オリンピックを振り返って

近藤 愛

オリンピックが終わり、日本へ帰国しました。
結果は、総合14位となり、金メダルを目標としていた私たちにとって
トップ10にも入れない、不甲斐ない成績となってしまいました。
皆様の期待に応えることができず、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

2005年5月、チーム・アビームを結成してからというもの、小松コーチ、鎌田選手と共にオリンピック金メダルを目標に掲げ、ずっと走り続けてきました。
レース経験も技術もない私たちは、とにかく練習し、出場できる試合には必ず出場し、少しでも早く世界のトップを争えるようになりたいと思って必死でした。
小松コーチから、世界一になるには人と同じではダメ(練習量や努力)なんだという事を教わり、私も同じ考えでした。
私たちの活動スタイルがストイックだとか言われようが、何も気にせず自分たちの可能性を信じていました。

オリンピックでは、第1レースが始まるまで、何もかもいつも通り、艇のスピードも良いし自信を持って望みました。
しかし、1レース目スタートを切ってから、何かが違う・・・と感じました。
ライバル達の走りが良くなっているのはもちろんですが、私の頭の中に焦りみたいなものが生まれてきました。
その結果、いつも抜けるはずの相手を抜けない、集団に飲み込まれてしまう・・・
最終下マークでのケースに繋がってしまいました。
このケースは、スッキパーである私の責任です。
2レース続けて同じ事をしてしまいました。
なおちゃん、小松コーチ、本当にごめんなさい。

1日目終わったときは、なおちゃん、小松コーチや応援してくれたすべての人たちを裏切ってしまった・・・という気持ちでどうしたらいいかわかりませんでした。
でも、このまま残りのレースをしたら絶対に後悔すると思い、2日目からは、今もっている力を全部出し切ろうと必死でレースをしました。
それでも、なかなか10位以内を走れない。
今までのヨット人生で一番悔しいレースでした。
10レース中、1位を2回取りましたが、その時は嬉しいというよりも、何でこのような良いレースが最初から出来なかったんだろう・・・と悔しくて悔しくて堪りませんでした。
でも、これが自分の実力だったんだと、今はしっかりと結果を受け止めています。

この3年半、本当に充実していて楽しい日々でした。
こんなに努力したのは始めてです。
なおちゃんという最高のパートナーに出会えて良かったです。
なおちゃんと出会えなかったら、絶対にオリンピックに出場出来なかったと思います。
良い時も、悪い時も、共に走り続けてくれたなおちゃん、ありがとう。
私たちの可能性を引き出してくれた小松コーチ、
最後まで応援して下さった皆様、
本当にありがとうございました。

近藤愛