苦しい形に見えましたが、岸に近づくにつれ、形勢は逆転し、右伸ばしの作戦がぴたりと当たりました。第1風上マークを2位で回航し、最後のランニングで1位に上がりフィニッシュしました。

男子第2レース、15時33分、風変わらず、本部船寄り、一番の即タッキングで右を伸ばし、第1風上マークは3位の回航となりました。岸を目指すのはいいのですが、岸を離れるタイミングを間違うと大きくオーバーセールすることになります。やみくもに岸に突っ込むのではなく、風の振れに合わせて何度かタキングして、上手にマークに寄せた艇が先にマークを回航していました。最後のランニングでオーストラリアに鼻の差で抜かれ、4位でフィニッシュしました。

女子第3レース、16時45分、風向25±10度、風速4から5・5メートル、アウトサイドリミットマーク寄り、4艇右から出て、コースの中央を風の振れに合わせて何回かタキングしながら右に寄せて行きました。この時間帯から、風は少し弱まり、それまでの右の岸沿いの風をなんとしても取りに行くコース取りから、パターンが変わってきました。第1風上マークを5位で回航し、サイドマーク3位、第3風上マークでトップになりましたが、ランニングで守り切れず、2位でフィニッシュしました。

男子第3レース、17時00分、風変わらず、ライン中央から、まずまずのスタートをしました。風のむらもあって、風が振れるのを待つところまで走りきれず、ホープレスに入り、逃げのタッキングをしました。その後、主体性の無いタッキングが2回ほどあり、第1風上マークは、13位の回航となりました。ランニングでは、マークの位置や集団の形を頭に入れてのコース取りが基本中の基本になるのですが、マーク回航直後のラフィングが大きく、その後のコース取りを自分で苦しくしているケースが目立ちました。終盤のリーチングでは6位まで上がっていたのですが、ランニングで順位を落とし、最終的に9位のフィニッシュとなりました。

「初日は、無難に、そこそこの順位で走れば十分。無理をする必要は全くない。この湖でのレースは、何が起こるか分からないし、何が起こってもおかしくない。たとえ悪い順位を走っていても、あるいは取ったとしても動揺してはいけない、落ち着いて走れ。」と指示しました。しかし、初日を終わって、近藤・田畑組、トップと同点の2位、原田・吉田組、3位と出来すぎぐらいの成績でした。明日も同じ指示を出します。波が無くて走りやすく、風速も適度、トリッキーであるということで、誰にも、前を走るチャンスがあります。言い方を変えれば、誰でも悪い順位を取る可能性があると言うことになります。順位はどうであれ、このような試合を経験することで、奥行きのある選手に成長することを期待しています。

デルタロイドレガッタ2009 大会(最終日)報告 5月31日(日) 

小松 一憲

オランダでは奇跡と言って過言ではない快晴の日が続いています。昨日、終了した、レーザー級ラジアルと470級男子のメダルレースを除く、すべてのクラスのメダルレースが、二つのコースを使って実施されました。午前11時にスタートした女子は、風向55度、風速3から4メートルの微風域でのレースで、12時以降は、北の風、8から10メートルのコンディションでした。

2位とのポイント差は16点、とにかく、OCSに気を付け、落ち着いて走りさえすれば、優勝できるレースでした。スタートは、左から7番目に並びました。OCSがあったことを知らせるX旗が揚がり、一瞬ひやっとしましたが、近藤・田畑組は余裕をもったとも言える、じゃっかん凹んだスタートをしていました。OCSは、イギリス、スペイン、イタリアでした。風上マークを6位で回航し、風下マークは7位に落ちました。その後、風の振れをつかんで上がり、3位でフィニッシュしました。

12月末から、休日を利用し、正月返上で練習をはじめた二人に、今回の優勝は素晴らしいプレゼントになりました。身長が他の外国選手と比べ、おそらく平均で10センチ以上低い田畑選手とペアーを組んだ近藤選手が、強風でどこまで戦えるのか、私自身、正直、心配でした。近藤、田畑、両選手の筋力トレーニングの成果でしょうか、大会中吹いた強風で、見劣りしない走りをする二人を見て胸をなでおろしました。これを励みに、ますますと言うか、世界一、厳しく練習に取り組み、体が小さくても、鍛えて、工夫しさえすれば戦えるというところを世界の選手に見せてやってほしいと思います。それはまた、日本女子セーラーの希望と勇気になるに違いありません。 

以上、報告を終わります。


デルタロイドレガッタ2009公式サイト

デルタロイドレガッタ2009 470級女子リザルト

デルタロイドレガッタ2009 大会(第4日)報告 5月30日(土) 

小松 一憲

三日続きの快晴となりました。東寄りの風がほど良く吹いて、レースは順調に行われました。全体のスケジュールを1時間早めて10時から、男子の決勝フリートレースを3本、結果を集計したのち、19時から上位10艇による、メダルレースが実施されました。結果かから報告すると、原田・吉田組は、今日、8・10・3位と、まとめ、6位でメダルレースに進出しました。メダルレースは、10位、最終結果、9位でこのデルタロイドレガッタを終えました。近藤・田畑組は、3・4・6位と今日も堅く走り、2位に16点の差をつけて、明日11時からのメダルレースに臨みます。

男子第1レース、11時10分、風向85±10度、風速7から9メートル、1回のゼネラルリコールの後、スタートラインの傾きが修整されました。アウトサイドリミットマークサイド有利の傾向は変わらなかったのですが、本部船寄り、10艇左からスタートしました。スタートしてすぐにポートタックを伸ばすコースを選択しました。トップは左展開のグループで形成され、第1風上マークを9位で回航しました。サイドマーク8位、風下マーク11位、フィニッシュ8位でした。

第2レース、11時50分、風向85±10度、風速5から7メートル、本部船寄り、3艇左から出て即タッキング、右に展開しました。このレースも第1風上マークトップは、左展開のグループから出てきました。原田・吉田組は12位で回航、風下マーク10位、第2風上マーク9位、フィニッシュ10位でした。

第3レース、13時05分、風向80±10度、風速5から7メートル、アウトサイドリミットマーク寄り、10艇右からスタートしましたが、凹んでいたのでしょう、3秒で逃げのタキングをし、スターボードタックの全艇の後ろを通過して右に出ていきました。それでも、風の振れをうまくつかみ、第1風上マークを6位で回航、風下マーク4位、第2風上マーク3位、フィニッシュは3位でした。

このように、原田・吉田組のレースを振り返ると本部船寄りのスタートが多いというのがよく解ります。メデンブリックのレースエリアの風が右展開を必要としていると言えないこともないのですが、本部船寄りは、スタートとしては、大きなリスクなくスタートできると言う意味で、イージーな選択です。アウトサイドリミットマーク寄りを狙うには、強い気持ちと度胸を必要とします。原田・吉田組のアウトサイドリミットマーク寄り、及び本部船寄り集団風下のスタートの成功率は、極めて低く、集団風下にいたっては、OCS率も高くなります。また、ランニングのコース取りでは、集団の中にジャイブしていくタイミングを風の振れを利用するのでなく、他艇との相対的位置関係でおこない、タイミングも中途半端で、どちらかと言うと早すぎる傾向にあり、集団のブランケットの中で走ることが多くなります。以上のようなことを実戦の中で修正し、的確に、そして臨機応変に対応できる選手になってほしいと思います。

女子第1レース、13時00分、風向80±10度、風速5から6.5メートル、本部船寄りの集団の中ではじき落とされ、逃げのタッキングをして右に展開しました。風のシフトにうまく対応して、不利な形勢を挽回し、第1風上マークを6位、風下マーク4位、上マーク3位、フィニッシュ3位と、このレースもしっかり帳尻を合わせました。

第2レース、15時20分、風向75±10度、風速5から8メートル、本部船寄りにできた集団の風下、艇数から言えば真ん中からまずまずのスタートをしました。大きく、ゆるやかに振れる風のパターンに合わせ、風を取りに行く、風を取ってコースの中に寄せてくるというという、基本的な技術があるから風上マーク回航の順位が安定するのでしょう。このレースの第1風上マーク回航も、前レース同様6位、風下マーク5位、第2風上マーク4位、フィニッシュ4位でした。

第3レース、16時45分、風向75±10度、風速4から8メートル、スタートライン中央からやや凹んだスタートになりました。約2分ほど右に伸ばし、タッキングをしました。左に伸ばし始めたところでセールをばたつかせた45フィートぐらいのクルーザーが正面に向かってきました。そのヨットのブランケットに入った為にタッキングをすると、あろうことか、クルーザーも目の前でタッキングし、またブランケットに入るというアクシデントになりました。結局4回の不必要なたキングをさせられました。ここで、コース取りのリズムを狂わせ、第1風マークの回航は12位となりました。風下10位、風上マークが左に変更されて11位。サイドマークは、スピンを張れない角度になっていたのに対し、トップグループがスピンをあげて風下に落ちたために、5位まで上がりました。下マークで4位まで上がったのですが、フィニッシュ30メートル手前で風上突破され、結局5位でフィニッシュしました。

近藤・田畑組としてインターナショナルのレースに初めて出て、フリートレースを終了した時点で2位に大差の16点をつけてのトップ、田畑選手の努力を評価したいと思います。クルーとして、すべての点において不慣れな所の見える現在の状態を考えると、伸び代が大きいという意味で、チームの今後が大変楽しみでもあります。

男子メダルレース、19時00分、風向40度 風速7から8メートル、さすが世界のトップ選手によるスタートでした。スタートラインにまんべんなく並び、どんぴしゃでラインを切りました。左から7艇目のポジションでスタートし、スタート後の走りも見劣りせず、一列になって左に伸ばしました。しばらくして、自分から右方向にタッキングしたのですが、走り負けていなかったことを考えると、少し待っても良かったかもしれません。風上マークを6位で回航しました。風上、風下のコースを3周するなかで、ランニングの走りに、世界のトップクラスと比較して大きな差のあることがわかりました。第1風下マークで8位に落ち、第2風下で最下位の10位、すべてランニングで順位を落とし、引き離されました。クローズホールドもまだまだです。このレースに出たことで見えたものがたくさんありました。これを機会にまた「一から出直す」ぐらいのつもりで、頑張るべきでしょう。

明日は、11時から女子のメダルレースがあります。リコールなどのトラブルを起こさないないように注意し、あまり気張らずに走れば、問題なく表彰台に上がれるでしょう。落ち着いて、レースに臨んでほしいと思います。

デルタロイドレガッタ2009 大会(第3日)報告 5月29日(金) 

小松 一憲

終日快晴、オランダでは年に数えるほどと聞きますが、素晴らしい青空の一日となりました。予報では、午前北北東、午後北東、5から7メートルの風が徐々に上がり、7から10メートルになるということでした。風速は当たりましたが、北北東の風は東へ変化したのではなく、北へと振れていきました。しかし、風に恵まれ、スケジュール通りにレースは進行しました。

男子、第1レース、11時10分、風向30±10度、風速4から5.5メートル、本部船寄り、3艇左から出て、コースの右を狙おうとしていた艇の中では一番先にタッキングができました。
コースの3分の1、走った所でポートタックにタキングをし、中央に入って行きました。上マークのトップは、左半分を使ったグループから出ました。第1風上マークは、3艇、連なる形で3位の回航となり、そのまま順位が変わらず、風下マークまで行きました。第2風上マークには、3艇の中で、一番右側に位置して走り、何度かタッキングしながら1位に浮上しました。そして、フィニッシュまで、順位をキープすることができました。2番を走っていたのは、オーストラリアで、これを抜いて1位になったのは、自信にもなり、今後のレース運びに落ち着きが出てくることになるでしょう。

第2レース、12時35分、風向15±10度、風速4から5.5メートル、本部船寄り、5艇左から出て、即タッキングし、第1レース同様右に伸ばしました。しかし、左からの風も入り始め、左に伸ばしたグループが先行する形となりました。右の風を取りに行きながら、風が入るまで我慢しきれず、タッキングしました。もう少し我慢すればよかったのですが、コース中央へ切り込んでいくのが早すぎ、タッキングの回数も多くなりました。第1風上マークは、17位の回航でした。ランニングでは、北方向に振れて入ってきた風をうまくつかみました。その結果、風下マークで6位に浮上し、さらに第2風上マークで3位に上がり、順位を守ってフィニッシュしました。

第3レース、14時00分、風向15±10度、風速5.5から7メートル、アウトサイドリミットマーク寄り5艇右からスタートしました。やや凹みの状態から出て、1分30秒でホープレスに入り、タッキングしました。風速が上がってくるとアウトサイドリミット寄りから出るスタートが、どうしても凹み気味になります。第1風上マーク13位、風下マーク14位、第2風上マーク9位、風下マーク10位、フィニッシュ10位でした。

女子第1レース、15時00分、風向5±10度、アウトサイドリミットマーク寄り、5艇右からやや凹んでスタートし、1分走ってホープレスに入り、タッキングしました。スターボードタック艇のスターンを5~6艇通過し、艇団の風上に出て再び左に伸ばしました。走りは悪くなく、第1風上マーク手前で4位ぐらいのところに上がっていました。マーク直前でポートから来た艇に4艇入られ、7位で回航しました。風下マークで5位、フィニッシュは、良く追い上げて3位になりました。

第2レース、16時22分、風向360±10度、風向5.5から8メートル、1回のゼネラルリコールの後、ブラックフラッグが掲揚されました。本部船寄り、集団の風下からまずまずのスタートをして左に伸ばしました。風下には、強風を得意とするフランスがいたのですが、走り勝って、風上マークを2位で回航しました。その後、トップのイギリス艇に若干追いつきましたが、2位のままフィニッシュしました。

第3レース、17時37分、風向360±10度、風速8から10メートル、1回のゼネラルリコールの後、ブラックフラッグが掲揚されました。スタートラインの半分から本部船寄りに集まった艇団の真ん中から若干凹み気味のスタートをしました。少し走ったところで、風下の艇に突き上げられ、走りにくくなったのでしょう、タキングをしました。右に約2分走ったところでスターボードタックのリフトをつかみ、再び左に伸ばし直しました。10メートルのパフの中で、体の大きなチームの艇に対して走り負けることなく、第1風上マークをトップで回航しました。ランニングで風下に落としすぎの走りをしたのでしょう、下マーク近くで、後続に追いつかれ、2艇に抜かれ、3位で回航しました。第2風上マークに行く間に、一時は再びトップの位置に出ました。しかし、風が少し落ちた時に2艇に前に出られ、結局、順位は変わらず、フィニッシュしました。

レースの日程、半分を終わったところで、男子は8位、女子は1位とまずまずです。しかし、内容は、改善しなくてはいけないところがまだまだ多く、素直に喜ぶことはできません。
「成績は後からついてくる」という気持ちで、日々、レース毎に見つかる課題や発見を自分の中にしっかり留めることに専念してほしいと思います。

デルタロイドレガッタ2009 大会(第1日)報告 5月27日(水) 

小松 一憲

25日の夜から26日の朝にかけ、前線が通過し、大雨と雷の嵐となりました。その前線に引っ張られる形で昨日と今日、西南西(230度から250度)の強風が吹きました。このデルタロイドレガッタは、11時から男子(2グループが)が先に3レース行い、その後14時半から女子が3レースするというスケジュールになっています。夜9時過ぎまで明るく、風が朝から夕方まで、シーブリーズのように画一的に変化することが無いという特徴が、このスケジュールを可能にしているのでしょう。

第1レース、11時10分スタート、風速・9から13・5メートル、風向・240±10度、原田・吉田組は2グループ目のスタート、インナーループのコースでした。スタートラインの作り方が上手だったのでしょう、ライン上に集団ができることなく、均等に散らばり、その真ん中からスタートしました。
強風の真ん中狙いは、シバーしている間に風下に大きく流れることもあり、ライン中央での凹みが大きくなる傾向があります。それを計算に入れ、メインシートを早めに締めて走りださなくてはいけません。待っている時に、ラインの両サイドが見えたのでしょう、少しひるんでメインシートの引きが遅れました。10秒後には、風下艇のホープレスに入り、逃げのタキングをしました。ところが、そのタッキングの失敗で沈をしてしまいました。後で理由を聞けば、一旦切ったジブシートが、再びカムクリートにかかったとのこと、第1レースのスタートラインに近いところでの沈ですから、目立ちました。

一回で起こせず一回転し、2回目に起こして走りだしたのですが、艇団は、はるか先を走っていました。風上マークは、それでも後ろに5艇、下マークで25位、第2風上マークで17位、サイドマークで16位と上がっていきました。しかし、サイドマークのスピンホイストで再び沈をしました。2回目の沈は、後続が離れていた為、スピンが上がった状態での沈でしたが大事に至らず、15位でフィニッシュすることができました。

大会初日、第1レースでの2回の沈、いかなる理由があろうと、あってはならないことです。泣きたいくらいの悲しみを覚えます。このくらいの波と風、これまで何回、タッキングやスピンホイストを練習したのでしょう。お金と時間をかけ、風を求め、遠くの練習地に出かけて行ったのは何の為だ他のでしょう。全ては、強風のスピードと、レース中数えるほどしかない基本動作ですが、それを確実にこなす為だったのではないでしょうか。まだまだ、練習の取り組み方が甘く、厳しさが足りなかったと、私自身、反省しています。

第2レース、12時35分、風速・10から15メートル、風向235度±10度、リミットマーク寄り5番手から無難にスタートしスターボードタックを伸ばしました。第1風上マークに3回のタッキングで到達しました。強風時に、このようなシンプルなコース取りができれば、文句ありません。第1風上マークを4位で回航しまし、風下マークまで、その順位をキープしました。第2風上マークへのコース取りで、風下マーク回航後、トップの2艇と反対方向への走りをすることで、順位を落としました。トップは、今日の2レース共にトップを走った地元の選手でした。第1風上マーク4位といのは、上出来の順位です。取るべきコースは、守りを考えたコースでなくてはなりません。反対に行くことは攻撃になります。結果は第2風上マーク7位、フィニッシュも7位でした。

第3レースは。風速がさらに上がってくると予想したのでしょうか、それとも2レースを実施できたからもう良いと判断したのでしょうか、マストを曲げるなどのトラブルを起こし、リタイヤーする艇が多かったからだったのでしょうか、いずれにしても、レースは中止され、ハーバーに戻るよう指示が出ました。

女子も陸上待機のまま、午後5時半、今日のレースはすべて中止とる信号が出て、男子の2レースだけで終わりました。
2レースのトータルで18位につけました。初日は、「無難に」のセオリーからすれば、厳しい入り方になりました。ここから追い上げるには、1レース、1レースを大事に戦う以外、方法はありません。

明日は、風が5から7メートルとの予報が出ています。どうせなら、もう少し強風が吹いてくれて、課題としている、原田・吉田組の強風のクローズホールドとレースのまとめ方を勉強したかったところです。まだまだ、どんなコンデションも勉強しなくてはいけないことだらけ、世界中の選手が、試合から試合を追いかける理由は、経験を積み、自然と人が相手の難しいヨットレースを「賢く戦う力」をつけるところにあるといえます。

チンタオでの合宿を終えて

小松 一憲

7月6日にチンタオ入りした、近藤・鎌田組に続いて、9日に私は、こちらに来ました。7月10日より、15日まで各国のコーチが申し合わせておこなった練習レースへの参加、そして18日までの計9日間、良い練習ができました。

今回は、セーリング連盟が宿泊・交通費等の負担をし、合宿形態にして徹底した衛生と栄養管理の下、日本食レストランでの夕食と昼食のデリバリー、潮汐、潮流を専門に研究する東大グループや気象予報士のサポートもあり、有意義な話を同時に聞くことができました。

練習は、各チームの自主性にゆだねられていましたから、それぞれ思い思いの内容とペースでこの期間を過ごしました。チンタオに集結した各国選手、コーチ、そして日本チームも、おおむね練習の目的を「調整」と位置づけて、「地理に慣れる」、「リサーチ」、「道具の最終選択」などにおいていたように思います。海に出る時間は、「疲れを残さない」との理由からでしょう、数時間で海上練習を終えていました。

しかし、目的は似通っていても私の手法は違います。濃霧と無風で一日半練習ができず、しかたなく休養をとることになりましたが、それ以外の日は、出艇9時半、帰着5時のペースを基本にして練習しました。この期間を「乗り込む」、陸上選手で言えば「走り込む」に相当する練習を選手に課しました。「道具の選択」は先のヨーロッパ遠征でほぼ終えています。あとは世界中のどの選手より、チンタオで「乗り込む」ことにより「チンタオに慣れる」、誰よりも多く設定したマーク(コース)を回ることでチンタオの「潮流に慣れる」、そして同じチューニングの2艇によるマッチレース練習で、自艇の性能を常に100パーセント引き出しながら走る、別の言い方をすれば走りの「精度を高める」ことを目的に練習しました。練習最終日は12mまで吹き上がりましたが、微風(1mから4m)続きの海でした。7時間、あるいは8時間ぐらいの練習で疲れがたまるような鍛え方はしていません。練習レースが始まる前にコースを設定して、3から4レース行いました。練習レースを終えても居残って練習しました。

この乗り込みで、かねてからの課題であった、微風のランニング、他の選手のスピードアップもあって、あまり目立たなくなっていた微風のクローズホールドのスピードにも手ごたえを感じました。また近藤・鎌田両選手はセーリング競技の選手としての感覚をこれまで以上に鋭敏に研ぎ澄ますことができたと思います。これからの3週間は、登山で言えば頂上を目指す最後のアタックです。私が指導を始めてから、国内外の遠征、合宿を通し、休養日も含め、朝7時のウォーキングから始まる日程を貫いてきました。生活のリズムを変えず生活(練習・試合時)のペースを守ることで疲労を溜めずに感覚を鋭敏に保ち続けることができると考えたからです。この後は、五輪と日の丸の付いた制服を着て、マスメディアの人からマイクを向けられ、浮つくことなど無いよう、磨き上げた感覚を「気負い」によって自ら曇らせるようなことの無いよう願っています。

中日球団、落合監督の「俺流」の言い方を拝借して表現すれば、「私流」とでも言うのでしょうか、チームを結成してからここに至るまで、私の指導に付いてきた選手への感謝がまず一つ、何の制約も無く思うようにやらせてくれた西岡社長を筆頭とする会社の皆様、最初の橋渡しをしてくれたジューイ企画・福吉社長、近藤・鎌田両選手の身体能力を高めてくれたトレーナーの田村さん、JISSの藤原さん、ベースとなる練習基地を提供してくれた葉山マリーナ、冬季の強風で最高の練習環境を与えてくれた沖縄県座間味村、近くに目をやれば、両名のご家族の協力と理解、チューニングパートナーに徹した原田・吉田両選手、その他多くの人に支えられ、ここまで来ることができました。

選手の指導、練習計画、遠征計画、それらの全てに自分の経験からアイデアを展開し、オリジナリティーを発揮してやってきました。しかし、「私流」などとは言っても、JOCのコーチ講習会で学んだこと、他の競技の指導者の話からヒントをいただいたこと、日本初の銀メダリスト、重、木下組と指導者の松山氏の活動、銅メダリスト関・轟組、その他、国内外の多くの選手の活動例を自分の経験(自分の経験の大多数は苦い失敗)と合わせて、考え出したにすぎません。そういう点でも、多くの人達に感謝しなくてはなりません。
私は、日本人の「勤勉」であるという特性に賭けてきました。勤勉=精を出して励む=練習に励む、それは、オリンピックに挑戦する限り変わることは無いでしょう。

オリンピックの競技開始が三週間後と迫った今、チンタオでの本格的な練習を切り上げるにあたり、近藤・鎌田組が「よい仕上がり状態にある」ことをご報告します。


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キールウイーク2008 報告最終日(6月29日)

小松 一憲

メダルレースが11時に開始され、天気は曇り、風向230±10度、風速3から4m、のコンディションでスタートしました。コースは、風上~風下を3周。スタートラインは、5度、リッミトサイドマーク有利に設定されていました。左から2番目に並び、無難にスタートして、左に少し伸ばしたところでタッキングをしました。その後はコースの中央に展開し、振れにあわせて走ったのですが、結果的に大きな振れを待って、両サイドに伸ばした艇のどちらにも負けて、第1風上マークを4位で回航しました。風下へのランニングでは、右のコースを選択したのですが、左にジャイブして角度をつけて走ったほとんどの艇に先行され、7位に落ちました。二回目のクローズホールドのコースに入って、風が6mに上がってきました。コース上に風のむらがなくなり、トリッキーな要素が少なくなりました。スピードも他の艇に比べ、はっきり良くなっていて、第2風上マークでは、トップに浮上しました。その後は2位以下を徐々に引き離し、53秒の差をつけてフィニッシュしました。

メダルレースに残ったのは、デンマーク、ギリシャを除き、他は、ロンドンを目指す選手達でした。勝って当たり前のレースで勝っただけです。喜びを大げさに表すことなく、二人が淡々としていたのは、たいへん良いことでした。この場面では、大喜びなどすべきではなく、内容をきちんと分析すべきでしょう。第1レグのコースで風の振れをしっかり捉えるまで我慢して走れたか?ランニングのコースで空の黒い雲の厚いほうを走ったか?風の弱いランニングで風下に落としすぎていなかったか?二回目のクローズホールドのコースで空の暗さ、海面の色の濃さは右のコースだったのではないか?

私は、「もし神様がいて、まったく同じレースをもう一度やらせてくれたらどうするかをしっかり考えるべきだ!」ということを、よく選手に言います。1レース、1レースの経験を積み上げて、そつの無い選手、賢い選手、経験の引き出しを多く持った選手と評されるようになって欲しいのです。

3時半から、キールウイークで実施された、すべてのオリンピッククラスの表彰がありました。最後に表彰された近藤・鎌田組は、ベストクルー賞を授与されました。並べたスコアー(1・2・2・1・1・1・1・1・1・1・1)が素晴らしく、内容も大半がダントツだったのが評価されたのでしょう。もらった470級優勝のプレートには、1995年以降の優勝者の名前が刻まれていました。一番上にアトランタオリンピックの銀メダリスト、重由美子・木下アリーシャ組の名前がありました。これを励みに次なる目標に向かって、元気よく、練習に取り組んで欲しいと願っています。      

報告を終わります。


キールウィーク2008 女子470級成績

キールウイーク2008 報告第4日(6月28日)

小松 一憲

前線の影響で今日も朝から雨が降り、午後になって、時折青空が雲間から顔を出すまで回復したのですが、黒い雲が頭上を通過するたびに小雨がぱらつく、すっきりしない一日となりました。風の傾向も昨日同様、時間の経過と共に右へ右へと振れていきました。「10時30分、235度、5から6・5m」、「第1レース、11時05分、245度、6から8m」、「第2レース、12時23分、250度、5・5から9m」、「第3レース、13時33分、265度、8から10m」、レースが終了し、ハーバーに戻る途中(15時30分)、270度、9から12mの風になりました。

風が上記のようなパターンの日は、右から入るパフをつかみにいき、つかんだところでコースの中央に寄せる、というのが基本的なコースのとり方になります。スタートする際は、闇雲に右にコースをとろうとするのではなく、スタートラインが風のどの状態(角度)に対して設定されているかを考えます。風向の平均を取って設定されるのが普通ですが、スタート及びコースを設定する責任者の考えで、右に振れようとする風にあらかじめ対応して設定してある場合もあります。また、風の振れ幅の中で時間的に長く吹く風にあわせることもあります。次に右振れのパフの中(周期)でスタートしようとしているのか、パフが終わった状態であるのかということもスタートラインに並ぶ時に頭に入れておかなくてはなりません。艇がどこに集中するのか、あるいは散らばるのか、を予測し、並ぶ位置を決め、最後に自分を囲む左右の選手との駆け引きが、これに加わります。

「スタートは良かった、スピードも悪くなかった」、にもかかわらず、上マーク回航順位が悪かったという選手に「どのようなスタートだった」と聞くと、よく、次のようなコメントが返ってきます。集団の形だけに対応して位置取りをした選手は、「集団の混乱を避け、集団のやや風下の安全なところから出ました、でも・・・」、また、スタートラインの傾きだけに対応して位置取りした選手は「有利サイドから、ちゃんと出たんですけど・・・」。いずれにしても、スタートは簡単ではありません。

近藤・鎌田組は、今日の3回のいずれのスタートもきれいに出ることができました。1回目は、本部船寄りにできた集団の左から8番手。2回目は、本部船横の5番手。3回目は、アウトサイドマークから3番手。スタートラインの中央、右、左と違った場所からのスタートでした。レーシングテクニックのベースとなるスタートが安定してきたことを、大変心強く思います。「とにかくスタート、まずはスタート、普通のスタートを」と私はずっと言い続けてきました。スタートが安定すれば、第1風上マーク順位が安定し、レースの順位も安定してきます。今回の成績(1・2・2・1・1・1・1・1・1・1)がそれを証明しています。今日の第1レースは、第1風上マークの6位から追い上げ、2位に23秒の差をつけて、トップでフィニッシュ。後の2レースは、第1風上マークからトップで、それぞれ43秒差、50秒差とダントツになってフィニッシュしました。明日のメダルレースは、ビリでフィニッシュしても余裕のポイント差で優勝できます。

歴史あるキールウイークでの優勝ですが、現在の世界ランキング(2位)を他の参加選手と比較すれば、最初から勝って当たり前と言われるでしょう。しかし、勝つべきところで、きっちり勝てたことを「よくやった」という言葉を添えて、私は評価します。そして、勝ったこと以上に、オリンピックを前にレーシングテクニックの引き出しを増やし、一歩前進できたこと、確実に駒を進めることができたことを嬉しく思います。
まだ明日のメダルレースを終えていないキールウイークですが、チンタオの海での次の練習に思いを馳せています。手綱を緩めることなく、兜の緒をしっかり締め、歩みを進めていきます。

男子の原田・吉田組も全力で毎日頑張っています。ぜひとも1レース、1レースを真剣に走り、ぜったい手ぶらでは帰らないぞと自分に言い聞かせ、勉強をしてほしいと思います。

キールウィーク2008 女子470級成績

キールウイーク2008 報告第3日(6月27日)

小松 一憲

朝から冷たい雨が降り、海上の気温は、私の時計に付いている温度計で3・8度を示していました。相模湾であれば真冬の寒さです。北緯54度30分、キールは、一旦天気が崩れれば、6月下旬であっても、この寒さになることを覚えておかなければなりません。といっても、私達は、3月にヨーロッパ入りした時の衣類をそのまま持っていますから、特に困ったということではありません。

9時30分に出艇し、レースエリアに到着した10時25分のコンディションは、180度、3.5から5m、11時15分に190度、4.5から6.5m。スタートが始まった11時30分に210度、8から10m、さらに第2レースの13時30分には、6から7m、230度の風が入ってきました。時間の経過と共に風向は右へ右へと変化していき、雨は13時に上がりました。その後、青空も出たのですが、不気味な黒い雲が西方向に出現し、雲の下は、白く煙っていました。予定されていた第3レースが中止され、ハーバーに帰りました。ハーバーへもどる途中、一時的に15mぐらいのパフが入ってきました。中止した理由は、大風が吹いてくるのを予想したからかもしれません。

第1レース、本部船寄りに集まった艇団の左から4番目でスタートしました。きれいなスタートでした。左に少し伸ばしたところで、右に展開した艇団を追ってコースの中央に向かいました。第1風上マークをトップで回航し、それをキープして第2風上マークでは、2位のスエーデンに対し20秒の差をつけていました。その他の艇を大きく引き離し、2艇だけの戦いになったのですが、最終風下マークでは半艇身差まで追いつかれていました。先に回航動作に入ったのですが、マークとの間が少し開いたのを見逃さなかったスエーデンにインに入られ、風上側から抜かれてしまいました。どうして、防御の行動(マークとの間を風上にバウを向け、ラフィングして塞ぐ)をとらずに、あっさりと風上側を通過させてしまったのでしょう。スエーデンは、OCSのスタートで失格だったために1位の順位が付きはしましたが、1対1の競り合いの弱さというか淡白なタクティクスが気になりました。

第2レースもスタートした位置は第1レース同様、集団の左5番目、これもスピードに乗った良いスタートでした。第1風上マークを2位に10秒の差をつけて、トップで回航しました。第2風上マークでは、その差を45秒に広げ、またまたダントツになりました。フィニッシュまで45秒の時間差は変わらず、2位でフィニッシュしたのは、やはりスエーデンでした。

今日の2レースを1、1、でまとめ、ポイント的には2位以下を引き離しました。オリンピックで顔を合わせる、スエーデン、デンマーク、中国、エストニア、ギリシャといったチームに、5から6mの風速域での強さを、ダントツの走りで印象付けました。選手として「慢心」=「過信」=「油断」=「進歩の停滞」の関係を忘れてはなりませんが、オリンピック前に精神的に優位に立つことは、大きな意味があります。迷いが消え、自分の技術に自信が持てる。余裕が出てきて視野が広くなる。競争相手に一目置かれ、勝負がしやすくなる。メリットをあげれば、まだまだあるでしょう。しかし、最後の最後まで謙虚に、そして、ひたむきに努力することが大切です。私はチームアビームにそういったスタイルが定着することを望んでいます。

男子の原田・吉田組は、今日からシルバーフリートで戦うことになりました。このレベルは、各国のオリンピック代表が顔をそろえ、出場してきたと仮定すれば、ブロンズのグループです。何事にも、真正面から取り組み、くれぐれも、めげたり、いじけたりすることの無いよう、頑張らなくてはなりません。きっと「泣きたいくらい悔しい」のではないでしょうか。でも現実なのです。セーリング競技を志す選手として、ゼロから出発するぐらいの決心が必要です。


キールウィーク2008 女子470級成績

キールウイーク2008 報告第2日(6月26日)

小松 一憲

今朝も快晴の天気から始まり、昨日同様9時から雲が出てきました。ただし今日は西の風で、風向が180度違っています。陸から比較的低く、大きな雲のかたまりが、左右、そして真上と不規則に海面上空を流れてきたのですが、そのたびに風向の変化と風速のアップダウンがありました。今日から三日間、午前11時に最初のスタートが始まり3レースが実施されます。第1レースは、風向250±10度、風速8から11m、第2レース及び第3レース共に、風向260±15度、風速5から8m、コンパスで風向を確認しながら雲の厚い方向へ、あるいは近い方向へと走る、このコースの選択はキールに限らず雲がある日のセオリーです。

近藤・鎌田組は、今日の3レース、スタートが安定していました。スタートが安定するとコースの取り方にも余裕が出て、第1風上マークの順位が安定してきます。上マークの順位が良ければ、まずは一安心、後は丁寧にレースをして順位を上げる、あるいはキープすればよいのです。第1レースは、少しタッキングの数が多く、ちょこまかしたコースの取り方をしていました。第1風上マークを5位で回航しました。風下マークの回航後、6位の艇と共に右に伸ばしたのですが、この選択が正しく、次の風上マークでは2位に浮上しました。1位は、6位で回航し右に一番伸ばしたスエーデンでした。ただし、2位まで上がれば文句はありません。

第2レース、第3レース共に本部線寄りに出来た集団の左から4ないし5番手の位置を狙い、きれいにスタートしました。第1風上マークの回航は、第2レースがトップと鼻の差の2位、第3レースはトップでした。どちらもサイドマークまでにトップとなり、風下マークでは2位の艇に15秒の差をつけていました。第2風上マークでは45秒。フィニッシュは判で押したように70秒の大差をつけ、ダントツでフィニッシュしました。
日本への一時帰国、試合前の練習は1日だけ、あわせて、オランダの試合でマストを曲げ、チンタオ用にマスト2本をオランダから送ったこともあり、ベストの状態でこの試合に臨んでいるわけではありません。ただし、それは、ここに出場しているオリンピック代表選手全員に多かれ少なかれ共通するハンディキャップでしょう。チンタオに行って現地で練習をおこなう、あるいは準備期間とする、休養をとる。この時期、各国のオリンピック代表はそれぞれの考えで行動しています。「レーシングテクニックを磨く」、「レースの勘を研ぎ澄ます」の目標を掲げ、この大会への出場を決めました。その意味でも、メダルレースを含め、あと7レース、今日のレースのように、きちっと勝つレースをしてほしいと思います。

キールウイークに女子の470級が登場して21年がたちます。その間、1992年、94年、95年と三回、重由美子選手、木下アリーシャ選手のペアーが優勝しています。また、アトランタオリンピックで銀メダルを取った1996年もこの大会に参加してから現地入りしたと記憶しています。二人が目標とすべき立派な成績を残しているだけではなく、オリンピックをめざす近藤・鎌田両選手に、先達として道を提示してくれていると私は理解しています。

原田・吉田組も今日のスタートは3回ともきっちり出ていました。艇のスピードやコースの選択に不満はありますが、スタートだけでも、何かつかんでくれれば、それで良いでしょう。
レースが終わってハーバーまで、クローズホールドを約1時間、練習しながら帰りました。センターボードを上げ、ブームバングを使い、滑らしながら走る感覚を、ようやくつかみかけたように思います。それを試合というプレッシャーの中で再現するには、まだまだ、一に練習二に練習、三、四が無くて・・・です。

キールウィーク2008 女子470級成績

キールウイーク2008 報告第1日(6月25日)

小松 一憲

快晴だった空に、午前9時頃から雲が出てきました。海から吹く東の風は、気温も18度と肌寒く、4月頃の服装が必要となります。初日のスタート開始時刻は13時、2レースがおこなわれました。風向80±10度、風速、第1レース6から8m、第2レース7から9m、コンディションは安定していました。この風向の風が吹くと470級のコース(Fエリア)には、右の岸に向かって走り、岸沿いにベンドしてくる風をつかんで風上マークに向かうというセオリーがあります。これがセオリーとして定着したのはいつの頃だったのでしょう、30年?40年?歴史あるキールウイークのことですから、もっと前なのかもしれません。

第1レース、近藤・鎌田組は、スタートラインの半分から本部船寄りに集団ができたところで、その真ん中からきれいに出て行きました。大会の初日、第1レースから無難なスタートをするところを見るのは久しぶりです。ヨーロッパ選手権(イタリア・ガルダ湖)の二日目に「スタートに復調の兆しが見える」と報告しましたが、改めて今日、それが確かなものであるとの印象をうけました。ほとんどの艇がスタート後、早い機会にタッキングをして右に伸ばしたのに対し、左に少し伸ばしたぶん、苦しくなりましたが、第1上マークをトップで回航し、その後もトップをキープしてフィニッシュしました。

第2レースは、最初から右を狙い、本部船寄りの4番手でスタートしました。10秒も走らないうちに自分から風下に落とし、ルームを作ってタッキングしました。このタクティクスは、何が何でも右に方向変換しなくてはならない時に用いるもので、強引な行動でした。もう少し落ち着いて走っても良かったでしょう。しかし、結果的に誰よりも右に伸ばしたことで右のベンドしたパフをつかむことができました。第1風上マークは、2位に20秒の差をつけて、トップで回航しました。サイドマークでは、その差を30秒にひろげ、ほぼダントツ状態になりました。その後のランニングで風下マークを間違えるという凡ミスがあって、2位に後退しました。誰にでもわかる大きなマークを見誤る、まさかのミスです。このようなミスが現実に起こるのがレースなのです。後で聞けば、近藤選手は片方のコンタクトが曇って、ほとんど片方だけの視力でレースをしていたとのことです。よくやったと褒めてやりたいところですが、オリンピックでは絶対あってはいけないことです。これを機に常に予備を携帯して海に出るべきでしょう。

この日のレース結果は1位と2位でした。ただし、高い目標に向かって、より確かなレーシングテクニックの習得を前提にして言うのであれば、今日のレースで起こったことに限らず、終わり良ければ・・・で済ます事など有ってはならず、対策を講じたうえで胸に刻み込む必要があるでしょう。この大会は、勝って当たり前の顔ぶれかもしれません。勝てるところで取りこぼし無く勝つ、言葉で表現すると簡単ですが、なかなか難しい貴重な勉強であると考えます。

男子の原田・吉田組は、今日の第2レースで早すぎるスタート(OCS)をして失格しました。彼等は、3月以来、プリンセスソフィア(スペイン)で2回、イエールオリンピックウイーク(フランス)で2回、ヨーロッパ選手権(イタリア)で2回、今日を合計すると7回、OCSをしたことになります。一年の海外遠征で、これほど多くのOCSを経験したチームは、過去の日本のセーリング界に存在しません。その経験を「うらやましい」とも「もったいない」とも言うことができるでしょうが、いずれにしても国際レースの中で貴重な勉強をしています。欲は言いません、せめて、今から2年後の2010年までに、特に良いスタートなどではなく、無難なスタートができる選手になってくれることを望んでいます。あの手、この手は勿論のこと、言葉も選んで指導するつもりですが、彼ら自身が自分達の努力で、あるとき、目が覚めるかのように「臨機応変に対応し、間合いを取り、時間に合わせて出て行くスタートのテクニック」を習得できると信じています。その瞬間が私の予想を上回る早さで訪れることを楽しみにしています。

キールウィーク2008 女子470級成績

2008年ヨーロッパ選手権大会 報告 最終日(6月14日)

小松 一憲

昨晩降った雨は、ガルダ湖を囲む2000m級の山の頂を白く雪化粧していました。気温も低く、今年の4月、ここで試合した頃の季節に戻ってしまったようです。

空は曇っているのに、12時に北の風が止んで、南方向から、良い風が入ってきました。それぞれのグループのレースが開始された13時に7mから9m、女子のメダルレースが開始された15時頃には10m以上の風になりました。マックスは13m以上あったように思われます。ここガルダの特徴でしょうか、吹き上がり始めて30分がピークで、その風は長続きせず、1時間もしないうちに平均で2mほど落ちてしまいます。この吹き上がってきた風に、いつもだまされ、ついオーバーなマストの倒し方をして失敗します。おおよその見当は付くようになりましたが、このあたりを正確に予測することは、私自身もできません。

今日の近藤・鎌田組もマックスに強風のチューンナップで走りました。しかし、ハーバーを出て行き、スタートを待つまでの時間帯が風速のピークで、スタート時には、少し落ち始めていました。このような場合、センターボードを上げる量、ジブシートのひき具合、ジブのトラベラーの調節、カニンガムホールの引き具合、ブームバングのかけ具合などを調節して、落ちてきた風に対応します。スタートして右方向に伸ばし、タキングするところまでは、トップの走りをしていました。ダントツになるのではないかという走りをしていました。しかし上マークにアプローチするわずかな時間に風が落ち、急に走りがおかしくなりました。上マークは、3位で回航し、第1風下マークも1艇身差で3位、これから追い上げると言う時にスピンのシートを船底にくぐらせてしまいました。スピンを下ろす時のタイミングが悪かったのでしょう。このタイミングと言うのは、スキッパーがスピンハリヤードのカムクリートをオフする(はずす)のと、クルーがスピンを収納し始めるわずかな時間差を言います。クルーの準備が整っていないうち、あるいはスピンをつかんで引き込みだす前にオフしてしまうとこのようなトラブルになるのです。470級に乗り始めてから、これまで何千回スピンの収納をおこなってきたのでしょう。これが練習では作り出せない、レースのプレッシャーなのです。風下マークを回航してから一気に走りが悪くなってしまいました。それでも二回目の上マーク回航は7番でした。ランニングのコースに入ってから、くぐっていたスピンシートを抜いて付け直し、何とか6位でフィニッシュしました。総合の順位も変わらず、ヨーロッパ選手権を6位で終了しました。

この女子のメダルレースの前に、メダルレースに出場する上位10艇を除く21艇で、男子のゴールドグループのレースがおこなわれました。上位陣が抜けているだけに原田・吉田組の順位は当然良くなくてはいけないのですが、ふたを開けてみると、本部船から数えて、5艇目に並んでスタートしたのですが、これが一艇だけ早すぎる「OCS」のスタートでした。誰よりも早く出たにもかかわらず、いまひとつスピードとのぼり角度が共に無く、上マークを、15番前後で回航しました。さらにランニングの走りにも冴えが見られず、下マーク回航では、後ろに3艇を数えるところまで落ちていました。
このレースの後、男子のメダルレースを観戦したのですが、世界のトップ選手と比較すると、艇のスピードも選手の動きのスピードも全て違い、激しさと力強さを感じました。厳しい言い方をすれば、大人と子供の違いが有りました。今の二人は、風速6m以下なら世界のトップと十分競える力を持っています。この6m以下の走りは、昔から日本選手の特徴でもありました。6m以上の風速域での走りが課題であることも昔から変わりません。ロンドンオリンピックのセーリング競技会場であるウエイマスは、風の良く吹く所で知られています。私も、過去2回レースをしました。やはり、風が強い中でのレースでした。今からそれに備えるべく、努力しなくてはなりません。「高い山もまずは一歩から」そして、どんなことがあっても、しっかり歩み続けるべきでしょう。

オリンピックを前に「スタート、コース取り」などと、ベーシックな言葉が多く出てきた報告になりました。極めていけばいくほどベーシックなところに行き着くのでしょうか。期待していた成績は取れませんでしたが、靄が消えて視界が開けるかのような、技術的進歩もありました。今時の若者言葉を使うなら「ゲットした」と言うのでしょうか。次に予定している試合(ドイツ・キールウイーク)にぜひとも活かし、更に磨きをかけていきたいと思います。

報告を終わります。

2008年ヨーロッパ選手権大会 470級女子成績 最終成績(PDFへの直リンクです)
470 OPEN EUROPEAN CHAMPIONSHIP

2008年ヨーロッパ選手権大会 報告 第6日(6月13日)

小松 一憲

夜に雨が降り、日中も崩れる予報でしたが、雨が降り出したのは午後4時半からでした。日中は、日焼け止めクリームを塗るほどの日差しがありました。
風は、昨日までのパターンと違い、終日、北寄りの風が吹きました。男子のゴールドグループと女子のレースがおこなわれるエリア(B)は、シルバー及びブロンズグループのエリア(A)と比べ岸に近いだけ、風速が弱く風向も不安定です。レースコミッティーは3回、スタートをさせようと試みたのですが、そのつど風向が15度から40度の間で右へ左へと変化して、やりかけては延期信号を上げていました。その間、Bエリアの2グループは、何の問題も無いかのようにレースが実施されていました。結局、風向の不安定なAエリアでのレースを断念したのでしょう、Bエリアのレースが終了するのを待って、ゴールドグループ及び女子もBエリアに移動してレースをおこなうことになりました。風速は、6mから7m、40度にセットされた風上・風下を2周するコースが使われ、14時54分に男子がスタートし、続いて女子がスタートしました。

原田・吉田組は、スタートライン真ん中、やや本部船寄りの位置からまずまずのスタートをして左に延ばし、しばらく走ったところでタッキング、コースの中間を風の振れに合わせて走っていました。第1風上マークを20番前後で回航し、フィニッシュは15位でした。昨日あたりから、順位が平均的に8番くらい引き上がったところでレースをしています。トップ集団で走ればベストなのですが、ビリ集団では、レースの勉強にもなりません。一日一つで良いので、何か一つつかんで帰る、あるいは考える材料を持って帰る、常に前向きにレースをしてほしいと思っています。

近藤・鎌田組は、スタートラインの中央から本部船の間にほぼ全艇が並ぶスタートで、左から3番目の位置で無難に出て行きました。始めは左に伸ばし、次に風の振れに合わせてタッキングし、レースエリアの中央に展開しました。結果的に風上マーク回航の上位は、スタートして最初から右奥を狙って走った、あるいは、右に伸ばしたあと中央に返して近藤・鎌田組の前を通過し、左の端に出た艇でした。風上マークの回航は14位でしたが風下マークまでに10位まで追い上げました。続く第2風上マークへのコースは、右に少し走った後、左の奥に向かって、どの艇よりも我慢して伸ばしました。左の崖の山の上には、黒い雲が低くかかっていました。このコース取りが功を奏し、一気に4番まで上がってきました。下マークのフィニッシュは、2位と鼻の差の3位でした。

今日、3位は取りましたが、昨日の「大たたき」のポイントが響き、また上位陣が無難にまとめたこともあって、自分達の総合順位(6位)に変動はありません。しかし、今日のレースの二回目のクローズホールドで、どの艇よりも積極的に、そして我慢して風をとらえに行く走りを、ここに来て初めて見たような気がします。しかもそれなりに根拠があって、強引なコース取りでは無く、オーバーセールの位置まで走ったわけでもありません。昨日までの経験で、レーシングテクニックの引き出しを一つ、確実に増やしたと言えるでしょう。

明日、上位10艇でおこなわれるメダルレースの顔ぶれは、その大半がオリンピックで顔を合わせる選手達です。マッチレースに臨むくらいの強い気持ちを持ってレースをしてほしいと思っています。


2008年ヨーロッパ選手権大会 470級女子成績 6日目
470 OPEN EUROPEAN CHAMPIONSHIP

2008年ヨーロッパ選手権大会 報告 第5日(6月12日)

小松 一憲

昨日と同じような空模様(晴れ)なのですが、今日は、南からの風が30分ほど早く(10時30分)入ってきました。そして、午後4時30分を過ぎても消滅せず、5m程度と弱くはなりましたが、しっかり吹いていました。他に、昨日と違っていることと言えば、朝の早い時間から北よりの風が弱く凪っていたこと、南風が入ってきてから南方向に靄がかからず視界が良かったこと、湖の両側にそびえる山の頂を雲が終日覆っていたことなどでしょうか。このようなことを「報告」に書くのは、いつの日か、再び、ここガルダで試合する時に、自分自身の記録としても役に立つことがあるのではないかと思ってのことです。

第1レースが、予定通り、13時ぴったりに女子から始まりました。コンディションは風向180度、風速5mから7mでした。近藤・鎌田組は本部船寄り8番手に並んで、まずまずのスタートをしました。左に伸ばして行って最初の振れをつかんでタキング、次は右に長く伸ばしていきました。艇団は、はじめ左に伸ばすグループと右に伸ばすグループの二手に分かれました。結論から言えば、第1風上マークでは、この二つに分かれたグループのうち、左サイドに徹して左の風をつかんで走ったチーム、右に徹して右奥の壁際の風をつかみに行ったチームの両方で上位陣が形成されました。
走りは良かったのですが、コースの真ん中に入って行くのが早すぎました。また、もう一度左に出しても良かったでしょう。いずれにしても両サイドに先行されてしまいました。それでも回航順位は、7位、悪くなかったのですが回航してからのリーチングで、それほど上手ではないイタリア艇に風上方向に連れて行かれ、サイドマークまでに後続に追いつかれてしまいました。サイドのマークを回ってから内側を走ったのですが、風の強い帯に乗せるように右の壁際に膨らませて走った艇に抜かれて下マークは12位でした。次のクローズホールドのコース取りも中途半端でした。集団の左の内側、そしてマーク近くなって集団の右内側で走る、集団の内側で走るコース取りが、ここガルダでは裏目になります。上マークの回航は20番となっていました。フィニッシュは14位まで挽回しました。

第2レース、180度、7mから10m。第3レース、15時35分スタート、205度、6・5mから8m。風向、風速の推移は、昨日と同様でした。
結局、今日おこなわれた3レースの戦いぶりは、似通ったパターンになりました。パターンと言うのは、スタートは3レースともしっかり出ることができ、その後のコース展開が内側に早く入りすぎ、両方の外側に先行されてしまったことです。風の振れの多いところでの安全な走り方でもあるこのコース取りは、コースエリアを囲む山の崖(壁)際に良い風が吹いているガルダでは、風をつかむ走り方、風の振れに合わせた走り方とは言えません。海でもよく経験することですが、パフの手前でタックする、あるいは走ってしまっているのです。第2レースのスタートでは、ポートタックのオーストラリアにぶつけられ、水が少し入るほどのダメージを受けて走りました。しかし、3レース共に同じようなコース取りでうまく走れなかった精神的なダメージのほうが、艇が破損したダメージより大きかったのではないでしょうか。

ここガルダのような特異な所でも、状況に応じて考え方を修正し、コースの取り方を変えていくことができるようになれば、レーシングテクニックを一段向上させたことになります。この経験をぜひともプラスにして、成長してほしいと願っています。

男子は、第1レースのスタートでリミット寄りの2番手から良いスタートをし、風下艇をブランケットに入れて飛び出していったところで42条の笛を吹かれ、ペナルティーの720度ターンをさせられたようです。本人達は「スカリングの違反をとられた」と言っています。6m以上の風が吹いていましたから、風の状況を考えると、スカリングの効果などありません。おそらく舵の動かし方で違反を取られたのでしょうが厳しいジャッジングでした。走りは、少し改善したようです。これまで、上り角度に固執して、滑らす(走らす)ことを忘れていたように見受けられました。

うまく走った翌日、あるいはうまく走ったレースのあとは、どうも結果が伴わない走りやレースになることが多いと以前から報告してきましたが、またまた同じ報告なりました。ゴルフで良く使われる「大たたき」の一日でした。しかし、二歩進んで一歩後退、私は、選手の前進を信じています。


2008年ヨーロッパ選手権大会 470級女子成績 5日目
470 OPEN EUROPEAN CHAMPIONSHIP

2008年ヨーロッパ選手権大会 報告 第4日(6月11日)

小松 一憲

昨日(10日)と同じような天気になりました。同じようなと言うより、まったく同じと言った方が良いかも知れません。レースのコンデションも変わりません。
13時の第1レース、スタート時の風向170度、風速6mから9m、第2レース、220度、5mから8m。第3レースは、15時50分に始まり、215度、5mから6mでスタートしましたが、女子が風下マークに近づいた16時20分に風が消滅し、女子のレースは途中で中止となりました。女子の前にスタートした男子は、消滅する前にフィニッシュし、3レースが消化されました。

男子のゴールドフリートと女子は、ハーバーに近いエリア(B)を使っておこなわれています。遠いエリア(A)と比べ、湖面が広いだけ、風の吹き方が偏らない特徴があります。しかし、崖の壁際まで行くと、ビル風のように強くなるのは変わりません。その風は、岩によって温められ、生温かさをもっているので、視認だけでなく肌で感じることもできます。

原田・吉田組のレースをスタートから見ることができました。彼らは、ボートスピードで苦労しているのが良くわかりました。スタートはそこそこ出れていて、悪くありません。コースも行かなくてはいけない方向に展開しています。風速6m以上の風速域でクローズホールドのスピードが無い為にヨットレースができずにいるのです。彼らが自分達でも納得し、スピードに自信を持っていたのは、4月のイエール(フランス)の大会でした。自信を持ち始めた矢先でもありました。しかし、その大会から、使う道具を、テストを理由に変えてきました。また、今は、チューニングパートナーに徹する時でもあり、近藤・鎌田組に優先的に道具を譲ってきました。これらの経験は、必ず将来に生きてくると確信しています。全ては勉強とわきまえ、めげることなどあってはならず、気持ちを強く持ち、努力してほしいと思います。レースができずにあえいでいる今の状況は、色々と考える良い機会です。逞しく脱皮する為に陸上競技のハイジャンプでたとえるなら助走と言えるでしょう。第1レースでは、スピンを破ったこともあり、最下位でした。ゴールドフリートで、25番前後の順位が定位置になっています。

今日の近藤・鎌田組のレースは、危なげ無いと言うか、逞しいというのか、いずれにしても安心して見ていられる内容でした。私は、よく二人に「普通のレースをやるように」という言葉をかけます。「スタートは、特に無理をせず、出るべき所から出て、まずはきちっと走り出す。次に取るべきコースに展開し、待つところは待ち、攻めるところは攻める、メリハリのあるコース取りをする。大きなリードなど求めず、確実に順位をキープできることだけを考えて走る。」言葉で表現すると簡単なのですが、この普通のレースをすることが、それほど簡単ではないことを、ヨットレースを目指した人であれば、きっと理解できるでしょう。

第1レース、第1風上マーク2位から一時、4位に後退しながらも抜き返し、最終下マーク手前で再び2位になったランニングの攻防。第2レースは第1風上マークをトップで回航し、二回目のクローズホールドで一時、4位に落ちながらも、フィニッシュ直前で2位まで挽回した走り。そのいずれのレースにも、逞しさが感じられました。また第1風下マーク手前で中止になった第3レースもトップを走っていました。

イスラエルのコーチボートが私の所によって来て言いました。「昨晩、寿司でも食べたのか?」

明日のレースも心の持ちように変化があってはならず、とにかく1レース1レースを大切に積み上げていってほしいと願っています。


2008年ヨーロッパ選手権大会 470級女子成績 4日目
470 OPEN EUROPEAN CHAMPIONSHIP

2008年ヨーロッパ選手権大会 報告 第3日(6月10日)

小松 一憲

きれいに晴れて良い天気の一日になりました。グループ分けされている男子は、大会三日目の今日で予選が終わるスケジュールになっており、予定していた6レースの残り3レースを消化する為、男子のみ11時から11時半まで吹いている北の風を狙って8時55分にレースが開始されました。

風速、4から5m、原田・吉田組は、一度のゼネラルリコールのあと、1分間ルールのスタートで本部船横からきれいに飛び出し、第1風上マークを4位、風下マーク3位で回航しました。しかし第2風上マークへ向かう途中で風速が0m近くまで落ち、南寄りの風が吹き出したところでレースは中止されました。時間は10時を少し回ったぐらいでしたが、天気が良かった為に、いつもより早く北風が消滅してしまいました。

一度、ハーバーに戻され、通常のスタート予定時間、13時に合わせ、女子と共に再び出艇しました。風向は、180度±10度、風速6mから10mのコンデションとなりました。この風が、今の時期の天気の良い日の風なのでしょう。続けて3レース、風上・風下2周のソーセージコースが使われました。原田・吉田組は、いずれのレースも第1風上マークの順位が悪く、後ろに数艇数える程度、25番前後の回航をしていました。第1風上マークの順位が悪いと言うことは、「走りが悪い、スタートが悪い、コースの取り方が悪い」のいずれかが原因であり、ビリに近い回航と言うことは、そのいずれにも該当していることになります。風速6m以下の風速域で良く走った走りのイメージが残り、スピードモードに切り替えができていない。ブームバングをきかしメインセールを出し、センターボードを上げて走る走りがインターナショナルレベルに達していない。6mから10mの幅の中で変化する風速に対応しながら走る走りができていない。偏ったコース取りが要求されたり、場所場所で違う風向変化の中で我慢と思い切りの使い分けができていない。などなど、私は、このように分析するのですが、いずれにしてもインターナショナルレベルの洗礼を受けているのでしょう。謙虚に、そして、ひたむきに練習し、試合に出場しながらギャップを埋めていく努力をしなければなりません。これからが選手としてのスタートなのです。

女子も3レースおこないました。第1レースは、風向が160度から170度で南風の入り始めで風速が6mから10mの幅でアップダウンを繰り返す中をスタートしました。本部船寄りから出て右にコースを取ろうと急ぐあまり、タッキングのタイミングが悪く、やっとタキングしたと思ったら、目の前でブランケットのタッキングをされる苦しいスタートとなりました。右に徐々に振れていく中、走りが悪くない為に2から3番手の位置まで出て行きました。右レイライン手前でタッキングをしたのですが、あと100m伸ばした艇団に振れをつかまれ、上マークに近いところで、風の弱い所に入ってしまったこともあり、上マークの回航は15番前後となりました。その後1艇だけスターボードタックのランニングを走ったのですが、これも180度方向に振れていく風に対しては、逆タックのコース取りでした。さらに、風が180度に振れると、ガルダ湖のセオリーと言うかローカルなコースが存在するようで、右(西側)の山の切り立つ崖に沿って吹く、風の強いラインに入らなければなりません。下マークは25番前後の回航となりました。フィニッシュは18位でした。

第2レースは、リミットマーク寄りから出て右に伸ばしました。ほぼ全艇が崖に向かって走って行きました。崖のそばの風の帯に入ってタキングし、マークに向かうのですが、この時点でおおよその艇がオーバーセールとなり、近藤・鎌田組も同様でした。上マーク回航後は、ジャイブをしてまた崖方向に向かい風のラインに入りに行きます。入ったところで下マークに向かってランニングになるという特異なコース取りが必要でした。ただし、男子も女子もトップの選手達はオーバーセールをしないところできちっとタッキングをしていました。順位の悪い選手ほど過激に崖に向かって走る傾向がありました。結局、このレースは、10位のフィニッシュとなりました。

第3レースは。本部船横、スタート即タックを狙いすぎて出遅れていました。また、そのポイントを狙う艇が衝突するほどの混雑振りで、なんとか抜け出しはしたのですが、けして良いスタートは言えません。ほぼ全艇が崖を目指して走り、目指す過程では苦しい場所を走っていたのですが、風の帯に入り、ちょうど良いポイントでタッキングをしました。ほとんどの艇がオーバーセールするところを2レース目の失敗を活かし、ぴったりのアプローチでした。このあたりのが、経験の差なのでしょう。4位で回航し、フィニッシュは2位とも鼻の差の3位でフィニッシュしました。

イタリアのコーチが、ガルダ湖のレースをあえて避けた理由の一つが、このローカルすぎると言うか特異なコース取りを要求されることだったのかもしれません。とは言え、経験を積み、引き出しを多くすると言う意味では、特異であればあるほど効果があります。レースは、まだ半分残っています。各選手ともレースエリアの特徴を把握したことでしょう。レースを組み立てる能力を競うのは、これからが佳境、落ち着いてレースしてほしいと思います。


2008年ヨーロッパ選手権大会 470級女子成績 3日目
470 OPEN EUROPEAN CHAMPIONSHIP

2008年ヨーロッパ選手権大会 報告 第2日(6月9日)

小松 一憲

今朝も全員で、7時より、日課のウオーキングをしたのですが、その時間帯に広がっていた青空に黒い雲が出現し、どうもすっきり晴れません。ガルダ湖は、北側のアルプスに続く山々が温まってこそ、安定した南風が吹くのですが、肝心の山に雲がかかっては、様子が違ってきます。とは言え、11時30分には南よりの風に変わりました。13時のスタートに合わせて出艇したところ、5から7mの風速になりました。風速には問題がなかったのですが、風向が150度から180度の間で安定せず、湖上で1時間ほど待機しました。結局、レースコミッテーのとった手段は、風向の変化に対応するのに便利な、風上、風下の2点を2周するソーセージコースでのレースでした。

風上マークが170度に設定され、14時にレースが始まりました。風速は、ゆっくりとした周期で、吹いて7m、落ちて4mとアップダウンを繰り返していました。近藤・鎌田組は、第1レース、第2レース共に風速に対してのマストチューニングを高めに設定して失敗しました。また第1レースでは、スタートはうまく出れたのですがコース取りを失敗していました。左コースを選択したのですが、風の弱いエリアを走ることとなり、第1風上マークを20番前後で回航し、続くランニングも風の弱くなった右(西より)を走り、下マーク回航では、後ろに4艇しかいない29位、第2風上マークでも順位を上げることができず、25位という苦しい順位でフィニッシュしました。

第2レースは、リミットマーク寄りの3番手からまずまずのスタートをしました。左集団をリードする形で上マークに向かったのですが、第1風上マーク回航のトップ艇(アメリカ)は右サイドの展開でした。それでも、走りは悪くなかったのでしょう、4位で回航しました。ランニングで2位に上がり、その後は、順位をキープしたまま後続を引き離し、フィニッシュしました。予測の難しいコンデションの為か、トップのアメリカ以外、各艇とも順位がまとまらず、25位をとっても総合で5位にいます。レースは、まだ3分の1、始まったばかりです。

原田・吉田組は、本人達の話で「スタートができていない」ということですが、2レース共に第1風上マークを7位で回航していました。第1レースでは、ランニングで2位に上がり、さらに2回目の風上レグでトップになり、そのトップを守ってフィニッシュしました。第2レースでは、7位から8位に落ちてフィニッシュしましたが、クローズホールドの走りが良いから、スタートがそれほど良くなくてもこの順位でフィニッシュできるのでしょう。この走りをベースに、更にステップアップしたレースができるようチャレンジしてほしいと思います。彼らにとって、今日の第1レースは、記念すべきG1レースのトップフィニッシュでした。

「嬉しいこと」と、まだ喜ぶには早いかもしれませんが、今日の2レースを見て、近藤・鎌田組のスタートに回復の兆しが見えました。このようなことは、過去にも何度かありましたから、技術と言うのは「二歩進んで一歩後退、三歩進んで二歩後退」、そのようにして向上していくものなのでしょう。指導者は、あれこれ工夫することは勿論ですが、忍耐強く待たなければなりません。

2008年ヨーロッパ選手権大会 470級女子成績 2日目
470 OPEN EUROPEAN CHAMPIONSHIP

2008年ヨーロッパ選手権大会 報告 第1日(6月8日)

小松 一憲

一週間、梅雨ような天気が続き、よく降る雨にげんなりしていましたが、今日は、夜のうちに雨もあがり、久々に青空と日差しがガルダに戻ってきました。夜は北風、昼間は南風、海で言うところの陸風海風の変化が、午前11時から11時半にかけ、判で押したかのように決まって起こります。短時間(約30分)のうちに風向が180度変化するその様は、劇的です。

南風が安定するのに合わせ、スタート時間は13時、南北に二つのレースコース(A・B)が設定されています。参加91艇の男子を3グループに別け、33艇の女子1グループを加えた4グループが、2グループずつ、二つのコースに分かれてレースをおこないました。風速、3から4・5m、風向、175度のコンデションでした。

男子は、原田・吉田組の他にオリンピック代表の松永・上野組(スリーボンド)、石川・柳川組(関東自動車)の3チームが参加しています。今日は、それぞれ、別のグループでレースをしました。チーム・アビームの男女が別のコースに分かれてレースする場合、私は当然、近藤・鎌田組を優先的にケアーします。レースが始まれば、双眼鏡を通しての観戦になり、細かいところは、レース後に二人から話を聞いて知ることになります。二人の話から、今日のスタートは、「抜群」だったようです。本部船寄りからスタートし、右のコースを選択しました。世界ランキング1位のオーストラリアはじめランキング上位の選手に走り負けはしなかったそうですが、基本的に伸びたのは左コースだったようです。途中から修正して左にコースを取ったのですが、第1風上マーク回航は7位、リーチングで1艇抜いて6位、その後、順位変わらずフィニッシュしました。

近藤・鎌田組は、リミットサイドの3番手で並び、スタートしました。しかし走り出しのタイミングが遅く、スタート号砲後、すぐにホープレスに入り、逃げのタッキングをして右に出るパターンになりました。プレッシャーの無い練習でのスタートでは、それなりに積極的に、そして、けっこうアグッレシブさを発揮するのですが、レースとなると一歩引いてしまうシーンが多くなります。右に出て行くのにも、世界ランキング2位の辛さでしょう、避けようとする前でタッキングされるケースが増えました。これをかいくぐって第1風上マークに到達するのですが、大体いつも10位前後となります。今日も9位から始まりました。サイドマークで8位、風下マークで6位、第2風上マークで5位に上がり、その後は変わらず、フィニッシュしました。クローズホールドのスピードと角度に問題は無く、スタートのリカバリー、第2風上コースのコース取りに冴が見られました。レースの初戦、滑り出しとしては、上々です。

第2レースは、女子がスタート前に、男子もレースの途中、風速が1m弱に落ちたことで中止され、2レース目以降は明日に延期されました。
イタリアの男女オリンピックチーム、女子のオランダ、イギリス、ドイツ、スエーデンなど有力チームがいくつか参加していません。イタリアのコーチは「ガルダ湖のレースコンデションは、海と違いすぎる。レースには参加せず、チンタオに行く予定」と私に言っていました。私は、レースで磨きをかける道を選択しています。最後まで課題を克服する努力をして、オリンピックまでに穴の無い選手になるべきだと考えています。

2008年ヨーロッパ選手権大会 470級女子成績 1日目
470 OPEN EUROPEAN CHAMPIONSHIP

デルタロイドレガッタ2008 大会報告最終日(5月25日)

小松 一憲

朝から厚い雲におおわれ、前線の通過で昼過ぎには本格的な雨になりました。東北東の風が9から12m吹き、浅い水深の為に波長の短い波が立ちました。高さは、1mくらいあったかもしれません。

女子のメダルレースが11時15分から始まり、コースはハーバーの出口から500m程のところに作られました。コースを少し遠くセットしたのは、水深が浅く沈をするとマストが刺さってしまうからです。その危険な沈を近藤・鎌田組は、スタートの8分前にしてしまいました。スタートを待っ間、チョッピーな横波を受け、ブームが波に浸かってしまったのでしょう。やはり、マストの先端が50cmほど突き刺さってしまいました。自力では起こせず、コーチボートでバウを引いて風上に立て、起こすことができました。すでに4分前の信号がでていましたが、起き上がる直前にスタートが延期されました。近藤・鎌田組の復帰を待ってくれたわけではありません。スタートラインを長く打ち直す為でした。メインセールの先端は泥で汚れ、マストは前後に曲がってしまいましたが、再開されたスタートには間に合いました。本部船寄りの3番手に並んでスタートし、しばらく走って右にタックを入れ、振れを我慢して待ちました。幸いにもコンデションは強風でしたから、曲がったマストでも走りは悪くなく、風上マークをオランダに次いで2番で回航しました。オランダが下マークアプローチのジャイブポイントを見誤る間に近藤・鎌田組が1艇身リードして回航しました。2回目のクローズではオランダと左右に大きく別れ、左コースを取ったオランダが再び前に出ました。15秒ほど遅れて2位で回航し、そのまま順位をキープしてフィニッシュしました。10m以上の風が吹けば、スペイン・パルマのメダルレースで実証されたと以前報告しましたが、オランダが世界一で、近藤・鎌田組が二番目に速いことを改めて証明したと思います。スタート前の沈から、気持ちをよく建て直しました。そして曲がったマストでよく戦いました。その全てを世界の選手とコーチが見ていました。これを自信に、次のステップに向け、より厳しく練習に取り組んでほしいと願っています。

トップテンの選手を除く、11位以下の男子のレースは、13時からおこなわれました。原田・吉田組は、第1風上マークを7番で回航しました。リーチングで大事をとって風上に走りすぎ、スピンを上げて走り出した時には、風下から6~7艇に抜かれていました。大事を取ると言えば聞こえは良いのですが、自信がない、度胸が無いという表現もできます。周りの選手に先駆けて自分からスピンを上げるレベルに早く達してほしいと思います。フィニッシュは、11位で、リコール艇が一つ前にいたので10位の成績が付きました。今回はずっと軽風が続いた為に、総合11位以下の選手の中に強風を得意とする選手が多く残っていました。その選手達と比べ、まだまだ走りこみが足りないと感じました。日本に帰ったら、まずは筋力と持久力をつけ、強風の場で世界一長時間練習すれば、来年は変身してここに戻ってくることができるでしょう。

だいたい、どの大会もレースは5日間でおこなわれます。わずか5日間ではあるのですが、予想しなかったことも含め、いろいろ経験することができます。経験し、考え、対策を練る。練習し、準備し、次の大会で検証する。オリンピックまであと2試合、私達は、ぎりぎりまでこのサイクルで活動します。

近藤・鎌田組5位、原田・吉田組16位で大会を終了しました。 以上、報告を終わります。


デルタロイドレガッタ 470級女子成績
Delta Lloyd Regatta 2008

デルタロイドレガッタ2008 大会報告第4日(5月24日)

小松 一憲

相変わらず、好天が続いています。悪い天気ばかりだった試合前とは大違いです。風も終日、東北東5から8メートルで安定していました。

原田・吉田組の第1レース、風向80度、第2レース及び第3レース共に風向75度、風速も5から8mの範囲で吹き、誰もが普通に走れるコンデションでした。勝敗を分けたのは、スタートを含めたレーシングテクニックと走り(スピードと上り角度)の差です。スタートにおいては、今日もスタートラインに対する自分達の高さ(距離)を見誤り、凹んで出て行くスタートが目に付きました。大変、もどかしく思うのですが、根気良く成長を見守るしかありません。スピードに関して言えば、毎日、いろいろ試行している為に「これで行く」というものが見つからない状態で、レースをしているのでしかたありません。前大会(フランス・イエール)のセールとマストで戦えば、もう少し違った結果になっていたでしょう。成績を取りに行くのであれば、レースをテストにしているこの状態は間違いです。かわいそうかもしれませんが、今は、近藤・鎌田組のチューニングパートナーの役割に徹し、色々と勉強をしてくれることに期待します。

男子は、本日午後6時より上位10艇によるメダルレースが実施されました。スターラインが陸上から250mほどの所に作られたコースだったので、私達は、全員で陸上から観戦しました。現在の力では、原田・吉田組が、そこで走っていないのが当然と思われる完成度の高いセーリングを見ることができました。まさにオリンピックの前哨戦でした。

近藤・鎌田組は、第1レース、ゼネラルリコールの後、ブラックフラックの上がったスタートで、ラインの中央を狙ったのですが、並んだ時に凹んで待ち、その後、メインシートも絞り遅れるスタートになりました。第1風上マークは11位で回航し、下マークで10位、第2風上マークで6位にあがり、そのままの順位でフィニッシュ。

第2レースは、本部船横から2番手で出て、右に即タッキング、そして左に返すコース取りでした。上マークは4位、ちなみに1位で回航したイギリスは、リミットマークのそばからスタートしていました。2回目のクローズホールドのコースで2位に上がりましたが、ランニングで追いついてきた3位のスエーデンに対し、下マークに近くなってから外側へのジャイブを自分からして、回航時点でインを取られるかたちとなり、3位になってしまいました。

第3レースは、40秒前までリミットサイドの下一番を狙っていたのですが、オランダの若手の選手に1番の位置を取られ、2番手となりました。位置を譲ったのは仕方ないにしても、号砲の5秒前にオランダも、右に並んでいたイギリスもメインシートを締め出したにもかかわらず、3秒前に締める消極さで、あっさり2線にさがってしまいました。ここからタキングして右に出たのですが、最初から右狙いの艇をのぞき、スターボードで走ってくる全艇の後方を通過しなくてはなりません。第1風上マークは12位、下マークで15位に落ち、フィニッシュは11 位となりました。誰でも普通に走れる順風域で、しかも風向も安定しているとあっては、スタートを失敗し、マストチューニングもあっていないということになると、大体12位から15位の回航が精一杯です。その後、盛り返しても10位前後、このパターンが、今回は良く見られました。

男子56艇が先に出て行ったスタートラインを使って、30艇に満たない数の女子が出るのですから、楽なはずなのですが、スタートの局地的(自分の左右の艇)な戦いに負けています。第3レースでのスタートも鎌田選手は「行ける!と言ったのですが・・」と言っていました。男子の吉田選手も「メインシートを絞り込む前に、どうしてもバウを風下に振ってしまう・・」と言っています。彼らの言葉を借りるまでもなく、スタートの出遅れ(失敗)の大半の原因を作っているのは、ラダーとメインセールを操作するスキッパーです。性格的な問題、経験的な問題、技術的な問題、いずれもスキッパー自身が克服しなければ、永遠に失敗を続けることになるでしょう。

当たり前ですが、まだまだ勉強が続きます。


デルタロイドレガッタ 470級女子成績
Delta Lloyd Regatta 2008

デルタロイドレガッタ2008 大会報告第3日(5月23日)

小松 一憲

横に長く伸びた高気圧に覆われ、好天気が続いています。オランダの春の一番良い陽気なのかもしれません。風は、横に張り出した高気圧の等圧線の関係で東北東から北東3mから6mと、軽風のコンディションになりました。このような気圧配置だと予報もしやすいのでしょうか、掲示板に貼り出されるウェザーインフォメーションがぴたりとあたっています。

原田・吉田組の第1レースは、風向80度、風速3.5から5.5m、リミットマークサイドが有利なスタートラインで、約4分の1右から出ました。スタートラインは無難に切れたのですがラインの傾きから言えばもっと左から出るべきでした。途中、主体性の無いタキングを何回かしていましたが、コースの左奥のパフを拾いに行って、上マークは11位の回航となりました。そして、そのまま順位をキープしてフィニッシュしました。

第2レースは、風向65度、風速4から6m、やや右に傾いたスタートラインで、本部船寄りに集まった艇団を避け、左から10艇目の位置に並びました。自分達の風上にポルトガル、風下にイギリスと良い選手達もだいたい同じ所を狙っていました。スタート15秒前に、ライン上にずらりと並んだ艇のバウが見え、リミットマークと本部船の両方が見えて動揺したのでしょう、ポルトガルとイギリスの両艇が何事も無かったかのようにスタートしたのに対し、彼らだけが、出すぎと判断して、バウダウンをしてしまいました。結果として自分のフリーウォーターを失いイギリスに吸い付く形となりました。このあたりが、インターナショナルのレースを数多くこなし、ランキング上位に名を連ねる選手とのキャリアの差なのでしょう。第1風上マークを30番前後で回航し、フィニッシュは25位でした。

第3レース、風向65度、風速4から5m、スタートラインは風向に対しほぼ90度でした。1回のゼネラルリコールの後、ブラックフラックが掲揚され、本部船横10番手から、きれいにスタートしました。これで9レース中6回が失敗スタートで、成功は3回になります。第1風上マークを15位で回航し、フィニッシュは11位でした。まあまあのスタートを含め、成功した3回のフィニッシュ順位は、5位、11位、11位ですから、普通にスタートすることが、いかに大切なことであるか解ります。

近藤・鎌田組の第1レースは、リミットマーク寄り、下3番手を狙ったのですが号砲の10秒前にスタートラインから締め出されてしまいました。その場からのスタートをあきらめ、タッキングをして5秒前からスターボード艇の後方を抜けて右に出る行動をとりました。苦しい展開でしたが、第1風上マークを8位で回航しました。このあともなかなか順位を上げることができず、ランニングで一つ落として9位でフィニッシュしました。

第2レースは、本部船寄り2番手からスタートし、即タッキングをして右にコースを取りかけ、すぐに左に戻す展開になりました。最初からフレッシュウインドの中を走ることができ、タッキングの回数も少なかったせいで、スタートラインの傾きが若干有利だったリミット寄りから出て、左コースを選択した艇とほとんど差が無く第1風上マークに到達しました。3番で回航したのですが、この順位をランニングのコースで守りきれず、第1風下マークまでに6番に落ちました。続く、クローズホールドのコースでも順位を上げられず、結局6位でフィニッシュしました。

第3レースは、男子がスタートして10分経過し、風向に対し90度だったラインも、リミットマーク寄りが有利に変化していました。しかし狙ったのは本部船寄りでした。パラパラしかいない本部船寄りの7番手でしたが、ここでも待つ位置が低く凹んでいて、見ていても歯がゆくなるくらいのスタートをしました。展開は、やはり苦しくなりました。それでも9位で回航し、フィニッシュまでに3艇を抜いて6位となりました。

これまでの9レース、近藤・鎌田組を見ていると、スタートにおいては、初日の第3レースのBFDによる失格が重くのしかかっているように思います。スタートライン上に並ぶ時に必要な度胸と粘りがなく、消極的です。出て行くタイミングも常に抑え気味で、どうしても凹んでしまいます。これらをクローズホールドの走りでカバーするのですが、限界があります。微風のコンディションのランニングでは、背後に後続艇の集団ができるパターンで順位を落とすケースが目立ちます。ランニングのスケーティング技術とコース取りに、まだ磨きをかけなくてはなりません。練習中の走りをレースと言う緊張状態で再現する、これには数多くのコース練習をこなすのも一つの方法ですが、高いレベルのレースに出て、強いプレッシャーを受けながら会得する以外の妙案は無いように思います。防具を付けての剣道と真剣の切り合いの違いとでも言うのでしょうか。

レースは、明日3レース、そしてメダルレースとありますが、BFDの重圧を撥ね退ける、思い切りの良いレースをしてほしいと願っています。2年前、まだ名も無い選手だった頃の謙虚さとひたむきさを思い出し、のびのびとレースしてほしいと願っています。あれから自分達の何が変わったのでしょう・・・。注目される選手になって失ったものは無いでしょうか。まだオリンピックまで時間が有り心を無にして頑張るべきでしょう、時間のある限り成長することは可能であると考えます。


デルタロイドレガッタ 470級女子成績
Delta Lloyd Regatta 2008

デルタロイドレガッタ2008 大会報告第2日(5月22日)

小松 一憲

終日、晴れて東よりの風が吹き、降雨日数が年間平均200日以上あると言われるオランダにしては珍しく好天が続いています。

定刻の11時、風速、3から5m、風向、70度で男子のレースが始まりました。原田・吉田組は昨日に引き続き、今日も実施された3レース、全てのスタートを失敗していました。号砲後にタッキングをしてスターボード艇の後方を通過し、右に出る、この展開は、このところすっかり定番になってしまったようです。スタートで狙った場所は、リミットマーク寄りの下5番手、スタートライン中央、本部船寄り上5番手とそれぞれだったのですが、自分を挟んでいる左右の艇から頭を出してスタートしていくことができません。イエールの大会で2本のリコールをしたことがトラウマになってしまったのでしょうか、単純にメインシートを引くタイミングが遅いだけなのです。車で言えばアクセルを踏むタイミングが遅いのです。私はこのような場合、「勇気を出せ、人(他艇)の後ろから出て、人(他艇)の前には出て行けないのがヨットのスタート」と言っています。
スタートを失敗しながらも、第2レースでは、右方向から入ったパフを拾い、第1風上マークを6位で回航しました。その後、上手に走って5位でフィニッシュしました。ここで詳細を発表することはできませんが、イエールで調子の良かったマストを近藤・鎌田組が使用し、彼等は新しいマストを使って色々試行しています。セールも違ったタイプのものを使っています。それぞれ、少し判ってきたこともありますので、明日からのレースに変化が出てくれば良いと期待しています。

近藤・鎌田組の第1レースは、リミットマーク寄り下6番手でスタートをして、左に伸ばしました。スタート後、風が右に触れ、リミット寄りから出た艇には苦しい時間が続きました。左に振れ戻るのをじっと我慢して左に伸ばした艇が結果的に第1風上マークを上位で回航しました。この左への振れ戻りを我慢できず、途中、タキングをして右にコースを取ったのですが、これが裏目となって、風上回航は15番となりました。ランニングで18番まで落ちましたが第2風上マークで11番、さらに最後のランニングで9番に上がってフィニッシュしました。

第2レースは、風速(3から4m)も風向(70度)も珍しく安定し、黄土色した水の色と合わせ、昨年、経験したオリンピックの海面、チンタオを連想するコンデションとなりました。ほぼ全艇が左に伸ばす展開となったのですが、左に伸ばす時点で各艇の微風の走りの差が出ました。近藤・鎌田組は、スターライン中央から出てオランダを走りで上突破し、イタリアも2艇を突破してきました。2艇が飛び出す形で並び、その後はイタリアとの一騎打ちとなりました。第1風上マークは、イタリアが一艇身前。風下マークで逆転して3秒差、風上マークではその差を10秒に広げました。次にサイドマークで18秒、最終下マークでは15秒と差をキープし、接戦を制しました。世界ランキング1位と2位の見ごたえあるレースでした。コーチ冥利に尽きるとでも表現するのでしょうか、非の打ち所の無いレースでした。素晴らしいレースを見せてくれた両名に感謝します。

第3レースは、本部船寄り5番手に並んでスタートしました。しかし、自分達より2秒早くメインシートを絞った風上艇(イスラエルの若手・リコール艇)にブランケットされ、逃げのタキングを余儀なくされました。前には、最初から右狙いのタッキングをした艇がいて走り辛く、左にコースを取ろうとすると、ほかの艇に邪魔され、そこでタキングを返すとまたまた別の艇に前でタキングされるという具合に世界ランキングの上位艇ならではの苦しめられ方をしていました。それでも上マークを6番で回航しました。上マークで即ジャイブをして左にコースを取るのかのように見受けられたのですが、すぐに右にジャイブ返すコース取りをしました。後続艇のブランケットの中で、微風のランニングではタブーとも言える、ばたばたの動きをして順位を落としていきました。下マーク回航は20位前後でした。精神的なバランスを崩したのでしょうか、第2風上マークへのコースで順位を更に落とし、後ろに2艇しかいない状態になりました。ランニングで2艇ほど抜いて22位でフィニッシュしたのですが、第3レースで失格(BFD)している為、捨てレースが無く、重い得点になりました。

良いレースの後に悪いレースをする、昨日も同じでした。これは以前から気になる特徴的な傾向です。偶然と片付けるには、頻度が高すぎるように思います。ヨットも他のスポーツ同様、メンタル的なものが強く影響します。それは、思考的な面や気持ちの持ちように影響し、見えるものが見えなくなる、粘りが無くなる、注意深さや慎重さに欠ける、強気になったり弱気になったりの行動をとる・・・ets。


パーフェクトを目指して、日々勉強、この二日間の失敗も成功も、ラッキーな経験でした。このような経験を数多くしてこそ百戦錬磨の域に到達できるのでしょう。オリンピック直前まで、遠征をする計画を立てた、狙いの一つでもあります。


デルタロイドレガッタ 470級女子成績
Delta Lloyd Regatta 2008

デルタロイドレガッタ2008 大会報告初日(5月21日)

小松 一憲

三日前から好天が続いています。今日から、オランダ・メデンブリックでのレースが始まりました。470級女子28艇、男子56艇と参加艇は例年の半数しかありません。少し寂しい気もしますが、男女ともオリンピック代表が約半分、その他、各国代表のチューニングパートナーとロンドンを視野に入れて活動を継続したり、新たに始めたチームが参加しています。4日間で1日3レース、計12レースが予定され、最後に上位10艇でメダルレースがおこなわれます。

11時から男子が3レース続けておこない、続いて14時30分から女子が3レースの日程になっています。このスケジュールでいくと、女子が終わるのはだいたい19時になります。男子の参加が60艇未満の為、男子のグループ分けが無く、その関係で、明日からは、男子の11時スタートに引き続き、女子がスタートするよう、さっそく変更されました。

風は、大会のインフォメーションボードに張り出された予報がおおよそのところあたっていました。午前、東北東、5~6m、昼に左(北東)に回って少し落ち、午後、北北東方向に振れて、夕方にかけ10mまで強まるというものでした。ディンギーのレースでは、予報もさることながら「目視」が、より大切であると私は考えています。今日に限って言えば、水の色が黄土色の為か、また空や水面、走っているヨットをチェックしても風向と風速の変化を予測することが難しく、加えて突然変化するのには困りました。

原田・吉田組は、3レース共にスタートラインの約3分の1、リミットマーク寄り、集団の真ん中から出遅れのスタートをしていました。号砲後、すぐにタッキングして右に出て行く展開だったのですが、タッキングを躊躇するほんの10数秒が、その後の展開をさらに更に苦しくしていました。第3レースは、フレッシュウインドのエリアに出たところでスターボード艇の前を横切って抗議され、720度のペナルティーターンをするおまけまで付きました。風速が上がると予測し、マストチューニングを間違えたということもありますが、しっかりスタートできなかったことが今日の敗因でしょう。特別良いスタートである必要はありません。普通に出て行き、自分の行きたい方向にまずは走る、言葉で表現するのは簡単ですが、この「普通」というのがなかなか難しいのです。スタート成功の確率と成績はほぼ平行に推移するでしょう。今年の遠征期間中にスタートテクニックの一部でも良いので、自信にできるくらいのものを、ぜひとも会得してほしいと願っています。

近藤・鎌田組の第1レースは、15時30分、風速4から5m、風向10度、スタートライン4分の1、リミットマーク寄りの位置でメインシートの絞り遅れ、凹みスタートとなりました。スタート後、即タキングをして、右に伸ばしたのですが、風は左から20度近く振れて入ってきました。それでもなんとかしのいで18位で回航しました。トラペゾイドのインナーコース、第1風下マークまでは順位を上げることができなかったのですが、第2風上マークへのクローズホールドが見事でした。江ノ島の北風コースで見せる近藤・鎌田組の的確な振れタックが再現されたかのように、このレグ一本で8位に上がってきました。フィニッシュも8位だったのですが、フィニッシュ後、イギリスのコーチが私のほうに寄って来て、拍手と共に親指を立てるゼスチャーをしていました。やはり皆が注目していたのでしょう。

第2レースは、風が落ちて、3から4m、風向も330度に変化していました。本部船寄り、3番手からきれいなスターをしました。少し走ったところでタッキングをして右に伸ばしました。途中3回ほどタキングをしてコースの右半分に出たのですがその時点ではほぼダントツになっていました。ところが風が急速に2mまで落ち、右に最後まで伸ばした3艇を除いてほぼ全艇の走りが止まりました。それまでの貯金があって、第1風上マークを4位で回航し、その後、フィニッシュまで変わらず4位となりました。

第3レース、18時15分、3・5から4・5m、50度で始まったレースでしたが、スタート後、5分経過したところで風速が9mまで上がってきました。上マークを4位で回航したのですが、上位の1、2、4、5位回航の艇がブラックフラッグで失格となった艇でした。スタートライン、リミットマーク寄りから出た4艇が飛び出したのでしょう。近藤・鎌田組はその4番手、後から聞けば、位置がラインに対して高く「出たな」と思ったそうです。なんともったいない、スタートをしたことでしょう。まだ9レース有るから大丈夫といえば大丈夫なのですが、何も無理をする必要のないレース初日、オリンピックに向け、仕上げの時期に、それがうっかりであれ、なんであれ、慎重さを100パーセント出して臨まなくてはならないブラックフラックのスタートで簡単に失格してしまう、そのあっさりさが残念です。

気持ちをもう一度引き締めて、明日からのレース、毎日が初日の謙虚な気持ちと、戦う為の強い気持ち、そして広い視野を持って、百戦錬磨の武者のように冷静に戦ってほしいと思います。


デルタロイドレガッタ 470級女子成績
Delta Lloyd Regatta 2008

2008年第二次ヨーロッパ遠征に出発します

小松 一憲

第一次ヨーロッパ遠征(滞在2ケ月)に続き、5月15日、第二次ヨーロッパ遠征に出発します。滞在は同じく約2ヶ月でオランダ、イタリア、ドイツで3試合おこなってきます。途中、私と女子チームは6月20日のセーリング連盟の壮行会に合わせ、一週間、一時帰国する予定です。
第一次遠征期間中のヨーロッパは、例年に無く天候が悪く、寒い日が多かったのですが、この帰国滞在期間中(17日間)も五月晴れは数えるほどで、雨ばかりが印象に残りました。とは言え、7日間、海に出たのですが、コンデションは、微風から強風まで満遍なくあり、好条件でテストができました。おかげで、当初の目的だったオリンピック用に発注した新艇(2艇)の確認も、短時間に効率良くできました。

同時期、世界ランキング1位のイタリアは、イスラエル、スイスと共にローマの少し南、ピサの近くで微風と潮流のある海域でトレーニングを実施。アメリカ、チェコ、スロベニア、オーストリアはイタリア国境に近いスロベニアでチョッピーな波と潮流のある海域で・・・。いずれからも「一緒に練習しないか」と、誘いを受けました。また、強風スペシャルのオランダからは、オランダ選手権の事前練習で、と声をかけられています。

第一次遠征で出場した3試合の結果は、それぞれ6位、2位、1位でした。ランキングトップまで、あと一歩です。昨年の春から注目されだし、今では、近藤・鎌田組が強風から微風まで、世界で一番コンスタントに成績を残す(走る)チームであると、認識されていることでしょう。世界の選手、コーチのチェックがきつくなっていることを実感するのですが、裏を返せば、私達にも世界の選手の情報が入ると言うことになります。世界のトップ選手達の中にあって、一挙手一動を見られていますが、こちらも自分の目と耳で動向を察知しています。こうしてオリンピックに一歩一歩近づいてく、この状況こそ、私の望むところでした。

時間には切りがありますが、やりたいことは、一つ経験するとまた一つ増えるといった具合です。これは「常に進化することを宿命づけられたスポーツの特性で普遍的なもの」と割り切らなければいけないのでしょうか。これまで、ことあるごとに「足元を見据え、一歩一歩」と選手に言ってきましたが、私自身にも、今一番必要な言葉ではないかと思います。

この1週間、効率良くテストできた理由に、風のコンデションのほか、男子の原田・吉田組の存在があげられます。私は、茶化して「原吉研究所」と呼んでいます。守るものなど、何もない彼等は、艇もマストもセールも、艤装品から装備品に至るまで、色々使い分け、試みることができます。その経験は、彼らのセーリングの幅を大きく広くげてくれることになるでしょう。彼等で試して、良いものを近藤・鎌田組にフィードバックする。この手法が可能かつスムーズになったのは、ヨーロッパ遠征の後半からです。風速6メートル以上のクローズホールドにおいて、原田選手のセーリングが、男子のインターナショナルレベルに達したからである、と私は見ています。近藤・鎌田組にとっては、彼女達が積み上げ、研ぎ澄ましてきたフィーリングをバラバラにすること無く、石橋を叩いて渡るように、慎重に新しいものにトライしていくことが可能になりました。
原田・吉田組は、いくつかのレーシングテクニックを向上させれば、第二次遠征で、世界のオリンピック代表を相手にインターナショナルへのデビューができると、私は評価しています。

応援してくださっている大勢の皆さん!このところお世話になることの多いメディア関係の皆さん!これまで同様、どうぞ暖かく、そして楽しみに見ていてください。また一回り逞しく、チーム・アビームは変身して帰ってきます。



新艇テスト・葉山マリーナ沖

2008年 イエール 大会報告 最終日(4月25日)

小松 一憲

ハーバーに近い海面に2つのコースを作り、各クラスのメダルレースが順番におこなわれました。
470級の男子は10時、女子は10時30分に予定されていましたが、昨日に引き続き、風が弱く、不安定で、レース時間は少しずつずれていきました。
女子は11時10分に、風向140度、風速3から4mのコンデションでスタートしました。

スタート4分前から2位のイタリアは2点差で並んでいた3位のドイツをマッチレーステクニックを使ってけん制しだしました。
12ポイント離れている近藤・鎌田組や、上位3艇とは大きなポイント差がある4位以下のチームは、皆おとなしくスタートしました。マッチレーステクニックを用いたスタート前のけん制も、470級のような動きの早い艇種では、相手を押さえ込むまでの攻撃はできず、精神的なプレッシャーを与える効果しかありません。ドイツは、大きく右旋回しながらこれをかわしていました。

左から3番手に並んでスタートした近藤・鎌田組でしたが、各艇とも走りにさほどの違いがなく、全くと言っていいほど、差がつかない状態が続きました。
近藤・鎌田組は、右にコースを取ったイタリアとドイツをケアーする為に右にタキングをしました。これを待っていたかのように全艇がポートタックになりました。
第1風上マークは集団の右に位置していたイギリスがトップ、続いてドイツ、近藤・鎌田組は7位で回航しました。
ジャイブして風下に向かい左に伸ばした6艇に対し、上マーク回航後、少しスターボードタックを伸ばした近藤・鎌田組が右に並ぶ形となりました。コース中央で、スターボードタックにジャイブしてきた6艇の集団の前をポートタックで横切りました。
この時点で3位にあがっていました。しかし、この集団と交差した後、一艇だけ、左に長く伸ばしたのですが、そこが最大のタックテクスミスになりました。
一時は、ビリになってもおかしくない状況でした。
コースの短い、メダルレースですから、集団に対するカバーは、どんな時もおろそかにしてはなりません。
風向は大きく西に振れ、西方向に位置していた近藤・鎌田組は、ますます不利になりました。風速も、1mあるかなしかところまで落ちていました。風速がここまで落ちると、外国選手達は急に走りが悪くなります。
フィニッシュの手前、約200メートルでジャイブし、イタリアの前に出て行ったのですが、このジャイブは、成功でした。
6位でフィニッシュしました。トップはドイツでした。この結果、近藤・鎌田組の優勝が決まりました。
イタリアは、7位でフィニッシュしたためドイツと順位が入れ替わり、3位となりました。

このレースを観戦しながら、クローズの走り、ランニングの走り、共に考えることがありました。
各国のコーチ、全員がそうであったに違いありません。
何を考えたかは、次に手合わせするその日まで、そして最終的にはオリンピック本番で判明するでしょう。
華麗に、そしてより逞しく変身する為に、選手達の努力が、また新たに始まります。

イエールの40回大会で、日本選手が初めて優勝しました。
表彰式で日の丸が揚がり、フランス海軍軍楽隊による君が代が吹奏されました。
32年前に初めてここに来た自分や仲間達の若い頃を思い浮かべ、熱いものがこみ上げてきました。

近藤・鎌田組、おめでとう!そして皆さん、ありがとうございました!

報告を終わります。

2008年イエール大会報告 第5日(4月24日)

小松 一憲

朝から風が弱く、軽くほほに感じる程度、陸には霞がたなびき、長い一日(風待ち)の始まりを予感しましました。陸上で午後1時30分まで待機した後、海上に出て180度、3メートルのコンデションでレースが始まりました。しかし、男子に続いて女子がスタートしようとした頃から、風速が1ないし1.5メートルまで落ち、女子はスタートせずに延期されました。そのうちに、風向が45度以上、右に振れ、第2風上マークに向かっていた男子も中止になりました。

次に風が安定するまで時間がかかりました。2時間以上待ったでしょうか、16時40分にレースは再開されました。風は200度、3から4メートルのコンデションでした。スタートラインのほぼ真ん中からスタートした原田・吉田組でしたが、風下艇に突き上げられ、逃げのタッキングをして右に出しました。しかし、出しかけたところで、左、そして再び右、落ち着いて、スピードに集中し、コースを取るまでに、5回ほどタッキングを繰り返したでしょう。このパターンになると、第1風上マークは、良くて20番、通常30番台の回航になります。予想通り、風上マークの回航は20番以下でした。それでも徐々に追い上げて14番でフィニッシュしました。

続いておこなわれた第2レースは、女子のレースが終了しないうちにおこなわれた為、スタートを見ることができませんでした。二人の話では、スラートラインの中央から良いスタートをしたとのことでした。スタート後、誰にも前を切られることなく左に伸ばし、左展開で風上マークを3位で回航しました。その後、トップグループが入れ替わる中を、安定して走りました。各マークごとにトップのフランスに、あと1艇身たりず、結局2位でフィニッシュしました。

ごく普通に、無理をしないスタートをして、自分の行きたいコースに展開する。言葉で表現するのは簡単ですが、上位陣のほとんどが、各国のオリンピック代表です。微風の中国・チンタオにターゲットを絞って練習をしている選手達でもあります。二人にとって、記念すべき思い出のレースになったことでしょう。

近藤・鎌田組は、スタート1分30秒前、スタートのプランを変更したのでしょう、皆がラインに並び始めた時間帯にリミットマークに近いところから本部船方向に走ってきました。45秒前に本部船寄りの艇団の下にスペースを見つけ、ポジションをとりました。もう少し早めに、ラインに並ぶ必要があったでしょう。やはり凹んだスタートになってしまいました。右に逃げのタッキングをして抜けていく、今回、お決まりのパターンでした。今日は微風ということもあり、出遅れた艇が多く、また、最初から右狙いの艇がタッキングした為にスペースができました。タキングしてからセールを緩めることなく、右展開のフレッシュウインドをつかむことができました。艇速も良く、抜け出していきました。コース的には、右も左もなかったようです。その証拠に、第1風上マーク回航の1番は、近藤・鎌田組と同じ右展開のスペイン、2番が左展開のエストニア、鼻の差の3番で近藤・鎌田組でした。その後は、この3艇が後続を引き離し、順位をキープしたままフィニッシュしました。エストニアがOCSだった為に2位の順位が付きました。

今日のレースコンデション(3~4m)は、昨年のプレオリンピック(中国・チンタオ)のレース初日に似ていました。これまでの練習の検証、道具の見極めなど、選手及びコーチ、その他、誰もが注目したに違いありません。その中で、チームアビームが男女共に2位でフィニッシュできたことは、いろいろな意味で嬉しいことでした。ただし、たとえば、近藤・鎌田組の今日のレースを振り返ると、スタートの失敗、第1風上マークの回航で10秒、風下マークで30秒、第2風上マークで40秒の差を付けられたスペインチームとの違い、意外にもエストニアを抜けなかった自分達のスピードや走らせ方、それらを冷静に良く吟味し、今後の練習と道具の選択に活かしていかなければなりません。

明日のメダルレースで敵になるのは、2位のイタリアです。イタリアは今日、5位でフィニッシュし、ポイントは12点離れました。相手がトップでも7位以下に落ちなければ優勝することができます。ただただ無理をせず、ごく普通に、普段通り、走れば良いでしょう。ただし、出走艇が10艇しかないメダルレースは、戦う為に必要不可欠なな強い気持ちを、全面に出さなければなりません。


オリンピックウィーク470級女子成績
http://sof.ffvoile.net/results/470w.htm

2008年イエール大会報告 第4日(4月23日)

小松 一憲

南仏・プロバンスらしい青空と暖かい一日になりました。レース開始時刻、11時の風は、南南西、1~2メートルと弱く、30分後、3~4メートルの風が入ったところでレースが始まりました。風向は始め、225度±10度でしたが、レース中に90度、左に振れました。この振れが、男子は、最終風下マーク回航直前だった為にレースが成立、第2風上マークに向かう途中の女子は、途中で中止され、再レースすることになりました。

原田・吉田組は、リミットマーク寄りに集まった艇団のほぼ中央からスタートしました。スタートライン風下から見る限り、素晴らしいスタートをしたかのように見えたのですが、OCS、他の競技の用語を使えばフライングでした。風上マークを4位で回航し、一時、2位に上がる走りをしていました。

第2レースは、110度のコース設定、風速4から6メートルで始まりました。本部船寄りからスタートして右に展開しました。本人達から聞けば、本部船寄りの右から3番手に並んでのスターだったそうです。左に展開したグループが上位でフィニッシュし、原田・吉田組は、半分ぐらいの順位だったでしょうか。ところがこのレースもOCSでした。

プリンセスソフィア(スペイン・マヨルカ)のレースも2回のOCS、今回もまた同じくOCSを2回してしまいました。スタートは、解りきったことですが、人の後ろから出れば失敗スタートとなります。そこで人の前から出ようとするのですが、強引一辺倒であっては、ただの無謀スタートです。それなりの計算が必要です。スタートラインを設定している、レースコミッティーの特徴や動き、スタートラインと自分の位置関係、自分の前後の艇の動向だけでなく、時には選手の性格や特徴といったものを考慮しなくてはなりません。操船技術は勿論、それらを全てひっくるめて、スタートのテクニックと言うのです。1試合に2回のOCS、近藤・鎌田組も過去に3回というのがありました。今はまだ許される時期でしょう、「そのうち、きっと上手に・・・」に期待します。

近藤・鎌田組は、中止になった第1レース、ライン中央から、スピードに乗った素晴らしいスタートをしたかに見受けられたのですが、OCSでした。このOCSは、レースが中止され、やり直しになったことで、助かりました。しかし、その後、今日、実施された3回の全てのレースで、出遅れの失敗スタートをすることとなりました。これで、今日までの7レース、全てのスタートが出遅れの失敗スタートをしたということになります。自分の右側から出たほとんどの艇の後ろをすり抜けていき、そこからコースを取りなおすのですが、微風や強風では、取り返しが付いても、誰もが普通に走れる中風域では大きなダメージとなります。今日のように、風向が安定していれば、その傾向は特に顕著です。第1マークの回航順位は、第1レース10位、第2レース11位、第3レース15位と苦しいレースを強いられるのです。フィニッシュ順位も、それぞれ6位。7位、17位という結果で、それを良く示しています。

明日のスケジュールが発表されました。今日、3レースを実施した女子は1レース、男子は2レースが予定されています。3月9日に日本を出発したこの遠征も、明日、そして明後日が最後のレースとなります。だからと言って、特別何をしろというわけではありません。最善を尽くし、次につながる良いレースをしてほしいと願っています。


オリンピックウィーク470級女子成績
http://sof.ffvoile.net/results/470w.htm

2008年イエール大会報告 第3日(4月22日) 

小松 一憲

天気予報どおり、朝から西北西の強風が吹きました。いつもの時間に出艇準備を始めましたが、海面の状態を見て、少なからずの選手が、レースの実施が不可能で、陸上待機ないし中止になることを予想したのではないでしょうか。しかし、10時に掲揚された信号は、470級男子、レーザー級及びレーザーラジアル、RSX男子は実施、その他は中止というものでした。

この大会は、今回で40回になります。私が始めて参加したのは第8回(1976年・モントリオールオリンピックの年)大会でした。オリンピックへの参加が決まっていた、日本代表選手全員(3種目、補欠を含め7名)で参加しました。以来、選手として、そしてコーチとして数多くイエールを訪れ、その数は、正確に思い出せないほどです。その経験から言えば、今日のような強風のコンデションで、イエールのレースコミッティーが下す決定は、なぜか昔から、470級とフィン級だけは、他のクラスを中止した時でも実施する特徴がありました。このクラスを担当するレースコミッテーの伝統でしょうか、あたかも、それを誇りにしている感があります。ただし、今日に限っていえば、フィン級は、始めから中止になりました。

レースは、陸に近い、RSXのコースを使いました。陸に近い為、波は小さくて風が断続的、9から14メートルのコンデションで11時20分に始まりました。最初のグループが風上マークを回航し、次のグループがスタートしようとした頃から、風速が上がりだしました。マックスが16メートルをオバーし、18メートルを瞬間的に越える風になったところで中止になりました。原田・吉田組は、上手にポジションを取って、良いタイミングで走り出したところでもありました。

何度となく沈をし、マストを破損して帰る艇もいました。しかし、レースを実施しようとしたレースコミッティーを非難する声は、どの国の選手からも聞こえてきません。これが、オリンピック種目のインターナショナルの感覚なのです。世界のスタンダードといっても良いでしょう。日本のヨット界だけしか知らない選手には、残念なことですが、理解できないかも知れません。インターナショナルな選手達と肩を並べ、そして、評価される為には、避けては通れない、「強風」の関門があります。

明日から、風は落ち着いてくるとの予報です。どのような風が吹こうとも、力の限りを尽くして戦うだけです。


オリンピックウィーク470級女子成績
http://sof.ffvoile.net/results/470w.htm

2008年イエール大会報告 第2日(4月21日) 

小松 一憲

午前7時に大変な雨が降った後、上空の雲が急速に無くなって、久々にプロバンスの青空が広がりました。前線が通過して、一旦、凪があり、その後、時間の経過と共に南西の風が強くなりました。定刻の11時ぴったりにレースが始まりました。風速は6から8メートルでした。470級男子の最初のグループが2回、ゼネラルリコールを繰り返したところで、レースコミッティーは、スタートラインを設定しなおしました。リミットマークが高く、スタートラインの傾きが大きすぎて、ゼネラルリコールになっていると判断したのでしょう。スタートが再開された11時40分の風速は、7から9メートル、時折11メートルの風も入ってくるようになりました。第1レースに引き続き、13時から第2レースがおこなわれました。風速は、9から11m、ガストで12メートルと言う具合に、徐々に上がってきました。風向は、240±10度で安定していました。波は、イエールの砂州によってブロックされた風波で、湾全体が、昨日に比べればフラットでした。

原田・吉田組は、第1レース、リミットマーク寄りの4番手に並び、スタート10秒後にタキングして全艇の前を横切って右に出て行くという、快心のスターをしました。第1風上マークの回航は、3位でした。リーチングのコースで1艇、ランニングで4艇と、少しづつ後続に追い上げられフィニッシュは11位になりました。あれほどのスタートをしておきながら、と思うのですが、今日のところは、合格点を上げても良いでしょう。ただし、明日、同じ展開になった時は、リーチングでの技術的な改善点も、ランニングでのコース取りも、しっかり修正して戦ってほしいと思います。

第2レースは、本部船寄りの集団の風下で、少しバラけた所からうまく出たのですが、風上からスピード良く走ってきた1艇にかぶせられ、逃げのタキングをしました。右に出たのは悪くなかったのですが、右方向に行き過ぎました。右方向は、海の色が茶色に濁っていました。川から流れ出た木の枝や草がたくさん浮いているエリアでした。心配した通り、ラダーに大きな木の枝を引っ掛けてしまったとのことでした。このエリアの危険性を近藤・鎌田組には伝えることができ、回避することができました。しかし、これも本来、自分で察知するレベルのベーシックな問題(コース・ストラテジー)と言えます。悪るかった第1風上マーク順位から追い上げて、13位でフィニッシュしました。

近藤・鎌田組は、リミットマーク寄りに集まった艇団の3分の2の場所に並び、スタートしました。今日もまた、走り出しのタイミングが遅く、風下艇に前に出られてしまいました。逃げのタキングをして、スターボード艇の後ろをすり抜け、右に出ました。その後の展開としては、左海面を使ったのですが、特に右も左も無かったように見受けられました。走りが良かったのでしょう、第1風上マークを4位で回航し、第2風上マークで2位に浮上しました。最終風下マーク手前で、後続に追いつかれ、ひやっとする場面もありましたが、フィニッシュまで順位を守って2位となりました。

第2レースは。本部船寄りに集まった艇団の、ほぼ中央から出ました。このスタートも、風下艇に比べ、走り出しが遅く、全く同じパターンで一度右に逃げました。海水が変色しているエリアの手前まで走ってタッキングをし、左にコースを取りました。第1風上マークは、トップで回航しました。リーチングで2番手と15秒の差ができたので、抜け出していくのではないかと思われましたが、ランニングで風上マークを4位で回航したフランスに追いつかれ、第2風上マークでは、一艇身前に出られてしまいました。2位に後退し、さらにランニングでアルゼンチンに追いつかれ、風下マークでルームを取られ、結局3位でフィニッシュしました。

オランダが今日の第2レースをトラブルの為、途中でリタイヤーしました。順位を落としたオランダに代わって、フランスが1位、そして今日、一番安定した成績をとった近藤・鎌田組が2位に浮上しました。成績に関しては、まだ2日目ですから何も言うことはありません。

昨日、今日の改善点をしっかり修正し、昨日よりも今日、明日よりも明後日、より良い(上手な)レースができるように最大限、努力すべきです。競争相手達も、今日と同じ相手ではなくなっているはずです。しっかり変身(技術的な修正、スピードの修正、精神的な修正)して出てくるのがトップ選手達なのです。


オリンピックウィーク470級女子成績
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2008年イエール大会報告 第1日(4月20日) 

小松 一憲

悪天候になるとの予報がぴたりと当たりました。雨は朝からぱらつき、日中(レース中)、いったん止みましたが、午後2時を過ぎる頃から、本降りとなりました。風向90度、風速9から11メートル、波高約1m、短い波長のコンデションで定刻11時にレースが始まりました。470級男子2グループ、女子、フィン級が、一つのコースでレースをおこない、10分づつの間隔でスタートしました。

原田・吉田組は、リミットマーク寄りの4番手で無難なスタートをして、左に展開しました。スピードも高さも悪くなく、スタート前のプラン通り、左に伸ばしていきました。第1風上マークには、かなり良い順位で到達するのではないかと思われたのですが、後から聞けば、左に伸ばした集団が、そろってオーバーセールしてしまったとのことでした。一番左に位置していた為にダメージも大きかったのでしょう、風上マークの回航順位は、30番前後で、フィニッシュは、22位でした。
 
第2レースは、風速が平均で1.5mほど上がり、マックスは12mを越すほどになっていました。原田・吉田組は、第1レースとほぼ同じ位置から、このレースも無難なスタートをして、左方向に伸ばしました。第1風上マークを6位で回航し、第1風下マークでは4位まで上がりましたが、フィニッシュは6位でした。

オーバーセールの失敗は、レーステクニックの基本的なミスで、言い訳の許されないものなのですが、スタートが二つとも、しっかりと出れたこと、9から12メートルの風速域で、インターナショナルの選手達とそれなりにレースができるクローズホールド及びランニングの走りができたこと、この二つは、両名にとって自信の持てる経験で、貴重な財産です。このようにして財産を増やし、それに磨きをかけ、落ち着いてレースができるようになれば、世界のトップ選手達と肩を並べる日は、遠からず訪れるでしょう。

近藤・鎌田組は、リミット寄りの2番手から、まずまずのスターをしたように見受けられました。しかし、リミットマークのボートが出していた長いアンカーラインが計算に入っていなかったようで、クリアーできずにラインの手前でタッキングしました。出走37艇のほぼ90パーセントの艇の後方をかすめて右に出て行きました。少し走ったところで、90パーセントの艇が左に伸ばすのを追いかける形でタッキングしたのですが、この時点では、苦しいレース展開が予想されました。しかし風上マークを8位で回航し、下マークで5位、フィニッシュは、4位まで上がってきました。よほど走りが良かったのでしょう。悪いスタートからの上マーク順位、それに続く追い上げを目の当たりにすると、他の女子のレベルが低いのではないかとさえ思えてくるから不思議です。

第2レースは、スタートラインのほぼ中央、集団の真ん中からのスタートを選択しました。しかし走り出しのタイミングが遅く、スタートしてすぐ風下艇のホープレスに入り、2列目に後退しました。逃げのタキングをせず、しばらくその状態を続けているのを見て、第1レース以上に悪い展開を予想しました。しかし、このレースもまた、第1風上マークをシングルで回航し、風下マークまでに6位に上がり、第2風上マークでは3位になっていました。ランニングのコースのほぼ真ん中で前を走るアメリカがおそらく波に突っ込んで、風圧に耐え切れなかったのでしょう、マストがスプレッダーのところで二つに折れました。この時点で2位に浮上したのですが、ジャイブ後のポール差し替え作業の間に沈をしてしまいました。近藤・鎌田組のレース中の沈は、ほとんど記憶にありません。先を行くアメリカのアクシデントを見て、恐怖感が一瞬よぎったのでしょうか、このような風と波の中でのジャイブは、テクニックは勿論ですが、強い気持ちを持ち続けることが大切です。気持ちと舵の動きは連動していると言っても過言ではありません。この沈で2位から10位に落ち、フィニッシュしました。

今日の2レースを安定して走れたのは、トップのオランダとフランスだけでした。この両艇に対し、悪いスタートをしたにもかかわらず、追い上げて、途中、見劣りせずに走れていたところを見て、2007年ポルトガル・カスカイスでの、強風の世界選手権からワンランク、バージョンアップしたことを実感しました。レース初日、スタートの失敗や沈など、大きく順位を落としてもおかしくないミスがありました。幸い、大事には至らず、トータルで4位にいます。いつもいつも同じことを言うよですが、レースはこれからです。一つ一つ、一喜一憂することなく、冷静に坦々と。


オリンピックウィーク470級女子成績
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エキスパート・オリンピック・ガルダ2008 大会5日(4月13日)

小松 一憲

天気が悪く、寒い日が続いたガルダ湖も、今日を境に好転するのかもしれません。夕方から晴れだし、夜には澄んだ空気の夜空に月が白く輝いていました。
最終日、メダルレースは、珍しく10時前に吹き出した180度の南風でおこなわれました。曇り空で気温が低く、レース中の風速は、終始、3メートルから4メートルという微風のコンデションでした。

原田・吉田組は、スタートライン中央のポジション取りで、イタリアの№1チームの風上に並びました。25秒前まで上手にルームを作っていたのですが、最後に風下から突き上げられて苦しいスタートとなりました。30秒を切ってから、もう一度ルームを作る行動をとるべきでした。苦しい位置から出た為に落ち着いて走るまでに5回もタキングをしていました。コースが短いメダルレースでは、致命傷と言っても過言ではありません。それでも風上マーク回航は6位、下マーク回航4位と頑張っていました。第2風上マークに向かうレグで、左の風を見逃し、右方向に長く伸ばした為に一気に8位に落ちてしまいました。始めからフレッシュウインドの中を、風の振れにきれいに合わせて走った松永・上野組がトップ、原田・吉田組は8位でフィニッシュしました。この結果、松永・上野組が優勝し、原田・吉田組は、順位を一つ下げて7位になりました。

風が緩やかに、そしてゆっくりとした周期で右左の振れを繰り返すパターンの中、男子が終わり、次に女子のレースが始まりました。近藤・鎌田組に対し、4分前からイタリアがマッチレース的に仕掛けてきました。しかし、その仕掛け方は厳しいものではなく、マッチレースの練習を積んできた二人にとっては、軽くかわせる程度の攻撃でした。最終的にスタートのリミット寄りから出た近藤・鎌田組でしたが、イタリアとの間を空けすぎました。イタリアは、と言えば、集団の風下に付く形をとり、集団もケアーできる態勢をとっていました。せっかくマッチレースの練習を積んできたのですから、近藤・鎌田組は、自分達の走りに自信を持ち、強い気持ちで、イタリアの風下に自分の艇を寄せる行動をとるべきだったでしょう。相手をのびのびと走らせない為の必要不可欠なテクニックです。イタリアは、2分前から風が緩やかに右方向の振れる周期に入ったことを察知し、近藤・鎌田の風下に着く戦術から風上に着く戦術に切り替えてきました。さらにスタート後は、相手艇を不利なサイドに押し込むテクニックとして、メインシートを強く絞り、懸命に高さを稼ぐ走りをしていました。スタートのテクニックにおいて、イタリアは一枚上で、見事でした。選手として必要な攻撃性、状況把握能力、判断力それらが卓越していて、彼女らは、ランキング1位を維持しているのでしょう。明らかに今回は「完敗」でした。風が右に振れて、ラインの左から、しかも集団と離れて出た近藤・鎌田組が一番苦しいポジションとなりました。それでも上マークに3番で到達できたのは、他の艇に比べ、走りが良かったからでしょう。抜け出したイタリアがトップ、中国が2位に入り、3位でフィニッシュしました。

ガチンコ勝負に負け、またまた2位、優勝を逃し、涙を呑みました。今回、日本選手全体が上昇ムードに乗った感があり、それはそれで喜ばしいことです。しかし、わかりきっていることで、いまさら言うことも無いのでしょうが、トップ選手を含め参加選手数が少なく、湖特有の平水面、風は弱めでコースは特異、という状況での成績でした。「勝った、負けた」と言うだけではなく、内容を冷静に、そして良く吟味し、一戦一戦、1レース1レース、一場面、一場面の経験を無駄にしない努力が、今一番必要なことであると考えます。   

報告を終わります。

エキスパート・オリンピック・ガルダ2008 大会4日(4月12日)

小松 一憲


レースコミッティーは連日の雨で、昼過ぎから吹く、ガルダ特有の安定した南西の風が期待できないと判断したのでしょう、レースの開始時間が9時に変更されました。午前中、北東の風が吹いている間にレースをおこなってしまおうと言うわけです。七時半にホテルを出て、断続的に降る大雨の中、準備を始めましたが、陸上待機となって雨の止むのを待ちました。雨は10時にぴたりと止み、出艇。風向15度、風速6から8メートルのコンディション、10時55分に男子がスタートしました。

原田・吉田組は、下集団の上から無難なスタートをしてコースを右に展開しました。
スタートラン上、リミットマーク寄りに並んでいた70パーセントの集団は左に展開し、二手に分かれました。第1風上マークへの到達は、結果的に左の岸に向かった集団が先になりました。原田・吉田組の回航は、後ろに数えるほどの艇数しかいない、苦しい順位でした。しかし、サイドマークへのリーチングで最短距離をうまく走って、大きく膨らんだ集団を抜き10番台に順位を上げることができました。その後もマーク回航ごとに、少しづつ上げて、7位でフィニッシュしました。

続いておこなわれた第2レースは、第1レースに比べ、風向が10から15度右に振れていました。原田・吉田組は、第1レースの失敗から、左展開のコースを選択しましたが、第1風上マークの回航は10番台前半、この時のトップはダントツで松永・上野組でした。彼等は、後続との差を大きく広げ、1分以上も引き離し、ダントツのままフィニッシュしました。第1風上マークへは、コースの真ん中を風の振れに合わせて走り、次の第2風上マークは、右奥まで突っ込むコースをとっていました。原田・吉田組は7位でフィニッシュしました。

第3レースは、風が5メートル前後まで落ち、風向も右に振れて40度になっていました。このレースのトップは、石川・柳川組で、コース取りは、徹底して右奥に突っ込むというものでした。原田・吉田組は8位のフィニッシュ。

第1レースから、風向は15度、25度、40度と変化していきました。良かったコースは、それぞれ、左展開、真ん中展開、右展開でした。スタートラインから風上の湖の奥を見ると25度方向に小高い岩山があり、その左右が谷となって川が流れています。地形的にも時間的な風向の変化に対しても、今日の第2レースの松永・上野組、第3レースの石川・柳川組のコース取りは、理にかなったものでした。

艇のスピードに問題なく、スタートを全てきちんと出ることができていた原田・吉田組にとって、大局的なコース・ストラテジーの大切さを改めて思い知らされた一日だったのではないでしょうか。

女子の第1レースは、スタートライン中央で近藤・鎌田組が風下、イタリアが風上で並びましました。風速は、6から8メートルと、どちらにとっても文句ありません。ここで勝つか負けるかで、今後の精神的な優位性を確保できるか否かにかかわる、大切な一戦のように思われました。スタートは、近藤・鎌田組が1秒早くメインシートを絞り込んで半艇身前に出ました。イタリアも高さをとって我慢したのですが、我慢しきれず、タキング、続いて近藤・鎌田組もタキングしました。2分走ったか、走らないところで決着が付きました。近藤・鎌田組は、こうなると余裕で、第1風上マークをトップで回航しました。2位、3位は中国、イタリアは4位の回航となりました。後続をカバーしながら、その後、徐々に差を広げていき、フィニッシュでは、2位に上がってきたイタリアに55秒の差を付けていました。

第2レースは、スタート良くリミットマーク寄りから出て左に伸ばし、次に右に伸ばすコースを取ったのですが、コースの3分の2まではトップで走っていました。ところがマークに近づいてから、風向の変化への対応を間違えたのでしょう、中国2艇、イタリアに続いて4位の回航となりました。リーチングでイタリアを上突破し、前を走る中国の2艇にもサイドマークまでに追いつきました。ランニングでこの2艇を抜きトップに立ち、その後は、危なげなく走り、2位に30秒の差を付けてフィニッシュしました。やはりこのレースも2位に、イタリアが上がってきました。

第3レースは、風が次第に落ちてきましたが、マストのチューニングを直さずに出て、失敗しました。走りにいまひとつ精彩が無く、とくに高さがとれず、良いスタートをしたにもかかわらず、上マークは4位の回航となりました。トップは、最初から右奥の岸に突っ込むコースを狙っていたイタリアでした。
フィニッシュは2位の中国をもう少しのところで捉えきれず3位となりました。

イタリアとは同点で1位の数の多い近藤・鎌田組がトータルで首位に立ちました。明日のメダルレースで決着がつきます。当初の予想どうり、正真正銘のガチンコ勝負となりました。練習してきたことを普段通りやるだけです。

原田・吉田組も6位となり、1位の松永・上野組、10位に食い込んだ石川・柳川組と共にメダルレースに初出場します。全ては勉強、うまくやろうなどとは考えず、萎縮することなく真正面から、攻撃的な戦いしてほしいと願っています。

エキスパート・オリンピック・ガルダ2008 大会3日(4月11日)

小松 一憲

昨日にまして雨が強く降り、夕方7時ごろからは、雷も伴って、どしゃ降りとなりました。風は、南に変わることなく、終日、吹いたり吹かなかったり、不安定な北東の風でした。雨が小降りとなった14時に出艇の合図が出て、14時50分に3.5から4.5メートル、45度の風で男子が先にスタートしました。

湖を囲む壁が近い方のコースを選択するのが、ガルダ湖の基本艇な戦い方と言うことで、どの選手も右を狙う為、スタートは本部船寄りに集団が形成されます。原田・吉田組は、本部船寄りの集団の中でうまくスペースを作り、きれいにスタートしました。15秒も走らないうちに、約90パーセントの艇がタックをし、右方向にコースを取りました。原田・吉田組もおなじく、右に展開しました。ところが右に伸ばしているうちに、風は約15度、左に振れだし、良いスタートをして右に伸ばしていた艇が不利な形になりました。この不利な振れの影響を受けながらも第1風上マークを6位で回航しました。その後、第2風上マークを5位、第2風下マーク4位と追い上げていきました。最後の下マーク手前約200メートルのところで、風が0メートルないし1メートルあるかないかのところまで落ち、風向も一時的にくしゃくしゃになりました。フィニッシュラインまでは、クローズになったり、スピンを張ったりの状態になりましたが、ここでうまく抜け出し、トップフィニッシュしました。どんなレースでもトップでフィニッシュする経験は、貴重です。前を走ると、レーシングテクニックに必要ないろいろなものが見えてきます。そして、それらは、頭の中に焼きつき、大きな財産となります。

男子の10分後にスタートした近藤・鎌田組は、男子の第1風上マークまでの展開を見て、リミットマークからドイツ艇に続く2番手のポートスタートを選択しました。スタートラインの傾きもあって、これが成功し、スタートと同時に、上マークまでの主導権を握りました。第1風上マーク回航は2番艇に12秒の差を付け、トップで回航しました。その後、危なげなく走り、第2風上マークも30秒リードして回航しました。ところがランニングのコースに入ったところで風が弱くなり、コース上風のあるところと無いところができて、徐々に後続艇に追い上げられ、そして追いつかれ、風下マーク手前200メートルのところで3位に後退して、フィニッシュしました。

2位でフィニッシュしたイタリアは、第1上マーク6位からの追い上げでした。昨日の2位も5位からの追い上げ、コースを良く見ての走りは見事です。このガルダを良く知っていると言ってしまえばそれまですが、風の吹き方や艇団の形と動きを見ての判断、行動が的確なのでしょう。やはり強敵と言わざるをえません。

前を走っていて風が落ち、後続艇に追いつかれ、抜かれるシーンが、これまで少なからずありました。特に昨年のチンタオでの記憶が私には印象的です。後ろから吹いてくる風ですから、追いつかれて当たり前、艇団が伸びてくる方向が良い風の方向であり、後ろの伸び方を良く観察し、やがて吹いてくる風に対処できるサイドにいること、マークに到達する艇団と自分の位置を予測し、我慢して走ることが必要です。相手に近づかれてからでは手遅れとなってしまうのです。このあたりのところは、この不安定な風の中で経験的に勉強していく必要があるでしょう。強く賢いチームになることを目指し、謙虚に努力するのみです。

エキスパート・オリンピック・ガルダ2008 大会2日(4月10日)

小松 一憲

夜の雨が、朝は、上がったのですが、それも一時的で、やがて小雨となり、夕方から、昨晩同様、本降りとなりました。ガルダの北に前線が停滞しているとのことで、悪天候が続いています。14時に、南からの風が入ってきて、小雨の中を出艇したのですが、風速は3メートル弱、時間の経過と共に視界も悪くなってしまいました。結局、レースは、実施できず、後日に延期されました。北側に位置する山々の岩肌が暖まって、風が安定するガルダ湖ですから、現在の天気が回復しないと、明日も同様のパターンになるかもしれません。
 
天気に左右されるセーリング競技ですから、レースができない日があったり、また、それが続くことは、珍しくありません。集中力を切らさず、むしろそれを蓄えるぐらいの心構えが必要です。静かに淡々と過ごしながら・・・。

エキスパート・オリンピック・ガルダ2008 大会1日(4月9日)

小松 一憲

朝の快晴から曇りとなり、日中は小雨。気温は10度そこそこで、大変寒い一日となりました。風は13時頃に北北東から180度変化して南南西となり、時間も方向もガルダ湖特有のの変化をしました。風速6から8メートル、風向190度から210度、14時にレースが始まりました。

男子470級(30艇)が先にスタートしました。スタートして即タッキングをし、右側に位置する切り立った岩壁に向かって走り、岩の壁際でタッキングして第1上マークにアプローチするというのが、基本的な戦い方となっています。壁のどこまで近づくのか、そして、どこで左方向のマークに向かうのかを風向変化に対応しながら考えなくてはいけません。スタートと同時にいっせいに右方向にコースを取る選手達の行動を考えて、コミッティーは、スタートラインを10度ほど左サイド有利に設定します。そうすることによって、ライン上に艇が分散することを狙うのですが、それでも右方向に誰よりも早く到達しようと、右サイドのエンド(本部船寄り)に艇が集中していました。

原田・吉田組は、集団の五分の一、下の位置から良いスタートをしました。少し走って、右方向に走ったのは良かったのですが、右から返して来る艇への対処を誤りました。右(壁際)から返してくるスターボード艇を避けて(後ろを通過)、避けて、の行動が自分の順位を下げる結果となりました。第1上マークからサイドマークへのコースでも、風上に大きく膨らみすぎました。第2風上マークへのコースでは集団の中を走り、タッキングを繰り返すという、悪い面ばかりが目に付くレースとなってしまいました。フィニッシュは19位、ランキング5位のイタリアの選手(プリンセスソフィア優勝)を除けば、初戦のプリンセスソフィアの成績が20から30番台の選手ばかりです、もっと上位を走れるはずです。スタートに落ち着きのようなものが感じられるのが、彼等の進歩のように思います。明日からのレースに活きてくるに違いありません。

第2レースは、上マークからサイドマークのコースで、風上へのふくらみが目だったほか、第1レースに比べ、大きなミスをせず、自主性をもってコースを走っていました。自主的に判断しての失敗は、それがギャンブル的なものでない限り、問題ではありません。今のうちにいろいろと経験しておくべきでしょう。

男子に続いてスタートした女子は、14艇という少なさで、男子30艇がスタートしたラインをそのまま使う為、楽なスタートができます。第1レースは、リミット寄りからよいスタートをしました。しかしコースの取り方としては、左に少し長く伸ばしすぎて失敗しました。この失敗よりも、スタート直後に風速が8メートルから6メートルまで落ちてしまい、風速9から10メートルをターゲットにしたマストチューニングでスタートしたことが、大きく影響したと思います。第1風上マークは、13位で後ろに4艇しかいませんでした。フィニッシュは、5位まで追いあげましたが、そこまでが精一杯でした。

第2レースは、スタートも良く、集団とほぼ同時に右狙いのコースを取り、ミス無く走り、第1風上マークからトップをキープしてフィニッシュしました。

レース初日は、とにかく無難に走ることが大切です。何よりも、1レースを走っての経験をどのように次のレースに活かしていくか、そこのところが、1日2レースから3レース、計10レース以上を実施する最近のレースの大切な試合の進め方になります。1レース、1レースを堅実に積み上げていくよう心がけなくてはなりません。近藤・鎌田組は、まずまずの滑り出しと言えます。

明日(4月9日)よりガルダ・オリンピックウイークが始まります

小松 一憲

半袖、Tシャツでいられる日もあったスペイン・マヨルカ島から打って変わり、ここイタリア・ガルダ湖は、陽だまり以外、この時期も冬装束でいなくてはなりません。日中、日が高くなると北に位置する山の岩肌が温まり、そこに雪解け水の冷たい湖面から風が沸き起こるように吹き出します。その風は、温度差が大きくなればなるほど強くなり、ガルダ湖を囲む高い岩壁によって収束され、ビル風のような現象になります。風速が10mオーバーになることも珍しくありません。

ここに集まった470級の顔ぶれを見ると、世界ランキング1位のイタリア女子、ランキング5位のイタリア男子以外の上位チームは、同時期に開催されているスプリングカップ(フランス)に出場してしまったようです。日本チーム(男子2、女子2)のほか、めぼしいところでは、中国、シンガポールが出場します。

私達は、この試合がJSAFのオリンピック強化合宿と位置づけられた為に来ました。1昨年の5月、ここで開催されたJSAFの合宿において、鎌田選手が練習中、足に怪我をし、その後、2ヶ月乗艇できないアクシデントがありました。低水温とウオーミングアップの不足が少なからず関係していたのではないかと思います。怪我の予防もあり、今回は、マヨルカ以来、朝、長めのウオーキングを続けています。

参加艇数は少ないのですが、少ないが為に、ランキング1位・イタリアチームと2位・近藤・鎌田組は、ガチンコ勝負になるでしょう。そして、ここはオリンピック前の貴重な試合、高いレベルで道具の見極めや練習成果の検証ができます。相手は、マストもセールも変えて出てくるようです。私達も勿論、いくつかの試みを持ってこの試合に臨みます。

また、少ない艇数ですから、男子と女子が一緒ににレースすることが予想され、その場合、原田・吉田組の成長振りを見る良い機会になります。

ガルダ湖の北端にレース会場となるクラブがあります。娯楽らしいものは何一つ無い練習の毎日ですが、きれいな景色を湖上から楽しむことができ、幸せを感じます。

遊びといえば、男性陣3名で和歌を一首・・・そして大笑い。

「雪残り 冷たき風こそ 吹くなれど 一足早き 五月晴れかな」   原田 龍之介
「雪解けの 水のせせらぎ 聞き出でて 春風に乗り 鳥も舞うらむ」 吉田 雄悟
「散ると聞き 故郷の桜 想わるる ガルダの春の ミモザ満開」   小松 一憲




2008年 プリンセスソフィアトロフィー 大会最終日(3月21日)

小松 一憲

最終日のメダルレース、9から11m、220±10度の強風が終日吹きました。水深が浅い為、波長の短い高い波が立ち、この波で470級女子の前におこなわれた49er級は、10艇中7艇が沈をする、エキサイティングなメダルレースとなりました。

12時50分、女子のレースがスタートしました。近藤・鎌田組はリミットマークの下一番を狙って会心のスタートをしました。ハーバーに近いA海面のセオリーは、「スタートして、基本的に岸方向に伸ばすこと」と、この海面で13レースを戦った49er級の石橋・牧野組に聞かされました。このセオリーは、出場チームの誰もが知っていたようです。全艇が左コースを選択する展開となりました。第1風上マークは、トップのオランダに5秒遅れて2位で回航し、3位オーストリア、4位イギリスと続きました。

風下マークで近藤・鎌田組は、再び左コースを取りましたが、オランダはじめ上位で回航したチームは、右海面を選択しました。艇団は、左右に別れました。しかしコースの良し悪しはどちらとも言えず、近藤・鎌田組は、オランダに30秒の差を付けられましたが2位をキープして第2上マークを回航しました。3位にはイギリスが上がってきました。

最後のランニングは、オランダに引っ張られる形でフィニッシュマークを勘違いし、右方向に走り過ぎました。結果としてジャイビングのポイントが遅くなり、スピンを下ろしたポートタックの状態でフィニッシュラインを切りました。ランニングのオーバーセールといえる形になってしまったのです。先にジャイブして、真っ直ぐ走ったイギリスに半艇身、前に出られて3位となりました。

今日のコンディションで、オランダにはクローズもランニングもかなわなかったのですが、世界のトップテンの中で2番の走りができました。沖縄での練習が活きたと考えます。9から11mは、冬の沖縄では通常の風速で、波高など比較になりません。今日は、タクティクスに甘さが目立ちました。また動作のスピードにも改善の余地があります。強風でのタキングの回数、後続艇に対するランニングのタクティクス、そして基本中の基本、帆走指示書のコースを頭に叩き込むこと等等、今日の反省を世界一になる為に、しっかり胸に刻み込んでおくべきでしょう。

ヨーロッパ遠征の初戦は、6位に終わりました。これからオリンピックまで5試合、世界のトップランキングの選手達とずっと一緒の「ツアー」ともいえる戦いが続きます。この間、それぞれの調子を伺い、道具の選択など「腹の探りあい」もあります。いずれにしても私達は、明日からも変わらず、日々、心新たに、そして謙虚に練磨し続けるのみです。
報告を終わります。


プリンセスソフィアトロフィー470級女子成績
http://www.trofeoprincesasofia.org/result.php?miclase=470%20Women

2008年 プリンセスソフィアトロフィー 大会5日(3月20日)

小松 一憲

夜半から冷たい北東の強風が吹き始めました。風は昼頃がマックスで、夕方にかけて弱くなる予報でした。強風ということで陸上待機させれたのですが、海上に出ていたコミッティーからの情報は25ノットということでしたから、沖縄の強風の中で練習を積んできた我々にとっては、出艇を見合わせている判断をもどかしく感じました。出艇の指示が13時30分に出て海面に出ると、風は7から9メートルに落ちていました。コース上の風は断続的で、振れ幅が大きく、更に、むらもあるという陸の影響を強く受けた典型的な風でした。

14時35分、60度のコースで女子がスタートしました。比較的バラけた上集団の下から、まずまずのスタートをしました。第1風上マークはオランダに続いて4位、下マークで5位になり、第2風上マークまで約3分の2を走っていたところで風が40度近く左にシフトしてレースは中止されました。この時点では、トップないし2位の位置まで浮上していたのですが、仕方ありません。この中止の判断こそインターナショナルの判断なのです。通常、国内であれば、そのまま走らせてしまうか、途中でコースを短縮して成立させてしまうでしょう。この中止の判断に対し誰からも文句が出ないのは当然です。

男子の原田・吉田組も、サイドマークを回りランニングのコースに入ったところで中止になったのですが、トップを走っていました。
風はその後、3から4mに落ちました。レースができない程の風ではなかったのですが、風向が20度から60度の間で定まらず、結局、今日の470級のレースは全て中止となりました。

明日は、上位10艇によるメダルレースが実施されます。出場チームのほとんどが、チンタオで戦う相手ですから、欧州滞在期間中の練習課題を見つける良い機会となります。


プリンセスソフィアトロフィー470級女子成績
http://www.trofeoprincesasofia.org/result.php?miclase=470%20Women

2008年 プリンセスソフィアトロフィー 大会4日(3月19日)

小松 一憲

凪いだ状態から10時にシーブリーズが入ってきたのですが、いつもより風速が上がらず(2~3m)、陸上で出艇がコントロールされました。4mの風が海面に吹き渡ったところで出艇しましたが、風速は3mに落ちたり、風向も200度から180度でふらついたりで、海の上でも30分ほど待機しました。
風速4m、風向180度で落ち着いたところを見はからって13時10分、女子がスタートしました。

近藤・鎌田組は、スタートラインの四分の一、リミットサイド寄り、10番手ぐらいの位置から良いスタートをしました。昨年までの二人であれば、ここから抜け出していけたのですが、大会初日の第2レース同様、いまひとつスピードが無く、前に出ていくことができません。
それでも第1風上マークを17位で回航し、そこから少しづつ追い上げて12位でフィニッシュしました。

続いておこなわれた第2レースは、第1レースに比べ1メートルほど風速が増して、クルーがしっかりトラピーズに出るようになりました。シーブリーズが5m弱の時は風向も不安定で、パフの角度に合わせたタキングとコース取りが必要になります。風(パフ)の振れに合わせたタキングと言うより、風(パフ)をつかみに行って、と表現したほうが適切かもしれません。

スタートは、集団が左右二手に分かれましたが、本部船寄りを選択しました。ラインの切り方は、スピードにも乗って、良かったのですが、結果的に下から出た集団が第1風上マークを上位で回航しました。近藤・鎌田組は、第1風上マーク回航14位、第1風下マーク12位、第2風上マーク8位、第2風下マーク6位と追い上げてフィニッシュしました。

微・軽風域のスピードに関しては、2月の世界選手権(メルボルン)以降、使い始めたセールの使い方に問題があると考えます。そこをしっかり検証し、ノウハウを会得することで解決することができるでしょう。スタートのテクニックには、回復の兆しが見えます。それにより、今後は、第1マーク回航順位が平均的に良くなり、レースも楽になり、成績も安定してくるのではないかと期待しています。

男子の原田・吉田組は、シルバークラスで、のびのびとレースできているようです。集団を引き連れて、前を走るテクニックをここで勉強し、次のチャンスに生かしてほしいと思います。


プリンセスソフィアトロフィー470級女子成績
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2008年 プリンセスソフィアトロフィー 大会3日(3月18日)

小松 一憲

夜から明け方まで吹いた西南西の風が、海面にうねりを残し、そこに270度から290度、5から7メートルの風が吹いてきました。風は半島を越えて吹いて来る為に強弱と角度が断続的に変化し、波長の短い波も伴って、難しいコンデションとなりました。

近藤・鎌田組は、第1レース、ゼネラルリコールになったスタートでスカリングの違反をとられ、720度ターンをしました。これにひるむことなく、やり直されたスタートでは、右方向に展開するコースを選択し、狙い通り、本部船寄り、上一番のポジションから出ました。今日の風向は、昨年、何回か経験しています。右から入るパフを我慢して待ち、入ってきたところでタッキングをしましたが、その時点でトップの位置になりました。走りもまずまずで、第1風上マークは2位を11秒離して回航しました。その後、その差を25秒まで広げ、2位以下の艇がマーク回航ごと、めまぐるしく順位が入れ替わる中をフィニッシュまでトップをキープしました。

第2レースは、リミットマーク寄り、下4番手のスタートをして、左海面を使う展開となりました。第1上マークへは、ポートタックでアプローチし、3位で到達しました。しかし、マーク回航のタキングを4位の艇の内側でしたのですが、角度的にぎりぎりだった為に、スピードが無くなりマークタッチをしてしまいました。360度ターンでペナルティーを解消したのですが、ターンのダメージを精神的にも引きずることなく、最小に食い止め、下マークを8位で回航しました。その後、フィニッシュは10位となりましたが、2艇のOCSがあって8位の順位が付きました。
1位をとった今日の第1レースを除き、まだまだ、納得できる、すっきりとしたレースができていません。しかしスタートにシャープさが戻り、コース取りにも思い切りの良さが戻ってきました。残り4レースで、しっかり調整できれば良いと考えています。

男子の原田・吉田組は、第1レース、BFDの失格、第2レース、OCSと今日の2レース共にスタートで失格してしまいました。ただし、私は、今日のスタートを見て、昨日までのスタートと比較し、進歩したと評価します。他艇に引っ張られて、ズルズルと出てしまった失敗ではなく、主体性を持ち、意図的に攻めた結果の失敗でした。スタートラインに並ぶ全艇のバウが見えて、スタートラインに対する自分達の位置関係が把握できていての失敗ですから、この経験は、今後に生きてくると確信します。明日からシルバーフリートに落ちてのレースとなりますが、1レース1レース、最大限の努力をし、攻めのレースを貫いてほしいと願っています。


プリンセスソフィアトロフィー470級女子成績
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2008年 プリンセスソフィアトロフィー 大会2日(3月17日)

小松 一憲

私達がこちらに到着した14日から、判で押したように同じ天気とコンデションが続いています。昨日の報告で「吹き出したシーブリーズは徐々に右方向に振れていき・・」と書きましたが(左)方向の書き間違いでした。吹いてくる時間帯が同じなら振れていく時間帯も風向も同じです。風速は、昨日に比べ、若干弱く、平均4から5mでした。波は、始めは無いのですが、時間の経過と共に少し出てきます。風の波よりもコーチボートによって作られる波のほうが厄介かも知れません。

近藤・鎌田組の第1レースのスタートは、ゼネラルリコールの後、リミットマークが風上に引き上げられ、傾きが少し大きなスタートラインとなりました。リミットマーク寄り、下五番手を狙いましたが、バウの出し方が足りず、メインシートを絞るタイミングも遅く、スタート後、即タッキングで全艇のスターンをかすめて右に出る展開となりました。第1上マークのトップグループは、昨日も同じく、スタートして左に伸ばし、左海面を使うコース取りで形成されます。逆を走りながらも第1上マークの回航は、14位、そこから追い上げて8位でフィニッシュしました。

第2レースは、リミットマーク寄り10番手のところでスタートの位置取りをしました。このスタートも若干凹んだうえにメインシートを絞るタイミングが遅く、風下艇の後ろに付くスタートとなりました。即、逃げのタッキングをしたのですが、タキング直後、スターボード艇の前を横切れると判断して、相手に回避行動をとらせてしまいました。結果として720度のペナルティーターンをする苦しいスタートとなりました。上マーク回航は30位でフィニッシュは20位でした。

私の分析ですが、2日間、安定した順位をとり、成績表の上位に名を連ねている選手達は、総じて普段からリミットマーク寄りのスタートを好み、また、それを得意としているアグレッシブさを持ち合わせた選手達です。ここでのシーブリーズのパターンを考えると左サイドを取るために必要不可欠なリミットサイド寄りからのスタートと言えます。これを克服しなければ、前に出ることはできません。

原田・吉田組、男子のスタートは、女子の10分後におこなわれる為、これまで見ることができませんでしたが、今日、初めて、第2レースのスタートの始終を観戦しました。男子は、女子に比べ1・5倍アグレッシブです。全ての動きがスピーディーでクイックです。スタートライン上に並ぶ艇の間隔も狭く厳しい並び方をします。この中と言うか列から飛び出さなくてはインターナショナルの選手になれません。にもかかわらず、リミットサイド有利のスタートでありながら安全を狙って集団の右端からスタートをしようとしていました。この時期に、そしてこのチャンスに、失うものなど何もない若手がどうして尻込みしたようなスタートを選択するのでしょう。二人には、「気後れせず、強い気持ちで、出なくてはいけないところ、一番出たいところを狙っていくように」と指示しました。出なくてはいけないところに、どのようなトップランキング選手がいようとも、そこに挑戦しなければ、いつまでもローカルな選手の域を脱することができないでしょう。

成績にこだわり、常に頂点に立つことを目標にすると言いながら、初戦、二日目までの成績は、男女共にいまひとつです。しかし、一戦一戦、足元を見据え、クリアーすべきところをクリアーし、練磨しながら転戦するのが欧州遠征と心得て、チャレンジしていきます。


プリンセスソフィアトロフィー470級女子成績
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2008年 プリンセスソフィアトロフィー 大会初日(3月16日)

小松 一憲

12時近くなって、凪いでいた海面に220度方向からシーブリーズが入って来ました。スタートは、正午の大会エントリー締め切りを待って、14時に予定され、定刻に始まりました。吹き出したシーブリーズは、徐々に右方向に振れていき、180から190度、5から7mのコンデションとなりました。波も小さく、走りやすかったと思います。第1レースに続いておこなわれた第2レースは、風速が少し弱くなり、平均5m、レース中、一時的に3・5mまで落ちました。
結果は、近藤・鎌田組8位(4・16)、原田・吉田組16位(8・13)でした。

沖縄・座間味島の練習を終えてからマヨルカ島でセーリングするまで、21日間のブランクがありました。艇の修理、取材、遠征準備、その他もろもろのスケジュールに追われました。それらは全て想定していたことですが、洋の東西を問わず、オリンピック代表に決定した全ての選手が、この忙しさを経験することでしょう。とにかく、間に合うならプリンセスソフィアからということで二日前にこちらに入りました。レースの勘、スピードのフィーリング、テクニックのシャープさ、全てを取り戻すには、少し時間がかかると考えています。第1レースでは、スタートの15秒前にラインにならんだり、第1上マークアプローチのオーバーセールがあったりしました。第2レースでは、落ちてきた風への対応がスタート前、そしてレース中、うまくできずにスピードが無かったり、風向変化ではなく、他艇に対応したタッキングの数の多い中間コースを走ったり、艇団の作るブランケットを走ることが多かったり、などなど、これからしっかり修正していかなければならないことを実感しました。

原田・吉田組は、オリンピック代表選手が多数参加しているこれからの全てのレースで、厳しく、そして思い切り良く、気後れすることなく走ってほしいと願っています。まず第一に普通のスタートがきちっとできるように、第二にプレッシャーの中で練習中のスピードを再現して走れるように、第三にプレッシャーの中で視界を保ち、少しでも賢いレースができるように、1レース1レース、一歩一歩の前進を信じて取り組んでほしいと考えています。

今回のプリンセスソフィアは、世界選手権に出場して、メルボルンから送った艇が間に合わず出場を断念したチームも多く、トップ選手が勢ぞろいしているわけではありません。それでもトップの8割は参加しています。これからのヨーロッパの試合は、オリンピックに備え、道具その他の選択や調整と位置づけているチーム、代表選考の対象となっているチーム、トップ選手と手合わせするのはこの時がベストと考え参加している若手チーム、目的はまちまちです。その中で、私達は、あくまでも結果にこだわり、逞しくなることを目的に戦っていきます。怪我・病気・事故に注意し、遠征をこなしていくつもりでいます。


プリンセスソフィアトロフィー470級女子成績
http://www.trofeoprincesasofia.org/result.php?miclase=470%20Women

2008年 470級世界選手権 最終目(1月30日)

小松 一憲

雲が点在する晴れの天気、今日の最終日は、トップ10位以内の選手が出場するメダルレースと、11位以下の通常のフリートレースが男女それぞれおこなわれました。近藤・鎌田組は、昨日までの総合順位が14位だった為、メダルレースには進出できず、フリートレースで戦うこととなりました。レースは、シーブリーズがまだ本格的に入ってこない12時にスタートし、240度、3mのコンデションでおこなわれました。

日本女子のオリンピック代表選考の決定が今日まで持ち越すとは、正直なところ考えていませんでした。少し前に流行した言葉を使うなら想定外だったとでも言うのでしょうか。昨日までの得点で吉迫・大熊組が逆転するには、今日のレースで1位を取り、近藤・鎌田組が出場19艇のビリとなる、または、2位となったなった時に失格する、この二つの極めて可能性の少ない厳しい状況でした。近藤・鎌田組にとっては、楽なレースだったはずです。ところが、スタートラインの、やや本部船寄りから普通のスタートをしたかに見えた近藤・鎌田組でしたが、早すぎる艇があることを示すX旗が掲揚されたのを見て動揺してしまいました。自分達も出てしまったのではないかという不安を払拭する為に、スタートラインを切りなおす行動に出ました。スタート時の指示は、両サイドのエンドを回って解消しなけれならないことを示すI旗が上がっていました。この旗を見ていない、あるいは理解していなかったなどとは、100パーセント考えられません。レースに出場し始めた小学生の時からなじんできた旗なのです。スタートの解消の方法を間違えて、そのままレースコースに戻っていきました。途中、この間違いに気づいたそうですが、そこで良く気を取り直し、走ったと思います。正真正銘のビリからスタートして、上マークを13位で回航しました。その後、着順6位まで追い上げ、フィニッシュしました。先頭を走った2艇が、早すぎるスタートをして戻らなかった艇でした。吉迫・大熊組2位、近藤・鎌田組は4位のフィニッシュでした。結果的にポイントで大きな差を付けて、代表に決定しました。

国内でおこなわれた選考レースの後、怪我をして1ヶ月半の練習のブランクがありました。私自身の感想ですが、前哨戦のセールメルボルン初日にブランクの影響を感じたところから「少し変」の感覚が生まれ、それをレースの終盤には解消できたと思ったのですが、意外と根が深かったようです。しかし二人は、練習を再開してから短い時間で調整し、よくここまで頑張りました。私は、世界選手権のタイトルを目標にしてきましたから、少なからずの敗北感を感じています。ただし、気力を失ったわけではありません。山の頂に至るには、これからが急斜面、チャレンジします。

今回のレースで、これからやらなければならないことが、しっかり見えてきました。メンタル的に厳しいプレッシャーを潜り抜けたことで近藤・鎌田組は、さらに強くなり、謙虚な気持ちで練習やレースに取り組むことができるでしょう。このステージを演出してくれた競争相手への感謝と自分達をバックアップしてくれている人達への感謝を忘れることなく、大きな目標に向かい、一から出直す気持ちで努力してほしいと願っています。 
      
以上、報告を終わります。 

2008年 470級世界選手権 6日目(1月29日)

小松 一憲

昨日同様、朝から快晴、天気予報も同じなら吹く風も似ていました。レース開始の13時頃には、雲が湾の左上空にかかり、今日も風が左方向に振れ、パフも左から入るのをそれとなく示していました。レースが始まるや否や風速がアップし、5mから9m近くに上がってきました。第2レースは10度左にマークがセットしなおされて210度。予想通り、左へ振れていきました。さらに第2レースの終盤、風が左へ70度もいきなり振れるハプニングもありました。昨日と比較して考えると風速の違いはありましたが、時間と共に左へ変化するパターンは良く似ていました。

第1レース、リミットマーク寄りの10番手ほどのところからきれいにスタートしました。早すぎるスタートをした艇があり、X期が掲揚されました。しかし誰も戻ろうとはせず、そのまま走りました。「バルクヘッドマガジン」の主催者、平井氏がレース後に掲載したスタートシーンの写真は、リコールした艇を見事に捉えていました。この写真に日本の女子3艇が写っていました。リコールと判断された吉迫・大熊組と田畑・栗田組は、明らかに半艇身以上、出ていたのではないでしょうか。近藤・鎌田組は、スタートラインの風下から見ても、写真から判断しても、安全に、そして風下艇との距離を持って、申し分ないスタートをしました。左に展開し、コースの半分を走ったところで、二度のタッキングで上手にパフを拾いました。ダントツの1位ないし2位で第1風上マークを回航するのではないかと思いました。しかし、後から聞けば、この時のタッキングでメインシートのブロックにカニンガムロープの端が入り込み、メインシートを操作することができなくなるアクシデントが起きてしまったそうです。メインシートの操作ができなければ、走りが悪くなるのは当然です。上マーク直前で、入り込んだロープを引き抜いて、やっと回航できたのですが、回航順位は15ないし16番となっていました。めったに起こらないアクシデントで気が動転してしまったのでしょう。フィニッシュまで、順位を上げることはできず着順17位のフィニッシュとなりました。

第2レース、スタートラインの半分やや下寄りから出ましたが、メインシートの絞り遅れで、スタート直後、逃げのタッキングをしなければならず、スターボード艇の後ろを通過して右に伸ばすことになりました。スタート前は、おそらく左に伸ばすプランだったのではないでしょうか。空の雲や、10分前にスタートした男子の走り方をみても、左に行くべきでした。このレースも、第1風上マークは、18位と、苦しい順位で回航しました。下マークでも上がることができず、第2風上マークに再び右展開で走りました。コースの3分の2を走ったところで風が大きく左に振れ、左に展開していたほとんどの艇がオーバーセール、右にいた近藤・鎌田組は後ろに2艇しかいない順位に後退してしまいました。そのまま27位のフィニッシュとなりました。

ここまで悪いと、かける言葉もなかなかみつかりません。世界選手権大会の表彰台を目標に掲げ、選考レースは副次的な存在にしか捉えていなかった私の指導が間違っていたのではないかと考えたりもします。日本選手との競争を考えると、レースの組み立てが小さくなり、伸びやかさもなくなる、視界に入っても気に留めてはいけない、あくまでも自分のレースをするように、と指示してきました。それはいつも通りの指示でした。選考レースという言葉をずっと使わずに来ました。しかし、良く頑張っていた日本の競争相手のオーラでしょうか、火花が飛んでいたのでしょう。そして、プレッシャーを想像以上に感じたのでしょう。しかし、そのプレッシャーの大半は、自分自身で作り出したものだったのではないでしょうか。

私は、二人が自分自身で自分のメンタルを強くする手立てについて考えてくれるよう期待します。生まれ育った過程で形成された気持ちの強さ、性格的な強さと言うのでしょうか、改造できなくても改良することはできるはずです。一般生活では必要なくても、戦う為には必要不可欠な強さを、まずは自ら進んで厳しい練習をこなすところから・・・一から出直しです。

その前に、明日のレースは、普段通り、淡々と臨み、自分達が納得できるレースをしてほしいと願っています。

2008年 470級世界選手権 5日目(1月28日)

小松 一憲

朝から快晴、風は3mから4.5mと弱く、メルボルンで練習を開始した日から25日が過ぎ、その経験的な予測ではシーブリーズの吹く時間帯になれば強くなると思ったのですが、以外にも、終日、弱いままでした。しかし、風が吹く吹かないは、今の近藤・鎌田組にとって、問題ではなく、どの風にも苦手意識はありません。それだけに思うように走れず、成績が上げられない自分達に納得できないでしょう。

第1レース、スタートは、本部船寄りの風上側一番を狙って出ました。このポジションは、狙う艇も多く、混雑していました。スタートの時点では、それまでイーブンだった風がやや風下有利に変化していました。結局、スピード無く出て、すぐタキングをしました。この時点で、全体的には厳しいポジションになっていました。コースのとり方がちぐはぐで、集団から離れてフレッシュウインドをつかむのですが、そこから集団に寄せに行き、集団の中に入ってしまってからタッキングをする。あるいは、集団を横切り、逆タックで走ることも多く、歯車がかみ合わない走りになってしまいました。第1上マークは18位で回航しました。サイドマークから下マークのコースがスターボードロングになり、ほぼ全艇が一列になっているところを自分からジャイブをして、仕掛け、それが裏目に出て順位を落とすといった具合に、全てが空回りし、フィニッシュは29位のビリとなってしまいました。これまで、二人のレースを見てきて、私も記憶が無いくらいの順位でした。びりというのは取ろうと思ってもなかなか取れない順位です。

第2レースのスタートは、一回のゼネラルコールの後、ブラックフッラッグのスタートとなりました。狙った位置は真ん中、スタートラインいっぱいに艇が広がっていました。真ん中で出遅れ、すぐタックしました。真ん中は凹んでもいたのでしょう、自分達の右から出た全艇の後ろを通過して、右に出て行きました。スタート前は左海面を使うプランだったのでしょう、フレッシュウインドをつかみながら左へ左へと出て行きました。コースの一番左に出たところでマークにアプローチをし、第1上マークを3位で回航しました。スタートこそ失敗しましたが、スピードもまずまずで、落ち着きを取り戻したのでしょうか、昨日からのもやもやを吹き飛ばすかのようなコース取りでした。風が次第に落ちて、ランニングで後続艇に追いつかれ、順位を2番下げて5位のフィニッシュとなりました。

総合順位は9位、まだ10位以内にとどまっています。今の苦しいレースの状況を乗り越えて、一回り強くなってほしいと願っています。この世界選手権大会で、オリンピック出場の国枠を獲得しようと必死になっている国、日本のように、この大会をオリンピック代表選考に位置づけている国などがあり、皆、ぎりぎりの努力をし、チャレンジをしています。必然的にスタートラインの位置取りも厳しくなります。コース取りに関しても知恵を振り絞り、頑張っているのでしょう。オリンピックのプレッシャーは、この比ではありません。このプレッシャーに押しつぶされるようでは、オリンピックの表彰台などないでしょう。ぜひとも強い気持ちを持って、明日一日をきちっと乗り越えてほしいと思っています。

2008年 470級世界選手権 4日目(1月27日)

小松 一憲

シーブリーズが午後に強くなるという天気予報通りのコンデションとなりました。11時からの第1レースは、4mから6m、255度。一度陸上にもどり、成績が集計され、決勝シリーズとして再開した第2レースの14時40分のスタート時は、6mから8m、200度。この風は、第2レースが終了する一時間のうちに9mから11mまで上がってきました。第3レースは16時からスタートしましたが9mから12m、185度。このように、今日は、風軸が左へ左へと変化しながら風速が上がっていき、それに伴って波長の短い高い波も立ちました。

第1レースは、アウトサイドリミット寄り5番手からうまく飛び出し、コースのとり方、スピード共に良く、フランス(ランキング2位)との争いにも勝ち、第1風上マークをトップで回航しました。2位との差は15秒でした。ランニングのコースに入ってから下マークを見間違うというハプニングで2位に後退、第2風上マークまでのクローズホールドで、フランスを抜き返し、再びトップに立ちました。ランニングのレグでまたまたフランスに追いつかれ、最終下マークでは3位だったアメリカにも抜かれ、3位でフィニッシュしました。

今日の第2レースから、決勝シリーズが始まり、予選シリーズ上位28艇で形成されたゴールドグループでの戦いとなりました。風速域は、強風の練習をこなし自信を持っていた6mから11mでした。スタートでは、アウトサイドリミットマークを狙った艇団10艇ほどの塊からはじき出され、号砲直前にタッキングを余儀なくされ、全艇のスターンを通過して右に出ていきました。その後、左に展開した集団を追ってタッキングをしました。調子の良い時と比べると艇速が無く、風上マークは16位で回航することになりました。スピンのリーチングで良く走り、サイドマークを回航する時には10位近くまで上がりました。次のランニングのコース取りに、上らせすぎの強引な走りが目立ち、下マークまでに順位を大きく落としました。最後は、フィニッシュのリーチングでスピンを張り、スピンを上げずに走っていた数艇をフィニッシュライン直前で抜いて13位となりました。このレースで特に印象的だったのは、タイトリーチングの走りでした。

第3レースは、スタートライン中央から出たのですが、早すぎるスタートをしたチェコなど数艇に風上に出られ、第2レース同様、逃げのタキングをしなければなりませんでした。スターボード艇の後ろを通過して右に出る展開となりました。ここでもスピードと上り角度にいつもの精彩が無く、上マークは20位の回航となりました。その後15位ぐらいのところまで上げたのですが、最後は気持ちの問題もあったのでしょう、ずるずると落ちて23位というワーストのレースになってしまいました。

さすがにオリンピックイヤーです。各国の選手が一段とレベルアップしてきました。決勝レースになってレベルが高くなり、スタートも厳しくなりました。しかしこのプレッシャーを突破できる気力とテクニックを持っていたからこそ、現在の世界ランキング4位に上がってきたはずです。強風でも、あっさり走り負けするレベルではないはずです。じつは、この「・・はずじゃない」という気持ちが災いして、ちょっと悪くなった時のリカバリーが阻害されているように思えます。セールメルボルンの第1レースでも見られた特徴的な傾向です。ワンランク、ステップアップ(成長)する為に乗り越えなくてはいけない壁なのでしょうか。

決勝も今日が初日です。まだ三分の一です。これらの言葉は異口同音、再びと言うか、これからも、ずっと言い続けられるのでしょう。もう一度、心身、艇共に、きちっと修正し、今風に表現すればリセットでしょうか、明日からのレースに挑戦すべきです。

2008年 470級世界選手権 3日目(1月26日)

小松 一憲

朝から北寄りの温かく乾燥した風が吹き、日中は、それが熱風のようになって、大変な暑さになりました。午後は、雷雲が発生し、雷と雷雨が近くを通過しました。スタート予定時刻の13時、6mから8mあった風が急激に4mから5mまで落ちてきました。しかし330度に設定されたコースでレースは始まりました。ラインの3分の1、リミットマーク寄りから危なげないスタートをしたのですが、約5分ほど走ったところでレースは中止されました。風が左に大きくシフトしたのが中止の理由だったようです。

次に315度にコースを変更してレースを再開し、スタートしかけたところで、延期信号が上がり、これも始めからやり直すことになりました。コースを設定しなおすこと3回、14時5分、305度にマークが打ち直されてレースが再開しました。近藤・鎌田組は、スタートラインのリミット寄り、下一番の会心のスタートをして左方向に展開しました。数分後にタッキングをしたのですが、その時点で、ほぼトップの位置になっていました。コースの4分の1を走ったところで、またしてもレース中止の旗が揚がりました。風のむらが多く、コースの左右で風向も違いすぎたのが中止の理由だったようです。その頃から左方向に見えていた雷雲が次第に発達し雷の光も見え出しました。ハーバーにもどって待機せよの指示で、陸上に戻ったのですが、雷雲の関係もあって風向がいつになっても安定せず、結局、女子のレースは全て中止となりました。

明日、11時に予選の残り1レースを実施し、14時から決勝のスケジュールに入って2レースをおこなうことになりました。

近藤・鎌田組は、気持ちが乗ってきたように見受けられます。どのようなスケジュールになり、どのようなコンデションになろうとも、いつも通り、淡々と海に出て行くだけです。レースは成立しなかったのですが、2回の貴重なスタート練習ができました。そのように思えば、今日のこの日も大変有意義だったと言えるでしょう。

男子は、不安定な風の中で予選の最終1レースが実施されました。レースの実施と中止の判断は、二つの海面に分かれたレースコミッティーのそれぞれの判断に委ねられているようです。男子は予選(6レース)が終わり、その結果、第一次国内選考で3番手だった松永・上野組が決勝レースの日程を残してオリンピック代表に内定しました。松永・上野組の健闘を讃え、ますますの精進に期待します。そして敗退した選手には、心から、ねぎらいの言葉をかけたいと思います。

私は過去8回(選手で6回、役員で2回)選手の代表決定シーンを経験し、また目にしてもきました。そのいずれもが、あっさり過ぎるほどあっさりの印象を受けるのです。かけた日数と決まる日数のギャップが大きすぎる為なのでしょう。

4年に1度のオリンピックは、それが代表選考であっても最後の10日間の、1日、1日に最大の集中力を発揮しなければなりません。できれば、運、不運などの言葉を寄せ付けないほどの実力を持つべきです。そして、常日頃から、どんなレースであれ、1レース、1レース、大切に、そして全力で戦うことを習慣として心がけなければならないと考えています。

2008年 470級世界選手権 2日目(1月25日)

小松 一憲

朝から青空が広がり、いつものメルボルンが戻ってきました。シーブリーズは、12時ごろに入り始め徐々に風速を増していきます。ただし、シーブリーズの今日の予報のマックスは7m。実際はそれより1m低い4mから6mのレースとなりました。そして、昨日に続き、なぜか16時30分には2mにまで落ちていきました。

今日は、昨日、男子がレースをした海面で3レースおこないました。26日の天気予報が今日よりも風速が落ち、コンデションとしては、悪くなるであろうということで1レース多く実施されました。レースコミッティーが変わったからでしょうか、スタートラインは、昨日に比べ、ずいぶんと短くなりました。おそらく200m弱だったと思われます。ただし、ラインは、風向に対し90度ぴったりに設定されました。

第1レース、アウトサイドリミット寄りの6番手で無難なスタートをして左に展開しました。左に伸ばした艇団の中ではトップの走りをしたのですが、近藤・鎌田組のすぐ風上でスタートし、途中で嫌って右に返していった田畑・栗田組が上マークをトップで回りました。近藤・鎌田組は6位の回航となりました。ランニングのコースでトップとの差24秒の3位まで上がりましたが、第2上マークで5位に落ち、その後は、順位が変わらず、フィニッシュしました。トップは、第1上マークの順位を良く守った田畑・栗田組でした。

第2レースは、スタートライン中央からシンガポールの風上で出ました。シンガポールのスタートはいつもアグレッシブでリコールも多く危険です。メインシートの絞りを一瞬躊躇しました。その為に鼻を出し切れず、結局、走りづらいポジションを嫌ってタキングをし、右海面に伸ばしました。スターボード艇のスターンを10艇ほどかすめたでしょうか、良く我慢して出ていきました。右を伸ばすうちに前から入ってきたパフを拾ってタッキングをし、海面の中央に向かったのですが、一気にトップの位置関係になっていました。上マークをトップで回航し、これを守りきってフィニッシュしました。

第3レースは、スタートライン中央で凹んでしまい、苦しいスタートとなりました。即、逃げのタッキングして右に出て行ったのですが、右に出し切らないところでタッキングを返し、内側に入ってきました。こうなるとコース取りが相手任せとなって内側内側で展開することになります。心配したとおり、上マークは、後ろに5艇しかいない23位の回航となりました。今日は、ここからが、昨日(初日)の第1レースと違い、粘りのセーリングができました。昨日の反省が生きたのでしょう。また硬さが取れて、見えるものが見え、感じるものが感じられるようになっていたに違いありません。下マークで追いついた集団の混戦を避け、少し左に出し、かたくなに右海面をとろうとする多くの艇に対し、左をうまく使い、第2上マークでは12位に浮上しました。風が3mまで落ちてきたランニングで9位に上がり、最終下マークの回航では、ひとつ前に回った吉迫・大熊組の風上を突破して8位のフィニッシュとなりました。

出場している日本女子の3艇が、同じグループで戦った今日のレースは、精神的な優位に立つという意味で大変重要でした。5レースを消化したところで、ワーストの成績がカットされ、総合4位に浮上しました。ただし、13レースのうち、まだ5レースを消化したに過ぎません。レースはこれからが佳境です。近藤・鎌田組も初日第1レースの悪いイメージを払拭し、世界選手権の頂点を争うスタートラインに戻れたと捉えるべきでしょう。

明日からのレースも、風がどうであれ、冷静に、恐れず、ひるまず、あなどらず、丁寧に1レース1レースを積み上げていく。悪い結果があったとしても、その内容と正面から向き合って、勉強と捉えて乗り切っていく。この姿勢は常に持ち続けてほしいと願っています。

2008年 470級世界選手権 1日目(1月24日)

小松 一憲

高気圧に覆われ、いつもなら、からっと晴れて青空が広がるですが、朝の雲が昼過ぎになっても無くならず、終日、曇りのままでした。風速は、レースの時間帯でいうと、1時から2時にかけて4mから6m、2時30分頃に6mから9mになり、その後、1時間に満たない間に3mまで落ちていきました。風速の変化のわりに風向は比較的安定していました。第1レースが210度±10度、第2レースは220度±10度でした。

世界選手権に合わせ、必要と思われる準備と調整を納得いくまでしてきました。前哨戦のセールメルボルンでは2位という結果を出し、特に緊張もせず、ゆったりとした気持ちでこの日を向かえることができました。全ては、私達を支えてくれた大勢の皆さんのお陰と心から感謝しています。ある意味、自信をもって臨んだレースの初日でした。しかし、第1レースは、展開が少し苦しくなったとたん、肩に力が入り、気持ちが空回りし、タクティクスにもスピードにも冴えが無くなってしまいました。「これがヨットレース、これがスポーツの怖いところ」と、観戦しながらため息ばかりつく自分に可笑しささえ覚えました。

スタートラインは250m以上あり、1グループ、28艇にはゆったりとした長さで、角度も風軸に対し、90度ぴったりに設定されていました。アウトサイドリミットマーク寄り10番手、風下にデンマーク、風上にフランス(ランキング2位)という位置でスタートをしました。風下艇を上突破、風上艇も追いやって、なかなかの走り出しでした。しかしその後、風の振れに対する反応が早すぎ、言い方を変えると「小さな振れに反応しすぎ」、「溜めの無いコース取り」となり、コースの内側内側で走る形となりました。
その結果、両サイドに根気良く伸ばし、大きな振れをつかみに行った艇団に、コースの3分の2を走ったところで両サイドから抜かれ、10番手のだんご状態で第1風上マークを回航しました。この10位の回航は、けして悪い順位ではありません。ここで落ち着いて10位を守れば、初戦としてはまずまずだったはずです。リーチングマーク回航後、即ジャイブをしましたが、下マークの位置からするとマイナス角度へのジャイブでした。第1下マーク17位、第2風上マークで20位、フィニッシュは19位と順位を上げられないままフィニッシュしました。

なぜこのような走りになったのでしょう。それは、「スタートは悪くなかったのに」、「もっと前を走れるはず」、「こんなはずじゃない」という気持ちが先行し、硬くなってしまったのです。この硬さは自分達の前を日本艇(吉迫・大熊組)が走り、それが視界に入ることにより、さらに大きくなりました。「周囲を見る、風を見る、マークを見る」、それらができなくなったことでコース取りがちぐはぐになりました。ティラーから伝わるヘルムを感じ取り、風速の変化に適切に対応していく冷静さを失ったことでスピードも無くなりました。「急に下手になった、急に艇が遅くなった」というわけではありません。一言で言えば、メンタルのトラブルだったのです。

第2レースは、風速が少し上がりました。リミットマーク寄り、6番手で好スタートを切り、スピードもまずまずで、第1風上マークは2位と1艇身差の3位で回航しました。マーク回航後のリーチングのレグで2番手に上がり、その後は、風が次第に弱まり、3mまで落ちていく中を、危なげなく2位をキープしてフィニッシュしました。

この2位の成績で落ち着きを取り戻したのでしょう、二人の顔つきも、いつもの表情になりました。
この変化は、明日からのレースにとって大変貴重なものとなります。

レースはこれからです。第1レース、あるいは初日で、この世界選手権の結果を予測するのはナンセンスでしょう。まだまだ物語が作られるはずです。
ひるまず、あなどらず、丁寧に、1レース、1レースを積み重ねていくよう心がけます。

2008年セールメルボルン大会最終日(1月19日)

小松 一憲

昨夜から断続的に雨が降り、日中も時折り、小雨のぱらつく天気となりました。
東寄りの風が南に回ったのですが、風速は思うように上がらず、スタート予定時刻13時30分から、おくれること約2時間、レーザーラジアル級に続いて15時10分にレースが始まりました。
この時間は、晴天であればシーブリーズが強くなる時間帯です。
雲が薄れて空は少し明るくなっていました。これもシーブリーズのパターンだったのでしょうか、風向は170度、クルーがトラピーズに軽く乗るか、デッキに座る程度の風速(3から4m)になりました。

スタートラインは、正確に100メートル。風向に対し、ほぼ直角に作られました。
スタート4分前からアメリカがマッチレースを仕掛けてきました。
ポイント的には20点も差のあるアメリカが、近藤・鎌田組をスタート前から押さえ込みにきた狙いは、はっきりしています。
メダルレースの順位に関わらず、優勝が決定していると言ってよい彼女達は、4日後から始まる世界選手権大会で再び競うことになるチームに対し、精神的な優位に立っておく、言い換えれば、精神的なダメージを与えておこうという意図だったのでしょう。
その証拠に、レース後に顔を合わせたアメリカのコーチが笑顔で私に言いました「next week」。
けん制してきたアメリカに対し、あたかも足がすくんでしまった子供、蛇に睨まれたカエルのように立ちすくんでしまったのは残念です。
思い返せば2年前のドイツ・キールでも、相手はオーストラリアでしたが、同じようなことがありました。
日本に帰り、男子の山田・中村組及び川田・吉田組と七里ガ浜沖でマッチレースの練習をしたのですが、まだまだ成果を出すまでに至らなかったようです。

スタートは3艇がリコール(OCS)し、そのうちの2艇が戻らずに失格するという、タイミング的に全ての艇が強気に出たスタートだったようです。
近藤・鎌田組は、スタート号砲直後の飛び出しが素晴らしく、風上で押さえ込みにきていたアメリカを走りで追いやりました。しかし、右に逃げたアメリカの方向に風が振れる不運もあって、第1風上マークの回航は8位と苦しい展開になりました。
トップは、右海面を使った吉迫・大熊組でした。第2風上マークまでの上りのレグで3位に浮上し、吉迫・大熊組、アメリカに続いて3位をキープしてフィニッシュしました。

総合順位10位以内の選手で競うメダルレースはトップレベルの選手の総合的なコンテストです。
それはまた、トップ選手達を一同に観察できる絶好のチャンスです。
今日もまた、新たな考えが浮かんできました。

2008年セールメルボルンは、銀メダル、2位という結果で終了しました。わずか6日間ではありましたが、大変貴重な勉強ができました。
そして世界選手権のスタートラインに立つ準備は、艇及び心身共にできました。  

以上、報告を終わります。



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2008年セールメルボルン大会5日(1月18日)

小松 一憲

メルボルンに来てから2週間が経過し、気温にも景色にも生活にも慣れました。
しかし、レース海面に吹く風を全て把握したというわけではありません。

今日は曇り空、昼まで北東の風が吹いていました。
これまでは青空の広がりと共に180度から190度のシーブリーズが吹いてきたのですが、14時から始まった女子の第1レースは165度、第2レース135度、16時に始まった男子第1レースと続く第2レースは125度。レースが終了した18時には90度という具合に左へ左へと変化していきました。
風速も落ちることなく、4mから8mへと時間をかけながら上がっていきました。
このような風のパターンは、日本ではあまり経験しません。
そういった意味で、今日のコンデションはたいへん貴重でした。

第1レース、3から4mの風でレースが始まりました。
このレースを世界選手権の練習レースとしか思っていない選手が多いせいでしょうか、最終日になってもスタートに緊張感が無くブラックフラッグお構いなしの強引な狙い方が目に付きました。
「どんな時も、自分達はセオリー通り、しっかりスタートするように」と指示しています。
そのためでしょうか、スタートの列の中でメインシートを引くタイミングに躊躇した様子が見られました。
スタート号砲とほぼ同時に逃げのタックをし、8割の艇の後方をすり抜けて右海面に出て行きました。
第1上マーク8位、第2上マーク4位、フィニッシュ着順3位と、スタートの失敗を見事にカバーしました。
トップフィニッシュのフランスがリコールしていた為に2位となりました。

第2レースもやはりブラックフラッグのスタートとなりました。第1レースで10艇ほどの失格艇が出て、このレースは全艇が控えめの狙いになったのですが、風下艇にルームを奪われ、ホープレス状態でスタートしました。
第1レースと違い、即タッキングを選択せず、そのホープレスの状態を我慢したのが災いし、逃げて右に展開するのも苦しくなりました。
右に完全に出きらずに内側に返したのですが、集団の内側でタッキングが多くなると共に、これまでのシーブリーズのイメージにとらわれ、風が右方向に振れていくパターンを読みきれなかったようです。第1風上マークの回航は30位前後となりました。
その後も順位を上げることができず、今回のワーストのレースとなってしまいました。

明日のメダルレース(トップ10艇)には、日本の女子が3チーム(吉迫・大熊組5位、田畑・栗田組7位)出場します。
明日はどのようなレース展開になるのか予測付きません。いずれにせよ、全力で臨み、良くても悪くても内容を糧にして、24日から始まる世界選手権大会の備えとすべきです。

2008年セールメルボルン大会4日(1月17日)

小松 一憲

11時30分から12時にかけ、シーブリーズが入り始め、連日、メルボルンの典型的なコンデションでレースがおこなわれています。
今日は男子が先、女子が後のレースでした。
先におこなわれた男子の時間帯に比べ、風は全体的に強く、第1レース、8から11m、第2レース、9から12mでした。

「1レース、1レースが勉強、1レース目より2レース目、今日よりも明日、明日よりも明後日、日を重ね、レースを重ねるごとにうまくなれば良い」そう言い続け、辛抱強く練習もし、レースもしてきました。
今日の2レースは、近藤・鎌田組の逞しく成長した姿をインターナショナルに披露した記念すべき日だったのではないでしょうか。

第1レース、ブラックフラッグの上がったスタート、スタートライン中央から無難なスタートをし、取ったコースは左、風を待ちながら外に出て行く、振れたところで中に寄せてくる、それらのコース取りにリズムのようなものが感じられ、上マークは3位と、上々の順位で回航しました。
その後、下マークはだんご状態の6位に落ち、上マークで再び2位。
フィニッシュはトップのアメリカに一艇身まで追いつき、3位のドイツには鼻の差で勝ち、2位となりました。
このような大接戦を強風の中で経験し、一歩も譲らない結果を残すことで、ますます強い選手になっていくことでしょう。

第2レースも第1レース同様、スタートのやり直しをすること3回目の、ブラックフラッグのスタートになりました。
アウトサイドリミット寄りから素晴らしい飛び出しをしました。ラインに並んだ時は、自分達のすぐ風下にドイツ(世界ランキング8位)、その風下にチェコ、風上にオーストリア(ランキング7位)、そしてイタリア(ランキング1位)、皆ランキング上位者達です。
一般的なレベルであれば、わざわざ厳しい位置に並ばなくてもいいのではないかと考えるのが普通でしょう。
しかしピンエンド(スタートライン両端)ではない良い位置には、やはり良い選手達がスタートを狙って並ぶのです。この壁を突き破ってこそインターナショナルなのです。
しかもコンデションは強風です。胸のすくような飛び出しとスピードでこの壁を突き破りました。
第1風上マーク、2位に5秒差のトップ回航、風下で15秒、第2上で20秒、第3上で35秒、フィニッシュは45秒もの差を付けてのダントツでした。

細かいところはまだまだです。ランニングの走りも磨きをかければ、まだまだ速くなるでしょう。
今回、このレースに、強風にめっぽう強いオランダ(世界選手権3連覇)、そしてフランス(ランキング2位)が参加していません。手放しで喜ぶには早すぎます。

ただ、怪我で計画通りの練習ができず、レースと練習から遠ざかり、錆びてしまった感覚、その錆をここで完璧に払拭できたことを何よりも喜びたいのです。
本人達がその感触を一番感じていることでしょう。完全復活です。

あとはまた、1レース1レース、一日一日・・・謙虚にそして真摯に努力し続けるのみです。

2008年 セールメルボルン大会3日(1月16日)

小松 一憲

朝の7時には、すでに7から8mの南よりの風が吹いていました。
このような日は、日中、温まった内陸に向かってシーブリーズが加わり、15時を過ぎるあたりから10から12mの風速になります。

1月4日から練習を開始し、今日(16日)まで、海に出なかった日は、わずかに2日。このくらいの頻度で海に出ると、メルボルンの風のパターンもだいたい読めるようになってきます。
と言っても、まだまだ南よりの風に限定してのことです。

今日のスケジュールは、女子が先で、予定の12時ぴったりにレースが始まりました。
風速は8から10m、風向185度、申し分無いコンデションです。
ゼネラルリコールを2回したうちの2回目はブラックフラッグで約10艇が失格(BFD)しました。
スタートはまずまずだったのですが、艇速がいまひとつ無く、第1上マークを8位で回航しました。
下マークで5位に上がりましたが、その後、オーストリア、イスラエルといった国と抜きつ抜かれつの接戦の末、着順6位でフィニッシュしました。

続いておこなわれた第2レースは、平均して1から2m、風が上がってきました。
このレースも、1回のゼネラルリコールの後、ブラックフラッグのスタートとなりました。
田畑・栗田組(BFD・失格)のブランケットに入り、これを避けて即タッキング、沖寄りのコースを取って、上マークにアプローチしました。
第1上マークを5位で回航したのですが、第2上マークまでにオーストリアに先行され、さらに、フィニッシュへのリーチングでは、スピンを下ろした自分達に対し、スピンを張り切ったイスラエルに鼻の差で抜かれ、着順7位のフィニッシュとなりました。

今日はなぜかイスラエル、オーストリアと絡むことの多かったレースでした。
両チームとも、昨年と比較するとスピードアップしています。
正式のフィニッシュ順位は、先着の艇に失格艇(BFD)が入っていた為、2レース共に5位という結果でした。、

試合も半分、5レース消化したところで、ワーストのレースを一つ捨てることになりました。
トータルで2位に浮上しました。3位には吉迫・大熊組が入って大接戦です。
近藤・鎌田組は、レースの勘も戻りつつあり、次第に落ち着いてきました。

レースは中盤だというのに、ブラックフラッグ(BFD)の失格が多くなっています。
これは、このレースを世界選手権の前哨戦、練習あるいは調整と位置づけて、気楽に参加している選手が多い為と思われます。
二人には、全力でレースすべきであると指示しています。
ぎりぎりの努力をしてこそ、見えるものも見えてくると信じています。

原田・吉田組も29位でゴールドグループ(上位40艇)に残りました。
シルバーでも勉強になるのは間違いありませんが、世界のトップクラス、相撲で言うなら幕内上位陣とでも表現するのでしょうが、金星を上げるぐらいの強い気持ちでレースにチャレンジしてほしいと思います。

2008年 セールメルボルン大会2日(1月15日報告)

小松 一憲

横に伸びた高気圧に覆われ、朝から終日、快晴となりました。
予報では、10mオーバーのシーブリーズが吹くということでしたが、吹き出しが遅かったうえに風速も弱く、15時から16時の間に8メートルまで上がったのが今日のマックスでした。

昨日は女子が先、今日は男子と、交互にレースがおこなわれるスケジュールになっています。
男子の2レース目がスタートし、フィニッシュするのを見計らって女子のレースが始まりました。
第1レースのスタートは16時10分でした。

13時に吹き出したシーブリーズは時間の経過と共に185度から170度へと、左方向に変化していきました。
女子のコースは、170度(風速4~5m)にセットされていたのですが、左に変化していく傾向のあった風軸は、スタート直後、さらに30度、左に大きく振れました。
この傾向を読んでいれば、リミットサイド寄りからのスタートを選択したのでしょうが、これを読みきれず、スタートラインの四分の一、本部船寄りからのスタートをしました。
スタート後、すぐに左振れに気づき、ポートタックに返して右に伸ばしました。振れ戻りを期待したのですが振れ戻らず、結局、上マークの回航は、35位となってしまいました。
フィニッシュまでに26位まで順位をあげましたが、そこまでが精一杯でした。

このレースの成績は、最悪でした。
しかし、このレースのスタートでシャープに出て行くスタートの勘を取り戻すことができました。
ほんのちょっとしたことなのですが、スタートをきっちり出て行けるかいけないかの差は大きな違いです。影をひそめていたスタートラインを見る力、スタートラインでの待ち方、メインシートをしめるタイミングなどに鋭さが戻ってきました。これは、二日間で得た最高の収穫です。

このレース以降。続いて行われた第2レースのスタートも、ゼネラルリコールを含め、申し分の無いスタートができました。
スタートが安定してくると全てに余裕が出てきます。
第2レースは、クローズホールドのスピードがいまひとつだったのですが結果は3位。
上マーク回航後のフリーのコースの選択に反省するところもありましたが、風の振れをつかみに行く思い切りの良さ、振れを待っての我慢の仕方、上マークへの寄せ方等にいつもらしさが戻ってきました。

それなりの領域に達した選手やそれなりに基礎的な技術を持った選手が一所懸命に、そして一途に努力していれば、今日のようにちょっとした「きっかけ」を見逃すことなく、しっかりつかんで大きく変身することができるはずです。
明日からのレースも、今日のような「きっかけ」の出現を信じて真摯にチャレンジしてほしいと願っています。

オリンピック第一次選考会報告(11月18日・大会最終日)

小松 一憲

最終日の報告が、レース後の後片付けと移動、沖縄練習へ向け東京大井埠頭搬入等で遅れました。申し訳ありません。

大勢の皆さんに応援され、お蔭をもちまして第一次関門を1位で通過しました。

最終日は、大陸の寒気を伴った高気圧が張り出し、広島も今年一番の寒さになりました。
北西の風が強く吹き、ハーバーの風速計で17.7mの瞬間最大風速を記録したそうです。

陸に近くセットされたコースへ、山を越えて吹いてくる風は相変わらずで、風速は5mから13mオーバーとアップダウンが激しく、風向も男子の第1レースでは320度から170度まで、50度も振れ、それがさらに振れ戻るといった大変なコンデションでした。

当初からコンデションが危惧されながら、ここでの大会開催を依頼され、一週間以上の会期、尽力された地元関係者の皆さんのご苦労に頭が下がります。

この大会も、最後の二日間で風に救われた感があります。
海外に日本の470級代表を送り出す上で、現状では一番力があると考えられる選手達がきっちり選ばれました。「実力のある選手たちの努力の結果」という言葉を付け加えなければなりませんが、不安定な微風のコンデションで始まったこの大会、前半はどのようになるのか、オリンピック経験者(470級OB)として本当に心配しました。
2012年ロンドンオリンピックにも470級が採用されることになりました。まだ先の話になりますが、2012年に向けての選考レースは、このようなコンデションで選ぶことの無いようにしたいものです。

コースの短さもトップ艇40分、ここで選ばれた選手が世界に出て行くのですが、この広島で行われた選考レースと世界のスタンダードなレースは、少し乱暴な言い方をすれば、種を異にする全く違う次元のレースです。
障害物から遠く離れ、風向風速が安定している場所で、トップ艇の所要時間1時間のコースが作られ、3m以下ではスタートせず、スピードと技術のコンテストがおこなわれます。
来年1月開催のメルボルンの世界選手権には頭を切り替えて臨む必要があります。
私が見るところ、ここで実力を発揮できなかった選手の中に、将来性豊かで光るものを持つ選手が何人かいました。その選手達が落胆することなく今後も精進し続けてほしいと願わずにはいられません。

1位で通過した近藤・鎌田組ですが、この大会を義務付けられた通過点と考え、今後も変わらぬ努力をし、メルボルンでは、昨年銀、今年4位と逃した世界選手権の頂点に向け、まい進してほしいと思います。

4年ごとのオリンピック選考レースのたびに何人かの競争相手が肩を落として去っていきます。
その後姿を見て、私は思います。競争相手がいて自分が成長できたのです。相手を土俵下に投げ飛ばし、ガッツポーズをとる横綱ではなく、土俵下から戻る相手に、そっと手を差し伸べるマナー(優しさ)を、忘れることの無い横綱、二人には、そんなチャンピオンになってほしいと願っています。

オリンピック第一次選考会報告(11月17日・大会第8日)

小松 一憲

北寄りの風が止んで、予報されていた南西の風が吹き出すのを待ち、10時まで陸上待機しました。南に一筋、濃い線が見え始めてから、海面全体に広がるまでの時間が早く、今日はこれまでになくしっかりした風が吹いてきました。風速5.5mから6.5m、風向220度の申し分ないコンデションで11時36分に男子がスタートしました。風速が急激に落ちて、トリッキーに振れたり、場所によって強弱のムラがあったり、といった変化が起こったのが昨日までのコンデションでした。しかし、今日は違いました。第2レース以降、風向は190度で安定し、第2レースの風速、6mから8m、第3レース、8mから10m、第4レース、7mから9mと、これまでの広島の印象が一変してしまいました。

近藤・鎌田組は、第1レースのスタート前、マストレーキを変えていた時、ジブハリヤードのワイヤーがマストのチークブロックのシーブから抜けてブロックの外壁との間に挟まり、ジブハリヤードのテンションがかけられないというトラブルがおきてしまいました。ハリヤードにテンションが強くかけられない状態でスタートしたのですが、思うように走れず、コースの途中でリタイヤーしました。ハーバーに曳航で帰り、トラブル箇所を修理して再びレース海面に戻りました。女子がフィニッシュするのと同時に戻ることができましたから、海面を離れたのは25分ぐらいだったかもしれません。

第2レースは、第1下マークで2位以下を20秒ほど離して回航し、ほぼダントツ状態になりました。しかしその後、あろうことか、後続をカバーせず、左右に別れ、分かれた後続艇が大きなシフトをつかんで、第2上マークでは3位に落ちるハプニングが起こりました。やはり平常心を失っていたのでしょう。

第3レースも、走りやコース取りにいつもの冴えが無く、タッキングやスピンホイストといった動作でバタバタするなど、全くいいところが無く、見ていてもこれが同じチームなのかと自分の目を疑うほどでした。

第4レースは、マストレーキを倒したことが功を奏し、スピード感を取り戻しました。ここで自分達の本来のペースに戻ることができたのでしょう、第1マークの回航から30秒近く2位を引き離すダントツの走りをしてフィニッシュしました。

ヨットレースは、走りのスピードをフィーリングで判断し、作りだします。常に変化する風を柔軟な頭で読み、相手の動きを把握し、コースを選択します。これらのことをよどみなく、同時進行させる為に必要なのは、冷静かつ強固な気持ち、強いメンタルなのでしょう。そのことを強く印象付けられた今日一日のレースでした。近藤・鎌田組は、また一つ大きな勉強をしたように思います。

いよいよ明日が最終日、得点差は2位の吉迫・大熊組と2点、3位の田畑・栗田組と4点、今日一日でだいぶ追い上げられました。しかし、私は心配していません。いつもの自分達に戻って戦えば良いのです。

男子は、6m以上の風が安定して吹くと、やはりこれまでのナショナルチームが実力を発揮するようです。1位、関・柳川組、2位、山田・中村組、3位、松永・上野組と順当なところが台頭し、原田・稲村組は4位、昨日までトップの石川・野呂組が5位というように入れ代わりました。

オリンピック第一次選考会報告(11月16日・大会第7日)

小松 一憲

うす曇りで靄がかかり、海と空の境が見えない無風状態が、昼過ぎまで続き、今日も陸上待機で一日が始まりました。15時に180度から3m弱の風が吹いてきたところで出艇しました。吹き出した風は徐々に左に振れていき、風向90度、風速3m、16時にレースが開始しました。東西に細長い広島湾ですから、東方向に障害物はありません。これまで実施されたレースの中では、比較的安定していたと言えます。しかし、トップ艇が40分でフィニッシュしてしまう小さなコースでありながら、風の強い所と弱い所が出現し、そこに風向変化も加わって、トップ艇と最後尾艇との差は第1マークから思いのほか大きくつきました。

女子は日大の平井・板倉組がトップフィニッシュ、2位に田畑・栗田組、3位に近藤・鎌田組が入りました。男子は石川・野呂組が6位、昨日まで総合トップだった原田・稲村組が15位と振るわず、結局、総合順位が2点差で入れ替わり、石川・野呂組がトップになりました。

どの方向から吹いても四方を山や島で囲まれている広島湾は、安定した風向風速を期待できません。ここでは、いかにリスクの少ないコースを走るか、振れの傾向を読んで走るかというところで勝敗が決まります。トリッキーなコンデションの為に、各レースごとの1位は、誰にもとるチャンスがあります。1位も大切ですが、コンスタントに上位にいることのほうがより大切で、その証拠に今日、男子総合でトップになった石川・野呂組、トップとの差を徐々に縮め、順位を4位まで上げてきた関・柳川組に1位フィニッシュはありません。

明日は、風が吹けば、4レースが実施されます。いよいよ終盤、気力、実力、共に真価が問われます。これまで蓄え、作り上げた経験の引き出しを有効に使い、冷静に戦いを進めていくだけです。

オリンピック第一次選考会報告(11月15日・大会第6日)

小松 一憲

昨日は一日休養し、今日から新しい気持ちで臨んだのですが、風は相変わらず吹かず、朝から陸上待機のまま、午後3時30分に試合が明日に延期される決定が下されました。

最終日(18日)まで、風待ちだけではなく、予測できない他のアクシデントも含め、どのようなことが起ころうとも気持ちを切らすことなく、「これもヨットレース」と達観し、落ち着いて試合を続けてほしいと願っています。

オリンピック第一次選考会報告(11月13日・大会第4日)

小松 一憲

高気圧におおわれ、予報通りの穏やかな一日となりました。
朝から陸上待機となり、12時過ぎまで風を待ちました。
そよそよと入ってきた南西の風で出艇し、スタートは13時35分、220度、2mから3mのコンデションでした。
南西の風は、弱いながらも±10度の振れで比較的安定しています。

参加選手全員が広島の風になれてきたのでしょう、風待ちの時も、のんびりしたムードが漂い、吹き出した風の強さで、レースが始まる始まらないを予測できるようになりました。
3時過ぎに行われた今日の第2レースにおいて、風が消滅し、途中ノーレースの旗が掲揚されても「またか~」程度の反応で、それを当然のことと受け止めるようにもなっています。

レースは、今日で半分が終わりました。この選考会に限らず、どの大会においても三分の一の選手が、選手枠を獲得する、あるいは上位を狙う可能性の低くなったことを実感し、次第に覇気をなくしていきます。
後半は通常の大会であれば、順位に大きな変動がおこりません。
しかし、ここ広島では、残り8レースが予定されており、特に、北寄りの風では何が起こるかわかりません。
男子においては、上位の得点差はあって無いようなもので、最終的にどの様になるのか全く予測が付きません。

明日は予備日で、どの選手も休養をとると思われます。
明後日以降は、新たなレースの始まりで、これからが本番と、心してかかるべきです。
全選手が広島の海に慣れてきました。
風の特徴も把握できたことでしょう。実力差がじわじわと出てくるはずです。

今日のレース、近藤・鎌田組は、吉迫・大熊組に第1上マーク回航を一艇身先行されました。
しかしランニングで追いつき、風下マークでオーバーラップして内側に入り、先に回航した後は徐々に引き離す展開で1位となりました。
今日までの成績で2位に7ポイントの差を付けました。
後半戦も今まで通りの気持ちで戦えば、勝利はおのずと見えてくるに違いありません。

スタートラインの真ん中から、やや凹んで苦しいスタートをしながらも、上マークで11位、下マークで8位、第2上マークで5位まで上がってフィニッシュした原田・稲村組が首位をキープしました。
男子の上位は混戦で、経験も実力も豊富な選手達がそろっています。
一日一日、1レース1レースを勉強と考え、とにかく「謙虚に挑戦する」のみです。

オリンピック第一次選考会報告(11月12日・大会第3日)

小松 一憲

昨日にまして、しっかりした西高東低の気圧配置となり、広島も今年一番の寒さを記録しました。
期待した北よりの風が、午後になってようやく吹いてきました。

しかし、風速4mから8m、風向320度から350度の範囲でめまぐるしく変化し、かつ断続的に吹いてくる風には、むらもあって難しいコンデションでした。
難しいといえば聞こえはいいのですが、とにかく大変なレースが展開されています。
あまりの不安定な風に誰もがあきれ、あるコーチ仲間がつぶやきました、「広島で安定した風が吹くのがおかしい状態で、不安定が当たり前なのでしょう」と・・。
世界各地で開催されているインターナショナルレベルのヨットレースの一般的な尺度では、とても考えられない「unbelievable」なコンデションなのです。

10時のスタートにあわせて出艇しましたが、レース海面に向かう途中から風が落ち出し、今日も陸上に戻って一時待機の状態になりました。

再び出艇してレースが再開されたのは12時55分でした。風向30度、風速4mから6mで始まりましたが、フィニッシュする頃は340度まで変化していました。
風のあるところと無いところがトリッキーに出現して、順位がめまぐるしく入れ替わるレースになりました。
まずまずのスタートをして出て行った近藤・鎌田組でしたが、第1上マークを5位で回航し、その後のマーク回航順位は、2位~4位~7位~5位(フィニッシュ)という具合で、このレース、トップフィニッシュした田端・栗田組も第1上マークは6位、最後はダントツになっていました。

340度の風は、2時過ぎから、次第にトリッキーな風のむらや変化が無くなり、レースコンディションもそれらしくなってきました。
近藤・鎌田組は、この2レースをしっかり1位でまとめ、2位以下との得点差を広げることができました。

男子は、今日まで6レースが実施され、早稲田大学の4年、3年コンビ、原田・稲村組がトップに浮上してきました。
このチームは、先の全日本選手権大会よりアビームコンサルティングのサポートを受けて、近藤・鎌田組と共に活動しています。

明日は、高気圧に覆われ、またまた不安定な風の一日となりそうです。

オリンピック第一次選考会報告(11月11日・大会第2日)

小松 一憲

西高東低の気圧配置になり、北よりの風が安定するのではないかと期待しましたが、10時にスタートした最初のレースは、340度、7mの風が、わずか30分の間に0.5から1mにまで落ち、男女共に途中で中止となりました。
海上で風待ちをする間に風は四方から吹いたり止んだりを繰り返し、結局、340度に戻りました。
再度、スタートをしたのですが、二回目も同じく、途中1m弱まで落ちて、中止となりました。

13時50分に、やはり340度、5mの風で、今日、三回目のスタートがおこなわれました。

今日は女子が先にスタートしたのですが、トップで回航した近藤・鎌田組が第2上マークに向かい始めた頃に風は20度ほど右に振れ、風速も一気に5mから13mまで吹き上がりました。
その風は、第2上マークを回航してランニングになり下マークに到達するまでに落ちて、フィニッシュする頃には、5mになっていました。40分弱の間に、このめまぐるしい変化の為に、女子の5分遅れでスタートする予定の男子がスタートできないという、これまでに経験したことの無い大変なコンデションでした。

広島は、もとはといえば軍港として好条件を持っている土地、海を背にして山、海は大小の島に囲まれ、安定した風が吹かないのはあたりまえと認識していましたが、ここまでひどいとは思いませんでした。
レース海面が岸に近いことも無関係ではありません。

第1レースに続いて第2レースがおこなわれました。14時33分に男子が先にスタートし、風速の変化は2mから5m、風向も20度程度で収まり、何とかレースができました。

このように変化の多いトリッキーな海面で、近藤・鎌田組は今日も1位と2位でフィニッシュしました。
昨日からの4レースで、徐々に他のチームに得点の差を付けつつあります。

この選考会は、どのチームも最高のパフォーマンスを発揮すべく、臨んでいます。
日本女子のレベルが低くないことは、言うまでもありません。

この二日間の二人の安定度は、これまでの努力と練習の成果であると評価します。
とは言え、試合は、まだまだ序盤、一日一日、一つ一つを大切に、おごることなく、侮ることなく、そして、ひるむことなく・・・。

最終目標をしっかり見据えて、全ては勉強と心得、粛々と戦ってほしいと願っています。

オリンピック第一次選考会報告(11月10日、大会第1日)

小松 一憲

朝方に吹いていた北よりの風が、今日は早い時間帯に止み、第1レースのスタート予定時刻10時には、ほとんど無風状態になりました。
ほどなく陸上待機の指示が出て、一旦ハーバーに戻り、12時半まで風を待ち、そよそよと南西の風が入ってきたところで、再び出艇。

13時35分、210度、1.5mの風速で男子から先にスタート、続いて女子がスタートしました。
しかし、徐々に吹き上がると思われたこの風もトップ艇が風上マークに到達するまでに落ちてしまい、レースは中止され、再度、14時20分にスタートしました。
風速は、平均2mあるか無しかのコンデションでした。

不文律と言っても過言ではないインターナショナルの基準からすれば、このような風速では、決してスタートさせないでしょう。
今年のチンタオで実施されたオリンピックのテストイベントでも3mの風が安定して吹いてくるまでスタートしませんでした。
1.5m程度の風では1.3から1.5ノットあるチンタオの潮流に逆らって進むことはできなかったでしょう。
このようなコンデションでレースをおこなえば、もともと波の無い微風のコンデションで育ってきた、あるいは、日頃、そういったコンデションで練習することの多い日本の選手達ですから、この風速での技術的なレベルは総じて高く、今回出場のどの選手にも等しく勝つチャンスがあり、誰がトップになってもおかしくありません。

15時15分にスタートした2レース目は、風速も4mほどに上がりました。
違和感の無い、言い換えればレースコンデションとしては、ごく一般的な微風のレースになりました。

近藤・鎌田選手は、第1レースを2位、第2レースを1位と、それぞれを上出来の成績でまとめました。
私としては、「二日三日は、様子見程度のつもりで良い、無理をせず、欲張らず、はしゃぐことなく、腐ることなく、手堅く走ればよい・・」と言い伝えましたから、予想以上の出来でした。

明日(11日)以降は、気圧配置が西高東低になり、北よりの風、広島湾では岸から風が吹くことになります。
今回のレース海面は、世界のスタンダードなオリンピッククラスのフリートレースと比較すると、異常とも言える程、風上マークが岸近くにセットされるようです。
トリッキーな風の振れに伴い、各レースの順位は、めまぐるしく変化するに違いありません。
レースですから、攻める気持ちを忘れてはなりません。
しかし、そのうえで、どのような事態に遭遇しようとも、気持ちを強く持ち、耐えて耐えて耐え続けて戦いを進めていくことが必要でしょう。

広島NT合宿レポートと上半期のまとめ

小松 一憲

9月15日より17日まで、広島観音マリーナをベースに実施されたナショナルチーム強化合宿のおり、午前中の風待ち時間に海から厳島神社(宮島)見物に行ってきました。観音マリーナからコーチボートで曳航し、30分程の距離でした。その日は、広島湾のどこを見渡しても油を流したようなべた凪だったのですが、不思議なことに神社の前だけ、2mの風が吹いていました。さすが日本三景の一つ、鳥居は圧巻でした。その鳥居の前でセーリングし、記念撮影してきました。

選手の二人は、神社に向かい手を合わせていたような気がします。
私は今も昔も「我、神仏を尊び、神仏を頼まず。宮本武蔵」です。

今年は、春先からヨーロッパ滞在、約120日。車で走ったルートはベルギー~フランス~スペイン~ポルトガル~スペイン~フランス~イタリア~ギリシャ~イタリア~ドイツ~オランダ~ドイツ~オランダ~フランス~スペイン~ポルトガル~スペイン~フランス~ベルギー、試合数7、平均成績5位。

「過密すぎて疲れるのでは?」「自分達で車を運転?危険」等等、批判的な意見も耳にしました。しかし、それは、これまでの日本選手やコーチの持つ概念、その人のレベルであると解釈しています。

グローバルに行動するスケールの大きな選手をイメージし、そうならなければ真のトップランキング選手になれない、たくましい選手になれないと考え、指導しています。小さな体でも強風で大きな選手に負けずに走れるようにと、トレーニングで身体能力を高め、強風、高波の中での経験を積み重ねてきました。二人の真摯な努力が実を結び、今年の春先のISAF・チームランキング22位を、現在の4位まで引き上げることができました。

今では、アメリカやチェコ、イスラエルの選手やコーチから、「ぜひ一緒に練習しないか」と声もかかります。

すでに始まった秋からの国内試合、そして迎える国内でのオリンピック選考会、そこで海外遠征の成果を検証することになります。これまでに関東選手権、オリンピックウイーク、広島合宿(練習レース)を消化しましたが、私の見るところ、試合中の視野が大きくなり、落ち着きと安定感が出てきました。頼もしく逞しい選手になってきたと言えます。

セーリングは道具を使うスポーツですから、それなりの難しさがあります。探究心はもとより、見極めも必要となります。

そして自然と人(競争相手)を相手にしますから、どこまで練習すれば良いとか十分な完成度といった尺度はありません。「引退する」と決意するまで練習を積み、経験を積み、感性を磨き続ける必要があります。

これからも、支援してくれている人達への感謝を忘れず、「海が好き」、「ヨットが好き」を心強い味方にして、謙虚に、今まで通りマイ(チーム)ペースを貫き、真摯に努力する。その先に必ず大きな喜びが待っていると信じています。


プレオリンピック 青島国際レガッタ 表彰式

プレオリンピック 青島国際レガッタ -最終日-

小松 一憲

日本にかかっている前線の北側で移動性の高気圧の縁になって、今日は、ここチンタオもこれまでに無く強い風が吹きました。

470級は男子に続いて14時から女子のメダルレースがおこなわれました。

風速7~11m、風向100度、270度方向からの下げ潮とぶつかって、波長の短い高い波が立ち、これまでとはまったく違うコンデションとなりました。

アウトサイドリミットマークを狙った4艇が追い潮を計算できず、ジャイブして巻きなおすところをリミットマーク寄り2番手で良いスタートをしました。

スターボードタックで岸方向に少し伸ばしてタッキングしましたが、始めから沖狙いでタッキングした艇とスタートを失敗してポートタックを伸ばした艇、そのいずれにも先行され、上マークは苦しい順位での回航となりました。

最初の風下マークを8位で回航し、2回目のクローズホールドは、沖に伸ばすコースを取りました。このレグは良く走り、5位まで順位を上げて上マークを回航し、オーストラリアが6位、昨日までトップのウクライナが10位、5位だったフランスがトップで回航しました。

フランスは、そのままトップでフィニッシュしました。オーストラリアがランニングで上手に走り、3位まで上がり、5位でフィニッシュした自分達と得点を計算すると同点になりました。メダルレースの規定で同点の場合は、このメダルレースの勝者の勝ちとなります。

オーストラリアは、4位でフィニッシュしたイスラエルと鼻の差でした。風下で見ていた私には、イスラエルが3位で4位がオーストラリアに見えました。おそらく2艇の差は、50センチ以内だったのではないでしょうか。オーストラリアが4位であれば近藤・蒲田組の金メダルでした。私もそれを疑わず、ハーバーに帰ってきたぐらいです。数十センチの差で金メダルが逃げていきました。

しかし、上マークを6位で回航し、3位まで上がったオーストラリアは、やはり立派に金メダルを取ったのです。悔しさは、自分達の力の無さ(微風も強風もまだまだ課題のあるフリーの走り)に向けるべきでしょう。神様が、課題と努力の必要性を示してくれ、そのパワーを与えてくれたと考えるべきです。

今回、近藤・鎌田組の戦いぶりで特筆すべきは、10レース中、6回、第1上マークをトップで回航したことです。トップで回航するには、「スタートが良かった」、「スピードが良かった」、「コースが良かった」、これらの条件がそろわなければできません。

上マーク回航後のフリーの走らせ方、コースの取り方、それらの技術的な改善がなされれば、大変なチームになることでしょう。

数十センチで逃した金メダルを「来年は必ず取る」と決意し、たくましくなって、再び青島(チンタオ)に戻ってくることを皆さんに楽しみにしていただきたいと思います。

プレオリンピック 青島国際レガッタ -7日目-

小松 一憲

10時40分にハーバーのスロープを離れ、スタートラインに向かったのですが、その時点では4~5mの南東の風が吹いていました。クルーがトラピーズを使ったのは、久々です。
曳航せず、走りを確認しながらレース海面に行くことができました。

シーブリーズに変わる前に黒い雲が発生し、少し雨がぱらつきました。10分も降っていたでしょうか、その後、すぐに青空が広がり、風はいつもの130度で落ち着きました。風向だけなら良かったのですが、風速も、いつもの2~3・5mへと落ちてしまいました。

海上で少し待機した後、13時25分、男子に続いて女子がインナーコースを使ってスタートしました。風速は、昨日と比べると平均で0・5mプラスで吹いていました。潮流は、270度方向からの下げ潮でこちらの条件は変わりません。

スタートは、ラインの真ん中からきれいに出て、少しスターボードタックを伸ばし5分の4の艇がポートタックになったところで自分達もタッキングして南(沖)に出しました。前を横切る艇がほとんど無かったので見ていても上マークを好位置で回ることが予測できました。トップで回航したのですが、これで第1上マークのトップ回航は6回目になります。

その後のコース取りは、ランニングにおいても第2上マークへのクローズホールドにおいても、昨日の勉強を活かし、後続をケアーした教科書どおりの完璧なものでした。
後続集団で順位をキープした、あるいは上げてきたチームのコースは、クローズもランニングも一貫して沖(南)寄りを取っていました。
このレースは、結局、余裕の走りで二度目のトップフィニッシュとなりました。

引き続いて14時40分、第2レースが開始されました。風速は、平均で0・5m落ちて、昨日と良く似たコンデションとなりました。引き潮の流れは、この日のマックスで約1.3ノットです。

スタートの2分前に風がミニマムに落ちてきたのですが、アップダウンする時の風向は、ダウンすると左(東)方向に、アップすると右(南)方向に振れるのが、この海面の特徴のようです。
したがって、このケースはスタートラインを切ったら、できるだけ早い機会ににタッキングして右に展開するのが良かったのですが、わずかではありましたが結果としてスターボードタックを少し走った為にヘッダーを走る形となりました。

それでもタッキングしたタイミングは、それほど悪かったわけではありません。もう少し我慢しても良かったのではないかという程度です。スタートの時点で少し高さが低かったのも影響していたのでしょうか、自分達の右からスタートしてきた艇のスターンを切ることになりました。
タッキングをして10秒するかしないうちに4艇の集団が来ました。これを避けるために大きくバウダウンしてスターンを通過したのですが、し終わってみると、すぐ上にブランケットされる形でポートタック艇の列ができていました。

形としては、下マーク回航で2列目になって、そのままクローズホールドになった時と同じです。
普段であれば、当然、もう一度左に出して、フレッシュをつかみ、再度、右伸ばしの展開の選択するでしょう。
しかしブランケットされる位置の二列目のまま、ポートタックを伸ばしました。そして第1上マークは、後ろに数艇しかいない久々に苦しい回航となりました。

その後の2回のランニングでは、先頭集団が南寄りを伸ばすところを東に伸ばしました。
さらに二回目のクローズもブランケットの状態のまま右に出すなど、このレースはまったく良いところが無いままに終わり、今回、自分達のワーストとなる、17位でフィニッシュしました。

走りが悪く、スピードが無くて、この順位を取ったわけではないだけに残念です
それでも、1位に浮上したウクライナとは2点差で踏みとどまることができました。
3位以下もさほどの点数差があるわけではありません。
全ては、得点が2倍で計算される明日のメダルレースにかかっています。

普通、今日の2レース目で経験したことは、しっかりと覚えておき、来年、代表になってチンタオに戻って来た時に活かせば良い、明日のメダルレースは気持ちを切り替えて・・と言うところでしょう。

しかし私は、そのようには表現しません。今日経験したことの中で、良かったこと、改善すべきこと、いずれもしっかりと頭に叩き込んで、明日のメダルレースにさっそく活かしてほしいと考えます。

一度あることは二度有り、二度あることは三度あるのがヨットレースです。一日一日を積み重ねて上手になっていく、前向きの謙虚な気持ちを忘れず努力すれば、きっと大きな喜びが待っているはずです。

プレオリンピック 青島国際レガッタ 470級女子成績

プレオリンピック 青島国際レガッタ -6日目-

小松 一憲

青空が広がり、シーブリーズのコンディションとなりましたが、風速がなかなか上がらず14時30分まで陸上で待機しました。

16時20分、男子がアウターコース、女子はインナーコースでレースが始まりました。
風速は、2~3m、風向110度、弱い風でアップダウンは多少ありましたが安定していました。潮流は、260度方向から約1ノットの追い潮でした。
レースが6日目ともなると各チームとも潮流にはだいぶ慣れてきたように見受けられました。しかし、視界が良く、陸上の見通しが取れるスタートでしたが、慣れてきた頃になってリコール艇が出てきました。リコールや失格は、「初日と慣れてきた頃に多い」と言っても過言ではありません。

第1レースは、ラインに満遍なく散らばった艇団の真ん中、ラインの、ややリミットサイド寄りから良いスタートをしました。自分達をはさんで風上と風下のスウェーデンとイスラエルがリコールでしたから、きわどいスタートでもありました。しかし、後で聞けば「危ない位置だったのでバウを出すのを若干調節した」と言うことですから、落ちついていたようですし、進歩もしたのでしょう。
風上マークはトップで回航しました。これで第1マークのトップは、6レース中4回目になります。しかし微風のインナーコースのランニングは、少しでも角度を落として走ろうとすると、角度をつけてスピードで走ってくる後続の艇団に壁を作られるので、特に難しいコースとなります。トップ回航とは言え安心できません。この風速域のランニングの走りは、二人にとって課題でもあります。
ランニングコースの半ば、集団が西よりを選択したのに対し東方向にジャイブし、集団と分かれたところで勝負がつきました。下マーク回航は、11位になってしまいました。その後、先に回航した集団が沖(南)に伸ばすコースを取りましたが、ここでも逆の左へと展開して順位をあげることができず11位のままフィニッシュしました。

風が若干右に振れて、130度で設定されたコースと、潮止まりの時間帯に始まった第2レースのスタートも、アウターリミット寄り4番手で良いスタートをしました。スタート後、左に展開した自分達のコースに対し、沖に残っていいたと考えられる右から左への潮流と、沖の風のラインに乗るまでポートタックを延ばした集団に先行され上マークは15位の回航となりました。
続くランニングでは、下マークまで細かいジャイブをせず、うまく下マークにアプローチして5位まで追い上げました。その後、クローズは左展開を選択しましたが、トップ艇団と後続艇は右の沖コースを選択し、結果的に上マークの回航は再び14位となりました。フィニッシュまで12位に追い上げたのが精一杯でした。

今日のレースを振り返ると、昨年、ここでレースを経験しているチームが、シーブリーズの微風(2~5m)、風向(110~160度)に対し、決まって南から南西寄りにレグを伸ばす(ポートタック)コースを取ることが分かりました。レースの三日目、130~150度の風でスエーデンと競って2番と1番でまとめたレースのコースを思い起こすと自分達も右展開をしていました。こう言った細かいところの情報は、自分達で経験的に入手するしかありません。

大会終盤、まだレースは残っており、1位から6位まで5点差です。
21日、12時よりレースが予定され、風が良ければ3レース実施されるはずです。これまでの勉強と良い材料を武器に落ち着いて戦ってほしいと思います。

プレオリンピック 青島国際レガッタ 470級女子成績

プレオリンピック 青島国際レガッタ -5日目-

小松 一憲

最高気温は28度ということでしたが、曇り空ながら、たいへん蒸し暑い一日でした。
12時のスタートにあわせて出艇したものの、風がぴたりと止んで「ハーバーで待機せよ」との指示が出ました。陸上で風待ちをすること約2時間、再び出艇の指示が出てレース海面に着いてみると風は2メートル有るか無しか、今度は海上で風待ちとなりました。

結局、3時まで待って、今日のレースの中止が決定しました。
レースコミッティーとしては、なんとかレースを実施したかったのでしょうが、1.5ノット(1分間に45メートル流れる)の潮流の海面では、風が弱すぎてレースにならないと判断したのでしょう。
明日も今日と同じく、レースのスケジュールが変更され、12時より3レース、実施されることになりました。

明日もまた、天気のことですから、風が絶対に吹くという保証はありません。どんなコンデションになろうとも、試合が完全に終わるまで、気持ちを試合のモードに保たなければなりません。これも良い経験です。

プレオリンピック 青島国際レガッタ -4日目-

小松 一憲

雲の画像を見ると、一足先の秋雨前線なのでしょうか、チンタオから韓国のソウルにかけ、雨雲が横たわっています。早朝、短時間に大変な雨量の雨が降り、どうなることかと心配しましたが、日中は青空が広がり、穏やかな一日となりました。

風速は2・0~3・5m、風向85~100度、下げ潮で270度方向から1・0~1・3ノット。風速はレースを実施するミニマムのコンディションながら比較的安定していました。潮流は絵に描いたような追い潮でした。どこの国も、この潮流に対するセオリーの走りを選手に伝えてあるのでしょうか、また選手自身がセオリーとして身に着けているのでしょうか、いずれにしても女子は、リコール艇無しで、今日実施された2レース共に、一回のスタートで出て行きました。

スタート前の待ち方もラインから十分距離を風下方向にとって待ち、スタート後、風上マークまでは一本の長い距離を走らず、ランニングのコースでは潮流が弱いであろうと考えられる岸に向かってちょこまかジャイブせずには走る、そういった走りを各選手がしているのを見て、レベルの高さを実感しました。

そのような選手の中にあって、今日、4番、2番でまとめたのは立派でした。第1上マークをトップ回航しながら4位に落ちた第1レースのランニングなど100点満点ではないにせよ、スタートからフィニッシュまで、落ち着いて、自分達の走りをすることができました。この様な走りを続けることができれば、成績はおのずとついてきます。実際のところ、5レースを消化したところで1レースのカットが入り総合成績でトップに浮上しました。

明日は、この時点でトップを示す、黄色のステッカーをセールに貼ってレースに出ます。ステーカーの色もそうですが、有る無しにかかわらず、毎レースを初日と同じ気持ちで戦い続けることが大切です。このレースはオリンピックのテストイベントです。

来年の本番で同じ事態になっても、自分達を見失うこと無く、自分達の走りとタクティクスを貫き通せるよう、今回、その経験を積む機会に恵まれたのは幸運です。

台風の影響を考慮してのことでしょうか、明日(20日)は、レースのスタートが1時間早まり、12時より3レースが実施されます。

プレオリンピック 青島国際レガッタ 470級女子成績

プレオリンピック 青島国際レガッタ -3日目-

小松 一憲

470級はリザーブデーで休みのはずでしたが、初日(15日)に女子が1レース、男子は2レース、ともに風が弱くて実施できなかったレースを行うこととなりました。しかし、終日、風が無く、15時30分にレースが行われない旨の決定が下されました。後日、もう一日あるリザーブデーを使うなどして、今日予定したレースが実施されるものと思われます。

天気しだいのヨットレースにおいては、この様に一日中、風を待って待機することは珍しいことではありません。しかし、初日に失格や悪い成績をとった選手と好成績の選手とでは、待機中の心の内は天と地ほどの差があります。悪い成績をとった選手は、強い精神力を持って気力の維持に努めます。それが功を奏して大逆転に結びつくことがよくあります。逆に良かった選手がうかれすぎたり、のんびりし過ぎた為に調子を崩すことも、またよくあることです。

試合は常に初日のつもりで、しっかりとした気持ちを持って臨むべきです。最終日まで変に高揚することなく、ましてや落ち込むことなどあってはならず、いずれの時も坦々としていなければなりません。このあたりのことは、常に言い聞かせています。二人の耳には、たこができているかもしれません。明日からの健闘に期待しています。

プレオリンピック 青島国際レガッタ -2日目-

小松 一憲

朝方、強い雨が断続的に降る不安定な天気でしたが、日中は日差しも有り、風もそこそこ吹いて、チンタオにしてはグッドコンディションとなりました。

定刻の13時ぴったりにレースが始まりました。男子が先にスタートしてアウターコース、15分遅れて女子がインナーコースを使い、2レースが実施されました。

風速は第1レース、第2レース、共に3・5~5・5m。風向150度。潮流は下げ潮で270度方向から約1ノット。スタートライン及びコースを斜め右から押し上げるように左へと流れていました。波長は短く、風速の割りに波高があり、速い潮流のある海面特有の波になっていました。

レースの結果は2位と1位で、昨日とは違い、冷静な試合運びになりました。特に第1レースのスタートは見事でした。見事というのは派手とか華麗ということではなく、無理をせず、狙った位置から、スピードに乗り、普通に出て行くということです。

潮の流れを計算して待つ位置を決め、リミットマーク寄りの4番手でスタートし、スターボード艇の前を切れると判断して即タッキング、そのまま右に伸ばす展開となりました。クローズの走りは、こちらに来ての調整で、これまで以上に良くなっています。したがって、見ていても、スタートした時点で、上マークを好位置で回航することが確信できました。予想通り、第2上マークまでにダントツ、ダン2のかたちで集団を振り、最後はトップ艇にオーバーラップするところまで追いつき、2位でフィニッシュしました。レース全体を通して安定感がありました。このようなレース運びが、チャンピオンになる為に必要であることを、ぜひ知ってもらいたいと思います。

続く第二レースは、スタートラインの真ん中で、メインシートの絞りが遅れる消極的なスタートとなりました。しかし、タッキングする判断が早かったのと風速にも助けられ、フレッシュウインドをつかむ位置に、大きなロス無く出て行くことができました。その後は、上手にコースを引いて第1風上マークをトップで回航しました。さらに、次のランニングで良く走り、2位に36秒の差をつけて下マークを回航、その後は危なげ無くトップをキープしてフィニッシュしました。まだまだ3レースしか終わっていませんが、トータルで2位に浮上しました。レースを振り出しに戻せたというところでしょうか。

これからの一戦一戦をとにかく丁寧に、そして一戦一戦、自分達は上手くなるという前向きの気持ちを持ち続けることが大切です。

明日(17日)は、リザーブデーを使ってレースが行われます。

プレオリンピック 青島国際レガッタ 470級女子成績

プレオリンピック 青島国際レガッタ -1日目-

小松 一憲

13時のスタート予定にあわせて11時40分、出艇しました。
海面までは曳航で20分弱かかります。しかし今日は朝から風が弱く、海上で風待ちとなりました。シーブリーズもさほど強くならず、結局2・5mの風で15時30分レースが始まりました。

風向170度、潮流は上げ潮に転じて45度方向から約1ノットの流れがありました。これは、スタートライン及びコース上を左から右に流れる潮になります。

ゼネラルリコールのスタートでは、リミットサイド寄りにいたのですが、ブラックフラッグが掲揚された2回目のスタートでは、本部船狙いに方針を変えました。しかし約25秒前にそのポジションを断念し集団の左に出て隙間を探す行動をとりました。

結局、バタバタのスタートとなってしまい、二列目から出る最悪の状態となりました。その後、スタートラインからそう遠くない距離で、微風で強い潮の中であるにもかかわらず4~5回のタッキングをした結果、集団から取り残され、上マークアプローチのオーバーセールもあって第1上マークの回航は、ビリとなってしまいました。

潮流の対処については、昨年の世界選手権の経験も有り、頭の中で分かっていたはずなのですが、スタート時の狙い方、上マークへのアプローチ、どれもこれもちぐはぐでした。やはり第1レースのプレッシャーだったのでしょうか。どんな時も落ち着いた試合運びができる様になるには、もう少し経験が必要な気がします。

出走22艇中、4艇の失格艇が排除され、第1上マークはビリの18位から追い上げて、第1下マークまでに9位に上がったのは立派でした。風はその後、1mあるかなしかまで落ちていきました。この時点で中止になってもおかしくないコンデションでした。第2上マークでは8位に上がりましたが、フィニッシュは9位でした。オーストラリアが1位、2位にはオランダが入りました。

走りがどんなに良くても、それを活かすスタートやコースの選択にミスがあっては、成績はついてきません。とは言え、レース初日、失格やOCSがなかっただけでも幸いです。明日からは、今日の経験をもとに、落ち着いて、堅いレース運びで走ってほしいと願っています。

プレオリンピック 青島国際レガッタ -プラクティス-

小松 一憲

チンタオに来て10日が過ぎました。
練習も順調に進み、こちらの生活にも慣れたところで昨日、計測も終了しました。

そして本日(8月14日)、オリンピックテストイベントのプラクティスレースが実施されました。計測が終わっていない国、またプラクティスレースということもあり、スタートラインに並んだ艇は15艇と少なかったのですが風速3.5m~4mのコンディションでトップフィニッシュしました。男子の山田・中村組も2位でフィニッシュし、仕上がり状況は良好です。

現在のチンタオのレース海面の特徴を挙げると、薄いもやのかかった視界、外海(そとうみ)特有のうねり、昼過ぎに現れる南東方向からのシーブリーズ、干満により180度変化する潮流(流速mx1.3ノット、上げ潮250度、下げ潮70度)、ビニールごみの多さということになるでしょうか。

台風も含め、低気圧の接近があれば別ですが、日本でよく経験する微軽風のコンデションが予想されます。このコンデションでは、470級に関して言うなら日本チームが活躍して当然で、またそうでなければいけません。

来年の本番に向け、テストイベントの持つ意味を理解し、一つづつ、大事に戦って良い勉強をして帰りたいと思っています。

2007世界選手権 最終日メダルレース(現地時間7月13日)

小松 一憲

メダルレースの結果は5位で、残念ながら3位の表彰台には上がれませんでした。
1位のオランダと2位のフランスは変わらず、3位にメダルレースをトップフィニッシュしたイギリスが入り、チーム・アビームは4位、5位にスウェーデンという順位になりました。

風は4から6メートルで、短く打たれた上下のマークを3周するコースでレースがおこなわれました。アウターマーク寄りから下の一番でイギリス、二番でチームアビームがスタートしました。ライン後方から見ているとスタートダッシュは良かったように見受けられたましたが、試合後にカメラマンがとったビデオを見ると三分の二艇身ほど、出遅れのスタートをしていました。それでも上マークは3位で回航し、トップとの差は6秒でした。ランニングで内側のコースを少し走った為に、後続の集団にブランケットされ、下マークの回航は6位になってしまいました。この順位が第2上マーク及び下マークでも変わらず、3回目の風上へのレグでやっと一つ上がり5位でフィニッシュしました。

今日のコンデションは、自分たちの得意風速のはずでした、しかし銅メダル争いをしていたイギリスには、走り負けをしていたように思います。ここで味わった、悔しい気持ちは、これからの練習の質と量に厳しさをプレゼントしてくれるに違いありません。またスピードを向上する為にいろいろと考え、工夫するチャンスを与えてもらったと言えます。

昨年の銀メダルは、たまたま微軽風のコンデションだったからと、多くの人に思われていたでしょう。しかし、このカスカイスで、強風でも世界のトップグループの実力を持っていることを立派に証明しました。また今年の3月からヨーロッパで計8試合を消化して、世界のどの選手よりも安定した成績を収めました。ということは世界でもっとも安定したオールラウンドプレーヤーになったと言えます。一昨年からチームが本格的に始動しました。まだまだ若いチームです。本人たちが謙虚さを持ち続けるかぎり、進歩し続けるでしょう。今後の更なる成長を皆様に楽しみにしていただき、必ずや進歩した姿をお見せできると信じています。

2007世界選手権 レース6日目(現地時間7月12日)

小松 一憲

昨日の報告で今日(12日)の海面は、湾の中と書きましたが、昨日と同じ強風の吹く海面の間違いでした。また決勝の5レースは、トップ10艇によるメダルレースも含んでの5レースということで、今日のレースで5位と9位をとって総合の3位をキープしたチーム・アビームは、明日のメダルレースをもって今大会の日程を終了します。

今日の風のコンデションも昨日と同じ9から13メートルで2レースが行われました。第1レースは上マークを10位で回航し、少しずつ順位を上げて5位でフィニッシュしました。この第1レースで昨日までトップテンに入っていたオーストラリアがランニングのスピンでディスマスト、オランダの№2の選手もジャイブの沈でトラブルを起こしリタイアー、2艇とも今日の2レースを失ってしまいました。第2レースは、上マークを8位で回航し、下マークまでに5位に上がりましたが、第2上マークまでのクローズで9位に落ち、その後は順位を上げられずフィニッシュしました。

総合で1位のオランダと2位のフランスが抜け出て、3位のチーム・アビームと2点差でイギリス、3点差でスウェーデンが続き、明日のメダルレース(得点2倍)で表彰台に上がれるかどうかが決まります。メダルレースは、陸から観戦できる海面ということで陸に近く、当然その影響をまともに受けるでしょうし、しかも短いコースでレースが行われます。3艇の戦いなので、これといった作戦はありません。基本どうり、きちっとレースをするだけです。

2007世界選手権 レース5日目(現地時間7月11日)

小松 一憲

快晴、330度、風速8メートルから13メートルのコンデションで決勝シリーズの2レースが実施され、2位と5位でまとめた結果、総合3位に返り咲きました。

第1レースはアウトサイドリミットマーク寄り5番手でスタートし、左に少し走ったところでタックして右に伸ばす展開となりました。いつもより.岸に近くマークが打たれた為に右の海面の波が穏やかでかつ陸に沿ってベンドしていました。この傾向をうまく捉えて上マークをトップで回航しました。2位は昨日まで総合順位1位のオランダ、3位は同じく4位のフランスと続き、アウターループの第1下マークまでトップをキープしましたが、第2風上マークで2位に後退し、その後は3位のフランスとの競り合いとなりました。結局これを守りきって2位でフィニッシュしました。

第2レースは、上集団の一番本部船寄りを狙って失敗、全艇が出て行った後、ポートタックでラインを切りスタートする最悪のパターンとなりました。良いレースをした後、本部寄り狙いの集団の中から出ようと試みて失敗する、定番と言えるほどのパターンです。右に出て左に返し、左海面をコースの中間まで走って右に出る展開で、上マークの回航は10位でした。1位回航はフランス、2位にオランダ、7番でベネッセチームが続きました。この後、下マークで8番、第2上マークで7番、最終下マークで5番に上がりフィニッシュしました。

昨日までの総合順位3番と4番のスウェーデンとイギリスが順位を崩した為、2位にフランスが上がり、チーム・アビームは3位に浮上しました。この様に明日、明後日と最後までもつれながらレースは進んでいくでしょう。ここで威力を発揮するのが、レースを一つ一つ大切に戦うと言う考え方であり、昨日よりも今日、今日よりも明日、少しでも上手なレースをしようと考えることでしょう。反省すべきは反省し、改善すべきを改善し、良かったことを積み重ねて行きながら、落ち着いてレースを進めていけばよいと考えています。明日は、湾の中に入ってのコースが予定され、風と波が穏やかになりますが、風のむらが大きく難しくなります。

2007世界選手権 レース4日目(現地時間7月10日)

小松 一憲

昨日(9日)、強風でできなかったレースをレイデー(予備日)として予定されていた今日(10日)をつかって1レースが実施されました。

予選は6レースの予定でしたが、結局、計5レースで終了しました。今日の結果は5位で1レースカットが入り、総合は5位に後退しました。

風速は、7から12メートルのコンディションで、一回のゼネラルリコールの後ブラックフラッグが掲揚されました。本部船の混戦を避け、集団の下からスタートして左に少し伸ばし、その後、数回のタッキングをしながら上マークにアプローチしました。上マークは、10位の回航となりましたが、ランニングで4位に上がりました。

次のクローズホールドで、右にシフトした風を拾えず上マークの回航は、8位に落ちました。最後のランニングで再び3艇を抜いて5位に上がり、フィニッシュしました。

総合順位の上位陣が崩れず、特に1位のオランダと2位のスウェーデンが抜け出る形になりましたが、後は2から3点の僅差で続いています。

決勝は、5レースが予定されており、これからまだまだ物語が出てくるに違いありません。最後まで一つ一つのレースを大切にこなしていく気持ちが必要でしょう。明日もまた、間違いなく強風が吹く海面を使ってのレースがおこなわれます。

2007世界選手権 レース2日目(現地時間7月8日)

小松 一憲

本日、2レースが行われ、それぞれ10位と4位でフィニッシュし総合は昨日と変わらず3位となりました。
レース終了後の暫定の総合結果は、4位でしたが、2位のイタリアが失格となり順位が一つ繰り上がりました。
今日もレース中、短い周期で6メートルから11メートルまで風速が変化し、コース取りはもちろんですが、どの風速域にマストチューニングをあわせるべきか難しい選択を強いられました。
第1レースは、マストを強風寄りにセットしすぎたため本来の上り角度が取れず、苦しい展開となりました。
スタートのポジションは良かったのですが、そこを持ちこたえられず、第1上マークを15位で回航しました。その後、なんとか追い上げて10位でフィニッシュしましたが、もう少し走っても良いコンディションだっただけに悔やまれます。
続いて行われた第2レースは、アウトサイドマーク寄りを狙って失敗し、タッキングして全艇のスターンを通過して右よりのコースをとる展開となりました。
しかし、この右サイドのコース取りが功を奏し上マークを4位で回航することになりました。
第2上マークでは、再び選択した右サイドのコースの風が弱く6位まで落ちましたが、先行するアメリカが沈をし、イタリアが失格したために結果として順位は4位となりました。
沖縄での練習の成果が随所に現れ、危なげなく確実に強風を走ることができます。
今日のレースの経験を生かせば、今後も予想される強風と風速幅への的確な対応が期待できるでしょう。
明日は、風速の幅、振れ幅、風のムラ、いずれも大きい三重苦ともいえるコースが予定されています。基本に忠実にレースする、それ以外の特別な対処はないと思っています。

2007世界選手権 レース初日(現地時間7月7日)

小松 一憲

大会初日、4~7メートル、風のむらがあって非常に難しいコンディションのなかで2レースが行われ、結果は、1位と6位で総合3位になりました。
参加国数34、参加艇数63を二グループに分け、レースが行われています。
第一レースは、アウトサイドリミットマーク寄り、艇団の三分の一からまずまずのスタートをし、しばらく走ってタッキングをしたのちコースを右に伸ばし、上マークは2位に10秒の差をつけてトップで回航しました。
その後、下マークでウクライナに先行されましたが第二上で再びトップに立ち、フィニッシュまで順位をキープしました。
第二レースは、本部船寄りの3艇目から出ましたが、すぐ風上艇にかぶされてタッキグ、その後もホ-プレスを抜け出せず、タッキングを再び返して、左に我慢して伸ばしました。これが功を奏して順位を挽回し、上マークを6番で回航しました。
結局最後までこの順位が変わらず、フィニッシュしました。
明日は、日替わりでレース海面が変わる今大会のシステムの中で、コンスタントに強い風が吹くエリアでのレースが予定されています。
このところ、強風での走りにたくましさが出てきました。
レース順位が良かった翌日のレースが、なぜかへこんでしまうことが多かったこれまでの展開を払拭する為に、明日はぜひ平常心で臨んでほしいと願っています。