2010年05月 アーカイブ

小松 一憲
薄い霧が湖面に立ち込め、時折、小雨のぱらつく天気となりました。昨日のメダルレースに出場したトップテンをのぞき、11位以下のチームでレースがおこなわれました。

予定の10時30分、珍しくゼネラルリコール無しでスタートしました。風向、255度±5度、風速、5から6.5メートル、コンデションもたいへん安定していました。風向に対して直角のスタートラインが作られたのですが、この角度になると約70パーセントの艇が本部船寄りに集まることになります。原田・吉田組は、ラインを計測し、冷静に判断して位置取りしました。無理をせず、集団がバラけたところに自分のスペースを作って並びました。毎日、一つの屋根の下で寝食を共にし、練習の日々を送っていると、艇の動きを遠くから見ていても、それを操船する選手の心の状態が解ります。今日のスタートには落ち着きが見られました。スタートを待つ間の並び方、スタートする直前の動作など、安心して見ていることができました。スタート後の走りもコースの取り方も良く、第1風上マークをトップで回航し、その後も危なげのない走りでトップフィニッシュしました。2位には松永・今井組が入り、トップテンを除くその他のチームで行われたレースとは言え、力のある選手が大勢残っていました。今日は、日本勢が気を吐いたレースを見せてくれました。

原田・吉田組は11位でデルタロイドレガッタを終了しました。マヨルカ島で3月に行われたプリンセス・ソフィア杯も同じく11位、二人の世界ランキングは14位、正直なところ、現在の実力と言えるでしょう。スピードの差ではありません。差があるとしたら、「練習中のスピードを再現する力」、「風速のアップダウンに対応する力」であって、これからの練習で身につけていけば良いことです。また、スタートを含めた「レーシングテクニック」もまだまだ磨きをかける必要があります。先を見ると遠く、しかも時間が無くなってきたように思えるのですが、とにかく一歩一歩、やることをやりながら可能性を信じ、ますます頑張ってほしいと思います。

試合を終え、その日のうちにドイツまで行き、近藤・田畑組の艇の修理を依頼してきます。そして艇を預けた後、アムステルダムに戻り、夕方の飛行機で一時帰国します。選手達は、だいぶ逞しくなってきました。インターナショナルの選手として力もついてきたと言えるのでしょう。2チームのこれからが、私の目にも楽しみです。

報告を終わります。

小松 一憲

日中曇り空、夕方から雨、オランダに来て10日になりますが久々の雨となりました。
今日は男女ともに2レースが行われました。風の予報は、大雑把い言えば、午前中、南、午後、南南東、夜、南東と出ていたので、左回りに変化してゆく事が考えられました。しかし、私が計測した結果で言えば9時30分から19時30分までの間、170度から200度(南南東から南南西)、30度右に変化しました。風速は、平均で7.5メートルから2.5メートルと次第に落ちてきました。

男子第1レース、10時00分、185度の風向に合わせ、マークがセットされて開始しました。原田・吉田組は本部船寄り5番手のスタートを狙いました。ラインはアウトサイドリミットマーク有利でしたから、始めから右方向に狙いを定めてのスタートでした。狙いとしては、決めてかかってしまっているという点で強引な狙いと言えます。大半の艇は左に寄って並んでいました。したがって隙間はたくさんあり、並ぶのは何も難しくありません。しかし、スペースにこだわって10秒前に、自分のスペースを広くする行動に出ました。結果は出遅れの失敗スタートとなり、すぐに逃げのタッキングをしたのですが、左有利のスタートラインで一番右で失敗をする、すなわち、この時点で苦しい展開が決まってしまいました。一番右の奥まで伸ばしながら待ったのですが、期待した風の振れも無く、強い風が入るでもなく、第1風上マークの回航は、29位となりました。フィニッシュは27位でした。

第2レース、マーク設定、195度、風速8から5メートル、レース中に徐々に風が落ちてきました。スタート直前に風が振れ、アウトサイドリミットマークが極端に有利になり、その有利なサイドの5番手でスタートしたのですが、一番良い時にタッキングをすべきでした。2分もしないうちに風は右に20度近く振れ戻り、タッキングのチャンスが無くなりました。スタートする前に右の奥に一筋見えていた風でした。トップの大半の選手はこの風を見逃さず、ちゃんとスタートラインの右ないし真ん中から出ていました。原田・吉田組は、第1レースで右に行けば左、第2レースで左に行けば右へと風が振れたことになります。トップの大半の選手が、この風に対応している以上、「アンラッキー」ですますことはできません。29位で第1風上マークを回航しました。その後もそれぞれのレグで風の振れと逆に走るケースが見られ、順位を上げられず、33位でフィニッシュしました。
以上の2レースで、12位に落ち、トータルのポイントで4点足りず、メダルレースの出場を逃しました。3月下旬のプリンセス・ソフィア杯は1点足りずに11位、「あの時、無茶しなければ、堅く走っておけば、数点ぐらいどうにでもなっただろう」と後から考えてしまうのですが、古今東西、セーリング競技にいつも付いてまわる後の祭りの話です。明日は、トップテンを除く、11位以下のチームで最終のフリートレースがおこなわれます。

女子第1レース、13時15分、風速3.5から4.5メートル、アウトサイドリミットマーク寄りの4番から、きれいにスタートしました。第1風上マークを4位で回航しました。ランニングで後続に追いつかれ風下マークを6位で回航、二回目のクローズホールドでコースの中間を走り、両サイドに伸びられる形となって11位、フィニッシュは10位でした。

第2レース、14時35分、マークセット、185度、風速、3.5から5メートル、本部船寄りの5番手で出て30秒走ったところ、左に約15度振れた風が入りタッキングしました。右に伸ばし、振れ戻りを待ったのですが、風はその後、最後まで振れ戻らず、苦しい展開となりました。それでもコースの4分の3走ったところで、右に可能性が無いと判断したのでしょう、目をつぶって集団に寄せて行きました。この傷を深くしない為のコース取りは立派でした。この様な時、「最後まで待つ」ということを理由に右エンドまっで行ってしまうのが普通です。第1風上マークを31位で回航し、その後、徐々に追い上げ、10位でフィニッシュしました。この10位は、もとはと言えば、目をつぶって集団に寄せて行き、集団に大きく離されないで回航した第1風上マークの順位があったからにほかなりません。

女子は、6位で午後8時にスタートしたメダルレースに進出しました。風速は2メートルから3.5メートル、風のむらが多い、岸に近いところでおこなわれました。風向は左に振れて180度、右は200度と20度の振れ幅がありました。スタートラインは、10度ほど本部線有利に傾いていましたが、右は岸が近く、風も左が平均して強く吹いていました。左から3番の位置に並んでスタートしました。フランスの1艇に先行されましたが、走りは悪くなかったと思います。第1風上マークを5位で回航し、その後、コースを3周する間、7位まで落ちましたが、結局5位のフィニッシュとなりました。近藤・田畑組はトータルの成績、6位が確定し、デルタロイドのレースを終えました。二人は、3月からの遠征で、全てのメダルレースに出場し、それぞれ、7位、5位、6位という成績をあげました。表彰台の常連となるまであと一息?いえ!二息ぐらいかもしれません。頑張ってほしいと思います。

私の報告は、詳細にレースの次第を記述するよう心がけています。しかし、このスタイルで始めたことを後悔することが、このところたびたびです。いずれまた、同じ土地で試合をするであろうことを考え、自分のメモリーとして、そして、選手へのメッセージのつもりで書いています。おのずと良い事ばかりではなく、思い出すのも辛い、語るのも辛いことを書くことになります。そのような時は読む人も辛いのは解っています。ただ、選手の技術的なレベルが上がってきた今、世界の頂点を目指し、頂きに近くなればなるほど道は険しくなり、少しの妥協も許されなくなります。選手は、傷口に塩を塗られる思いをしているかもしれません。しかし目をそむけることも、避けて通ることもできない、頂点への道です。日々苦悩しながらも、一歩一歩足を前に出していることをどうぞお察しください。


デルタロイドレガッタ2010 公式サイト
http://www.hollandregatta.org/

小松 一憲

天気が次第に良くなってきました。前線が遠ざかった為か、空を覆う雲も次第に少なくなり青空が広がってきました。予報もピタリとあたり、強めの風が吹き、おかげで朝10時から、男女のレースがスケジュールどおり進行しました。とかく海の上で待つことの多いセーリング競技において、それを解決する為に、今日おこなわれたレースのスタートの手順様が、インターナショナルのレース委員会で検討され、近い将来、スタンダード化して行くのではないと予想します。一回のゼネラルリコール後、次は必ずブラックフラックを掲揚し「一分間ルール」とする。次にゼネラルリコールの後のスタートは10分以内に行う、また明らかにゼネラルリコールとなりそうなスタートはAP旗を上げて、新たにスタートをやり直す。以上3点がスタンダード化すれば、風が良ければの話になりますが、ごくスムースにレースが進行するはずです。
ちなみに今日のスタートは、全てゼネラルリコール後、すぐに適用された「一分間ルール」でおこなわれました。

風は時間と共に南西から西、そして西北西へと変化し、13時から15時にかけて強く吹き、Maxで11.5メートルになりました。
『男子第1レース10時、風向、235度、風速、6から7.5メートル』、『第2レース、11時15分、風向、245度、風速、6.5から9メートル』、『第3レース、12時27分、風向275度、風速、8から11メートル』、『女子第1レース、14時、風向280度、風速、8から11メートル』、『第2レース、15時15分、風向、285度、風速、8から10メートル』、『第3レース、16時25分、280度、7から9メートル』、以上がそれぞれのスタート時間と風のコンデションです。
風向は基本的に右に変化して行きましたが、約10度の振れ幅で左右に振れ、この振れに合わせて、コースをとるのが今日のポイントだったように思います。

男子は、3レース共に第1風上マーク回航の順位が悪すぎました。2回目のクローズホールドのコースで上がってくる力があっただけに、残念です。最初の風上マークと2回目の風上マークの回航順位を列記すると次のようになります。『17位~10位』、『34位~16位』、『20位~7位』、「落ち着いて風の振れをつかみ、良く抜いてきた」と誉めてやりたのですが、大会で好成績をあげるには、この第1マークの回航順位を10位そこそこで安定させる必要があります。第1風上マークの回航順位が悪いのは、いつも言っていることですが「スタートが悪い」、「スピードが無い」、「コース取りが悪い」のいずれかに原因があります。今日の原田・吉田組の場合は、スタートの失敗でした。スタートは、「狙う位置」、「狙い方」、「位置取り」、「出て行き方」などなど・・説明すると長くなりますが、自分達のスタートの何が原因でそうなるのか、クルーとスキッパーで問題を共有し、二人で改善する努力をして欲しいと思います。フィニッシュは10位、17位、7位、トータルで7位に浮上しました。

男子ほどではないにせよ、女子のスタートにも同じことが言えます。また、女子の場合、スタートに加え、ランニングのスキルもアップしなければなりません。第1レースは、メインシートの絞り遅れによる失敗スタートでしたが、がまんして伸ばした右のコースの選択が良く、6位で第1風上マークを回航しました。アウトサイドリミット寄りの6番手に並び、積極的に攻めた第2レースの第1風上回航順位は4位でした。第3レースは、ラインの真ん中で、出た位置が凹んでいたこともありますが、最初に伸ばした右方向、二回目のクローズホールドで伸ばした左方向、いずれもコースの選択が逆になり順位を落としました。フィニッシュは6位、2位、19位、トータルで昨日よりも一つ順位を上げ8位となりました。

強風のレースは、「コースの取り方」と「走らせ方」が、微風に似ているとよく言われます。コースを例にとると、ちょこまかタキングせず、しっかりパフに入り、風の振れを見極めて、良いと思われる方向に伸ばすということになるのですが、これは微風のレースにも言えることです。今日も失敗あり成功あり、いろいろ勉強させてもらいました。明日予定されている残りの2レースは、今年のヨーロッパ遠征前半最後のフリートレースとなります。選手それぞれが納得のいくレースをして、明日の午後7時から始まるメダルレースに臨めるよう頑張ってほしいと思います。

小松 一憲

オランダは一日に四季があると言われます。天気が目まぐるしく変化し、予報もそれなりに難しいのでしょう、ここにきて、予報がアバウトで当たる程度になりました。朝は北東から東、午後に西から北西、夜が北西から西、それぞれ風速、2から3.5メートルと予報されていました。実際は、東寄り1から2.5メートルの風が13時に凪ぎ、16時30分になって西寄りに変わり、予報より若干強い4から5メートルとなりました。日中に少し青空が出たのですが、ほとんど雲に覆われ、昨日に引き続き寒い一日でした。

男子の第1レース、マークが95度の風向に合わせてセットされました。2回のゼネラルリコールの後、ブラックフラッグで3回目にスタートしたのですが、風向は75度に変化していました。風速は2.5メートルあるかなしか、ほとんど「ポートタック一本のコース」になっていました。ラインが大きくリミットマーク有利に傾いていた為、大半の艇が左に集まりました。そこを原田・吉田組は、冷静に判断したと思います。水深5から6メートル、底質は泥、マークをセットし直すのに何の苦労もいりません。いつもなら5度の風向変化の打ち変えも行うレースコミッティーが、今日に限って力を抜くということは考えられません。ということは、風向が戻る、あるいは風上マークではすでに戻っていると考えられます。スタートの号砲と共にタッキングし、右に展開しました。我慢して右方向に走り、マークに近づいてから数度のタキングをおこない、2位で第1風上マークを回航しました。その後、3位以下を大きく引き離し、2位を守ってフィニッシュしました。

第2レース、11時56分、風速1.5から2メートル、風向95度±15度、1回のゼネラルリコール後、ブラックフラックのスタートになりました。風の振れをしっかり把握し、アウトサイドリミットマーク寄りから1番で出ていきました。コースの中央を何度かタッキングしながらフレッシュウインドの中を走り、2位の艇に25秒の差を付け、トップで回航しました。トラぺゾイド・アウターのコースでは、風上マーク回航後、リーチングのコースとなる為、接近して回航した艇はどうしてもラフィングして自分のポジションを守ろうとします。いっぽう、トップの艇は後続艇を少し引き離して回るだけで、サイドマークに向かって真っ直すぐ走ることができ、ダントツになる傾向にあります。走りも良かったのでしょう、フィニッシュする時には2位に3分以上の差を付けていました。

ブルーリボンのグループがフィニッシュする13時20分頃から弱い風がさらに落ちて、凪ぎの状態になりました。2時間近く待っても吹いてくる気配を見せず、男子の第3レースはキャンセルされました。

女子は男子の中止が決まって、さらに1時間待ったところで、一旦ハーバーに帰させらされました。帰港する途中で西からの風が入り、陸上に上がって約10分、17時に再び出艇の合図が出しました。18時12分、260度にマークがセットされ、風速は2.5から3メートル、1回のゼネラルリコールの後ブラックフラッグのスタートとなりました。アウトサイドリミット寄りの15番の位置で待っていたのですが、10秒を切ってから、スタートのポジションを取り直す行動にでました。スペースを見つけ、一秒前にラインに入ったのですが、この様なバタバタのスタートの結果は言うまでもありません。すぐに風上の艇のブランケットを受け、逃げのタッキングをせざるをえなくなりました。さらに、右にしっかり出て行かなければならないところを、少し走って再びタッキングを返しました。風上マークに到達するまで、コースの中央で何回タッキングしたことでしょう。微風の乱された風の中でのタッキングでした。ロスは計りしれません。第1風上マークを20番後半で回航し、その後も順位を上げることができず、27位でフィニッシュしました。

第2レース、19時23分、すっかりお決まりとなってしまったブラックフラッグのスタートでリミットマーク寄り8番に並びました。風速は少し上がり、4.5から5.5メートル、風向260度±10度、岸から吹いてくる為、不規則に変化しました。第1レースの戦いぶりを見て「もっと主体性を持ったコース取りを!もっと大きなコース取りを!大きな風の振れをつかむように!しっかり我慢して、出て行か無ければならない所まで出て行くように!狙わなければいけないのならしっかり狙いに行って!」と声をかけました。いつも言ってることで、言っている内容は同じ様な意味合いの言葉でしかありません。「しっかり」、「もっと」を何回使ったでしょう、思い返すと自分でも可笑しくなります。このレ-スは、二人が気を吐いて臨む姿がありありと見てとれました。気になった小さなタッキングはありましたが、走りが悪くないうえに、フレッシュウインドをつかんで走る時間も多かったのでしょう、第1風上マークを4位で回航しました。回航後のジャイブの選択、風下ゲートの右サイドの選択、ランニングの艇団をやり過ごしてのタッキング、それらの動きに落ち着きを感じました。第2風上マークで2位に浮上し、3位を大きく引き離してフィニッシュしました。

レースは、今日で半分を終えました。トータルで男女共に9位と順位を上げてきました。しかし、嬉しいのは男女それぞれに「レースの進め方」にリズム?を取り戻しつつあり、手ごたえが感じられたことです。リズムというのは、場面場面で納得のいく行動なり判断ができていて、違和感を感じることなく見ていられることを私なりに表現したものです。日頃の練習量の差を発揮するのはここからでしょう。体力と気力、そして判断力、クルーとスキッパーのチームワークをフル回転させ、レースして欲しいと思います。

470級と帆船、船齢の違いは一体どのくらいなのでしょう。休日ともなると、この様な帆船が10艇以上も走っているオランダは、間違いなく、帆船で世界に雄飛した国です。

世界のヨットレースやセーリングニュース 、 コラムなどを発信されている、日本でNo1のセーリング関連ブログ「BULKHEAD magazine」さんに、チーム・アビーム 原田・吉田組のインタビューが掲載されております。

原田吉田インタビュー前編
http://bulkhead.sblo.jp/article/38494750.html

原田吉田インタビュー後編
http://bulkhead.sblo.jp/article/38503998.html

小松 一憲

ISAFグレード1のレース、オランダ・メデンブリックでの大会が今日から始まりました。このメデンブリックは、日本の470陣が36年前、初めて海外遠征をした所で、昔ながらの家並みと城が残る、小さな観光の町です。その初遠征は、前年度の世界チャンピンに勝って2位となり、華々しくデビューしました。華々しいなどと本人(小松・奥崎組)が言うと、誇張しすぎと笑われるかもしれません。その後、ここで1978年、甲斐・小宮組が世界選手権で優勝、女子の重・木下組の大活躍(詳しい成績を思い出せません)があり、さらに3年前、女子の田畑・栗田組が優勝、続いて昨年、近藤・田畑組が優勝しました。田畑選手は、2年連続でスキッパー及びクルーとして優勝しています。

日本選手が過去に良い成績をあげた場所と紹介すると、今日もそれに準じたレースができたのではないかと期待されるでしょうが、アビームの2チームは、それぞれに苦しい初日となりました。前線がオランダの南に、斜めに横たわり、そこへ北東の冷たい風が入る、日本の関東南岸でもよく見られる気圧配置となり、手袋が欲しいほどの寒さになりました。天気は曇り、厚い雲が時折空を覆いました。風は男子のレースが始まった午前11時に65度±20度、3.5から5.5メートル、風向の変化が大きく風のむらもあって難しいコンデションになりました。男子のレース終了後に女子が始まり、15時に55度±10度、4から5メートル、16時45分、35度±10度、6から7メートル、17時55分、25度±10度、7から9.5メートル、これを要約すると、風向は時間の経過とともに東北東から北北東へ40度変化し、それに伴い風速も徐々に上がっていったということになります。

男子、第1レース、本部船寄りに20艇の集団ができ、その集団の風下に並びました。スタート直前、メインシートが突然ゆるんだのが見えたので、何かのトラブルかと思ったのですが、本人達はスタート4分前の号砲(音)がずれていた為、それに合わせたということでした。結果はメインシートを締めるタイミングが遅く出遅れのスタートとなりました。タッキングをして逃げ、スタートラインを切った時には30秒が経過していました。号砲(音)というのは、ルール上、あくまでも補助的なもので旗の上げ下ろしが優先されるという基本的なルールを忘れてしまったのは残念です。「音がずれていた」、これは音を鳴らすコミッティーの係が、失敗したと考えるべきでした。「機転を利かす」、セーリング競技では大変大切なことと言えます。
第1風上マークを21位で回航し、途中14位まで上がりましたが、第2風上マークに行く間に順位を落とし、フィニッシュは22位でした。

第2レース、スタートライン上に並んだ艇の真ん中、リミットマーク寄り、3分の1の所から出ました。フランス、アルゼンチン、クロアチアと世界のトップランキング艇の間に挟まれ、悪くないスタートに見えました。ただし最初のタッキングのタイミングを焦りすぎました。同時にタッキングしたアルゼンチンのホープレスとなり、再び逃げのタッキングをしなければならず、これでリズムを崩し、その後はコースの真ん中を内側、内側と走って、両サイドの艇に先行されてしまいました。それでも風上マークを11位、フィニッシュは9位となりました。

第3レース、男子のスタートが始まろうとした時、早めに出てきた近藤・田畑組は、そのスタートライン付近で男子のポートタック艇と接触し、ミジップのガンネルに縦の亀裂が入る程のダメージを受けました。これに応急処置を施す為、男子のスタートを見ることができませんでした。後から聞けば、アウトサイドリミットマーク寄りの一番手を狙い、スタートしたところ、ポートスタートを狙った艇に風下でタッキングされ、苦しくなってタッキングしたとのことでした。次に自分達の右から出て来た艇の風下で受け、左展開となったところ、右の振れをつかんだ艇に前を走られてしまったとのことでした。スタート直後、右に出て行けば良かったのを、数艇の後ろを通過することを嫌った為に、スタート時点の左振れの風を有効に生かせなかったようです。このレース、スタートラインの中央から出た松永・今村組が素晴らしいコース取りをして風上マークをダントツで回航しました。その後も2位の集団に追いつかれること無く、余裕のトップフィニッシュになりました。原田・吉田組のフィニッシュは13位でした。

男子の3レース目が終了するのを待って、15時27分、3回のゼネラルリコールの後、4回目にブラックフラッグで女子がスタートしました。本部船寄りの真ん中から無難にスタートし、風上マークを5位で回航しました。風下マークでは4位に上がりましたが、二回目のクローズホールドで順位を落とし、フィニッシュは12位、失格艇が3艇あった為に11位の順位がつきました。クローズホールドのコース取りで、必要であればコースの端に出るくらいの思い切りが欲しいところでした。集団の内側で受けるだけでなく、もう少し、風の強さと方向に応じてコースをとれば良かったと思います。艇のダメージは大きかったのですが、通常のセーリングで、水が入らなかったのは不幸中の幸いでした。

第2レース、少し風速が上がってきました。ブラックフラッグのスタートで、ラインの中央から出たのですが、出た位置が凹んでいたと思われます。ホープレスにはなりませんでしたが、風上マークに近づくにつれ、コースの両端から寄せてくる艇団に呑みこまれる形になりました。さらに風上マーク手前250メートルの所でスターボード艇を避けさせるケースを起こし、720度回転をしました。風上マークを回航した時には後ろに3艇しかいない状態になっていました。風速が上がってきて、マストのチューニングが合っていなかったこともあるのでしょうが、精神的な動揺が加わったのでしょう、順位を上げること無く36位でフィニッシュしました。

第3レース、ブラックフラッグのスタートで本部船寄り10番の位置から出て左に伸ばしました。風速が上がってきてのチューニングもぴったりだったのでしょう、また、この風速域のスピードはメデンブリック入りしてから冴えていました。良いスピードと上り角度で走り、風上マークをほぼダントツで回航しました。ランニングで追いつかれ、差は縮まりましたが第2風上マークもトップで回航しました。最後のランニングで3位に落ちはしましたが、リーチングで一艇を抜き返し、最終的に2位でフィニッシュしました。

スタートの失敗、風を見極められなかったことによる思い切りの無いコース取り、スタート前の接触による艇のダメージ、ポート・スターボーの720度回転、アビームチームの男女2艇にあったマイナスの出来事です。
両艇共に事前の練習でスピードにある程度自信を持って臨んだ初日でした。もう少し、しっかり走れば・・と、ため息が出ます。しかし、ありきたりの言い方になりますが、レースはまだ初日、走りに遜色ないことを盾として、攻める気持ちを前面に出し、そして冷静に戦ってほしいと願っています。

かつて、メデンブリックのレースは、町の運河沿いに艇を置き、運河を通って出艇しました。多くの日本選手の思い出の詰まった運河の風景は、私の先輩たちがここに来た頃から変わっていないのではないでしょうか。アイスル湖を周航する帆船の姿とレガッタオフィスに使われた建物を懐かしく思い出されるに違いありません。


デルタロイドレガッタ2010 公式サイト
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小松 一憲

薄日の差す曇り空、男子の終了後、11時17分、風向0±15度、風速4から5メートルのコンデションで、女子のメダルレースがスタートしました。スタートラインは175メートルと長く、風上マークは右にずれ、ヨット乗り用語で言うところのポートロングのコースとなっていました。経験あるレースコミッティーがどうしてこのようなスタートラインとコースでレースをおこなうのでしょう、不思議に思うかもしれません。北の風で風向が非常に不安定だったということもあるのですが、実はガルダ湖の水深に問題があります。最大水深はなんと346メートル、レースエリアにいくつもの小さなマーク(白いポリタンク)があらかじめセットされていて、そのロープに大きなブイを取り付けてコースを作ります。4ミリぐらいのロープを使いアンカーの代わりにコンクリートのブロックが付けられていると聞きました。位置の調節は、マークであればロープごと引きずり、本部船の場合はロープを足したり、引いたりしておこないます。しかし、普段吹かない風向(珍しい風向)や普段使わないマークの距離に対応することは非常に困難で、今日のように偏ったコースになってしまうのは仕方ないのかもしれません。昨日までのレースも、35艇の出走数に対し、440メートルという大変長いスタートラインでおこなわれていました。470級であれば艇数×5メートル、おおよそ175メートルというのが一般的な長さと言えます。

風が15度振れてアウトサイドリミットマーク有利のスターラインに、左から昨日までの成績で2位のイタリア、3位の吉迫・大熊組、1位の近藤・田畑組の順で並びました。スタート号砲後、全艇がすぐにタッキングし、ポートタックになりました。吉迫・大熊組及びイタリアに比べ若干スピードで勝っていたよう見えました。前に出て行く近藤・田畑組の走りを見て、私は二人の優勝を確信しました。吉迫・大熊組とは13点、イタリアとは10点の点差を持って臨んだこのメダルレースですから、この2艇と一緒に走りさえすれば勝てる計算でした。風上マークをトップで回航し、その後もマークチェンジはおこなわれず、「かた振れ」のままでしたからイージーなレースとなりました。同じ日本選手には負けられない、今年に入って2連敗のイタリアの前をなんとしても走りたいという意地も感じられ、危なげなく最後までトップをキープしてフィニッシュしました。吉迫・大熊組もイタリアを逆転し1点差で2位となりました。

簡素な表彰式でしたが、表彰台に上った近藤・田畑組の顔は晴れやかでした。同じく銀メダルを首にかけて並ぶ吉迫・大熊組の二人もいい笑顔をしていました。これからも、この2チームは、よきライバルとして切磋琢磨し、高いレベルでの好勝負を期待したいと思います。

どんなレベルのレースでも、きっちり勝つことが重要で、簡単ではありません。その意味で「おめでとう!」の言葉を二人にかけてあげたいと思います。ただし、今回、競り合ったイタリアは、これまで使っていたセールをチェンジし、新しいセールをテストしていた節があります。侮るようなことは微塵もあってはなりません。今日が終わり明日の朝を迎えたら、気持ちを切り替え、また一歩一歩前進あるのみです。これよりドイツに向かい、男子のボートを修理し、四日後にはオランダでの練習を開始します。

フィニッシュまであと300メートル、ウイニングランの近藤・田畑組。いつの日か4人そろって金メダル・・・、悲喜こもごもの笑顔です。二人を祝ってくれたのでしょうか、穏やかな表情を見せるガルダ湖を背景に記念写真を撮りました。二枚を添付し、報告を終わります。

小松 一憲
この時期の天気の悪い日、湖上の気温は、山の裾野と湖岸の新緑が無ければ冬と錯覚するかもしれません。今日は曇り空の中で3レースが行われました。昨日、着岸時のトラブルで船腹を破損した原田・吉田組はレースを断念し、コーチボートで観戦しました。

第1レース、10時48分、風向、0±10度、風速、5から6.5メートル、今大会、初めての北の風でした。左に10度振れ、アウトサイドリミットマークサイドが極端に有利な状態で始まったのですが、AP旗が上がり、ラインが修正されました。11時00分、再開したスタートで、ほぼ全艇が30秒以内にタッキングし、ポートタックになりました。近藤・田畑組はスタートラインの3分の1、アウトサイドリミット寄りに並んだ艇団の右はじにポジションを取り、スタートしました。左に振れた風がなかなか戻らず、右を我慢して伸ばしました。アウトサイドリミットマーク寄りから出たグループには良い風が入り、近藤・田畑組はフレッシュウインドをつかんではいましたが苦しい位置関係が続きました。第1風上マークの回航は23位、回航後、サイドマークに向かって真っすぐ走り、風上に膨らんだ艇団に追いつきました。サイドマークを18位で回航し、次のランニングもスターボードタックを伸ばして2艇を抜き、2回目のクローズホールドではさらにジャンプアップして8位にあがりました。ランニングのコースの4分の1を走ったところで、風が一気に180度変わり、4から5メートルの風が前から吹いてきました。スピンを下していきなりトラピーズに乗りはじめました。時間は11時30分を少し回っていたでしょうか、ガルダ湖らしい劇的な変化です。このレース、8位でフィニッシュしました。

第2レース、195度で作り直されたコースで12時29分にスタートしました。風速は5から6.5メートル、いつもの南の風のレースになりました。アウトサイドリミットマーク寄り、1番手で出て、5秒後にタッキングし、右に展開しました。近藤・田畑組のこの戦法は、曇り空、南の風の吹き始め、アウトサイドリミットマークが有利なスタートライン、そのような条件でのセオリーかもしれません。スタートラインの傾きを無視し、本部船横から出て右の崖を目指すコース取りよりも、この選択のほうが正しいと思われます。風上マークを4位で回航し、その後、大きな変化は無く、第1風下マーク3位、第2風上マーク4位、フィニッシュ4位となりました。

第3レース、アウトサイドリミットマーク有利だった1回目のスタートでAP旗が掲揚され、スタートラインの角度が修正された後、2回目、13時42分にスタートしました。195±10度、風速6から7メートル、晴れている日に比べて、風は吹きあがりません。とは言え、いつものパターンで、時間の経過とともに右に少し振れ、平均で1~2メートル上がってきました。スタートラインが修正されたこと、南の風が吹き出してから時間が経過していること、第2レースのスタートとスタートラインが修正される前のイメージが多くの選手に残っていて各艇はライン上に散らばり、本部船横もそれほどの混雑はない、それら、もろもろを考えてのことでしょう、イタリアのエース、ガブリオ・ザンドナ選手は本部船横を狙いに来ました。当然、コースも右の崖方向狙いです。そしてその狙い通り、第1風上マークをトップで回航しました。近藤・田畑組は本部船寄り、9番でスタートし、15秒後にタッキングして右に伸ばしました。悪くないスタートでしたが、スピードで競り負けた男子の1艇に風上を突破され、乱れた風を受けながらの右伸ばしとなりました。第1風上マークは9位で回航しました。その後第2風上マークで11位、ランニングで12位に落ちフィニッシュしました。

今日の3レース、女子だけでカウントをすると2・1・2位となり、トータルでトップ、2位にいる世界ランキングトップのイタリアとは10点の差です。明日のメダルレースで決着がつくでしょう。原田・吉田組は3レース出走しなくても10位の成績がつきました。これで、メダルレースに出場する権利を得ましたが明日も欠場し、コーチボートから観戦します。

今回のレースは、トップレベルの男子選手がイタリアとアルゼンチンの2艇、女子はイタリア1艇だけしか参加していません。近藤・田畑組及び原田・吉田組の順位は、今年に入っての戦績からすれば順当なところです。ただ、近藤・田畑組は、今年2回手合わせして負けているイタリアに、ぜひ勝つべきです。男子もそれぞれ2敗していた彼らに勝ってほしいところでした。レースを終えた原田・吉田組ですが、スタートからフィニッシュまでの「レースの進め方」と言うのか、「レースの組み立て方」と言えば良いのか、それらをコーチボートから見て比較するとアルゼンチンには「落ち着き」、「セオリー通りに走る」、「状況判断の的確さ」という点で、イタリアには「攻める」、「徹底する」という言葉で表現されるところで負けていたと思います。この2艇との競り合いに勝つところを何度か見せてくれた原田・吉田組に「1レース1レース、一場面一場面をしっかり記憶に留め、新たに作った引き出しを、すぐ使えるようにしておいてほしい」と言葉をかけたいと思います。

小松 一憲

今日は、スタート予定時間、10時30分ぴったりにレースが開始されました。9時を過ぎて南から2メートル弱の風が吹きだし、スタートする頃には180±10度、6.5から8.5メートルのコンデションになりました。第2レース、11時35分、第3レース、12時40分、第3レース、13時39分、レースは一時間の間隔で立て続けにおこなわれました。

第1レースは、両艇共にスタートラインの真ん中から出て少し走り、タッキングをして右の崖方向に伸ばしました。スタート後、ほぼ全艇が同じ動きをし、右へ展開しました。岸に近づくにつれ徐々に風向が右に振れていき風速も上がってきます。右に風が振れていくことで、平行に並んでいた艇が前に出る形となり、ホープレスになって我慢できなくなった艇が左に返してきます。この流れについて行き、そこで生き残り、崖の際にたどりついた順に風上マークを回航することになります。ただし、崖の際は断続的に風が入る為、やみくもに近づくのではなく、風が入っている時とそうでない時を見極め、近づく判断をします。2艇共に、この流れについて行けず、ホープレスを嫌って左に出したのですが、出した分だけ風上マークの回航が遅れました。20位から25位の間で回航したのですが、その後、落ち着いたコース取りで順位を挽回し、原田・吉田組8位、近藤・田畑組11でフィニッシュしました。

第2レース、8から9メートルあった風が、第2風上のレグ(アウター)の風上マーク300メートル付近で一時2メートルにまで落ちました。それまで15位ぐらいを走っていた近藤・田畑組及び原田・吉田組がしっかり風のある所を走り、さらに風向変化をうまくとらえて2位と4位に浮上し、その順位を守ってフィニッシュしました。

第3レース、スタート時点の風は15度ほど左に振れていました。それでも近藤・田畑組は崖に早く近づくことのできる本部船横からのスタートを選択しました。風の振れは一時的なもので、右の崖沿いに次の風が入っていると判断したことも、その理由にあげられるでしょう。原田・吉田組はリミットサイド横から出ました。申し合わせたかのように全艇がスタート直後にタッキングし、ポートタックになりました。風が右に振れ戻る前まで、原田・吉田組のポジションはトップだったかもしれません。数分後、風は、やはり右に振れてきました。近藤・田畑組が第1風上マークを4位で回航したのに対し、原田・吉田組20位と明暗を分けました。その後の走りで挽回し、フィニッシュは7位、近藤・田畑組は5位でした。

第4レース、風向205±10度、風速8.5から11メートルと風は右に振れて上がってきました。大集団になった本部船横から出遅れて出て行き、右に展開した近藤・田畑組は第1風上マークを10位で回航しました。一方、原田・吉田組は、本部船横10番手ぐらいに並びました。その付近からリコール艇が出たのですが、出過ぎと判断して少し引いてのスタートとなりました。逃げのタッキングをしたところまっでは、狙う位置が悪かった普通の失敗スタートでした。しかし、次に1艇のスターボードタック艇を避けた後、続く2艇目も無理せずに避ければよかったのですが、前を通れると判断した為に軽微だったようですが接触してしまいました。昨日同様、スタートライン上で、しかも風速が上がってきた中で720度ターンのぺナルルティー解消をおこないました。それを終わった時には、一艇のみ取り残されていました。それでもフィニッシュまで8位に上がっていけたのですから、そこでの無理が悔やまれてなりません。近藤・田畑組は12位でフィニッシュしました。

第3レースが終わる頃からか風速が上がってきました。風速は12メートルを超し、着岸する頃には15から18メートルまで上がっていたと思われます。原田・吉田組はスロープに着岸し、自分達の船台を用意しようとしたわずかの間に、幅の狭いスロープに半分水没していた49er級の船台があり、艇をぶつけてしまいました。スターボードサイド後方船腹に穴が開く、大きなダメージになりました。応急処置を施し、明日のレースに間に合わすというレベルではありません。修理を依頼するにしても週末です。また、デリケートなレース艇を託せる良い所は、近くにありません。私は、明日からの彼等のレースのリタイヤーを選択しました。1300キロ離れていますが、昨年、近藤選手が修理をしてもらった腕の良いボートビルダーがドイツのキールにあります。さっそく次のオランダでのレースに間に合うよう連絡を取りました。

今日までのトータルで近藤・田畑組が1位、原田・吉田組は3位になりました。「良くやっている」と言えるでしょう。しかし、私のコメントは辛口になり、特に近頃、選手の試合内容の報告も良かったことより失敗の記述のほうが多くなりました。しかし、選手は頑張って、上手に試合しているからこの成績なのであって、失敗ばかりしているわけではありません。正直なところ、私の報告は偏ってしまっていると反省しています。心躍る、楽しい話のほうが興味を持って読んでもらえるのは言うまでもありません。チームの雰囲気が悪るいわけではありません。坦々と日々を過ごし、練習と試合に明け暮れ、その中で楽しいことも、皆で大笑いすることもあります。選手の変化ではなく、私が変化したのでしょう。選手のレベルが上がってきていることを実感している私は、頂点を目指し、視点をそこに置くあまり、成長を辛抱強く待つと言いながら、あってはならない焦燥感を漂わせてしまっているのかもしれません。もしそうだとしたら本当に反省します。そして選手に「申し訳ない」と謝りたいと思います。
私の若い時に比べれば、何倍もまじめに取り組み、持っているポテンシャルも何倍も上であるという点に過剰に期待してしまっているのでしょう、それもこれも本当に申し訳ないと思います。

15メートルオーバーの風が吹いてくる5分前、南の空と、風を呼んでいる北の青空、ガルダ湖の写真を添付します。


小松 一憲
今日から16日までの日程でガルダのオリンピックウイークが始まりました。フランスからここに来て1週間がたちますが、はっきりしない天気が続いています。今日も雨が降ったり止んだりで、風が弱いうえに方向も定まらず、レースは初日から延期となりました。

ガルダ湖はアルプスから注ぎ込む冷たい水を豊富に湛えています。日が高くなるにつれ、湖の遥か北に連なる2000メートル級の山の岩肌が温まり、湖水との温度差によってできた風が南から北に向かって吹き込みます。湖の北部は、ラッパのように細くなり、側面に高さ1000メートルを超すと思われる崖と山頂に残雪の残る山がせまり、そこで収束される風は、強く安定して吹くと定評があります。しかし、山が連なる北方向の天気が悪いと、湖がたとえ晴れていても風は強くなりません。今回のように、北イタリア一帯が広い範囲に渡って天気が悪いとなればなおさらのことです。

470級の参加は男子23、女子12、合わせて35艇(10カ国)とさみしい数になりました。フランス・イエールとオランダ・メデンブリックで開催されるISAFグレード1の大会との間におこなわれるグレード2の大会ということで、参加艇数はもともと多くありません。ただ、同じグレード2の大会でも男女合わせて100艇前後が集まるスペイン・マヨルカの例もあります。海で行われることの多いセーリング競技ですが、湖で行われることは特別珍しくありません。しかし、ガルダ湖は前述の通り特異な場所です。ここ以外ではあまり使うことの無いレーシングテクニックを必要とします。参加定数の増えない理由に開催時期の問題もありますが、この特異性が敬遠されているのかもしれません。「何度も行かなくてもよい所」ということなのでしょう。

ローマ時代から続く保養地、ガルダ湖、遠くに残雪を頂いた山々、穏やかな新緑の東岸とは対照的に、西岸は湖面から険しく立ち上がる石灰岩の高い崖、自然の織りなすその美しさに魅了されます。しかしここは、武者修行で言えば、「特異な使い手との勝負の地」、レーシングテクニックの引き出しを多くする絶好のチャンスととらえ、しっかり戦ってくれることを期待します。明日は、11時スタートの予定を2時間早めるとのこと、「何とかレースを・・・」というコミッティーの熱意が伝わってきます。

小松 一憲

最終日もシーブリーズが吹くのを待ち、岸から約2キロほど離れたところに作られたコースでメダルレースがおこなわれました。日本では昨年の470級全日本選手権大会(福岡県・小戸)で初めてメダルレースが実施され、今後も少しづつ増えていくと思われますので、参考までにコースの設定につき紹介します。
35フィートぐらいのボートが本部船、アウトサイドリミットマークには20フィートほどのラバーボート、スタートラインの100メートル風上に2個のブイによるゲートマーク、そして風上マークでコースがつくられました。
スタートラインは、風向に合わせ、こまめにセットしていましたが、私の持つ距離計で計ると常に110メートルの長さでした。コミッティーはGPSを使い、て0.06マイルの長さでセットしていたと思われます。ラインの傾きは、かならずアウトサイドリミットマークを5度有利に傾けていました。また、本部船には風向と風上マークまでの距離が表示されていたのですが、風上マークまでの距離は0.35マイル(約630メートル)でした。この距離は、今日の風速2.5から3.5メートルのコンデションでの長さで、風速が上がってくると長く伸ばされたのではないでしょうか。

さて、肝心のレースのほうですが、12時54分、風向170度、風速2.5から3メートルのコンディションで男子がスタートしました。原田・吉田組は、左から2番目、風下にイスラエル、風上にはスエーデンが並びました。どの艇に対しても、遜色ないスタートをして、そのままレイライン近くまで走りました。ただ残念なことに、スタートして約1分30秒後、風が10度ほど右に振れました。それでも並んでいた周りの艇に走り負けることはなく、少し頭を出す傾向にあり、走り自体は悪くなかったのではないかと考えます。風が右に振れること、右の岸方向に強めの風が吹いていること、それらを読んだと思われるイタリアがスタート後にタッキングをして右に展開し、風上マークをトップで回航しました。どして右を選択したのかといえば、スタートが始まる少し前に、フランスの女子が右の海面で練習をしていて、強めの風を受けて走っていたのを見ていたのでしょう。また175度で始まったレースでしたが、その前に一度、220度からやや強めの風が入り、コースをセットしかけたことも、徐々に右に風が振れて行くと読んだ根拠になったのではないでしょうか。風上マークを9位で回航した原田・吉田組は、風下マークで6位、第2風上マークで7位、フィニッシュも7位という順位で、集計の結果、この大会を5位の成績で終わることとなりました。

私は、どんなレースでも、また、誰に対してもスタート前に、コースの選択に関し、指示することはありません。老いぼれたとはいえ、自分ではまだ、「いざ鎌倉!」のつもりでいます。スタートが始まる前に、どの様にスタートし、コースをどう取るかということは、私なりに考え、決まっています。しかし、それを『コーチたる者、絶対に口にすべきではない』の教えを金言として守っています。その教えは、1984年ロスアンゼルスオリンピックに於いてアメリカに金メダルラッシュをもたらしたと言われるロバート・ホプキンス氏が日本ヨット協会の招聘に応じて来日、1986年、横須賀市・佐島マリーナで実施されたナショナルチーム強化合宿の夜のミーティングで話されたものです。「臨機応変に判断し、対応しなければならないレースにおいて、選手の思考を方向付けてしまったり、選手の判断のさまたげとなる。ひいてはそれを失敗の原因とし、反省もせず成長もしない。」というのがその理由です。少し違うかもしれませんが、例を挙げるのなら、子供に「あれをしろ、これをしてはダメ」と、何から何まで指示する子育ては良くないということになるのでしょうか。

レースの報告から、また話がずれてしまいました。男子に引き続き行われた女子のレースは、風が平均で0.5メートルほど上がり、風向も右に振れ、230度のコースでおこなわれました。左から3番目に並び、風下にはイタリアがいました。現在もランキング1位のイタリアですが近藤選手とスタートで並ぶのをよく目にします。狙うポジションが同じということもありますが、イタリアは近藤選手の風下に位置するのを狙っているのではないかと思える節もあります。ランキング2位の近藤選手は1、スタートラインの高さに対する位置取りが低くい傾向にある。2、性格はおとなしく、リコールする程、攻めない(前に出ない)。3、風下にルームを持って待つことが多い。などがその理由としてあげられ、近藤選手より、ちょっと前に出て頭を出せば良いスタートができるということを解ってのことでしょうか。だとしたら、かなりの試合巧者と言えます。この様なケースで90パーセント以上の確率でイタリアとの競り合いに負ける近藤選手に、一昨日、スタートのテクニックについて、話をしたばかりでした。近藤選手にしてみれば、私から聞く話として耳新しいことではありません。今日は、そのイタリアを相手に、絵に描いたようなテクニックで封じ込めました。イタリアが逃げのタッキングをしなければならない状況を作れた近藤・田畑組に逞しさを感じ、嬉しく思います。しかし、イタリアもさすがです。風上マークまでにスタートの劣勢を挽回し、近藤・田畑組より前に回りました。やはり、その力は素直に認めざるをえません。まだ、二三、コース取りに関しての話があるのですが、長くなるのでまたの機会にします。
第1風上マークを9位で回航した近藤・田畑組でしたが、風下マークでは6位に上がり、第2風上マークで、再び9位に落ちました。続くランニングで沖側のコースを長く伸ばし、ジャイブして岸方向に行った先行の集団をごっそり抜くことができました。2位でフィニッシュしたのですが、沖側は、マークの回航直前に風の角度が良くなっていました。風も強く吹いていたことがジャンプアップの要因になり、その風を利用してビリから4位まで上がってきた、イスラエルのクローズホールド走りを見ての判断だとしたら、たいへん落ち着いていたと言えるでしょう。今日の2位で昨日までの5位をキープし、男子同様、5位でイエールを終わりました。

男女共に5位、成績としては悪いとは思いません。むしろその逆でしょう。しかし、自分達の目指すところは、もっと高いところにあります。その頂を考えると、正直な感想は「まだまだ先は長いな~」ということになります。風が強ければもっと良い成績が取れたのかと聞かれれば言葉に詰まります。今大会は風が無かった、弱かったと言うのは、優勝できなかった理由になりません。大会が終わり、明日の朝には、蜘蛛の子を散らしたように選手達は姿を消すでしょう。私達は、ここイエールに残り、数日、練習をしてイタリアのガルダ湖に向かいます。

「イエールの涙はイエールに置いて行く」などと言うと、悲壮感が漂って聞こえるかもしれません。実は、今日のメダルレースを見て、以前から少し気になっていた走らせ方があり、さっそく明日はそれを検証してみたいと思います。そのように明日の練習を考えると、また早く海に出たくなります。

報告を終わります。

470級 男子リザルト
http://sof.ffvoile.net/results/470m.htm

470級 女子リザルト
http://sof.ffvoile.net/results/470w.htm