2008年 470級世界選手権 6日目(1月29日)

小松 一憲

昨日同様、朝から快晴、天気予報も同じなら吹く風も似ていました。レース開始の13時頃には、雲が湾の左上空にかかり、今日も風が左方向に振れ、パフも左から入るのをそれとなく示していました。レースが始まるや否や風速がアップし、5mから9m近くに上がってきました。第2レースは10度左にマークがセットしなおされて210度。予想通り、左へ振れていきました。さらに第2レースの終盤、風が左へ70度もいきなり振れるハプニングもありました。昨日と比較して考えると風速の違いはありましたが、時間と共に左へ変化するパターンは良く似ていました。

第1レース、リミットマーク寄りの10番手ほどのところからきれいにスタートしました。早すぎるスタートをした艇があり、X期が掲揚されました。しかし誰も戻ろうとはせず、そのまま走りました。「バルクヘッドマガジン」の主催者、平井氏がレース後に掲載したスタートシーンの写真は、リコールした艇を見事に捉えていました。この写真に日本の女子3艇が写っていました。リコールと判断された吉迫・大熊組と田畑・栗田組は、明らかに半艇身以上、出ていたのではないでしょうか。近藤・鎌田組は、スタートラインの風下から見ても、写真から判断しても、安全に、そして風下艇との距離を持って、申し分ないスタートをしました。左に展開し、コースの半分を走ったところで、二度のタッキングで上手にパフを拾いました。ダントツの1位ないし2位で第1風上マークを回航するのではないかと思いました。しかし、後から聞けば、この時のタッキングでメインシートのブロックにカニンガムロープの端が入り込み、メインシートを操作することができなくなるアクシデントが起きてしまったそうです。メインシートの操作ができなければ、走りが悪くなるのは当然です。上マーク直前で、入り込んだロープを引き抜いて、やっと回航できたのですが、回航順位は15ないし16番となっていました。めったに起こらないアクシデントで気が動転してしまったのでしょう。フィニッシュまで、順位を上げることはできず着順17位のフィニッシュとなりました。

第2レース、スタートラインの半分やや下寄りから出ましたが、メインシートの絞り遅れで、スタート直後、逃げのタッキングをしなければならず、スターボード艇の後ろを通過して右に伸ばすことになりました。スタート前は、おそらく左に伸ばすプランだったのではないでしょうか。空の雲や、10分前にスタートした男子の走り方をみても、左に行くべきでした。このレースも、第1風上マークは、18位と、苦しい順位で回航しました。下マークでも上がることができず、第2風上マークに再び右展開で走りました。コースの3分の2を走ったところで風が大きく左に振れ、左に展開していたほとんどの艇がオーバーセール、右にいた近藤・鎌田組は後ろに2艇しかいない順位に後退してしまいました。そのまま27位のフィニッシュとなりました。

ここまで悪いと、かける言葉もなかなかみつかりません。世界選手権大会の表彰台を目標に掲げ、選考レースは副次的な存在にしか捉えていなかった私の指導が間違っていたのではないかと考えたりもします。日本選手との競争を考えると、レースの組み立てが小さくなり、伸びやかさもなくなる、視界に入っても気に留めてはいけない、あくまでも自分のレースをするように、と指示してきました。それはいつも通りの指示でした。選考レースという言葉をずっと使わずに来ました。しかし、良く頑張っていた日本の競争相手のオーラでしょうか、火花が飛んでいたのでしょう。そして、プレッシャーを想像以上に感じたのでしょう。しかし、そのプレッシャーの大半は、自分自身で作り出したものだったのではないでしょうか。

私は、二人が自分自身で自分のメンタルを強くする手立てについて考えてくれるよう期待します。生まれ育った過程で形成された気持ちの強さ、性格的な強さと言うのでしょうか、改造できなくても改良することはできるはずです。一般生活では必要なくても、戦う為には必要不可欠な強さを、まずは自ら進んで厳しい練習をこなすところから・・・一から出直しです。

その前に、明日のレースは、普段通り、淡々と臨み、自分達が納得できるレースをしてほしいと願っています。