2010年04月 アーカイブ

小松 一憲

高気圧すっぽりの同じような晴天なのに、シーブリーズの吹き出しが早かったっり遅かったりするのはなぜでしょう。シーブリーズが、早く入ってくるのは大歓迎です。今日は、その早いほうのパターンで、風速3から4メートル、風向も比較的安定していました。

12時25分、風向225度、男子のレースが開始しました。ゼネラルリコールの後、ブラックフラッグのスタートもゼネラルリコールとなり、失格艇がでました。これで選手も頭を冷やしたのでしょう、スタートがやっと落ち着きました。12時43分、2回目のブラックフラックでスタートしました。
原田・吉田組は本部船の横を狙ったのですが、スタートラインに入るスペースが無く、10秒も遅れてスタートしました。ブランケットから逃げる2回のタッキングで、左に伸ばすことができたのは不幸中の幸いです。左方向に我慢して伸ばしたのが功を奏し、息を吹き返して風上マークを4位で回航しました。5位には松永・今村組が続きました。その後、二回目のランニングで1艇を抜き、3位でフィニッシュしました。10度左に振れ、しかもコースの左半分に強く吹いていた風をうまくつかんだから良かったのですが、レース運びとしては、乱暴だったかもしれません。ただし、トップグループから脱落せず、1艇とはいえ、順位を上げたことは評価できます。
原田・吉田組のつかんだ左振れの風が女子のスタート時に到達し、ゼネラルリコールの後、男子のフィニッシュを待って、風向205度に合わせてコースが作り直されました。
13時42分、近藤・田畑組も本部船の横を狙いました。2番手からスタートし、すぐにタッキングして右に伸ばしました。スタートラインは、アウトサイドリミットマークが有利になっていました。右に展開したグループの中ではトップの位置で走っていましたが、第1風上マークは左を選択したグループがごっそり先行し、21位の回航となりました。フィニッシュは17位でした。スタートラインの不利なサイドを選択し、コースは右と決めてかかった時点で、この成績はある程度決まっていたと言うことができます。

一回のゼネラルリコールの後、14時12分、原田・吉田組がアウトサイドリミットマーク横から1番手できれいなスタートをしました。左に長く伸ばし、パフを拾ってタッキングをした時には、全艇の前を余裕で走れるほどリードしていました。205度の風が吹いている時に海面を見渡すと、この時間帯は明らかに左方向にある島の方向が色濃く見えます。この様な根拠があれば、左方向に風を取りに行くのはギャンブルでとは言えません。しっかりした風をつかんでコースの中央に寄せてきたのですが、その風のラインから外れてしまうのであれば、もう一度、取りに行っても良いでしょう。その場合は、外れる前に取りに行くべきで、外れてからとりに行くというのでは、後ろを通過して行った艇に先を越され、抜かれることになります。このあたりの加減はケースバイケースなのですが、いずれにしても原田・吉田組は、そのような行動を取る必要もなく、危なげないリードで第1風上マークをトップで回航しました。その後もしっかり後続をおさえ、トップでフィニッシュしました。完璧なレースだったと言えます。

女子の第2レースは、14時50分に始まり、一回のゼネラルリコールの後、15時02分、ブラックフラッグでスタートしました。このあたりのスタートの間隔を見ると、風のあるうちに、そして安定しているうちに、とにかく、レースの数をこなしたいというコミッティーの気持ちが伝わってきます。
近藤・田畑組は、アウトサイドリミットマーク寄りの8番手で良いスタートをしました。少し左に伸ばしたところでトップの位置に出ました。それはそれで間違ってはいないのですが、もう少し左に伸ばし、しっかり左の風の入るところまで行っても良かったのではないでしょうか。コースの5分の1、走ったかどうかという位置でしたからなおさらです。繰り返しになりますが、全艇の前を切って集団の前に出るのは悪いことではありません。セオリーです。しかし、結果論になりますが、左が良いと確認できたところで左サイドにもう一度行くべきでした。左の奥に行った艇が良い角度とスピードで走りだしたから行くというのでは遅すぎでしょう。その時点で自分がつかんでいたパフも消滅していたかもしれません。左の風に乗ってくる艇の手前で、そして右から来る艇の手前と、風の舌先のような所で走ったとしたら、しっかりパフに入って風をつかんだ艇に前を走られてしまうのはしかたありません。「しっかり入ってから」というのは、オープンな海面、弱い風、シブリーズなどの基本と言えるでしょう。
第1風上マークの回航は29位、良いスタートをして、序盤トップの位置を走っていたのですから、悔いが残ります。フィニッシュは25位でした。

15時35分に始まった原田・吉田組の第3レース、右からの風をつかんで女子のトップ艇群が形成されたこともあり、「この時間帯からは左だけのスチュエーションと違うから、注意しろな!」と声をかけたことが災いしました。私は、「あまりコースを決めてかかるな、スタートも狙いすぎるな、まずは普通にスタートして、スターボードタックを走ってから」という意味を込めて言ったのですが、「左はもう無い」と考えてしまったのかもしれません。原田・吉田組は本部船の横から出てすぐにタッキングしました。少し走ったところで左振れの風が入り、アウトサイドリミットマーク寄りから出た集団が優勢になりました。風上マーク回航は25番でした。次に風下マークを回って左に展開したところ、今度は右のパフが入って右に位置した艇団にごっそり抜かれ、第2風上回航は30番台後半、フィニッシュは32位、ワーストの順位になりました。後から考えれば、何も言わずにおけば良かったと後悔します。

近藤・田畑組の第3レースは、16時21分、ゼネラルリコールの後、ブラックフラッグのスタートで、ラインの中央からまずまずのスタートをしました。「普通の良いスタート」と表現できるかもしれません。コースの中央を風を拾いながら走って行きました。しかし、コース取りを見ていると、「風を拾う」というよりも、数艇まとまってくる集団の前で、あるいは風上で、そして内側で、いずれにしても小さな集団に過剰に反応し、タッキングが多くなっていました。風がちょこまか振れているわけではありませんから、相手の後ろは通りたくない、あるいは相手をカバーしたいと言うことでしょうが、結果として、コース中央でちまちま走ることになります。素直に伸ばし、振れに対応して走った両サイドの艇に抜かれてしまう、典型的なケースかもしれません。
昨日だったでしょうか、また同じことを書きますが、必要に応じて「肉を切らして骨を切る」のコース取りがないとフリートレースでは集団を抜き去ることはできません。風上マークは14位、フィニッシュは10位になりました。

明日は、近藤・田畑組、原田・吉田組、共に5位の成績でメダルレースに出場します。メダルレースなりの難しさはありますが、走りが良ければ、艇数が少なくスタートラインが短いだけに戦い易いかもしれません。明日は楽しみです。

トップフィニッシュする原田・吉田組の写真を添付します。

470級 男子リザルト
http://sof.ffvoile.net/results/470m.htm

470級 女子リザルト
http://sof.ffvoile.net/results/470w.htm

小松 一憲

報告の書き出しも毎日判で押したような文章になってきました。現在フランスを覆っている高気圧に変化が無い限り、これからもずっと同じ天気、そして同じ風の吹き方が続くでしょう。

男子は今日、1レースをおこなった後、一旦ハーバーに戻り、4レースのトータルで成績を出し、ゴールドとシルバーの二つのフリートに分けられました。4レース以降は決勝のレースとなります。一方、女子は1フリートなので、そのままレースは続行され、今日、3レースがおこなわれました。

11時20分まで陸上で待機し、13時03分、風速2・5から3メートル、風向145度、2回目にブラックフラッグが掲揚され、原田・吉田組の男子ブルーリボングループがスタートしました。4レース目となるこのレースで、日本の男子3チームは、初めて同じグループで戦いました。原田・吉田組は、アウトサイドリミット寄りの4番手を狙ってスタートしたのですが、スタート直前の動作をロッキングと判定され、720度回転のペナルティーを課せられました。大きく集団から取り残されてのスタートとなりました。
見逃してしまったのですが、本部船寄りから出たと思われる松永・今村組は、スタートもコース取りも、そしてスピードも良かったのでしょう、ダントツで第1風上マークを回航し、トップを最後まで守り、フィニッシュしました。
原田・吉田組の第1風上マーク回航は、30番後半でした。その後、少しづつ順位を上げていき、自分達の前にブラックフラッグの失格の艇がいたこともあって、10位の成績がつきました。順位を上げたことは評価できるのですが、スタート時の動作を反則と判定され、それが、これからのスタートに悪影響を及ぼさなければよいと心配します。

男子に続いてスタートした近藤・田畑組は、本部船寄りの7番手から出て、左に伸ばしました。スタートする時にはアウトサイドリミットマークサイドが有利に風向が変化し、さらに、本部船から少し離れた位置で出た近藤・田畑組は凹んでいたかもしれません。左の奥まで伸ばしたこともマイナスになりました。いずれにしてもアウトサイドリミットマーク寄りから出てタッキングし、右に伸ばした艇が良い角度の風をつかんで第1風上マークを回航しました。近藤・田畑組の回航は20番後半でした。サイドマークに行くリーチングのコースでも順位を落としました。最後のランニングで前を行く多くの艇が、コースの西方向に角度を取って走っているところへ、西に振れた風が沖から吹いてきました。これが、東サイドにいた近藤・田畑組と吉迫・大熊組の後続集団に有利に働き、一気に順位を上げることができました。8位のフィニッシュは、ラッキーだったと言えます。

女子の第2レースは、男子が一旦、陸上に戻っている間におこなわれました。風向245度、風速3から3.5メートル、一回のゼネラルリコールの後、16時52分ブラックフラッグでスタートしました。スタートラインの中央、艇団の真ん中に並びました。しかしその位置は凹んでいました。しかも風下の艇に前に出られる典型的な失敗スタートでした。4回のタッキングでフレッシュウインドをつかみ、左に伸ばしました。走りが良かったのでしょう、スタート時の劣勢をコース半ばで取り戻していました。しかし、その後、風上マークに近くなるに従い、タッキングの頻度が多くなりました。これは、コースの中央で展開している時に良く見られるタクティクスミスの一つです。どこかで「肉を切らして骨を切る」、すなわち、艇団を横切って次に良い風が期待できるサイドの風上に、思い切って出て行くべきなのです。と言っても、オーバーセールをして良いということではありません。私は、大げさに艇団と表現しましたが、わずか数艇であるケースがほとんどです。近藤・田畑組の風上回航は、14位、フィニッシュは12位で、前に入った艇にブラックフラッグの失格艇がいたので10位の成績がつきました。

18時06分に男子のゴールドフリートのレースが開始しました。原田・吉田組は、本部船寄り15艇の位置から出たのですが、すぐにはじき落とされ、タッキングをして逃げました。計3回のタッキングの後、フレッシュウインドをつかみ、左に伸ばしました。その走りを後ろから見ていたのですが、良い走りをしているように見受けられ、風上マークは、そこそこの順位で回航するのではないかと思っていました。ところが20位前後と予想外でした。後から聞けば、前述の近藤・田畑組同様、タッキングの回数が必要以上に多くなってしまったとのこと、スタートの出遅れと共に考えなくてはいけないところでしょう。フィニッシュは16位でしたが、このレースも失格艇があり14位になりました。

女子の3レース目は18時22分、一回のゼネラルリコールの後、ブラックフラッグのスタートとなりました。本部船横ではじき出され、入るところが無く、最後の最後に空いた本部線横のギリギリのスペースから3秒ほど遅れて出て行きました。すぐにタッキングできたのですが、この時すでに風は左に振れ始めていました。1分走ったところでスロベニア艇に風上突破されたのを嫌い、タッキングをして左に伸ばして行きました。左の奥まで行く間に自分達の後方を通った艇はわずか数艇、それでも後から聞けば、左に出して生き返ったということでした。正直に言うと、私は第1風上マークの回航を確認に行く元気が出ませんでした。風下から双眼鏡を使って見たのですが、20位前後だったのではないでしょうか。フィニッシュは16位でした。

右を狙えば左、左を狙えば右、レースでは良くあることで「ついていない」という言葉で片付けてしまえば簡単ですが、進歩がありません。イエールの470級のエリアのコースコミッティーは、20代と思われる若い女性です。見ていると一所懸命に風見を使って風向をチェックしています。スタートラインのアウトサイドリミットマークとなるボートには45歳以上と思われる男女3名が乗り、各マークの設置もそれぞれ2名が乗る2艇のボートで、作業は迅速に行われます。風向変化に几帳面に対応しようとする姿に好感が持てる、そのチーフの女性が決めたコースに対し、振幅と周期をもって吹く風の、どの状態でスタートし、レースをしているのかということを、レース前もレース中も休みなく考えていなくてはいけません。加えて、雲の動きに代表される空の模様、海に浮かぶヨット、海の色、そしてなんと言っても前にスタートして行ったグループを観察することが必要でしょう。天気予報も忘れてはいけません。まだまだあります、このイエールに来て2週間になろうとしますが、ここでの練習中に経験したことも参考にすべきで、さらには自分の小さい時から経験もその中に入るでしょう。

大変長くなってしまいました。今日の戦いぶりを見て、ここで私一人が悔しがったり、嘆いてもどうにもならないと解っているのですが、情けない気分になるのは、まだまだ私も修養が足りないということでしょう。

レースは終わったわけではなく、あと2日あります。ただ成長を気長に待つだけではなく、対策を考え、何をどのように伝えるか、どのような練習をすればよいのか、「賢く強い」チームを作りを目指して・・・「何をごちゃごちゃ言ってるんだ!一所懸命考えるのはお前の仕事だろう!」と、笑う声があちらこちらから聞こえてくる気がします。

小松 一憲

先日、久々の雨をもたらした前線がイタリア国境に移動し、フランス全体が縦に長く、しかも幅広い等圧線の高気圧にすっぽりと覆われています。素人の私でも、天気図を見て、風の吹かないことが容易に判断できます。

フランス中の人がこの穏やかな春の陽気を楽しんでいることでしょう。しかし、風が無ければできないセーリングのレースです。イエールは異常な事態になりました。今日も470級は1レースしかできず、レースが始まって三日もたつのにトータルで男子3、女子2しかできていません。本来、今日で日程の半分、6レースを終え、試合も佳境に入っているはずです。

スタート時間を早め、何とか数多くレースをさせたいというコミッティーの気持ちは有りがたく、十分に理解できるのですが、時間が経過しなければ吹いてこないシーブリーズですから、どうにもなりません。今日は10時のスタート予定でした。通常であれば、8時半に出艇します。しかし、天気を見越してのことでしょう、全ての選手とコーチに出て行く様子がみられず、結局、場内アナウンスに促されるかたちで9時に出艇しました。しかし、出艇した時にあった南東の風2.5から3メートルも、しばらくして終息し、12時10分、一旦ハーバーに帰れの指示が出ました。ところが、30分かけて帰港する間にシーブリーズが吹き出し、一時間後の13時10分、再び出艇の信号が出ました。

レースは、240度にマークがセットされ、風速3から4メートルのトラピーズに乗るコンデションで開始されました。イエローリボングループの松永・今村組は、ゼネラルリコールの後のブラックフラッグが掲揚されたスタートで、本部船横3番手から素晴らしいスタートをしました。風上マークを6位で回航し、フィニッシュは10位になりましたが、スタートの順番を待ちながら、そのスタートから、コース取りを、しっかり目で追っていた日本選手には大変良い刺激になったはずです。

14時57分、続いてスタートした原田・吉田組は、アウトサイドリミットマーク有利にセットされたスタートラインの約3分の1、本部船寄りに並びました。艇がライン上にまんべんなく広がった真ん中で、間隔が少し広くなった所ではありましたが、左に傾いたラインを考えると狙いとしてはやや消極的な位置でした。しかし、出る時の頭出しとメインシートを締めるタイミングが良く、周りの艇に対しては負けおらず、安心して見ていられるスタートでした。風上マークを5位で回航し、風下マークで、一旦、団子状態になり、8位ないし9位に落ちたそうです。そこからまた抜け出し、第2風上マークで5位を確保、フィニッシュしました。
普通のスタートをして、危なげ無く走り、そこそこ上位でフィニッシュする。レース序盤は、この様な戦い方が表彰台に上る為に必要で、常々、選手に求める戦い方でもあります。このレース、原田・吉田組は良いレースをしました。

15時06分、近藤・田畑組が、アウトサイドリミットマーク寄り、艇団の真ん中からきれいにスタートしました。原田・吉田組同様、危なげないスタートでした。第1風上マークは吉迫・大熊組に続いて5位、風下マークで6位に落ちましたが、第2風上マークでトップに浮上しました。コース取りに無理が無く、風の振れに素直に対応し、競ってる相手をしっかりカバーしながら5艇を抜いてきました。トップのままフィニッシュしましたが、近藤・田畑組も、今日は良いレースをしました。

まだ、男子は3レース、女子は2レースしか行われていないこの時点で、トータルの順位に気を取られるべきではなく、原田・吉田組が7位、近藤・田畑組は1位という結果に気持ちを高揚させるようなことがあってはなりません。
レースの内容と真摯に向き合い、昨日よりも今日、今日よりも明日、しっかり足元を見据えたレースをしてほしいと願っています。

5艇を抜き、第2風上マークでトップに立つ近藤・田畑組、後続を従えてのフィニッシュ直前の写真と合わせ、添付します。

小松 一憲
朝から快晴、そして凪ぎ、判で押したような同じ天気が続きます。ただし今日は、気温が26度にもなるとのことで、昨日以上のシーブリーズが期待されました。ところが風速の予報は、1から2メートル弱く出ていました。
マヨルカ島とマルセイユに続き、地中海での3試合目、晴れた日の朝の定番とも言える風待ちですが、すっかり慣れました。昼過ぎの13時20分まで陸上で待機し、南西から吹いてきた3メートルのシーブリーズで出艇しました。

風向215度、風速2メートル、14時32分、男子のイエローリボングループ(45艇づつの2グループに毎日組み分けされ、イエローとブルーのリボンをマストトップに付ける)からスタートしました。このグループにはスリーボンドチームの松永・今村組がいて、アウトサイドリミットマーク寄りからまずまずのスタートしました。すぐにタッキングし、右へ展開、きれいに風を拾いながら第1風上マークを3位で回航しました。その後の走り、コースの選択、共に良く、2位でフィニッシュしました。

10分後に原田・吉田組及び日本から3日前に到着し、参加がやっと間に合った市野・吉見組のブルーリボングループがスタートしました。原田・吉田組は本部船横2番手でスタートし、すぐにタッキングをして、右に展開しました。2分30秒ほど走ったところで、右からのパフに対応し、タキングをしてコースの中央へ寄せて行きました。
右から断続的に入る角度の良い風をつかみながら第1風上マークに向かう集団と左に見えていた風のラインに入って風上マークに向かおうとする集団に分かれました。第1風上マークは、右からの風を小刻みにつかみながらマークに近づいた集団に軍配が上がり、原田・吉田組は4位で回航しました。風下マークで2位まで上がりましたが、2回目のクローズホールドで3位に後退し、その後、順位に変動なくフィニッシュしました。

風向が右に20度振れ、コミッティーがコースチェンジをしかけたところ、左に振れ戻ったり、一時的に1メートル有るか無しかの風速に落ち、いつ中止されてもおかしくないコンデションで男子のレースが行われました。その間、女子はなかなかスタートできず、結局、男子のレースが終わるまでずっと待つことになりました。
マークを225度にセットしなおし、3メートル弱の風の中、16時04分にスタートしました。

近藤・田畑組は、アウトサイドリミットマーク寄り10番手に並んだのですが、凹んでいたのでしょう、スタート後すぐに逃げのタッキングをしてスターボード艇を避けながら集団の真ん中に出て行きました。始めは左方向に展開する方針でスタートラインのアウトサイドリミット寄りを狙ったのでしょうが、苦しい展開となりました。
第1風上マークをトップで回航したのは、アウトサイドリミットマーク寄り1番から出て左奥まで伸ばしたイスラエルで、続いて2位は同じく左に伸ばした吉迫・大熊組でした。
近藤・田畑組の風上マーク回航は16位、トップと大きく差が開いていました。スタートで失敗すると、風上マーク回航は良くて15位と相場が決まっています。
ただし、今日の近藤・田畑組は落ち着き、しかも粘りを発揮しました。走りも良く、風向も変化していたのでしょう、その変化をうまくとらえて、第2風上マークで9位に浮上してきました。またランニングのコースに入り、うまいタイミングでジャイビングをし、風下マークで一気に4位に上がってフィニッシュしました。女子は、この1レースだけで、今日のレースを終了しました。

男子の第2レース、ブルーリボングループは16時22分にスタートしました。原田・吉田組はアウトサイドリミットマーク寄りに集まった集団の中、20番の位置で良いスタートをしました。この位置の混雑した集団の中から出るスタートでは、スペースの作り方も含め、これまで見た事が無いほど、素晴らしいスタートでした。心配になりOCS艇のリストアップを確認しに行ったほどです。風上マークの上位回航は間違いなく、トップで来てもおかしくないと思いました。しかし、左の奥の奥まで伸ばした彼等のコース取りは、けして誉められるものではなく、「強引」の一言につきます。風上マーク回航はなんと26位、開いた口がふさがりませんでした。後から聞けば、コース中央に寄せるチャンスは何度もあり、全艇の前を切るチャンスもスタートしてすぐにあったとのこと、なぜ丁寧にセオリー通りのタクティクスで走らなかったのでしょうか、まったくもって残念です。その後は見えるものも見えなくなり、考えられることも考えられなくなる、彼等なりに動揺したのでしょう。第1マーク回航以降、浮上することなく、フィニッシュは27位でした。

悪いスタートをしながら4位でフィニッシュした近藤・田畑組と、これまで私の記憶に無いぐらいの良いスタートをして、27位となった原田・吉田組、この明暗を分けたのは、いったいなんだったのでしょう。マルセイユの後半戦からコース取りがしっくりせず、もがいていた近藤・田畑組と、スタートが良くなり、スピードにもそれなりに自信を持ち、トップを取ることに大きな感激も無くなりつつある原田・吉田組の違い、繰り返しになりますが、私はレーシングテクニックの「丁寧さ」、言い換えれば「セオリーを守る」ことにあったと考えます。

自分の艇にスピードが無い時、自分に自信の無い時、「思い切りの悪い」コース取りやタクティクスが目立ちます。スピードや自信が出てくると「強引」になってくる。これは何もセーリング競技に限ってのことではなく、選手に限ってのことでもないでしょう。
私自身も常に戒めとして胸に刻んでおかなくてはならないことだと思います。

明日は、予定のスタートを1時間早めてレースが行われます。私達は1レースでも多く経験し、勉強したいと願っています。「レースを少しでも多く」、関わる人、全てが同じ思いでいるのかもしれません。あとは、コートダジュールの風の神様に祈れば良いのでしょうか。

小松 一憲

42回大会となるイエールのレースが今日から始まりました。一昨日、久々に雨が降り、風も強く吹いたのですが、こちらに来て一週間、この日を除いて晴れが続き、風は平均して4から6メートルと弱めのコンディションが続いています。

今日の予報は9時、東2.5メートル、12時、南東5メートル、15時、南6メートル、18時、南西3.5メートルでした。しかし実際の風は、イエールの湾の場所場所で多少の違いはありましたが、予報より2.5から3メートル差し引いた風速で、インターナショナルの大会では、レースを見合わせるのが普通です。しかし、無理やりと言う言い方が合っているかどうかは分かりませんが、レーザー級は、そのような中を1レース実施したようです。当然の結果として、コンデションに不満を持った多くの選手が連名でレースのキャンセルを要求すると聞きました。

1時間の陸上待機の後、10時40分に旗が降りて出艇し、16時に、470級は本日のレースを行わず延期する旨の信号が出て、ハーバーに戻りました。
今日は約6時間、春の長閑な地中海を漂っていたことになります。以前にも書きましたが、これを大変と考えるか、それなりに楽しい時間と考えるかは人それぞれでしょう。私は、地中海の上にいることを幸せに思いつつ、34年前に初めて参加し、その後10回以上訪れて、あれこれあった出来事を、走馬灯のように思い出していました。

レースは明日に順延、選手は今日の空模様と風の吹き方を、また一つ、頭にインプットしました。三日周期の日本と違い、「コートダジュール」は明日もまた同じような天気が予想されます。

参加国数62(?) 風待ちはセーリング競技にはつきもの、やっと吹き出した弱いシーブリーズになびく参加各国の旗

Team ABeam スタッフ

24日-30日の日程でISAF(国際セーリング連盟)ワールドカップ 第4戦イエールオリンピックウイークが開幕します。

チーム・アビームは毎年春のヨーロッパ武者修行でこのレガッタに参戦しています。昨年は男子チームが5位。一昨年は女子チームが、グレード1の大会でチーム・アビームとしては初の優勝を成し遂げた大会です。(日本選手としても同大会初の優勝でした)

詳しくは当時のエントリーをご参照ください。

舞台は南仏イエール。今回も熱い戦いが待っています。チーム・アビームの活躍にご期待下さい!!


イエールオリンピックウイークHP
http://sof.ffvoile.net/index.php

小松 一憲

17日の報告で9レースのトータルで8位となった原田・吉田組は、最終日、メダルレースに進出しますと書きましたが、これは間違いで、最終日の今日も最初からフリートレースが予定されていました。
シーブリーズの吹き出すのを待って12時45分に出艇し、13時35分から第1レース、15時から第2レース、いずれのレースも風向225±10度、風速4から5・5メートルと安定していました。

第1レースのスタート、原田・吉田組は本部船の横5艇目、近藤・田畑組はアウトサイドリミットマーク寄り4艇目と左右に分かれ、それぞれきれいにスタートしました。10レース目にして初めて、リコール艇無しのクリアーなスタートとなり、1回目で出て行きました。
右奥まで伸ばし、タッキングした原田・吉田組が、2位回航の艇に30秒差を付け、第1風上マークをトップで回航しました。対照的に左奥まで伸ばした近藤・田畑組は36位の回航となりました。後から聞けば、「左奥まで行く間に、一度、右にタッキングするチャンスがあり、近くを走っていたアルゼンチンとオーストラリアがタッキングをし、右にコースを取った結果、先行した」と言うことでした。それぞれ3位と4位で風上マークを回航しました。と言うことは、必ずしも左が悪かったということではなさそうです。一回だけのチャンスだったかどうかは解りませんが、風上マークを上位で回航した艇にスタートして左に展開したグループも数多く入っていたことを考えると、何度か有ったタッキングのチャンスを近藤・田畑組は生かせなかったのではないかと考えます。原田・吉田組は3回目のトップフィニッシュとなりました。近藤・田畑組は36位から追い上げて19位でフィニッシュしました。

第2レースは、15時から始まりました。原田・吉田組は本部船の横3艇目でスタートし、すぐにタッキングをして第1レース同様、右に伸ばしました。3分ほど走ったところで、3分の2の艇が左に伸ばしているのを見て、タッキングをしました。その時点で、トップの位置になっていましたが、外から見ていると、あと150メートル右に伸ばせば、もっと良いパフをつかめました。少し保守的なタッキングだったと言えます。彼らの後ろを通過したアメリカやアルゼンチンが右振れの良いパフをつかんで、第1風上マークを1位と2位で回航し、原田・吉田組は5位の回航となりました。その後、1艇、上がって4位でフィニッシュしました。

近藤・田畑組はアウトサイドリミットマーク寄り15艇の所に並び、風下のフランス艇(女子・トータル7位)に少し前に出られる苦しい形でスタートしました。しばらく我慢したのですが、走りきれず、逃げのタッキングをしてコースの中央に出ていきました。シーブリーズが安定した風の中では、乱された風を受けて走るのは致命傷になります。風上マークの回航は40位でした。最後まで苦しいところを走り、大きく浮上することができず、32位でフィニッシュしました。

最後の二日間でスタートが安定し、最終日の今日は、コース取りに彼等なりの主張も読み取ることができ、自分達のスピードを生かし、1位と4位でまとめ、トータルで6位となった原田・吉田組でした。対照的に、一昨日のブラックフラッグの失格を機に、ゴルフ用語で表現すれば、この二日間で大叩きをしてしまった近藤・田畑組は、12位でスプリングカップを終えました。また、後半、少しづつ浮上してきた松永・今村組は、近藤・田畑組と同点の13位でした。

今年のスプリングカップには、いつになく男子のトップランキング選手が多く参加しました。そして、メダルレースを実施せず、フリートレースを増やしたことにより、全ての選手が最後まで緊張感を持ってレースに参加していました。男子・女子の区別なくレースできたことは、特に女子にとって有意義でした。風速4から5メートルの練習では、原田・吉田組と近藤・田畑組の間に優劣はつけられません。それが、レースというプレッシャーと、特に女子にとっては、普段、味合わうことの無い、激しさとスピードの中で、自分達のレースをさせてもらえず、トータルの順位が示す差となって表れました。

目指すところをどこに置くかで違ってくるのでしょうが、私は、アビームの2チームには、日常の練習からインターナショナルの実戦を想定した、厳しさと激しさを持って、最高点に到達してほしいと願っています。
事前に4日間、一緒に練習したオーストラリア、いつも艇を並べに来るアルゼンチン、練習をを誘いに来るイスラエル、今回のレースではそれぞれ1位、2位、4位にななりました。3位になったフランスのコーチまでが、「冬にスケジュールを調整して一緒に合宿しないか」と言ってきました。チームアビームがインターナショナルレベルで認知されたような気がします。
ここでこそ、サッカーのオシム監督の言葉を借りて表現すれば、「日本人の特性、勤勉、俊敏性、多少のアグレッシブさを生かして」ということになります。私は、そこに「緻密さ」を加え、自分達を見失わないように、また、これまでのやり方に固執することなく、前向きに頑張って行きたいと思います。

3回目のトップでフィニッシュする原田・吉田組の写真を添付し、報告を終わります。


小松 一憲

シーブリーズが吹き出すのを待ち、12時30分に出艇するのが、すっかり定着してしまいました。天気予報の精度が上がり、待つことに昔ほどのストレスは感じません。精度の高い同じ情報を選手やコミッティーをはじめ関係者一同が、インターネットを通して共有しているからでしょう。

昨日、スタートの途中で中止になった第7レースが、12時53分に開始されました。風速4から5メートル、風向185±10度、昨日の時点で失格となっている近藤・田畑組、そして松永・今村組は、このレースに出走することはできません。
原田・吉田組は本部船の横、2艇目の位置から出てすぐにタッキングし、右に展開しました。この右を選択したことで、レースはほぼ決まってしまいました。180度方向は、左から高い山の岬が壁の様に突き出しています。さらに右の奥には高く切り立った岩の島があります。シーブリーズが左の岬の温められた岩肌に向かって強く吹いているのでしょうか、左右に分かれた艇の風の受け方を見ていると、左はトラピーズに乗ってクルーがフルに出ているのに対し、右は体を縮めていました。レース前の試走で「左へ左へと風が振りたがっています」と感想を私に伝えていたので、左方向に行くものと思っていました。第1風上マークは、後ろに12艇しかいない30番後半の回航となりました。2回目のクローズホールドも右方向を走り順位を上げることができず、28位でフィニッシュしました。マルセイユに来てボートスピードがアップした風速域だっただけに残念な順位です。

第2レース、13時57分、シーブリーズが少し安定してきました。風速は5から6メートル、第1レースの途中、風上マークと左のサイドマークの中間で、入ってきたパフを計測すると、15度左に振れていました。原田・吉田組は、アウトサイドリミットマークに集まった艇団の中から、まずまずのスタートをして左方向に伸ばしました。近藤・田畑組は、艇団の右の位置で展開していました。左に伸ばした原田・吉田組は、レイラインの外まで走り、オーバーセールする形でレイライン上に並んだ艇の風上をパフに乗って抜き去り、第1風上マークをトップで回航しました。近藤・田畑組の回航は、後ろに十数艇しかいない40位後半、コース選択の左と右で明暗を分けました。途中ダントツになるかと思われた原田・吉田組でしたが、イスラエルの1艇だけが追いついてきました。ランニングのコースで角度をつけて走り、さらにダウンウインドタッキングを上手に使って上がってきました。最終的に10秒差でトップフィニッシュすることができました。近藤・田畑組は45位、原田・吉田組とのスピードの差が無いことを考えると、レースにおいて、レーシングテクニックのウエイトがいかに大きいかということが解ります。

第3レース、15時13分、風速5.5から7.5メートル、風向180度、風速はこの日のMaxとなりました。ブラックフラッグの掲揚された2回目のスタートでライン中央から原田・吉田組、近藤・田畑はアウトサドリミットマーク寄りから出ました。
原田・吉田組は、風下に、トータルでトップのオーストラリア艇、風上に2位のフランス艇、その間に挟まれる形で並んでいました。ラインの中央で並んだ艇がまばらになった所ではあったのですが、この顔触れで並ぶと、その間に入ってこようとする艇はありません。原田・吉田組は、鼻先を出し、気後れせず出て行きました。メインシートを少し抑え気味に引いたフランス艇がすぐに逃げてタッキングしました。その後、原田・吉田組は強引に左に伸ばしました。オーバーセールの所まで行って左振れのパフをつかんでタッキングをし、第1レース同様の戦法で第1風上マークに向かうつもりだったのでしょう。しかし、第1レースの原田・吉田組の成功は皆が見ていました。半数近い艇が左からの風をつかむべく、左に伸ばしすぎ、オーバーセールしていました。それのさらに風上でのオーバーセールですから「大オーバーセール」でした。第1風上マークの1位はスタートの時に並んでいたフランスでした。フランスは、左海面に寄せつつも風の振れに素直対応し、タッキングしていたのでしょう。今日の第1レースはシーブリーズの安定し始め、第2レースは風速のMaxになりかけ、第3レースはMaxと状況は変化していました。「同じ柳の下にドジョウは2匹いない」のたとえを思い出します。

近藤・田畑組はアウトサドリミットマーク寄りの混雑した集団の中でスタートラインに入れず、逃げのタッキングをして右に出たとのことでした。スタートの時点ではビリの位置だったかもしれません。しかし第1風上マークは、原田・吉田組の2艇前、20位で回航しました。リーチングのコースでのコース取りも原田・吉田組は強引でした。20番以下で回航するような時は、タイトリーチは別として、先行している集団に追いつく為に、サイドマークにまっすぐ向かうべきです。まっすぐ走った近藤・田畑組が2艇を抜いて順位を上げたのに対し、原田吉田組は2艇、順位を落としました。ヨットレースのレーシングテクニックとは、まさに臨機応変の塊で瞬時の判断が求められます。「熱くなってはダメ、決めてかかってはダメ、目の前の敵に目を奪われてはダメ」、視野を大きく持って冷静に対応することが肝心でしょう。このレース、第1風上マークを17位で回航した松永・今村組が12位、20位で回航した近藤・田畑組が15位、22位で回航した原田・吉田組は23位でフィニッシュしました。今日で9レースが終了し、原田・吉田組は8位となって、明日のメダルレースに進出します。近藤・田畑組は13位、松永・今村組は17位でした。

このレース、これまでの戦いぶりを振り返ると、風速4から5メートルのボートスピードが良くなったこと、原田・吉田組のスタートが最終日の3レースだけで評価するのはまだ早いかもしれませんが、少し安心して見られるようになったこと、トップをとることにそれほど違和感が無くなり、落ち着いて前を走れるようになったことなどが収穫と言えます。
一方、原田・吉田組に関しては、初日のレースのダントツのトップが良くも悪くも影響しているように思ます。レース運びに「強引さ」や「呑んでかかる」ようなところが目に付きました。そのようなレベルでは、まだまだでしょう。武道で言えば、太極拳のような、力んだところの無い強さが本当の強さであることを胸に刻むべきです。

2位のイスラエル艇に追いつかれながらも、艇団を大きく離し、トップで最終下マークに近づく原田・吉田組の写真を添付します。

小松 一憲

空は、このところすっかり見慣れてしまった青空。海は早い時間から凪いでいたので、シーブリーズも早々に吹いてくるのではないかと期待されました。しかし、結局のところ12時30分まで陸上で風待ちし、マルセイユの湾口から、そよそよと吹いてきた南西の風の中を出艇しました。

第1レースは、13時30分から始まりました。風速4.5から5.5メートル、風向270度、初日の第1レースによく似た、安定したコンデションでした。日程が詰まってきたせいでしょうか、1回のゼネラルリコールの後、すぐにブラックフラックが掲揚されました。2回のブラックフラッグのゼネラルリコールで計10艇が失格となり、4回目でようやくスタートしました。

原田・吉田組は、最初のブラックフラックのスタートで、アウトサイドリミットマーク寄り4番手に位置し、風下に並んだニュージーランド艇とポジション争いをしてラインをオーバーしたのでしょう、争ったニュージーランドと共に失格しました。ニュージーランド男子は若いチームです。昨日のレースでは、原田・吉田組が作っていた風下のスペースにもぐりこみ、強気に出て行ってトップをとりました。これからヨーロッパの試合で何度も顔を合わせることになります。血の気の多い相手をおとなしくさせる為に、失格のリスクは大きいのですが、今日のようなことは一度は必要でしょう。トップ選手の中に「原田・吉田組のそばに寄るのは危険だ」と認識させることができれば、今後のレースが楽になるのは確かです。ただし、理想は「危険なチーム」では無く、オリンピック4大会連続金メダル、かつてヨットの神様と言われた「ポール・エルブストローム」がその代表でしょうが、「強いチーム」、「近づきがたいチーム」と表現されるようなオーラが出るチームに早くなることでしょう。

近藤・田畑組はアウトサイドリミットマーク寄りの4番手で、まずまずのスタートをしました。いつもこのような「普通」のスタートができれば良いのです。風の振れに対しての対処も良く、フレッシュウインドをつかみ続け、左海面を使って上手に第1風上マークに寄せて行きました。空の雲は、右海面に有利な風が吹いていることを示していました。しかし、走りの良さも手伝って4位で回航しました。リーチングのコースに入ってスピンを上げるタイミングを間違えました。あと10メートル、風上に出て行き、後続艇の作るラインでスピンを上げるべきでした。サイドマークを8位で回航、風下マーク7位、第2風上マークは再び4位、第2風下マーク直前で2艇に内側に入られ5位でフィニッシュしました。4から5メートルの風速域で、クローズホールドのスピードと上り角度は、見ていても安心できます。しかし、今日も最後の風下マーク直前で、もったいないタクテクスをしていました。それにリーチングでのスピンホイストの鉄則、それらを改善する為に近藤選手と田畑選手は、二人でよく話し合う必要があるでしょう。

第2レースは、15時28分にスタートしました。このレースも判で押したようにゼネラルリコールとなってやり直し、そのうちに北の山側にあった黒い雲が近づき雷も光りだしました。風は一気に北寄りに90度振れ、風速も10メートルをオーバーしました。ところが、その風は30分ほど吹いたのち急速に終息して行きました。
本部船を移動しレースをブラックフラッグのスタートで再開したのですが、その頃には、4メートルあるかなしかというところまで落ちていました。再開されたスタートは、またもやゼネラルリコールとなりました。当然失格艇が出ました。この中に近藤・田畑組、松永・今村組が入っていました。
近藤・田畑組は、スタートラインの3分の1、アウトサイドリミットマーク寄りから風下のイスラエル艇と並んで出ました。このイスラエル艇は男子の世界ランキング2位のチームで、スタートはアグレッシブ、リコールで自滅するのをこれまで何度となく見てきました。その艇に負けじと、出て行く度胸は買いますが、スタートラインに対する自分達の位置を度外視してはスタートになりません。
レースはその後、風が右に45度振れ、コースを作ると岸に近くなりすぎること、時間も17時を回ったこと、それらを考慮してのことでしょう、中止になりました。
明日、7レース目をやり直すことになります。ルール上、近藤・田畑組は再開される7レースには出られません。

今日は、原田・吉田組、近藤・田畑組、それぞれ1回づつスタートで失格しました。今年のスプリングカップは、例年になくスタートでの失格艇が目立ちます。それは、久々に行われる60艇の一斉スタートに原因があるように思います。選手は、このところ、40艇ぐらいで行われる短いスタートラインに慣れてしまっているのでしょう。またコミッティーも、昔は常識として行われていた「艇数の多いスタートは長めに作らなくてはいけない」ということを忘れているのかもしれません。

いずれにしても、簡単に失格すべきではありません。フリートレースで「ドキッとする程、ドンピシャ」のスタートは良いスタートとは言えません。また「全く心配しないで失格」してしまうようなOCSをしたとしたら、それは論外です。スタートラインと自分の位置関係がしっかり把握されていて、両脇の艇の影響を受けない「普通のスタート」を目指すべきです。

臨機応変に対応しながら、その「普通」がなかなかできないから苦労します。自分にできないことを選手に要求するのかと、私の昔を知っている人からおしかりを受けることは解っています。しかし、子供の時から、長くレースを経験し、ポテンシャルがあり、私の若い時から比べれば何倍もまじめに取り組んでいる、4人ですから、かならずその域に達し、技術を習得できると信じているのです。

やっと吹き出したシーブリーズの中、調整しながらレース海面に向かう2艇の写真を添付します。

フランス(マルセイユ)で行われている、スプリングカップ2日目。
5レース終わっての総合順位は、原田・吉田チーム8位、近藤・田畑チーム10位です。

スプリングカップ順位
http://pagesperso-orange.fr/aspttmarseille.voile/cima_2010_s.htm

小松 一憲

晴天が続いています。生活のリズムを崩さないことが、怪我、病気、事故無く遠征を続ける基本と考え、毎朝、チームとして行動する時、6時30分から約40分の散歩レベルのウオーキングをしています。国内外を問わず、大雨の日を除いて欠かさず続けるのですが、晴天の日の地中海沿岸、澄んだ空気の夜明け前の空は、群青色とでも表現するのでしょうか、それはそれは見事です。

早朝は雲一つ無い快晴、日が高くなるにつれ、北側の山に白い雲が出現し、時間の経過とともにその雲が海の上に薄く広がります。雲は断続的に左から右へと流れ、やがて消滅します。この流れと風向、風速の変化が関連しているのでしょうか、壁のように突き出た岩山の岬の影響もあり、風向の振れ幅、風速のアップダウンがとにかく大きいのです。それが今日吹いたマルセイユの南東の風の特徴と言えるかもしれません。付け加えて、変化の幅の大きさもさることながら、ゆっくりした周期にも特徴があります。

風速は、スタート前の12時に6から7.5メートル、ゼネラルリコールを2回繰り返している時間帯の12時40分は4から6メートルに落ち、最終的に第1レースがスタートした13時13分、6.5から8.5メートルへと変化しました。風向は160±15度、時たま20度変化することもありました。さらにこの風は、第2レースの15時ごろにMax9.5メートルまで上がり、第3レースが行われた17時近くなって4.5から5.5メートルへと落ちました。マストチューニングをどの風域に合わせるのか、風上マークまでのコースプランをどのようにたてるのか、断続的な風にどのように対処してランニングを走るのか、大変難しいコンデションだったことは確かです。

第1レース、本部船の横を狙ってはじき出され、1分間に3回巻き返し、最後の5秒で一艇分空いた隙間から何とかスタートをした近藤・田畑組でしたが、右から入ったパフに上手に対応し、第1風上マークを3位で回航しました。最終風下マーク、回航直前まで順位をキープしていましたが、回航は一艇に内側を取られて4位、リーチングでスピンハリヤードがカムクリートから滑るトラブルが発生し、6位に落ちてフィニッシュしました。男子のトップ選手と互角に渡り合ったクローズホールド、風が安定して吹いている中でのランニングの走り、共に大きな自信になったことでしょう。ただ残念というか、近藤・田畑組の課題、鎌田選手と組んでいた時代から考えると近藤選手の課題と言えるのですが、風下マーク際、フィニッシュ間際の攻防に詰めの甘さがあります。性格の弱さと言ってしまえばそれまでですが、これを克服することでもうワンランク勝負強いチームに変身することができると思います。
原田・吉田組は、本部船寄り、20番の位置から出ました。しかし、ブラックフラッグの上がっていたスタートで、その位置は全体的に凹んでいたかもしれません。また右からパフが入りだしたということもあり、コースの中間を窮屈そうに走っていました。風上マークは19位、その後、追い上げて10位でフィニッシュしました。

第2レース、原田・吉田組は本部船横、10艇の位置で待っていましたが、スタート前10秒でニュージーランド艇に風下に入られ、苦しくなりました。右に少し逃げて再び左にコースをとったのですが、第1風上マークの回航は14位となり、トップはニュージーランドでした。このレースは、その後、あまり追い上げることができず、11位でフィニッシュしました。
近藤・田畑組は、このスタートでも第1レース同様、本部船横を狙いました。しかし今回は、最後まで本部船の横にスペースができず、4秒ほど遅れてやっと出ることができました。狙いとしては、初心者やスタートに不慣れな選手のよくやる、あまり誉められないスタートになりました。それでも風上マーク回航は、原田・吉田組と、それほど変わらない16位でした。しかし、その後、徐々に順位を落とし、フィニッシュは27位、特にランニングのコースで順位を失いました。

第3レース、近藤・田畑組は、第2レースとよく似たスタートになりました。コースの右半分に強めに吹いている風が見えたことで、多くの艇が本部船横に集まりました。たまたまにせよ、良い形で出れた第1レースの成功の残像が、頭から離れなかったのでしょうか。そのポジションを狙って成功する確率が高いのは、風が強い時と潮流がスタートラインと平行に右から左へと流れている時だけです。いずれにせよ本部船横の一番狙いの出遅れスタートは誉められません。
風上マークを15位で回航し、フィニッシュ手前で10位に上がりましたが、最後の最後に3艇に抜き返され鼻の差で13位となりました。
原田・吉田組は、アウトサイドリミットマーク寄り3番手で、良いスタートをして左に伸ばしました。スタートの出方は良かったのですが、コースを見渡して右半分に入ってきていた風を無視し、左を狙ったのであれば、強引なタクティクスと言わざるをえません。結果として風上マークの回航は、近藤・田畑組より悪い19位、フィニッシュも17位と追い上げることはできませんでした。
このレース、落ち着いてしっかり走ったのは、松永・今村組でした。第1風上マーク17位から始まって、7位でフィニッシュしました。

難しいコンディションだったことは確かです。その証拠に、5レーストータルでトップテンの成績を見ると、今日の3レースのうちの一つを、最も悪い点数としてカットしているケースが目立ちます。しかし、難しいからこそでしょう、トップテンの上位に名前を連ねているのは、いつもの顔触れです。「風向変化を予測する力」、「風速変化に走りながら対応し、スピードを維持する力」、「スタートやコース取り、マーク周辺で戦術を駆使する力」、「不測の事態に冷静に対処する力」、などなど、「経験」と一言では片付けられない、力の差が存在しているのかもしれません。
だからと言って、引いてしまうのであれば、この競技から「引退」すべきです。選手として自分自身の成長の可能性を信じ、考えられる全ての努力を真摯に続けることが大切で、活路はその一点にしか無いと考えます。

小松 一憲

第35回大会となるスプリングカップが今日から始まりました。私自身、第2回大会に参加するチャンスがありましたが、インターネット時代の今と違い、大会の情報の入手が遅れ、わずか50キロ離れた町への輸送手段を自分達で持っていなかったこともあり、断念したことを懐かしく思い出します。このスプリングカップは、毎年この時期にフランスの地中海沿岸の町で開催されてきました。今年は、フランスに三ヶ所あるナショナルトレーニングセンターの一つ、ここマルセイユで開催されることとなりました。

出走数は60艇(女子13艇)、同時に開催される420級と合わせて150を越える艇が一つのコースでレースをしました。艇の数への驚きはありませんが、ユースの年代の選手達がオリンピックを目指すインターナショナルの選手と混在しながら陸上で活動し、海の上では、その走りを間近に見ながらレースする、その環境を作りだすフランスの素晴らしさに脱帽します。

天気は晴れ、わずかに雲が広がり、薄く霞がかったような景色は、海水温に比べ気温が高いからでしょうか。気温19度、風速3から5.5メートル、風向225から255度のコンデションでした。午後2時、予定されていた時間ぴったりにレースが開始しました。ところが、古今東西、どのレースでも同じことが起こります。第1レースは参加している誰もが意気込み、スタートで出遅れるようなことがあってはならないと考え、強気に前へ前へと出てきます。お決まりのスタートやり直しが、なんと5回もおこなわれました。ブラックフラッグの失格艇を出し、6回目にしてようやくスタートできました。時間は1時間15分が経過していました。

男女を区別せずおこなうのは、このレースの特徴です。原田・吉田組はアウトサイドリミットマーク寄りの3番から出て、3分走ってタッキングしました。いっぽう、近藤・田畑組は本部船横、2番から出てすぐに右方向に伸ばしました。2艇はスタートから左右に分かれ展開しましたが、風は始めは左、次に右と、緩やかに振れていました。結果的に左右に分かれた集団にプラス・マイナス無く吹いたように見受けられました。しかし、若干、左が勝ったようで、それにうまく乗った原田・吉田組がトップ、近藤・田畑組は6位で第1風上マークを回航しました。このレースの3日前にマルセイユ入りし、参加した日本の男子チーム、松永・今村組は15位の回航でした。原田・吉田組はリーチングとランニングで後続を離し、第1風下マークまでに2位のアルゼンチン艇に50秒の差を付けダントツの形になりました。第2風上マーク65秒、最後の風下マークでは1分45秒の大差になりました。近藤・田畑組は男子のトップ選手との攻防でフィニッシュは9位、滑り出しとしてはまずまずだったと言えます。松永・今村組は18位のフィニッシュでした。

第2レースは、ゼネラルリコールの2回目、ブラックフラッグの失格艇が出てようやく落ち着き、3回目でスタートして行きました。原田・吉田組はわずかにアウトサイドリミットマークが有利に傾いたスタートラインで、そのアウトサイド寄りの5番を狙いました。結果は凹んだ出遅れスタートとなり、すぐにタッキングをし、スターボード艇を避けて集団の真ん中まで出て行きました。さらに2回のタッキングでようやくフレッシュウインドをつかみました。スタート直前のでわずかに「怯(ひる)んだ」ことがこのスタートの原因になりました。狙うなら、5番手では無くて1番を、5番で出るならもっと前に出なくてはなりません。第1レースのダントツの後に「カッコ良いレースをしようとしちゃダメでだぞ」の戒めの言葉に過剰に反応したのでしょうか、いずれにしても皆が凹みがちにスタートするブラックフラッグでの出遅れは、苦しい展開が待っていて、風上マーク回航は良くて15位というのが相場です。その予想通り16位で回航しました。フィニッシュまで2艇上がり、13位となりました。

一方、近藤・田畑組は本部船寄り15番、スタートラインの約4分の1の所から危なげないスタートをしました。その後、コースの真ん中で展開したのですが左右に少し我慢して伸ばした艇が風上マークを上位で回ることとなりました。第1風上マークの回航は12位、フィニッシュも12位でした。近藤・田畑組の5艇右、本部船側から出た松永・今村組は第1風上マークを10位、フィニッシュ9位と日本選手3艇が同じ様な順位でフィニッシュしました。

レースの初日、欲を言えば「まだまだできたはず」ということになるのでしょうが、大過なく終えたことで良しとしなくてはいけません。マヨルカ島で課題だった3から5メートルの風速域の走りをなんとか克服できたと、今日の原田・吉田組のダントツフィニッシュで実感しました。たいへん嬉しく思います。

2位を65秒も離すと一艇だけで走っているような写真になります。マルセイユのランドマーク、ノートルダム寺院を背景にトップで第2風上マークを回航する原田・吉田組の写真を添付します。


小松 一憲
午前中の凪ぎは、高気圧に覆われた日の、お決まりのパターンなのでしょう、シーブリーズが吹き出すのを待って出艇しました。470級女子のメダルレースは13時40分、風向210度、風速3から4メートルのコンディションで開始しました。スタート前のブラジル艇(北京オリンピック銅メダル)との走り合わせで、上り角度に難があると判断し、ジブの引き具合を少し内側にするよう指示しました。変えてから再び走り合わせをして、上り角度に差が無くなったことを確認し、スタートを待ちました。
しかし、このアドバイスが心配した通りの結果を招くことになります。風上マーク回航3位、風下マーク回航5位、風下のゲートのマークでは後続艇と右と左に別れ、近藤・田畑組のみ左を選択しました。これが裏目となって第2風上マークを9位で回航し、最後は順位を上げられずフィニッシュしました。

スタートは、アウトサイドリミットマーク寄りの一番からスピードに乗って出て行き、スタート直前に左に風が振れたこともあり、少し走ってタッキングした時点でトップの位置になりました。しかし、スタート前からコースの右上空に雲があり、スタート後、がまんして右に伸ばして行ったブラジルとフランスが右に振れた風をつかんで1位と2位で最初のマークを回航しました。近藤・田畑組は3位、悪い順位ではありません。風上マークの、回航直後、自分からジャイブをして前を行くブラジルおよびフランスとセパレートしました。この時、風下マークは、スターボードのまま到達しそうな角度だったので、ジャイブは冒険でした。横から見るとコースの中央で後続の艇に追いつかれていました。ジャイブを再び返してスターボードになり、集団のほうに寄せて行ったのですが、後ろに風の壁を作られながら走る形になりました。結果的にジャイブする前に自分の後ろにいた艇にも抜かれ、すっかりリードを無くしてしまいました。さらに追い打ちをかけたのは、風下のゲートマークの回航でした。若干風下になっていたポートサイドのマーク回航を選択したこと、集団とセパレートしたことで挽回のチャンスが無くなりました。レース終了後の第一声は「スピードが無い」と言うことでした。心配した通りでした。私の直前のアドバイスが裏目に出たのです。近藤選手に限らず、レース直前の普段あまりやらないこと、特にスピードや上り角度に関するアドバイスは、ややもするとこのような結果を招くことになります。勝てればいいのですが、負けると走りがいつもと違い、悪かったということになるのです。走りながら変えられる、調整レベルの変化でさえ、選手はこの様な印象を持つことになります。選手の性格にもよりますが、好きなようにさせることも重要でしょう。

このあと行われた、男子470級のメダルレースは、スタート後、女子同様、ポートタックを我慢して、右奥まで伸ばしたスペイン艇がダントツで第1風上マークを回航しました。注目のオーストラリア艇は左サイドを使いました。高さを重視した特異な走りで、スピードにのびやかさを欠き、タッキングの数も目立ち、苦戦していました。フィニッシュは近藤・田畑組と同じ9位、メダルを逃しました。

レースを終え、陸に上がってきてのこと、オーストラリアのコーチ、ビクター・コバレンコ(470級で過去5個の金メダルを選手に取らせ、日本に何度も来ている日本通)が、声をかけて来ました。「小松さん!マルセイユに行ったら二人で日本食を食べに行かないか!」、私は「良いレストランを知ってるの?」、彼、答えて曰く「捜すよ!」、二人で目を見合わせて笑いました。
振り返ると後ろ姿が心なしか寂しそうでした。悔しかったのでしょう。そして色々と思案を巡らしていたのでしょう。彼が私に声をかけてきたのは、ひょっとして私も、肩を落としてるように見えたからなのか?だとしたら、私は「もっと、しゃきっとして、背筋を伸ばし、しっかり前を見て歩かなければならない!」と自分に言い聞かせました。
ヨーロッパでの初戦でした。これから、いろいろ考え、努力して、スピード、ボートハンドリング、レーシングテクニックを向上させていけば良いのです。戦いの火ぶたが切られたこの時点で、肩を落とすようなことなど、あってはならないのです。私も選手も!。

報告を終わります。

小松 一憲
乾燥した北風が吹いて、海から見るマヨルカの山並みがとてもきれいです。今日は、珍しく朝から吹いていました。フリートレースの最終日、良いコンデションで3レースがおこなわれることを期待したのですが、このところ、その精度の高さに驚いている天気予報は、非情にも風は朝のうちだけとのことでした。

風向325±10度、風速6から7.5メートル、定刻の11時に女子のレースから開始され、文句のないコンデションでレースができました。1レースを終えたところで、風がなくなり、海上での風待ちが始まりました。12時30分から17時30分に今日のレースを全て中止する旨の信号が出るまで、約5時間の長い風待ちでした。その間、一度だけ、吹き戻ったとでも表現するのか、4メートルの風が吹いてきました。すぐに女子がスタートしましたが、第1マークを回航し、サイドマークに向かうところで再びなくなり中止されました。海に浮いているだけで、5時間も過ごせるのはセーリング愛好者だけかもしれません。私は、マヨルカの青く澄んだ海と空、白い雲と山並み、港に入港する大型客船、焼きたてのパンを買って自分で作ったサンドイッチを頬張りながら、ぼんやり眺める春の地中海、のどかな時間を楽しむことができました。

第1レース、陸からの風は強弱をともない、小刻みに左右に振れていました。スタートラインに並ぶ時、風の変化のどのタイミングでスタートしようとしているのかを考え、さらにスタートラインの傾きや他艇が作るライン上での形、動きなどを頭に入れて、ねらうポジションが決まります。近藤・田畑組は、アウトサイドリミットマーク寄りの3番手で出て行きました。上り角度も良く、スターボードタックを伸ばし、風の振れに対し何度かタッキングをしながら、かと言ってバタバタせず、走っていました。風上マークを1位のフランス艇に続き2位で回航しました。ランニングのコースに入って追い抜き、風下マークでは20秒の差を付けたのですが、2回目のクローズホールドのコースで抜き返されました。風速が上がり、185センチ近くあるフランスのクルーの身長が効いたのでしょう、この時は「スピード、上り角度共に走りの差があった」と聞きました。しかし、全体のレース運びに問題は無く、2位のフィニッシュは評価に値します。

男子の原田・吉田組は本部船寄り3艇目から無難にスタートしました。30秒ほど走り、タッキングをして右方向に展開しました。「リフトした風をつかんでいたので右に伸ばすしかなかった」と言うのですが、右の奥の奥まで行って、待っていた風をつかんでタッキングした時にはオーバーセールになっていました。長い距離を残してのオーバーセールでしたからダメージは大きく、風上マークの回航は25位でした。2回目のクローズホールドで、13位まで上がってきたのですが走りが良かっただけに残念です。最初のクローズホールドで「本部船寄りから出て右を狙う」と決めてかかった、やや強引な戦法に問題がありました。丁寧なコース取りをしていれば、結果は違ったものになったでしょう。

近藤・田畑組は初日のつまづきを引きずること無く、トップテンで実施される明日のメダルレースに5位で進出しました。原田・吉田組は10位との差1点、11位でプリンセスソフィアを今日で終えました。私には、残念という気持ちは湧いてきません。初日からの戦いぶりを振り返れば、当然の結果であり、勉強という聞こえの良い言葉で表現しましたが失敗の連続でした。ただし、今は失敗も収穫と考えます。次の試合に心も体も技術もリセットし、備えて欲しいいと願っています。成功の収穫もありました。それをこの遠征中に、しっかり自分達のものにすべく、私自身も考え、努力し、練習をしていきます。

小松 一憲
昨日の強風が夜のうちにピタリと止み、朝は一転して無風となりました。10時から北寄りの風が吹き出し、レースはスケジュールの25分遅れ、11時25分に開始されました。風向340度±15度、風速は7・5から11・5メートルに吹き上がりました。しかし女子がスタートする頃から徐々に落ち、一時間後にはMax5メートルになっていました。さらに男子のゴールドフリートがフィニッシュした13時には風向260度、風速1メートルあるかなしかとなり、最後は艇を強制的に左右に揺らして走るロッキング競争となりました。これを要約すると、3時間の間に無風から強風、そして無風、風向は90度振れ、その中で女子、男子シルバー、ゴールドの3フリートのレースが行われたことになります。良くできたと感心しますが、良いレースだったかどうかは、特に男子ゴールドフリートに関しては疑問符が付きます。
その後、海上で風を待つこと約3時間、15時55分に第2レース、そして17時25分に第3レースが開始され、風向240±10度、風速4から6.5メートルのコンデションで実施されました。

第1レース、近藤・田畑組は、スタートライン上に均等に散らばったスタートで、リミットマーク寄り3番手の位置から出ました。位置取りやタイミングに問題は無かったのですが、登り角度が悪すぎました。風速が8メートルに落ちていたところを、風速11メートルオーバーのチューニングで走ったのです。スタート直前になって、風速が変化したこともあり、チューニングを合わせきれなかったのは彼女たちだけでは無かったと思います。しかし、二人の場合は、それが大きすぎました。
むしろ良く走ったと言えるかもしれません。スタート後48秒走って苦しくなり、タッキングをしました。風上マークの回航は18位、第1風下マークでは12位に上がり、フィニッシュは14位でした。自分達の前に入った2艇がリコールをしていたので、成績は12位となりました。

第2レースは、一回のゼネラルリコールの後、ブラックフラックが掲揚され、本部船の横2番手から良いスタートをしました。風上マークを3位で回航し、最後のランニングで前を走る2艇を抜き、トップでフィニッシュしました。思い切りの良いスタート、風向変化に対応したランニングのコース取り、戦う気持ちを前面に出した良いレースでした。

第3レースは、本部船寄り7番で、塊りの中から出ました。風上のオランダ艇にひるむことなく、しっかり位置取りをし、メインシートを絞って出て行きました。第2レースに続き、文句の無いスタートでした。第1風上マークを7位で回航し、第2風上マークは4位に上がりました。最後の風下マークのルームの取り合いで5位になったということですが、クローズホールド、ランニング、いずれの走りも見劣りせず、自信になったことでしょう。さらに良くする手立てとして、タクティクスにアグレッシブさを発揮できるようになることを期待します。

男子、第1レース、スタートライン上に均等に散って並んだ艇のリミットマーク寄り、約4分の1の位置で、スタート15秒前から2列目に追いやられました。凹んだ状態が続き、スタートの時点でもそこから抜け出せず、10秒もかけて逃げのタッキングをしました。ダメならダメでもっと早く手を打つべきでした。自分達の右に並んでいたスターボード艇の全艇の後方を通過して右海面に出て行きました。このようなスタートをしていては、第1風上マーク回航は良くて30位、40位台になってもおかしくありません。案の定、風上マークの回航は30位でした。その後、風が左に振れていくと予測したのでしょう、海面の左側をうまく走って第2風上マーク20位、風下マーク11位、フィニッシュ10位と追い上げました。

第2レース、第1レース同様、リミットマーク寄りの10番目に並んでスタートしました。しかし、またまた出遅れ、失敗スタートとなりました。昨日までの成績で上位50艇で作られたゴールドフリートですが、スターボード艇を避けながら右に出て行く時点で限りなくビリの位置になっていました。ところが、右サイドに出て行ったところ、好運なことに15度ほど振れた風が入り、一気に劣勢を挽回し、第1風上マークを4位で回航しました。次に風下マークを7位で回航するところで、有ろう事か、よもやのマークタッチ、インナーのコースで後ろに大集団が迫ってくるなかでの360度回転でした。その集団に吸収され、第2風上マークは17位まで順位を落としましたが、フィニッシュは15位でした。
第1レースに次ぐ弱気の失敗スタート、加えて練習中なら風下マークを1000回、回航したとしてもマークに接触することはないでしょう。大チョンボです。何を熱くなっているのでしょう。そして何を恐れて、尻込みしたようなスタートをするのでしょう。原田選手の胸の中の問題なのです。「何か悪いことをしようとしているのか?誰にけっ飛ばされると言うのか?誰に殴られると言うのか?もっと強い気持ちを持って!戦う気持ちを前面に出して!頭を冷やして視野大きく持って!」と、私はいつもながらの言葉をかけるしかありません。

第3レース、私が女子のレースを追いかけてスタートラインを離れた少しの間にスタートしてしまいました。スタートした直後の原田・吉田組を捜すのに艇団の後ろからポットタックで出てくる艇を見たのですが、なかなか見つからず、前のほうに目をやるとトップの位置で走っているではありませんか。さっそく本部船に行ってリコール艇がリストアップされている黒板を見たのですが、彼らのナンバーは無く、そこで初めて彼らがアウトサイドリミットマーク寄りから良いスタートをしたのだということが想像できました。あとから聞けば、3番手の位置から積極的に出たとのことでした。第1風上マークをトップで回航し、フィニッシュまでそのトップを守り切りました。人間が変わったのではありません。道具(艇)が変わったわけでもありません。原田選手の胸の中が少し変化しただけなのです。

昨年の勢いをそのまま発揮すれば、今年は最初から、かなりのハイペースでいけると思っていました。しかし日本で半年を過ごすうちに、知らず知らず、普通目にする日本人選手らしい戦いぶりになっていました。残りのレースをチャレンジ精神旺盛に戦って、ヨーロッパにおけるこの初戦で、グローバルに存在感のあるチームへと脱皮してほしいと願っています。

Team ABeam スタッフ

ヨーロッパ遠征第1戦 プリンセスソフィア杯ですがレースも後半戦に突入しております。

現在のチーム・アビームの成績ですが、男子チームは10位。女子チームは7位。上位陣を窺う位置というところでしょうか。しかし男女ともに7レース中1位が2レース。エントリー艇を見てみても豪華な顔ぶれの中で奮闘しています。

さて、レースが開催されているのは地中海に浮かぶスペインはマヨルカ島。観光地として名高い島ですが、州都パルマ市がその舞台となっています。

プリンセスソフィア公式サイト
http://www.trofeoprincesasofia.org/

パルマ市は地中海のアルジェリア側に向かって港が開いています。港には複数のハーバーごとに種目を分散させているようですね。470級を受け持つハーバーのHPがこちら。
http://www.cnarenal.com/home.php

いずれもヨットレースの雰囲気・臨場感が伝わってくる素晴らしいサイトです。

さて、いよいよレースも終盤を迎えます。男女ともにメダルレースへ進出の期待が高まりますが、レース後の小松ヘッドコーチの熱いレポートをどうぞお楽しみに!!