2008年 470級世界選手権 3日目(1月26日)

小松 一憲

朝から北寄りの温かく乾燥した風が吹き、日中は、それが熱風のようになって、大変な暑さになりました。午後は、雷雲が発生し、雷と雷雨が近くを通過しました。スタート予定時刻の13時、6mから8mあった風が急激に4mから5mまで落ちてきました。しかし330度に設定されたコースでレースは始まりました。ラインの3分の1、リミットマーク寄りから危なげないスタートをしたのですが、約5分ほど走ったところでレースは中止されました。風が左に大きくシフトしたのが中止の理由だったようです。

次に315度にコースを変更してレースを再開し、スタートしかけたところで、延期信号が上がり、これも始めからやり直すことになりました。コースを設定しなおすこと3回、14時5分、305度にマークが打ち直されてレースが再開しました。近藤・鎌田組は、スタートラインのリミット寄り、下一番の会心のスタートをして左方向に展開しました。数分後にタッキングをしたのですが、その時点で、ほぼトップの位置になっていました。コースの4分の1を走ったところで、またしてもレース中止の旗が揚がりました。風のむらが多く、コースの左右で風向も違いすぎたのが中止の理由だったようです。その頃から左方向に見えていた雷雲が次第に発達し雷の光も見え出しました。ハーバーにもどって待機せよの指示で、陸上に戻ったのですが、雷雲の関係もあって風向がいつになっても安定せず、結局、女子のレースは全て中止となりました。

明日、11時に予選の残り1レースを実施し、14時から決勝のスケジュールに入って2レースをおこなうことになりました。

近藤・鎌田組は、気持ちが乗ってきたように見受けられます。どのようなスケジュールになり、どのようなコンデションになろうとも、いつも通り、淡々と海に出て行くだけです。レースは成立しなかったのですが、2回の貴重なスタート練習ができました。そのように思えば、今日のこの日も大変有意義だったと言えるでしょう。

男子は、不安定な風の中で予選の最終1レースが実施されました。レースの実施と中止の判断は、二つの海面に分かれたレースコミッティーのそれぞれの判断に委ねられているようです。男子は予選(6レース)が終わり、その結果、第一次国内選考で3番手だった松永・上野組が決勝レースの日程を残してオリンピック代表に内定しました。松永・上野組の健闘を讃え、ますますの精進に期待します。そして敗退した選手には、心から、ねぎらいの言葉をかけたいと思います。

私は過去8回(選手で6回、役員で2回)選手の代表決定シーンを経験し、また目にしてもきました。そのいずれもが、あっさり過ぎるほどあっさりの印象を受けるのです。かけた日数と決まる日数のギャップが大きすぎる為なのでしょう。

4年に1度のオリンピックは、それが代表選考であっても最後の10日間の、1日、1日に最大の集中力を発揮しなければなりません。できれば、運、不運などの言葉を寄せ付けないほどの実力を持つべきです。そして、常日頃から、どんなレースであれ、1レース、1レース、大切に、そして全力で戦うことを習慣として心がけなければならないと考えています。